第12話 瞳に映るすべてを
大学生活編の始まりです☆
春休みは散々ストリートで演ったり、練習に明け暮れたりしたけど、弾きたりないな。
みんな……上手そうな気がするし、正直……拓真がいるから心強いけど、それにしても……
潤は講師に耳を傾けながらも探していた。同じピアノ専攻のhanaを。
ガイダンスが終わると、隣にいた拓真が同級生を見つけ声をかけた。
「上原、石沢、お疲れー」
「酒井、お疲れさまー」
「いたの気づかなかった」
「石沢、酷くね?」
「気づかなかったけど、いたのは知ってるよー。元クラスメイトなんだから」
三年間同じクラスで過ごしてきた為、誰がどの学科や専攻かは把握しているようだが、心音が増すばかりで半分ほどしか聞こえていない。
「酒井、後ろの人は?」
「あぁー、俺の音楽仲間の潤」
拓真に紹介され、目の前の光景が信じられないまま、無難な挨拶をした。
「樋口潤です。よろしく」
「はじめまして、上原奏です」
「樋口くんね。石沢綾子です」
自己紹介を済ませ、構内を歩きながら話題になるのは選択科目についてだ。
「英語とドイツ語かなー」
「上原もかー、フランス語とイタリア語も良いんだけどなぁー」
「ねぇー、迷うの分かる。綾ちゃんは?」
「私も英語とドイツ語だよ。ドイツ行ってみたいし」
「分かる! 樋口くんは? もう決めてるの?」
急に話を振られ、戸惑いながらも応える。
「俺も……英語とドイツ語かな」
「じゃあ、奏と樋口くんとは一緒に学べそうだね」
そう態と言う石沢に、拓真も態とらしく抗議した。
「いや! 俺も同じ選択だからな!」
冗談を言い合える仲に羨ましさが増す。聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにすれば加速していくしかない。
「本当、仲良いんだな」
「高校の頃から賑やかだったよ。そういえば、樋口くんはどこ出身なの?」
「俺は東京。高校は武蔵野だよ」
「武蔵野って、吹奏楽部の強豪校じゃない?」
「さすが石沢、詳しいな」
「友達で進学した子がいたからねー」
無難に返すので精一杯になっていると、彼女の携帯電話のバイブ音が鳴った。
「あっ、電話出ていい?」
「うん」
石沢に続いて、潤も拓真も頷いて応える。自然と追いそうになる視線を止まらせていた。
「樋口くんは、昔からピアノ習ってるの?」
「あぁー、親の影響かな。そういう石沢さんは?」
「私も、そうかな。小学生くらいから習ってるかなー」
「今も習ってるの?」
「ううん、最近辞めたから……樋口くんは?」
「俺も、今は習ってないな」
現在は、個人レッスンを三人とも行なっていない。受験に向けての対策が取られていたからだろう。
「あ?? もしもしー?」
通話が終了になったのだろう。彼女がかけ直そうとしていると、背後から声をかけられていた。
「奏!」
後ろから抱きしめられるような態勢だが、拓真達が驚く様子はない。距離の近さに驚いていたのは潤だけである。
「入れ違いにならなくて良かったー……奏、ライン見てないだろ?」
「ごめん……気づかなかった」
二人にとっては変わらない光景のようだが、潤は目の前にいる憧れの人に驚いていた。
「綾ちゃんも酒井くんも入学おめでとう。そっちの子は?」
「酒井の音楽仲間の樋口くんだよ。みんな、ピアノ専攻」
「そうなんだー……あっ、俺もピアノ専攻で、二年の宮前和也。よろしくね」
「……樋口潤です。よろしくお願いします」
少し緊張した面持ちで応える彼に対し、石沢も先程までと変わりなく、通常運転である。
「ミヤ先輩、奏を待ってたんですか?」
「そう、これから行く所あるのに携帯放置するからさー」
「もう、ごめんってばー!」
これも日常の一部なのだろう。高校から大学に場所が変わっただけで、彼女は度々いじられていた。
「じゃあ、奏借りていくね」
「はーい」
「じゃあ、また明日ねー」
手を振る彼女の左手を取り、足早に去って行く姿。ほんの数秒の会話さえも胸を打つ。
「ーーーーーーーー本物だ……」
潤の漏らした声は小さく、石沢には聞こえていなかったが、拓真にはその表情だけで分かっていた。
憧れていたwater(s)の二人の後ろ姿に、これからの大学生活に期待していたと。
ーーーーーーーーやばい……かっこよかった……ってか、二人とも背が高かったな。
話せたのが夢みたいだ…………
今更ながら……帝藝大に受かって良かったって、改めて思う。
ある意味、たわいない会話でも交わす事が叶ったんだ。
どうしようもなく惹かれた存在の彼等に向ける視線は、自然と熱いものになっているのだった。
やばい……自然と目で追っちゃうな…………本当に同じピアノ専攻だったし。
入学式で早速話したから、カフェテリアで一緒に昼を食べる時もあるけど……未だに、一つも打ち明けられてない。
hanaの歌声がすきだって…………
まぁー、告白するつもりはないけど……
「潤、何にする?」
「あーー、A定食」
カフェテリアはそれなりに混雑しているが構内に何ヶ所かある為、座れなくなる事はない。
「酒井ー、樋口ー」
「石沢、上原、お疲れー」
「お疲れさまー」
席に着いて定番の話題は音楽についてだ。同じ専攻なだけでなく、四人のうち三人は同じ高校出身な事もあり仲が良い。
「最近、何の曲聴いてるんだ?」
「洋楽かなー……綾ちゃんは?」
「私は勿論、water(s)」
「あ、ありがとう……」
照れくさそうに応える姿に微笑む。
あれだけ歌えるのに、照れるのか……緊張とは無縁そうなのにな。
顔出ししても変わらないし…………上原は気づいてないっぽいけど、チラチラ見てる奴……結構いるよな。
water(s)って、気づいてるのかもな……情報解禁になったのが金曜の夜だったから、顔出ししてから初の大学だけど、本人はいつもと変わらない。
さすが、water(s)のhanaって所か……
昼食後も会話を続けていると、辺りが騒然となるのが分かった。
「ん? 誰かいるの?」
「あれ……」
石沢の視線の先を辿れば、water(s)の四人が集まっていた。
ーーーーあの四人は、やっぱ目立つな……オーラがあるって、いうのか?
