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第2話 星に願いを

 三ヶ月連続でリリースされたwater(s)の曲は、どれも耳心地が良かった。

 一度聴いたら忘れられないhanaの歌声に、どれも合っていたから……曲のリリースと同時にオリコンチャート一位を獲得するのも納得だ。


 water(s)の曲を聴きながら、潤はここ数ヶ月で習慣となった拓真との待ち合わせ場所に向かった。放課後や休みの日を合わせた週二日以上は、駅やカラオケ店で待ち合わせをしては、創作活動に充てていた。


 拓真とデュオを組むまでは、現実的な夢じゃなかったけど……あの日、誓った。

 いつか……プロになる。

 一先ずの目標は、帝東藝術大学音楽学部に入学する事。

 ピアノも真面目に練習するようになったけど、まだ拓真ほどには滑らかに指が動かない。

 拓真が言ってたように、上手い奴がたくさんいるなら、今のままじゃ駄目だ。

 もっと練習しないと……


 彼の指先は爪が短く切られ、整えられている。ピアノを弾く手をしているが、miyaに憧れているだけあってギターの方が得意だと自覚もあった。

 

 拓真と練習する時間は楽しい。

 あっという間に、時間が過ぎるって感じるから不思議だ。

 あの日、声をかけてくれたのが女子だったら、確実に恋が芽生えそうなシチュエーションだよな。

 water(s)のファンで、ギターを弾くのが趣味で、共通点が多いし……男相手に恋が芽生えるわけじゃないけど、気のおけない友人なのは確かだ。

 こんなに音楽の話が合う奴は滅多にいない。

 water(s)のファンはクラスにもたくさんいるけど、拓真ほど、デビュー前を知っている奴はいないし……


 「潤、夏休みも練習出来るだろ?」

 「あぁー、何日かは単発のバイト入れてるけど」

 「何のバイト?」

 「ライブとかの設営だよ。色々欲しい機材とかあるからな」

 「それ、俺もやりたい!」

 「じゃあ、登録しに行くか?」

 「行く!」


 乗り気な拓真に、微笑んで応える。音楽を続けるには、それなりにお金がかかるものだ。プロを目指しているなら尚更である。カラオケ店の代金よりもスタジオ代は高価であり、CDを自費で作るとなると、更に経費がかかる。潤のアルバイトに便乗しない手はないと、拓真も考えたのだろう。二人は同じ日程でアルバイトを入れ、約一ヶ月ある夏休みの予定を早くも決めていった。




 「結構、肉体労働だな……」

 「そうだな。拓真、大丈夫か?」

 「大丈夫。これ終わったら、上がりだろ?」

 「あぁー」


 設営はTシャツにジーパンにスニーカーと、ラフな格好に軍手をつけて行なっている。重い機材を数名のスタッフで運ぶ事もあるからだ。高校生の彼等は、大学生や大人達に混ざって、テキパキと行動していた。潤は昨年も同じようなアルバイトをしていた為、疲労度も分かっていたのだろう。バイト終わりも涼しい顔だが、拓真はペットボトルを片手に座り込んでいた。


