第20話 雨上がりの空に
「はい、ありがとうございます!」
勢いよく応えた拓真の表情で、潤にも伝わっていた。ライブが決まったのだと。
「……明日の……三番手だって!」
「やったな!」
「だなー!!」
勢いよくハイタッチを交わせば、明日に備え最終調整を行なう。
待ち焦がれたステージに……立てるんだ…………やばい……
心臓が早く鳴っているのだろう。息を深く吐き出すと、ギターを片手に歌い出した。
あの日……憧れた彼等と、同じ場所で出来るんだ。
高鳴ってるのが、はっきりと分かる。
明日が楽しみで、仕方がなくて……
時折、視線を合わせながら奏でる音色は、走りすぎる事なく絶妙なリズムを保っていた。
持ち時間は十分程で、演奏出来るのは二曲だけだ。
今は、それでも構わないけど……必ず、ワンマンライブをやってみせる!
バックステージでは、多くの出演者が行き交っていた。潤たちのようなデュオもいれば、ソロやトリオと、組んでいる人数は実に様々だ。
ただ誰もが彼等の影響力を実感していた。クインテットの多さからも明らかだ。
ーーーーやばい……緊張してくる…………
でも、何処か楽しみで仕方がない自分もいるんだ。
不敵な笑みを浮かべる彼と、同じ想いだったのだろう。拓真も同じような笑みを浮かべていた。
「拓真、行くぞ」
「あぁー」
軽く拳を突き合わせ、スポットライトで照らされたステージへ飛び出す。
「こんばんはー! 新参者のENDLESS SKYです! よろしくお願いします!!」
拓真の明るい声を合図に、ギターの音色が会場に響く。
絶妙なハーモニーに、背を向けていたはずの観客が振り返り、アルコールを片手にしていた談笑が止む瞬間もあった。
まだ……始まったばかりだ。
少しでもいいから、ほんの少しでも……俺達の音を聴いてくれたら……それだけで…………
疎らではあるが拍手が送られる光景に、心臓が早鐘のように鳴る。たった二曲とはいえ、されど二曲だ。
合わせるまでもなく視線を通わせ、深く息を吸い込んでいた。
『ーーーーっ、ありがとうございました!!』
ーーーーーーーーあっという間だった……十分程度だから、当たり前なんだけど…………いつもみたくwater(s)の曲じゃなくて、俺達の曲で勝負したかったから……
ステージ上では次のバンドが楽器を用意する中、どちらからともなくハイタッチを交わす。
会場を席巻出来る程の歌声でも、演奏技術でもないのは分かってる。
でも、それでも……聴いてくれる人がいた。
ライブに来るほど音楽好きな奴は、自然と厳しい目で見てそうだけど……それでも、いたんだ…………凹んでる場合じゃないよな。
三番手という事もあり満員の会場ではなかったが、路上で演奏していた時よりも多くの人が聴いていた。初めて耳にする音色に、期待が寄せられているかのような反応だった。
ビギナーズラックってやつかな。
一度目で聴いてくれる人がいたんだから…………
用意していたCDは一つも売れてなかったけど、楽しかった。
プロになるには、それだけじゃダメだって分かってるけど……告知せずに聴いてくれる人がいたのは、今の俺達にとっては上出来だと思う。
だからって、これで満足なんてしないし、諦めるつもりもないけど。
午後五時四十六分。彼等にとって、初めてのステージでのライブが終わった。ギターを背負った二人の表情は、初めて人前で演奏した日によく似ていた。
ーーーー反省点は多々あるけど……叫びたくなるくらい嬉しかったし……
「楽しかったな!!」
「あぁー」
声を上げる拓真に笑顔で応える。待ち焦がれた瞬間が確かに訪れたのだから。
夏季休暇が明けたら、割とすぐに帝藝祭だ。
大学構内は徐々に学祭使用に飾られてるし、今年は金曜と土曜の二日間で、四公演もあるんだよな……
ようやくseasonsに立てた俺にとっては、夢のまた夢だ。
昨年と違い在学生限定にしなかったライブは、インターネットでチケットが抽選販売されたが、とても高い倍率だったようだ。
Aホールに入れない人々も、water(s)を一目見たさに会場の近くに集まっていた。
「上原のおかげで午後からのライブ見れるな」
「あぁー」
在学生でも買えなかった奴が多かったけど、同じ専攻だからチケット貰ったんだよな。
ピアノ専攻の特権ってやつだ。
ーーーーそれにしても……
「Aホールが超満員か……」
「water(s)なら当然だよな。チケット代が破格だし」
「それはなー……今年も千円とは思わなかった」
「俺も」 「だよなー」
潤の隣に拓真、金子、阿部の順に座っていた。舞台から近距離の席だ。
こんなに間近にいたら、緊張しないのか?
