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第18話 心が叫んでる

 会場はすでに六百五十席すべてが埋まり、チューニングの音が響いている。


 幕が上がるのが、待ち遠しくて仕方がない。


 「こんばんは、本日はクラシック調のコンサートにお越し頂きありがとうございます。最後までお付き合い下さい」


 keiの挨拶が終わると、指揮者と視線を合わせ、曲が始まった。hanaは一番前で、マイクを片手に歌っている。今日の彼等はオーケストラに合わせ、ドレスアップした装いだ。


 グレー系の衣装を五人とも着てるのか……

 かっこいいな……上原は綺麗なんだけど、背筋がゾクゾクするっていうか……それくらい、声が響いて聴こえる。

 心にダイレクトに伝わってくるみたいな……そんな感じだ……

 観客の中には共演のオーケストラが好きな奴もいれば、俺達みたくwater(s)の曲が好きな奴も多数いるんだろうけど、チャレンジャーだよな。


 一際強い輝きを放つ彼等は、オーケストラの音色と見事に調和していた。


 耳に残る素晴らしい音色は、流石はプロってところか……


 「ーーーーこれより二十分間の休憩になります」


 前半の曲が終わり、アナウンスが入れば、元どおりに幕が下される。梅雨空の季節を吹き飛ばす程に、勢いのある演奏が行われていた。


 「凄いな……」

 「あぁー……」


 何度聴いても驚かされる。

 water(s)の音色は、いつだって新しいし、心を揺さぶられる気がするんだ……


 休息を挟んで迎えた後半は、グレー系からブラックスーツに、彼女はただ一人白いドレスに変わっていたが、潤が驚いたのはそこではない。


 「ーーーーピアノ、弾くのか?」 「えっ……」


 前半とは明らかに違う配置に拓真も驚く。


 コンクールで優勝する程の実力者なんだから、出来て当然なのかもしれないけど……弾き語りは、それなりに神経使うし……歌うだけかと、思ってた……


 弾きながら歌う姿から視線を逸らせない。その声は、先程と変わらずに澄んでいた。


 こんなに音が混ざり合ってても、water(s)の音ははっきりと聴こえてくる。

 それに……いつだって、変わらないんじゃないかって思うくらいに、声が出てるんだ。

 オケの音にも負けない歌唱力か……


 会場からはスタンディングオベーションが沸き起こり、ステージに向けて最大限の賛辞が送られる中、彼女は指揮者と舞台中央で握手を交わしていた。


 「ーーーー感動したな……」

 「そうだな……」


 ……言葉にならない。

 気を緩めたら、泣きそうなくらいだ……


 割れんばかりの拍手が鳴り響く中、二人はステージで微笑む姿を眺めていた。




 「お疲れー」

 「お疲れ、やっと昼だな」


 教壇では鍵盤音楽史の講義が行われていた。その名の通り、鍵盤音楽の発展の歴史を学ぶ授業だ。


 「拓真、またラーメンか?」

 「好きなんだよ。潤は丼ものかー」

 「あぁー」


 カフェテリアには男子四人が揃っていた。


 「試験かーー」

 「阿部っち、早いな。あと十日くらいあるだろ?」

 「そうだけどさーー、実技は憂鬱だよなー」

 「確かにな」

 「潤もかーー、いつも平然としてるから、緊張しなさそうなのに」

 「普通に緊張するって」


 前期の実技試験と学科試験を約十日後に控える。学科試験は一斉に行われるが、実技試験は日付も時間も人によって違うのだ。


 試験は毎回緊張するけど、最初に比べればマシになったかもな……


 「ってか試験じゃなくて、夏季休暇の話しないか?」

 「金子の言う通りだな。阿部っちは帰省するんだっけ?」

 「うん、まぁーな。潤と拓真は、また短期バイトするのか?」

 「あぁー」

 「あとストリートと、出来たらライブハウス希望だなー」

 「へぇー、ライブハウスって何処の?」

 「seasonsだよ」

 「それって……water(s)がデビューライブした場所じゃないか?」

 「阿部っちも知ってたのか」

 「まぁーな……高三の時、行きたいけど遠くて、間に合わないっていう思い出があるからなー」

 「あぁー、あれな」

 「ゲリラライブか!」

 「金子も知ってるのか?」

 「俺は場所が分からなくて、行けなかった口だな。その感じだと、潤と拓真は行ったんだろ?」

 「あぁー」

 「まぁーな。潤とは連絡取り合った訳じゃないけど、会場で会えたよなー」


 懐かしいフリーライブの話をしていると、彼女達の声が聞こえてきた。


 「あっちに座ってるの大塚達だな」

 「本当だなー」


 窓側の四人掛けの席にピアノ専攻の女子四人が揃っていた。


 ーーーー上原って、やっぱ目立つよな……


 「上原って、やっぱ目立つよなー」

 「そうだなー、高校の頃から目立ってたよ。石沢とも仲良かったし」

 「へぇー」 「そっか……」


 ……なんだ……心の声が漏れたのかと思ったけど、阿部っちが言ったのか…………目立つのは、みんな納得っぽいな。