 「潤、凄いな……久々に体、動かした気がする……」

 「えっ……拓真の学校は体育ないのか?」

 「あるよ! 普通の授業だってあるし。ただ、教室にグランドピアノがあったり、練習室があったりして、音楽環境が整ってるってくらいだって!」

 「想像つかない。だって、グランドピアノがあるのは音楽室くらいだし」

 「まぁー、普通はそうだよなー……毎年一年は合唱発表会があるから、教室で練習したり普通にしてたな」

 「楽しそうじゃん」

 「クラスの雰囲気はまとまるなー……楽しいけど、ピアノ専攻や指揮科志望の有望な奴がいたから、正直レベルが違いすぎて戸惑ったな……」

 「……そんなにか?」

 「そんなにだよ。伴奏したのは、首席入学の子だったんだけど、初見で合わせられるレベルだったからなー」

 「うわっ……初見って……」

 「凄いだろ? やっとの思いで入学した俺にとっては、かなり未知数だよ」

 「俺からすれば、そこに通う拓真も十分凄いんだけどな」

 「……ありがとな。頑張るよ」


 本当に思ってるんだけど、拓真にはいまいち伝わってないっぽい。

 そんなに凄い人がいるなら、会ってみたいけど……ちょっと怖いかもな。

 同い年で、そこまで弾けるって……


 「動画見る? 撮ってた奴がいるから、音源残ってるぞ?」

 「見る!」


 怖いと思いつつも即答する辺り、潤の音楽に対する想いの強さが分かる。拓真の携帯電話に残る動画には、ロングヘアーの色白の少女が映っていた。動画は全体を映している為、彼女は小さく映っているが、その頭の動きで、ほとんど手元を見る事なく指揮者に合わせているのは明らかだ。


 ーーーーこんなに弾けるのか……っていうか、こんなに弾けないと駄目なのか?

 俺の技術力じゃ……到底敵わない。

 このままじゃ拓真と同じ大学へ進む事すら、夢のまた夢だ。


 「ーーーーみんな……こんなに弾けるのか?」

 「まさか! 上原うえはらが特別なだけだって! こんなバケモノだらけだったら、流石に自信無くすし」

 「ーー……凄いな……」

 「だろ? いい刺激になってるよ。特に音楽関係の授業はなー」

 「そっか……」


 自信喪失する程、自信なんてないけど……これだけ弾けるのに、同い年って……拓真のバケモノって言い方が妥当だな。

 何処となくhanaっぽいけど……そんな事……あるわけないか。

 あんな唯一無二の歌声を持ってるのに、ピアノまで弾けたら、それこそバケモノだ。


 「潤、明日はいつもの所に行くだろ?」

 「あぁー。明日は広い所、予約しといたからな」

 「楽しみだな!」

 「勿論な!」


 いつもの所とは、ここ数ヶ月利用しているカラオケ店だ。そして、広い所というのは、予めドラムやキーボードに、マイクスタンド等の機材がある部屋の事である。楽器の練習が出来るように整っている部屋だが、予約しないと使用出来ない事がほとんどの為、彼等が使用するのは数ヶ月ぶりの事だ。利用料もスタジオよりは安いとはいえ、通常の部屋よりは高めの料金設定だからだ。この活動費を稼ぐ為に、バイトにいそしんでいた。


 明日を心待ちにしながら駅で分かれると、それぞれイヤホンを耳につけ、いつもの曲を聴きながら帰っていく。その曲は、彼等が憧れてやまないwater(s)の新曲であった。




 「お兄ちゃん、今日も朝から出かけるの?」

 「あぁー、拓真とギターの練習するから……」


 寂しそうな妹と玄関まで見送りに来た弟の頭を撫でると、兄らしく応える。


 「明日は一緒に遊ぼうな?」

 「本当?」 「本当に?!」

 「あぁー、本当。約束な?」


 そう言って小指を差し出すと、二人とも嬉しそうな笑みを浮かべ、潤を送り出した。


 すぐるゆめも、まだ小学生だからな…………慕ってくれるのは嬉しいけど、夏休みはプールとか、宿題がたくさんあったイメージだけど、終わったのか?


 兄として歳の離れた妹達の心配をしながら、待ち合わせ場所に急いでいった。


 ーーーーいい感じだな……拓真と弾くようになってから、ギターの調子が凄くいい気がする。

 一人で練習するよりも、はかどってるのかもな…………

 ギターの弾き語りにも……だいぶ抵抗がなくなってきたけど……やっぱ歌唱力が、弾き語りの要だな。

 声量はある方だと思うけど、拓真と知り合ってから新しい体験ばかりしてる気がする。


 今も二人は楽しそうに弾き語りをしていた。広い部屋を借りている為、一分、一秒、無駄には出来ない。バランスのとれたギターパートに、調和のとれた歌声。綺麗にハモっていると言えるだろう。潤の高音と拓真の低音が、絶妙なハーモニーを生み出していた。