ーーーーこれくらいじゃ……しない、のか…………
熱量に押されながら、自問自答を繰り返す。ステージで歌う彼女は、いつだって楽しそうだ。
音楽が好きな想いまで伝わってくるみたいだし、視線が合った気がしたのは……きっと、気のせいだよな。
俺達の前の席が石沢達だったし……やばい……泣きそうだ……
アンコールの声がこだまする中、響く声に空気が震える。
それは彼に限った反応ではなく、hanaの圧倒的な歌唱力と表現力に、思わず涙を流す観客がいた。
明るい曲調で締め括られ、スタンディングオベーションが沸き起こる中、潤は放心状態のままステージを眺めていた。
全てが洗われたような……そんな、気分だ……
凹んでる場合じゃないって分かってても、凹む時はあるし……どんなに音楽が好きでも、続けていけない時だってあるって、分かってる。
「凄いな……」 「やば……」
「あぁー」 「……声が……」
ーーーーーーーー圧倒的な集客力…………俺達の課題だ。
どんなに自分達では良いと思ってる曲だって、聴いて貰えなければ意味がない。
届かなければ、意味がないんだ。
ステージで一礼する彼女は、メンバーと手を繋ぎ晴れやかな笑顔を見せていた。
「潤、もう帰るのか?」
「あぁー」
「拓真もか?」
「あぁー、またなー」
「うん、また明日なー」 「じゃあな」
阿部も金子もこれ以上引き止める事はしなかった。デュオで活動する二人が、どう行動に移すかは分かっているからだろう。
「拓真、行くだろ?」
「勿論!」
二人の背中にはギターが背負われている。
本当なら練習室で、直ぐにでも演奏したい所だけど……帝藝祭期間中は使用禁止なのが残念だ。
カラオケ店に向かう瞳に、多くのwater(s)のファンが映る。ライブグッズを握りしめていたり、一目で分かるTシャツを着ていたりと、Aホール付近は警備員が出動する程の混雑ぶりだ。
ライブは終わったのに……出待ちってやつだよな。
そのまま横切ろうとしたが、彼女の声に気づき足を止めた。
上原と……ミヤ、先輩か…………
去年もあったけど、アカペラで……マイクなしで、この声量か…………人の心に響くって言葉は、上原の……hanaの為にあるんじゃないかって思う。
それくらい、響いて…………
圧倒的な歌声と彼の声かけにより、集まっていたファンから拍手と歓声が沸き起こったかと思えば、スムーズに解散していった。
……何か……water(s)の曲みたいだ…………“人混みに紛れても君だけは見つけ出すから“って……
「ーーーー遠いな……」
「そうだな……」
拓真にも分かっていたのだろう。彼女と今の距離が遠いだけでなく、water(s)のいる場所と自分達の立っている場所が違いすぎると。
「潤、練習だな」
「あぁー」
他に道はない…………上手くなるには、追いつくには、練習するしかないんだ。
気落ちする事なく、軽い足取りで進む。耳に残る音色が二人を奮い立たせていた。
去年はwater(s)のメンバーが、帝藝祭最終日にクラシック演ってたけど、今年は上原が連弾するって言ってた。
Aホールは昨日と同じく超満員である。噂を聞きつけ、hanaとmiyaの演奏を聴きに来た者が多くいたからだ。
舞台には二台のグランドピアノが用意され、空気感は遜色がない。
私服姿の二人が視線を合わせると、ピアノの音色が会場を包み込む。
ーーーーやば……何でこんな音が出せるんだ?
どうしたら……上原みたく弾けるんだ?
二人の奏でるJ-popは、ピアノ使用にアレンジされていた。
観客に子供もいるし、これから受験する奴だっているから、なんだろうけど……こんなの、楽しくない筈がないじゃん!
自分達の曲も演ればいいのに…………
きっと……そう感じてたのは、俺だけじゃなかった筈だ。
演奏終了後にアンコールの声が響いている事が、その証拠だろう。
今日の最終演目だし……演奏してくれないかな……
期待を寄せれば、再び椅子に腰掛けた二人に歓声が上がる。
やばい……鳴ってるな…………
二人のピアノに乗せ、彼女が声を出した。それは、ライブ時にも聴いた"雨上がりの空に"だった。
ーーーーーーーーこんなに音が違うのか……
ピアノだけとバンドの音は、編成も何もかもが違うけど、上原が歌っているだけで…………
ストレートに響く澄んだ歌声で潤む。最大限の賛辞が送られる中、潤は目元を拭っていた。
……久々に泣いたな…………
感動して泣く事は減ってきたけど、いつだって心を揺さぶるのは、hanaの……上原の音だ……
拓真に視線を移すと、彼もまた目元が濡れていた。
きっと、ライブの抽選に外れた奴もいたんだよな。
無料で二人の音が聴けるなんて、なんて贅沢なんだ。
ハンカチを片手に涙している者もいれば、割れんばかりの拍手を送る者もいる。昨日のライブ直後のような盛り上がりに、揃って笑顔を見せれば、また歓声が上がる。
ーーーーそういえば、楽譜持ってなかったな……そんな事にも驚かされる。
いくらバンドのメンバーでも、そんな簡単に合わせられるものじゃないだろ?
ピアノ専攻だけど、miyaはいつもと違う楽器での演奏だろ?
涙が出た事よりも、そっちの方が衝撃だ。
いつだって、ベストが尽くせるって事か…………
凹むよりもライブの高揚感を滲ませる二人に、連絡が届く。迷う事なく返信すれば、ギターを片手にライブハウスに向かう姿があった。
 




