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第17話 踏み出せと

 water(s)のファンがドーム周辺に集まっていた。外に並ぶライブグッズの売り場には長蛇の列ができ、人であふれかえっている。


 「拓真、買えたか?」

 「あぁー! 潤!」

 「はい、飲むだろ?」


 拓真はペットボトルを受け取ると、ゴクゴクと勢いよく飲み干した。


 「それにしても……凄い人だな」

 「water(s)のライブは倍率高いからな。ファンクラブに入ってる俺達だって、今日の二枚しかゲット出来なかったじゃん」

 「そうだな……」


 二人には感慨深いものがあるのか、人混みの中からドームを見上げた。


 「……目標だな」

 「あぁー」


 ーーーーまだ……まだ、夢の途中だ。

 スタートラインにすら立てていない現実だけど、音に触れる日々が増えて、今が楽しいのは確かだ。


 開場時間になると、アリーナ席に向かう二人の姿があった。


 ライブで目にする度、耳にする度に、思うけど……進化してるよな。

 デビュー当初から凄いって思ってたけど、今が一番なんじゃないかって……毎回、気づかされる。


 プロジェクションマッピングは幻想的な世界に誘う為の一つの手段であり、音に乗せて広がる景色は新鮮だろう。あまりの衝撃に感嘆の声が上がる中、ただまっすぐに見つめていた。


 ーーーーーーーー思い知らされる。

 俺には、到底届かないような高みにいるって……


 「…………凄い……」


 思わず声に出したその視線は、彼女を捉えて離さない。


 プロジェクションマッピングと音が連動してて、一体感が生まれてて…………これだけのステージを創り上げるのに、どれくらいの時間がかかってるんだろうな…………


 映像に負けない圧倒的な歌唱力に鳥肌が立つ。彼等にスポットライトが当たっていないにも関わらず、存在感を感じずにはいられない。明らかな音の違いを理解してしまえば、ただ酔いしれるだけだ。


 素顔がスクリーンに映し出された瞬間、一際大きな歓声が上がる。最後だと分かっていても惜しんでしまうのがさがだろう。


 ステージを右往左往しながら、マイク片手に駆けまわっていても、hanaの歌唱は一度だって乱れてなかった。

 五人並んで手を繋ぐ姿が、目に焼きついて離れなくて…………


 アンコールも入れれば二時間半近くライブは行われていたが、その体感は一瞬だ。ずっと立ち続けていられるほどに夢中になっていたのだから。


 ステージから去っていく彼等に、惜しみない拍手と歓声が送られる中、隣に視線を移すと、大きな拍手を送っていた。


 拓真だけじゃないな……俺も……


 彼自身も大きな拍手を送り、最大限の賛辞を注いでいた。


 「ーーーー目標か……」

 「あぁー……」


 拓真の言いたい事は分かってる。

 目標にしてるのは、あの頃から変わってないけど……目標にしていた彼等は、どんどん進化していくから…………開いていく差を縮められるようにしたいって思ってはいるけど、難しいよな。


 ドーム周辺はライブを観戦した客で溢れている。その多くは彼等のグッズを持っていた。

 ライブTシャツの上から、シャツを羽織る横顔は、揃って高揚感が滲んでいるのであった。

 

 


