第19話 光がある限り
両手を前に大きく伸ばし息を吐き出すと、ギターを背負い、練習室に向かう潤の姿があった。
「お疲れ、拓真」
「お疲れー、ようやく練習出来るな」
「あぁー」
待ち焦がれたって言ったら大袈裟だけど、それくらい弾きたかったのは確かだ。
早々とマイクスタンドを用意して、ギターを片手に声を出す。
ーーーーーーーー歌いたかったんだ…………
拓真とギターを弾きたかったんだって、こういう時に実感する。
「いくぞ?」
「あぁー」
頷いて応え、録音しながら演奏を始める姿は、試験が終わった事もあるのか清々しさが垣間見える。
ストリートでは演ってきたけど、ライブハウスではまだ一度もない。
無茶な事だって分かってるけど、どうしてもあの場所に立ちたい。
water(s)が立っていたseasonsで演奏したいんだ。
観客じゃなくて、ステージに立って……聴いて貰いたい。
拓真と作ってきた曲を、一人でも多くの人に……
二人の奏でるハーモニーは絶妙だったのだろう。ライブ直後のようにハイタッチを交わし、携帯電話から聴こえる自分達の音色に耳を傾けていた。
うわっ……こんな風に聴こえるのか…………
何か……自分の声じゃないみたいだな……ってか、それよりも! 最初は良かったけど、後半は二人してギター走りすぎだろ?!
ーーーー録音、やり直しだな。
高揚感でハイタッチまでした自分が恥ずい……拓真も同じ気持ちなんだろうな。
隣を見れば、同じように頭を抱えていた。
「拓真、もう一度やるだろ?」
「勿論! 走りすぎないようにな……」
「あぁー」
苦笑いだけど、それでも楽しいから仕方がない。
試験が終わって、気が緩んでたんだよな。
再び合わさる音色は、リズムが狂う事なく練習室に響いていた。
ーーーーーーーー緊張する……受験の時に似てる。
ほとんど表情を変えない潤が緊張した面持ちには、理由があった。彼等の目の前には、seasonsのオーナーである春江がいるからだ。
此処は音楽通の奴なら知ってる隠れ家的なライブハウス。
上手い奴はオーナーがスカウトする場合もあるって噂で聞いたけど……そんな事ある訳もなくて、売り込みに来た。
SNSでの今までの配信を見て貰って、この間録った曲をようやく聴いて貰ってるんだけど……何か不味かったのか?
オーナーの表情が微妙な感じがするんだけど……
「ーーーーバンド名は、ENDLESS SKYだったわね……」
『はい……』
ようやく口を開いた彼女は、何処か懐かしむような表情を浮かべた。
「……二人ともwater(s)のファンでしょ?」
「えっ……」 「どうして……」
いや……配信だとwater(s)の曲、歌ってるから……それでか?
言いかけた潤は自己完結していた。それ程までに、彼等の曲を披露していたからだ。
「……JUNもTAKUMAも、弾き方がmiyaに似てるわね。今日は空きがないから残念だけど……」
ーーーーこれって……体よく断られてる?
やっぱ…………ダメ、なのか?
「うーーん、今月も厳しそうね……大学生なら、夏休みかしら?」
『は、はい!』
「water(s)がライブするようになってから、若い子の出演希望者が増えてね……」
彼女はそう言いながら、パソコンに視線を移した。スケジュールの確認をしているようだ。
「……直ぐには返事が出来ないけど、空きが出たら連絡するわね」
『は、はい!!』
潤は拓真と顔を見合わせると、微かに繋がった光に嬉しさが滲む。
「失礼します」 「ありがとうございました」
一礼して部屋を出ると、二人は視線を合わせ、ライブハウスを飛び出していった。
ーーーーーーーー繋がった……聴いて貰えたんだ。
まだ演奏出来るって決まった訳じゃないけど、それでも良い。
オーナーに聴いて貰えただけでも、価値があった筈だ。
「返事待ちだけど、良かったな」
「あぁー……この後、カラオケ行くだろ?」
「勿論! んで、明日はストリートな!」
「そうだな!」
凹んでる暇はないよな。
夏季休暇は始まったばかりだし、ようやく手が届きそうなんだ……
「……それにしても暑いな」
「だよなー、プール行きたい」
「拓真、行くって言ってなかったか?」
「あーー、振られた」
「……またか」
「またって言うなよ! そんな事より、新曲合わせるだろ?」
「あぁー」
拓真はモテるけど、エンドレというか音楽を中心に回ってるような奴だから。
振られたって言ってるけど、彼女に相手が出来たりすると、それなりに凹んだりしてるのに……
何でもない事のように振る舞う拓真に、彼も気にする素振りを見せる事なく、音楽の話を続けた。
休みは殆ど、バイトと音楽活動に充ててるけど、オーナーからの連絡はない。
待ち遠しいけど、待つ事しか出来ないから練習するしかないんだ。
夕暮れ時に歌う彼等の前には、半円状に人が集まっていた。立ち止まって聴き入る人がいるのだ。
最初は見向きもされなかったけど、SNSの効果なのか聴きに来てくれてる人がいるんだ。
って、言っても十人程だけど……それでも嬉しいし、もっと多くの人に届けたいって思う。
彼等を見守る人の中には、彼女の姿があった。
加藤さんとは……拓真が別れてからだから、一年以上前から会ってないけど、堤さんは今もたまに聴きに来てくれてる。
有り難い事だけど……
「お疲れさま」
「……ありがとな」
彼女はスポーツドリンクを二人に手渡した。
何ていうか……対応に困るんだよな……
拓真が普通に接してるから、俺もそうしてるけど、元々は拓真の彼女の友人ってイメージだし……
「次はいつやるの?」
「あーー、未定かなー」
「そっか……」
ーーーー未定って訳じゃないんだけど……そう応えたって事は、拓真も戸惑ってるのか?
