第16話 無数の願いが
「water(s)またCD売り上げ一位だってー」
「年末辺りから、よく音楽番組に出てるよね」
「サイン貰えないかなー」
「無理だろ? そんな身近に居るわけないんだし」
「知らないの? 同じ音楽学部の学生なんだよ?」
彼等は元々、人目を惹くような存在感があったが、マスメディアに出るようになり、より一層注目の的になっていった。
water(s)の話してる奴がいるな。
俺がサイン、貰いたいくらいなんだけど……
「久々に四人だなー」
「そうだな」 「あぁー」
拓真の言う四人とは、ピアノ専攻の阿部、金子、拓真に潤の男子四人だ。器楽科の生徒数は百人近くで、他の科に比べれば断トツで多いが、楽器の専攻毎に分かれる為、少人数精鋭である。
必然的にピアノ専攻の仲間でカフェテリアに集まる機会は多く、男女揃って席に着く事も珍しくない。
今日は、上原いないのか……
「なぁー、拓真と潤は二人で組んで活動してるんだろ?」
「あぁー、休みの間もストリートで演ったよな?」
「あぁー……手がかじかんでヤバかったけどな」
「外って寒そうだな」
「日中でも一時間くらいいると冷えるよな」
「だよなー、カイロしょってたし」
ピアノ専攻のメンバーは、拓真と俺が組んでる事、知ってるんだよな。
上原の前で告げた事はないかもだけど……
「あっち、人多くない?」
「ん? そうだな」 「本当だ」
誰かいるのか?
またwater(s)のメンバーだったりして……
視線が集まる先に目を向けると、上原がいた。
「ってか、森達じゃん!」
「いいなー、ミヤ先輩と話してんじゃん」
「本当だ……混ざりたいな」
「あぁー」
遠くて話の内容までは聞こえないけど、上原はともかく石沢達が羨ましいな。
ミヤ先輩と話したのなんて入学式以来ないし、話したって言っても挨拶しただけで…………もう、覚えてないよな……
彼と楽しそうに話すピアノ専攻の女子達を羨む。それほどまでにmiyaは目立つ存在であり、憧れでもあった。
「まだ学生なのに、プロって凄いよな……」
「だよなー。上原がデビューした時は、高二になる前だしなー」
「拓真と石沢は同じ高校だったんだよな?」
「あぁー、あの頃からピアノ上手かったなー」
「凄いよな……コンクールでも優勝してたし」
「だよなー、阿部も見たのか?」
「見たよ……ってか、二次で落ちたし」
「そっち側かー、本選ヤバかったよな?」
「あぁー、一人だけ違ってたな」
「そんなにか?」
『あぁー』
即答する潤と拓真に、金子から笑みが溢れる。
「本当に凄かったんだぞ? 聴衆賞も受賞してたし」
「上原が上手いのは分かってるよ。じゃなくて、潤も拓真もエントリーしてないのに見に行ったのか?」
「あぁー、たまたまな」
「そう。潤が行った事ないって言ってたからさー」
「本選まで行くと、中学の頃とかは顔見知りになる奴いたよな」
「だよなー」 「確かに!」
ーーーーーーーー俺が、この大学に入れたのって奇跡に近いよな。
コンクールに出るような奴が、同じ専攻なわけだし……ある意味ライバルだけど、同じモノを学ぶ仲間意識の方が強い気がする。
「帝藝祭のライブも凄かったけど、アンサンブルもヤバかったよなー」
「あぁー、上原とミヤ先輩の連弾な」
「そうそう」
「俺も聴いたー」
「みんな、聴いてたのか……」
帝藝祭最終日は別行動してたけど、あの場に四人ともいたのか…………
俺でさえ音が違うって思ったんだから、他の奴の耳にはどんな風に聴こえてたんだろうな。
ーーーーーーーー結局……みんな、water(s)の音が好きなんだよな…………
二人の会話は聞こえないけど、少し照れた様子で微笑む上原に、柔らかな視線を向けるミヤ先輩。
いつもの事ながら、こっちまで緩む。
可愛らしいさまは彼に向けられる事が殆どだが、潤は切ない表情というよりは、小さな笑みを浮かべていた。
「やった……」
思わずガッツポーズをして、早速電話をかける。相手は勿論、相方である。
「もしもし? 拓真? 当たった!!」
『マジ?!』
「マジ! 行けるな!!」
『やったなー! すげー、楽しみ!!』
電話をした潤もいつも以上にテンションが高いが、電話を受けた拓真も彼以上にテンションが高い。先行抽選でwater(s)のライブに当選したからだ。
何てったって、今年は三周年記念のドームツアーだし、最終日じゃなかったけど、チケットが当たっただけで十分だ。
まだ一ヶ月以上先だけど、楽しみで仕方がない。
今から待ち遠しいな…………昨日、学校で話したのが夢みたいだ。
同じ専攻だから、必修科目の殆どを一緒に学ぶ訳だけど、上原は相変わらずというか、何っていうか……テレビやライブで見るhanaとは違うんだよな。
同じ一人の人間というか、身近に感じるから話しかけやすいし…………そういえば、上原とミヤ先輩以外のメンバーは、三月で大学卒業か…………
既にプロとして活動してるけど、この先はどうするつもりなんだろう?