 放課後のカフェテリアは、日中に比べれば人がまばらだ。潤は拓真と飲み物を片手に席を探した。


 あっ……上原だ……一人なの珍しいな……


 彼女はグラスを傾けながら、窓際の四人掛けの席に腰かけていた。


 「上原、お疲れー」

 「酒井、樋口くん、お疲れさまー」

 「珍しいな、一人なの」

 「待ち合わせ中なの。あっ、二人ともライブに来てくれたって聞いた! ありがとう」


 拓真はこういう時、高校からの仲っていうか……羨ましく感じるよな。

 普通に話かけてるし……


 彼女が立ってお礼を告げていると、待っていたであろう彼が現れた。


 「hana、お待たせ」

 「miya、お疲れさまー」

 「ミヤ先輩! ライブ凄かったです!」

 「ありがとう……酒井くんだよね? 同じ高校の……」

 「はい!」

 「えーーっと、樋口くんだっけ?」

 「はい! ギターソロ、かっこよかったです!」


 ーーーーーーーーやばい…………あんな……一年以上前に挨拶した程度の俺の名前まで、覚えてくれてるなんて…………

 それにしても、上原みたく……ミヤ先輩も楽しそうに話すんだよな……


 「……ありがとう」


 差し伸べられた手が、緊張で湿ってるのが分かる。

 あのmiyaに、握手して貰えるなんて…………

 拓真だけじゃなくて、俺にまで差し伸べて貰えるとは正直思ってなかった。


 二人と握手を交わしたmiyaに、彼女が微笑む。


 「ふふ……」

 「何? hana……」

 「よかったね、miya」


 上原とミヤ先輩は、幸せそうな笑顔だ。

 憧れてるのは……ミヤ先輩だけじゃない。

 俺はーー……


 「……俺は……俺達は、上原の……hanaのファンでもあるよ? water(s)のファンだから……」

 「ありがとう……」


 彼女の頬が、ほんのりと色づいた気がした。


 あれだけ歌えるのに、その反応はずるいだろ……

 可愛いし……そんな顔が見れるなら、もっと早く告げれば良かったって思うし……


 「……ミヤ先輩、かっこいいよな」

 「だよなー、男でも惚れるわ」

 「あぁー」

 「即答!」

 「だって、本当に男前だろ?」

 「まぁーな」


 初めてギターを手にした時、kamiyaに憧れて同じギターを買ったくらい、好きなんだ。

 上原の事が好きだって自覚したあとも、ミヤ先輩に対する想いは変わらなかった。

 俺にとって、憧れのギタリストで、作曲家。

 本人も歌が上手いのに、ボーカルをずっと探してたんだよな…………上原の事、water(s)の歌姫って言ってるのを雑誌の記事で見た事がある。

 二人の仲の良さは知ってたけど、久々に間近で上原が話してるの見たからか……いい表情するんだよな。

 きっと……ミヤ先輩だけに見せる表情なんだろうな……


 「潤、この曲演るだろ?」

 「あぁー」


 いつものように練習室で演奏する二人は、彼等の曲を歌っていた。


 ライブで聴いた生の音が離れられない。

 楽しくて、ずっと……こうしていられたらって願ってしまうけど……


 キーを下げて演奏する彼等の音は、water(s)とは違う景色を二人にもたらしていた。




 毎日ピアノに、ギターに触れてるけど、何度練習しても彼女みたいな音も、彼みたいな弾き方も、俺には出来ない。


 ーーーーーーーー分かってる。

 二人は努力が出来る天才だって。

 俺からしたら、water(s)は神様みたいな存在なんだ。

 大袈裟じゃなくて、本当にそう思ってる。

 カフェテリアでいつもの八人で集まってるけど、話題は上原が今度やるライブか…………


 潤の前に彼女は座っているが、隣にいる石沢と楽しそうに話ながら、ご飯を食べている。


 ドームを超満員にするhanaが、上原なんだよな。

 分かってるんだけど、ふとした時に別人なんじゃないかって思う。

 こっちを振り向いてくれたらいいのに……とか思う自分に、凹んだりするし。

 そんな事、あり得ないし……あって欲しくもないのに……


 「なぁー、潤も見に行くんだろ?」

 「えっ?」

 「だから、上原のクラシックライブだよー」

 「あぁー、拓真とな」

 「樋口と酒井は仲良いよねー」

 「そうか? 普通だろ?」

 「そこは、仲良いって言えよー」


 拓真の戯けた様子に、笑顔が溢れる。


 みんなと知り合って一年経ったんだから、いつものメンバーとの仲が良くても当たり前だけど……拓真は特別だよな。

 上原も石沢とは、特に仲が良いみたいだし……


 「奏もピアノ弾いたりするの?」

 「綾ちゃん、そこは内緒だよー。当日のお楽しみって事で」

 「そりゃあ、そうか」

 「だよねー。当日、楽しみにしてるねー」

 「うん! ありがとう」


 ーーーー本当……いい顔するよな…………

 見てるだけで、音楽が好きな想いが伝わってくるっていうか……本人以上に、観客の俺が楽しみにしてる感は否めないけど…………water(s)がオケとガッツリ共演とか、楽しみすぎるだろ!

 あーーーー、早く聴きたいな……


 表情にこそ、あまり出ていなかったが、彼は六月にあるライブを前にテンションが上がっていたのだ。

 

 「潤、昼間はテンション上がってただろ?」

 「バレたか……」

 「それはなー」

 「拓真だって楽しみだろ?」

 「それは勿論な。あの一流のオケと共演って……考えただけで、テンション上がるじゃん!」

 「あぁー、そうだよな」

 「しかも、あのコンクール! ミヤ先輩も優勝した事あるらしいし!」

 「えっ?!」

 「それで今回のクラシックコンサート企画したんだって、石沢が言ってたなー」

 「凄いな……ってか、バンド内に優勝者が二人いるって……」

 「本当、凄いよなー」

 「あぁー」


 ……凄いなんてもんじゃない。

 上原の夢とか目標は知らないけど、俺からしたら、夢を確実に掴んでいってるし……それを叶えるだけの力を持ってるって思う。

 滑らかに動く指先も、澄んだ声も、才能もあると思うけど……ここまで体現できてるのは、上原が続けてきた成果だって…………単純に羨ましくも思う。

 俺だって音楽に触れてるつもりだけど、それだけじゃ足りないんだろうな…………

 この一年は同じものを学んでるけど、違うんだろうな。

 上原にあって俺にないものなんて、ありすぎるけど……きっと、そんな事じゃないんだ。

 どれだけ音と自分と向き合えるか……なんだろうな……


 練習室でいつものように奏でる二人の音色は、綺麗なハーモニーを響かせていた。


 拓真のハモリとぴったりと合うような、この瞬間が堪らなくて……


 時折、視線を合わせながら歌う二人は、楽しそうな表情を浮かべていた。


 今年の夏には立つ……立ってみせる。

 water(s)が演ってたライブハウスのステージに。


 それは二人の夢であり、目標だった。


 「……オーナーに売り込むんだろ?」

 「勿論! やってみなくちゃ分からないからな!」

 「あぁー」


 試してみないと分からない。

 一回断られたくらいじゃ、めげたりしないって自分に言い聞かせて突き進んでいくしかないんだ。

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