ファン第一号って言ってもいい人だから、気恥ずかしいっていうか……微妙な感じなんだよな……
流石に顔に出さないようにはしてるつもりだけど、拓真も照れくさいんだと思う。
「拓真、潤!」
「阿部っち!」
「人、集まってたじゃん!」
「聴いてたのか?」
「まぁーな」
「一人なのか?」
「うん、楽譜見に来てた帰り」
「俺達も切り上げるから、飯行かないか?」
「俺はいいけど……」
阿部は彼女に視線を移した。
「あっ、また見に行くね!」
「あぁー、ありがとなー」 「ありがとな」
手を振り去っていく彼女に、拓真が大きく手を振り返していた。
「ーーーー良かったのか?」
「あぁー」
即答する様子に、阿部が苦笑いを浮かべた。
「さっきの子、拓真の彼女?」
「違うよ」
「そんな即答しなくても」
「まぁー、可愛い子ではあるけど、そんなんじゃないよなー」
「あぁー……堤さんは俺達の曲を聴いてくれる数少ない人だよな」
「なるほどねーー……んで、拓真の想い人とか?」
「あーー、それもないな」
きっぱりと否定する拓真に、今度は潤が苦笑いを浮かべた。
彼女はwater(s)のファンで、俺達の曲を聴いてくれる数少ないファンの一人。
hanaのファンって言ってたし、ある意味……俺達と同じって事だ。
それにクラシック風のライブも見に行ったって言ってた。
感動したって、言ってたしな…………
あんな風に演奏出来たらって、何度も……何度も願ってるんだけど……
揃って阿部と共にファミレスに入り、話を続ける。それは音楽についてが主だ。
「せっかくだから金子も呼ぶか?」
「あぁー。今、連絡したら来れるってさ」
「さすが潤!」 「仕事が早いな」
「はいはい。俺、ドリンクバー行ってくるな」
「いってらー」
「拓真もコーラついでくるか?」
「あぁー、頼む」
一緒にいる時間が長いからか、拓真の事は大体分かってるつもりだけど……音楽については……だな。
阿部に聞かれた時の拓真の反応が、いつもと違う気がしたんだ。
気のせいかもだけどさ……
程なくすると金子が揃い、いつもの面子で残りの休みにライブに行く予定を立てていた。
「楽しみだなー」
「あぁー」
「拓真と潤は、短期バイトで設営やったんだろ?」
「あぁー。結構、楽しいよ」
「楽しいけど、体力的にはきついなー……筋肉痛になった事もあるし」
「重い機材の搬入もあるのか?」
「そういう事」 「あぁー」
休みだからって、ピアノに触れてない訳じゃない。
金子も阿部も、それこそコンクールに出場するくらい積極的に取り組んでるし、俺も……見習わないとな……
テーブルに並んだ皿やグラスはすっかりと空になっている。話の合う仲間と居ると、時間が経つのが早いのだろう。解散する頃、空には月が出ているのであった。
「拓真! やばい!」
「えっ? 潤、どうしたんだ?!」
珍しくテンションの高い様子に、拓真は驚いていた。潤の差し出した携帯電話には、ストリートライブをするwater(s)の姿が映っている。
「……えっ?」
「なっ? やばいだろ?!」
…………早く鳴ってるのが分かる。
やばい……これ、ニューヨークだよな。
セントラルパークでストリートって……規模のレベルが違いすぎる。
「ーーーー再生数……凄いな……」
「あぁー……」
アップされてるのが約一週間前で、九千万回以上再生って……やばい……ずっと聴いていられるな。
それに、ギター上手くなってないか?
なんて……音なんだ…………
マイクスタンドどころか、十分な機材も何もないのに……ステージで演奏してるって錯覚させられる。
「アカペラか……」
「あぁー」
アカペラで歌い始めたhanaに続くように、音が重なっていく感じだ…………英詞で、全部の意味が分かる訳じゃないのに、泣きそうになる。
音楽は世界共通って言うけど、water(s)だからだ。
hanaの歌声だから、届くんだと思う。
いつも……上原は、光り輝いてるみたいだ……上原だけじゃないか…………
「凄いな……英語ペラペラじゃん」
「確かに……」
発音は完璧だし……むしろ、発音良すぎて俺が聴き取れない所があるくらいだ。
勉強しないとな……
「拓真、携帯鳴ってないか?」
「あっ! もしもし……」
現実を思い知らされる中、二人に連絡が届いたのは夏季休暇の終わる頃だった。
 