 「一回、見てみるか?」

 「あぁー、そうだな」


 携帯電話で撮影する事によって、客観的に見てどれだけ聴けるモノに仕上がっているかの確認だ。二時間ぶりにソファーに腰掛けた二人は、小さな画面に映る自分達の演奏を見ていた。


 ーーーー綺麗なハーモニーの所もあるけど……


 「全体的には、まあまあだな」

 「……あぁー」


 二人とも音楽に関しては厳しい。もっと練習しなければ、人に聴かせられるモノに仕上がっていないのだろう。揃って微妙な表情を浮かべた。


 「次、テンポ変えてみるか?」

 「そうだな。その方がいいかもな」

 「一回演ってみて、微妙だったらまた変えてみるか?」

 「潤といると練習も捗るな」

 「それは俺の台詞」


 お互いに一人で黙々と演るよりも、相方と合わせながらが性に合っているようだ。再び音が重なれば、先程よりも心地よいハーモニーを響く。

 曲の仕上がりを喜び、ハイタッチを交わしていた。


 ーーーーーーーー達成感が半端ない。

 勿論、すべてはこれからだけど……それでも、拓真と一緒にここまでの曲に仕上がった。

 それは素直に嬉しいし、この数ヶ月の頑張りを評価してもいいとも思う。


 拓真に視線を移すと、同じような表情を浮かべていた。曲が出来た達成感を感じていたのだ。


 携帯電話で録音したばかりの動画をインターネットで配信する。これは、miyaが中学の頃から活動していた方法だ。さすが彼のファンと言えるだろう。ENDLESS SKYのTAKUMA×JUNとして配信した中には、water(s)のコピーも含まれていた。これは二人が攻めた結果だ。原曲キーのままでは、とても歌えない為、キーを下げ、若干ギター仕様にアレンジしている。二人の歌声を気にいる者もいれば、やめて欲しいと思う者もいる。それは当然の反応だ。誰もが皆、彼等の曲を、その声を、気に入ってくれるなら、即座にプロになれる筈だからである。


 「次はストリートで演ってみるか?」

 「いいな! 潤が意外と積極的で助かるなー」

 「活動するからには、一人でも多くの人に聴いて貰いたいだろ?」

 「だな! 夏休みって、色々試せるいい機会になりそうだな」

 「あぁー」


 彼等が家路に着く頃、空には星が瞬いていた。


 流れ星とは言わないけど……その日の星に願いたくなるくらいには本気だから、積極的にもなる。

 でも……拓真となら、叶う気がするから不思議だ。


 イヤホンから流れ出る彼女の澄んだ声に、思わず口ずさんでしまいそうになるのを抑え、心地良い旋律に耳を傾けていた。


 翌日、妹達と約束した通り遊んで過ごす中、彼はピアノの練習をしっかりと行ってから、ピアノ教室に向かった。


 練習してから行くのと、そうでないのではレッスン内容も変わってくる。

 今の傑と同じ歳から個人レッスンは、はじめたんだっけ…………ピアノ歴は七年になるけど、個人レッスンの発表会にしか出た事ないから、昨日の拓真が見せてくれた動画には驚いた。


 拓真のクラスメイトのピアノの音色が、耳に残っているのだろう。息抜きに弾いた曲は、昨日聴いた合唱発表会の曲だった。


 「お兄ちゃん、water(s)の曲、弾いてー!」

 「僕も聴きたい!」


 三兄弟揃ってwater(s)が好きなのだ。

 潤は微笑むと、彼等のデビュー曲を弾き始めた。それは、潤と拓真がデュオ名にする程、二人が組むきっかけとなった曲だ。アマチュアで活動していた頃から知っているからこそ、最大限にらしさが出ていると感じていた。ある意味では本人達よりも思い入れの強い曲の一つだろう。


 「お兄ちゃん、歌はーー?」

 「あぁー。じゃあ、一緒に歌うか?」

 「うん!」 「うん! 次、ギターもね!」

 「はいはい」


 電子ピアノのある和室の部屋には、可愛らしい声で楽しそうに歌う兄弟が揃っていた。隣のリビングまで聴こえてくる音色に、微笑む母の姿もあった。

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