第15話 僕らを揺さぶる
water(s)がテレビに出る機会は増えたけど、上原が話すのは稀だ。
ライブでもそうだけど、リーダーのkeiがトーク担当っぽいし……
リビングで流れる音楽番組に出演する姿は、学校で会う彼女とは違うのだろう。彼の視線には真剣さが垣間見える。
hanaとして映る上原か…………同一人物なんだけど、知らない人みたいだ。
結局……話せるようにはなったけど、聞きたい事は何一つ聞けてない。
上原なら、俺の疑問にも優しく応えてくれそうだけど………
耳心地の良い曲に、そっと瞼を閉じる。
あーーーー……このグルーヴ感……五人の一体感に、hanaの歌声が堪らないんだよな。
楽理を学ぶようになって、分析的な視点で曲を聴いてる時があるけど、water(s)だけは違うんだ。
ただ単純に、惹かれてしまうんだ……
「何の話してんの?」
「酒井と樋口じゃん。綾子のラブな話」
「ちょっ! 詩織ー?!」
授業を終えたピアノ専攻の女子四人が、カフェテリアに集まっていた。慌てる様子の石沢を他所に、いつもの調子で応えたのは拓真だ。彼も高校が一緒だった為、彼女と佐藤の仲の良さは知っていた。
「いつもの事じゃん。帝藝祭の時も仲良く焼きそば売ってたし」
「あぁー、スポーツ同好会」
時間帯は違えど焼きそばを買ったようで、二ヶ月程前の事を思い出していた。
「私の話はいいよ! 酒井は? 彼女出来たんじゃないの?」
「あーー、彼女はいないよ。声楽科の子と遊んだから噂になってるらしいけど」
「酒井はモテるからねー」
「いや、上原には言われたくないわ」
「え?」
「俺、聞かれるよ? 上原に彼氏がいるかどうか、割とよく」
「私はそんなの聞いた事ないもん」
「本人には聞きにくいんだろ? 上原は有名人だし」
「私も奏のこと、聞かれた事ある」 「俺も」
「……えっ……そうなの?」
上原が石沢や大塚に視線を移すと、揃って頷いていた。
そりゃ、そうだろ?
有名人じゃんか……それに……
「いやいや、有名人は言い過ぎでしょ」
本当に理解していない様子の上原に、溜め息が揃う。
「……奏は、water(s)っていう実力派バンドのボーカルだよ?」
「うん……みんな、すごい人達だからね」
「そこには奏も含まれてるんだよ?」
「えっ? 本当??」
「そうだよー……って、めっちゃ嬉しそうにしてるんだけど!」
「だって、認められたみたいで嬉しいもん」
「……これも奏の可愛い所よ」
石沢が上手くまとめてるけど、いまいち上原は分かってないっぽいよな…………俺がいつも感じてるみたいに、追いつきたいとでも思ってるのか?
俺だけじゃなくてエンドレにとっても、そこには上原自身も含まれてるし、hanaの歌声なしじゃあり得ないだろ?
その後、三限目について話していると、昼休みは直ぐに終わりとなった。同じ専攻なだけあって音楽用語を気にしなくていい事もあるが、少人数なため男女仲も良好だ。
配膳を下げていると、声をかける彼の姿があった。
「hana」
「……miya、お疲れさまー」
「お疲れ。今日は終わったら、マスターのところ、久々に行かない?」
「うん、行きたい」
「じゃあ、また後でな」
ミヤ先輩の癖なんだろうな……
上原の頭を優しく撫でてるし、なんて言うか……毎回思うけど、ドラマのワンシーンでも見てるみたいだ。
美男美女が微笑み合う姿に、そう感じたのは潤だけではないのだろう。二人は周囲の視線を集めていた。
「潤、放課後また寄ってくだろ?」
「あぁー」
拓真との練習室での音合わせは、入学してからずっと続いてる。
また長期休みの時、ストリートで演るつもりで楽しみな事に変わりはないけど、大学の試験は緊張する。
マンツーマンのレッスンだから覚悟はしてたけど、実技試験は正直しんどい。
緊張で手が震える事があるんだって、初めて知ったし……
午後の授業に取り組む彼は、いつも全てを吸収できるように学んでいた。
「うわっ……」
思わず声を出した潤は、テレビに釘付けになっていた。彼の見ている番組はアーティスト同士のコラボレーションが見応えであり、中央のアーティストが座る席の両サイドにステージが設置してあるようなつくりだ。
画面には、keiとakiが安定したヴァイオリンとチェロの音色を響かせる姿が映る。
反対側のステージに切り替わると、今度はhiroが見事なサクソフォンの音色を披露していた。
……上手いな…………帝藝祭でも思ったけど、音が違うんだ。
ってか、専攻楽器を番組で披露するって、どんだけ弾けるんだよ?!
上原は他のアーティストの曲をギターで弾き語りしてるし!!