 肌白だし、髪は綺麗だし……見た目だけじゃなくて、仕草も可愛いし……って、そうじゃなくて……音が違うんだよな……

 普段の声は、そんなに大きくないのに、ライブでは響く澄んだ声で歌ってるし……


 目で追っている事に気づき、手元のペットボトルに視線を戻す。


 「潤と拓真は、放課後もよく残ってるよなー」

 「あぁー、試験が終わったら、また再開だな」

 「そうだなー。単位落とす訳にはいかないけど、早く練習したいよなー」

 「そうだな」

 「二人とも練習好きだよなー」

 「阿部っちと金子だって、練習してんじゃん!」

 「そうか? って、潤笑いすぎ!」

 「悪い……結局、みんな練習好きって事だろ?」

 「だなー」 「確かに……」


 他の専攻の奴がどうかは知らないけど、ピアノ専攻の奴は、少なくともピアノ歴は六年以上だし……練習好きの奴ばっかりだよな。

 ピアニストとかピアノの先生とか……なりたいものは違うんだろうけど……俺はENDLESS SKYで、プロになりたい。

 あれから、何一つ変わってない。

 今も夢は……夢のままだ。


 試験前でフラストレーションが溜まるのは相変わらずで、ギターを弾きたくなる日が続いてるけど、気を抜いたら単位落としそうだ。

 それだけは避けたいから練習してるけど、結局……練習好きっていうより、みんな音楽が好きなんだよな……

 高校とは明らかに違うって思うのは、音楽用語の飛び交う会話に違和感がない時だ。

 入学当初は自分の無知に、それなりに凹んだりしたしな……


 「ソルフェージュ、上原だけクラス違うから試験も難しそうだよなー」

 「そうだったな。上原、耳が良いんだよなー」


 ソルフェージュは基本的にレベルでクラスが分かれている。音楽を聴いて譜面に起こす聴音、譜面の読み方を学ぶ楽典、譜面を読んで音階で歌う視唱。

 音楽を聴く能力、譜面に書き出せる能力、譜面から表現できる能力、そのどれもが桁違いである事を指していた。


 本人から直接聞いた訳じゃないけど、絶対音感あるみたいだし……本当、俺が欲しいモノを全て持ってるよな。

 諦める気はないけど、実力の差を知る度……このままでいいのか? って、自問自答してたりする。


 「潤、行くぞー」

 「あぁー」


 拓真に呼ばれ我に返ると、午後の授業と向き合っていった。


 いつもの放課後は、練習室に拓真といる事が多い潤だが、試験前は一人で残るか自宅に直行である。


 試験前は、練習室使う奴多いよな。

 遅くまで音出ししてていいし、個室だから集中出来るしな。


 彼も練習室で一人、実技試験の曲を弾いていた。


 つっかえたりはしないし、指もスムーズに動いてる気がするけど、難しいよな。

 クラシックは基本、譜面通りだし……作曲家への敬意か……ベートーヴェンやリスト、ドビュッシー……沢山の作曲家が残してきた音楽を今の俺が学んでるんだよな。

 こうして後世に残るのは、ほんの一握りなんだろうけど……凄いよな。

 視点だけは楽理というか、ただ楽しむだけで聴かないようにはしてるんだけど……


 練習を終えた彼の耳には、イヤホンが付いている。流れる曲は彼等の音色だが、ただ単純に聴き入っていた。


 ーーーーダメだ……他の曲なら、そういう視点で聴けるのに、water(s)だけはどうしても……ただ、聴いてしまうんだ。

 ファルセットも地声も、関係ないくらいに声量があるし……プロの視点から見れば、色々あるのかもしれないけど……ただ単純に惹かれてしまう。

 何度だって……


 「ただいま」

 「おかえりなさい」

 「お兄ちゃん! 今日、新しい曲習ったんだよー」

 「良かったな、夢」


 妹は両手で楽譜を持って、兄に報告していた。


 懐かしい楽譜だな……たまにピアノの練習をサボってレッスンに行くと、速攻でバレてたよな。

 夢はピアノ一筋っぽいから、俺より上手くなるかもな……


 「兄ちゃん、また練習するの?」

 「あぁー、試験があるからな」


 夕飯を終えた潤は、電子ピアノに手を伸ばした。ヘッドホンをつけ、音漏れを防ぎながら触れる。


 グランドピアノとは違うよな……調律しなくていいんだけど、学校でグランドピアノに触れる度にギャップを感じる。


 彼が一日の殆どをピアノに触れる程、実技試験は難易度が高い。鍵盤に触れる音だけが、リビングに響いていた。

 

 「はぁーーーー……」


 ベッドに寝転んだ潤の視界にギターが入る。


 弾きたい…………けど、もう夜遅いし……試験が終わるまでの辛抱だな。

 こういう時、毎日のようにギターに触れてたんだって気づく。


 携帯電話には彼からのメッセージが届いていた。


 「ーーーーらしいな……」


 イヤホンを付ければ、仕上がったばかりの曲が流れ込む。


 拓真らしい……明るい曲に仕上がってるな。

 試験前の練習休みに、耐えられなかったって事か……


 思わず笑みが溢れ、耳を傾けながら口ずさむ。弾むような弦の音色に、思わずギターに手を伸ばしそうになる程、心が弾んでいた。

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