俺には想像すらつかない。
最初は、この大学に入学出来れば、それで良いって思ってたくらいだし……
自室でいつものようにギターに触れれば、弾んだメロディーが流れていった。
練習室での音合わせも習慣だよな。
潤と拓真は、いつものようにギターを持って登校していた。日曜日の為授業はないが、登校禁止日以外は開放されているからだ。
「それにしても、昨日の電話はテンション上がったなー」
「そうだな。ドームでのライブは、一年ぶりだしな」
「だよなー! んじゃあ、今日も演りますか!」
「あぁー」
マイクスタンドの前に立つと、視線を合わせギターを弾き始めた。
やっぱ……楽しいよな。
拓真と演ってる時、音楽が好きだって実感する。
ストリートでの演奏は、だいぶ慣れてきたと思うけど、憧れの場所でのライブには至ってない。
オリジナルの曲で人を惹きつけられるのも、まだ稀だし…………でも、それでも……拓真とならって、思ってるんだ。
創作活動は高校の頃よりも知識が増えた分、より良いモノが描けてるって、そう信じてはいるけど……上原みたいには描けない。
water(s)の新曲が出る度、その多彩な音色に、他にはないアレンジに、劣等感を感じない訳がない。
それでも……二人の音を信じていくしかないんだ。
一度も夢を諦めた事はなかったからこそ、練習室には希望に満ちたような音色が響いていた。
三月下旬に毎年行われる卒業式。帝東藝術大学音楽学部器楽科を首席で卒業するkeiが、舞台の上で卒業生代表を読み上げ、ヴァイオリンを演奏していた。舞台にはkeiの他に、同じ弦楽専攻のチェロを弾くakiと、管楽・打楽専攻のサクソフォンを奏でるhiroの姿があった。
ーーーーーーーー豪華な卒業演奏だよな……あのwater(s)の三人のアンサンブルなんて、滅多に見れるモノじゃないし……クラシックでも、此処まで演奏できるのか…………予想以上というか、これだけ弾ければ……こっちの道でもプロになれるんじゃないか?
Aホールには、潤のようにwater(s)を一目見たさに卒業式に参加した在学生が多い。
プロになるのは狭き門だから、本来なら選べるはずはないんだけど、彼等はバンドを……water(s)を選んだって事になるんだろうな。
これから、どんな曲を奏でていくのか、期待せずにはいられない。
俺が卒業する頃には、少しは夢を叶えられる自分になれてるといいけど……
彼等の紡ぎだす絶妙なハーモニーに卒業生は皆、耳を傾けていた。音色が止んだ瞬間、拍手が沸き起こった事が、何よりの証拠だろう。
「ーーーー凄いな……」
「だよな……」
羨望の眼差しを向けていたのは、俺達だけじゃない。
だって、こんな風に弾ける奴、そういないだろ?
ホールから出ると、彼等が卒業生や在学生に囲まれる姿が潤の視界にも入った。
「人、凄いな……」
「あぁー……俺もサイン貰いたいくらいだし」
「だよなー」
「だよなーって、拓真は前に貰ってるだろ?」
「流石に覚えてたかー、まぁーな」
遠巻きに眺めていると、一際大きな歓声が聞こえてきた。
「やばっ!!」 「本人?!」
「美男美女揃いじゃん!!」 「本物だよね?!」
何?! water(s)の他に誰かいるのか?!
その声は彼等が揃う場所からだ。
ーーーーーーーー上原……と、ミヤ先輩……
卒業していく三人と抱き合う姿があった。少し頬の染まった彼女が花束を手渡している。
これは……湧くよな…………
だって五人揃ってるって、一年で一度見かけたくらいだし、抱き合う姿とかファンなら堪らないし……堪らないけど…………羨ましいとか思うなんてな……本当、water(s)といる時、いい顔してるよな。
微笑む横顔は、明日が待ち遠しいのだろう。瞳を輝かせているかのように、彼の瞳には映っていたのだ。
「……俺達は、久々にカラオケ行くだろ?」
「あぁー」
揃って卒業式に出席したが、ギターを背負ってきていた。音楽の話をする際、彼等もwater(s)同様に、いい顔をしていた。
カラオケ店の一室では、water(s)の曲を次々と登録していく。
「潤、これも歌いたい!」
「あぁー」
新曲だって歌える所が、流石ファンだよな。
本当の意味で歌えてるかどうかは、カラオケという事で勘弁して貰いたい感じだけど……分かってる。
本当の意味では、歌えてないって…………water(s)の音は、彼等だからこそ、色彩豊かな景色を見せてくれるって…………でも……何度だって、欲張りに思う。
憧れるみたいな音が出せたらって……
「この曲、キー下げるなー」
「あぁー、高すぎ……」
大体二つ以上キーを下げないと歌えないくらい、上原の声は高い。
しかも音域が広いから下げすぎると、低いキーが男の俺でも歌いにくいっていう…………でも、カラオケランキングでも一位とか取ってるから、みんな歌いたいんだよな。
きっと、hanaみたいに歌えたら……って思う奴、多いんだと思う。
夢は尽きないよな……
彼等の曲を歌いながら、気持ちを新たにする。無数の夢は尽きないのだ。
窓の向こうには、桜が咲く季節がすぐそこまで来ていた。