滑らかに動く指先は日々の練習の賜物だろう。自身が弾くからこそ、難易度の高さは明白である。
ーーーーーーーーまるで、自分の曲みたいだな。
違和感ないっていうか、何ていうか……ここまでギターも弾けるのか…………
俺はギターの方がピアノより得意だと思ってたけど、上原の音を聴く度に得意だなんて言えないって思い知らされる。
water(s)はプロの中にいても、一際強い光を放ってるみたいだ。
画面に少しでも映る彼女を、彼等を、自然と目で追っていた。
番組が終わる頃に着信があり、思わず頬が緩む。
拓真も同じ番組、見てたのか……
音楽番組について、口を開けば止まらない。揃ってwater(s)が出演の番組は欠かさずにチェックしていた。
『レコ大に紅白か……』
「あぁー、生放送に出るの楽しみだな」
『だよなー』
生放送で歌う姿が見れるようになったんだよな。
water(s)ファンなら、みんな……待ち望んでいた事か……
そっとギターに触れ、声を出す。それは、エンドレの二人で初めて作った曲であった。
"雪降る街に"が街を彩る。
クリスマスが近くなると、何処からともなく聴こえてくるwater(s)の音色に、彼はイヤホンを外し聴き入っていた。
東京はホワイトクリスマスになんてならないけど、なったら……ロマンチックだよな。
我ながら女子っぽい考えだって思うけど……この曲を聴く度に想い出す。
ファミレスで模索した事、立ち止まって聴き入った事……そして、クリスマスライブで聴いたhanaの生の音を…………拓真は今日、デートって言ってたっけ……
潤は自宅に帰り、いつものように家族と過ごしていた。ダイニングテーブルには、チキンやサラダにクリームシチューが並び、部屋にはツリーが飾られ、クリスマス仕様である。
「お兄ちゃん、始まるよー!」
「そうだな」
テレビは彼の好きなというより、兄弟の好きな音楽番組が始まっていた。
「本当にお兄ちゃんの友達なの?」
「あぁー、同じ専攻だな」
「いいなー、やっぱり綺麗?」
「……傑、興味あるのか?」
「ん? クラスで話題になってたから、気になっただけ」
「そっか……」
弟相手に一瞬冷やっとするとか、ないな……
でも、そっか……歳の離れた傑も夢も、water(s)を知ってるって事は、それだけ彼等の曲が浸透してる証拠だ。
ユーチューバーじゃなくて、将来の夢を歌手って書く子だって、いるんだろうな…………少なくとも夢は、ピアノが弾ける人になりたいみたいだし。
同世代の俺にとっては、出鼻をくじられた感は否めないけど、憧れの存在である事には変わりない。
ステージでは照明と連動しながら、彼女が歌う姿が映し出されていた。
「凄い……綺麗……」 「うわぁーー……」
「本当に雪が降ってるみたい……」
「そうだな」
彼等はクリスマスソングだけでなく、今年のヒット曲を用いた一夜限りのメドレーを披露していた。
本当に雪が降ってるみたいな演出か…………歌う上原は、いつも楽しそうで……見ているこっちまで、顔がにやけそうになる。
実際の潤は、そんなに表情が表に出やすい訳ではない為、その変化に気づく者がいるとすれば拓真くらいだろう。今もいつもより心なしか頬が緩んだような彼が、弟と妹に挟まれてテレビを見ていた。
流石は同じ音楽を聴いて育っただけあるよな。
water(s)の楽曲は三人ともすきだし。
夢は男兄弟の末っ子だからか、俺が聴くような洋楽やクラシックも聴いてるしな。
「またライブ行くのー?」
「ん? そうだな。抽選に当たればな」
ライブがある時は必ず見に行きたいけど、チケットは入手困難だ。
それだけ人気があるって事で、仕方がないんだけど…………レコ大は、さらっとwater(s)の"カラフル"が最優秀賞だった。
当たり前のように流れる音色を耳にする度に自覚していた。惹かれると同時に、自身には届かない夢のようであると。
音楽番組だけでなく、ほんの数秒のCMでさえも耳に残る。
リビングのテレビから紅白が流れ、いじっていた携帯電話を離す。先程までは小さな画面に視線が向いていたが、一瞬でテレビに釘付けだ。思わず振り返りたくなるような音色は彼等しかいない。
上原はあれだけ歌ってるのに、全然声が枯れないよな……
たった数分のメロディーが捉える。思わず口ずさみたくなるような衝動にかられながらも、ただ聴き入っていた。
視線が携帯電話に戻った潤も、カウントダウンの音楽番組に切り替わり、テンションが上がる。water(s)が出演しているからだ。
トップバッターって事は、カウントダウンを上原達がするって事か……見に行けてる奴、いいな。
俺も生で聴きたかった…………生放送だから、ある意味ではライブなんだけど……目の前で歌う姿を見たかった。
テレビ画面に映る彼等が、カメラ目線になる事は少ない。目の前の観客に向けて歌っているように見えるが、彼女だけは時折カメラに視線を移していた。
テレビの向こう側で見ている人に向けて、歌ってるみたいだ。
本当、凄いな…………『モノクロの世界も君がいれば、カラフルに染まる』……か。
俺の世界も……モノクロからカラフルに色づいたみたいで…………大学に入学してからの毎日が充実してる気がする。
それは気のせいではなく、整った環境で音楽を学び、また遅くまで本物の楽器で練習する事ができ、彼の大学生活は確かに充実していた。
正月の三ヶ日以降は、ストリートで演奏する事も決まっている。携帯電話でスケジュールを確認すると、休みの間はバイトと音楽活動の両方で、ほぼ埋まっていた。
あーーーー……俺も歌いたいな…………いつだって、そう思わせられる。
上原の音を聴く度、心が揺れ動くのを感じるし、率直に羨ましくも思う。
water(s)は一流の人達に囲まれてるから…………常に整った環境にいるから、あんなに弾けるのかどうかは分からないけど……少なくとも専攻楽器があれだけ弾けるのは、日頃の努力の結果だ。
バンドの楽器はいつ練習してるんだ?
ミヤ先輩はkamiyaの頃から知ってるから、昔からギターに触れてたのは分かるけど、他のメンバーはいつから楽器に触れてるんだ?
頭には変わらずに、彼等に対する音楽についての疑問が浮かんでいるのであった。