勿論、上原もオーラがあるんだけど、普通に話しかけてくれるから、ついhanaだって忘れそうになるんだ……
「hana!」
ミヤ先輩にしては、珍しくないか?
いつもは『奏』って、呼んでるのに……
視線を戻すと、彼女は覚悟を決めたような表情をしていた。
「miya……」
「……ご飯食べたら少しいい?」
「うん……」
ミヤ先輩は今日も通常運転っていうか、入学当初と変わらないよな。
って言っても、この数週間の彼しか知らないけど……本当、気さくな人だ。
今も軽く手を振ってくれる姿に会釈を返す。穏やかな笑みに高鳴るのは、彼に限った事ではない。潤達の対角線上にいた生徒は漏れなく、自身に向けられたと勘違いしていたはずだ。
「奏、もう行く?」
「綾ちゃん……酒井、樋口くん、食器下げて先に行くね。次はドイツ語だったよね?」
「そうだよー。席取っとくから、遅れずにね」
「うん、ありがとう」
上原が席を立つと、四人の集まる輪の中に入っていった。
「やっぱ、目立つよなー」
「あぁー」
「奏もそうなのに、分かってないよねー」
「だよなー」
「分かってない?」
「樋口も知ってる通り、高校の頃から音楽活動してる訳だけど……文化祭で顔出ししてからも、いつも通りだったからね」
「あーー、なるほど……」
いつも自然体なのか……ちょっと天然っぽいところあるよな。
だけど……上原の事を知る度に、好きになってる自覚はある。
叶う筈はないけど……想うだけなら、いいよな。
彼等の輪の中で、彼女は楽しそうに笑っている。その姿に、潤からも笑みが溢れていた。
「拓真くん、また遊ぼうね」
「ん、あぁー」
「酒井は相変わらずだね」
「どういう意味だよ? 普通だろ?」
「普通? 拓真は交友関係広いよな」
「潤までーー」
二人が見た事のない女子に、拓真は話しかけられていた。他の科や専攻の女子生徒だろう。
本当、関心するよな……そういう社交的なところ。
俺には真似できないし……
「酒井と樋口も仲良いよねー」
「石沢だって、上原と仲良いじゃんか」
「高校からの付き合いだからねー、酒井達は?」
「俺達も高二に上がる前からの仲だよな?」
「あぁー……って拓真、近い!」
「はいはい」
二人の仲の良さは、既に周知の事実のようだ。そして、付属高校に通っていた拓真の交友関係の広さのおかげもあり、彼も直ぐに打ち解ける事が出来たといえる。
ーーーーーーーー上原の瞳に映る世界は、どんなだろうな……
仲間と話す彼女は、いつも楽しそうな横顔をしていた。
ピアノ教室は高校で辞めたけど、似たようなレッスンだ。
潤は講師とマンツーマンで、ピアノのレッスンを受けていた。
防音設備の整った部屋にある二台のグランドピアノ。
マンツーマンなんて贅沢だよな……
整った環境の良さに、ようやく慣れてきた所だ。
鍵盤へ触れると、滑らかに指先が動く。受験を終えたからといって、ピアノに触れなかった事はなく、自宅で練習の日々は続いていた。
ーーーーーーーー本当、凄い大学だよな……
「樋口くんは、コンクールに興味ある?」
「コンクールですか?」
「出場するかは別にして、一般公開されてるものもあるから聴くのも勉強になるわよ」
「はい……」
講師から手渡された今年度のコンクール募集要項を眺めていた。
ピアノの発表会で弾いたくらいか、あとは高校の頃の合唱コンの伴奏とか…………
この頃……人前で弾くのはギターだけだったけど、興味はあるよな……自分と同世代の奴が、どんな演奏をするのか……
まぁー、ピアニストになりたい訳じゃないけど……ピアノを学んでるのは、音楽の幅が広がるって思ってたからで…………ピアノはオケの音だからな。
授業を終えた潤がカフェテリアに向かうと、拓真が友人達と席に座る所だ。
「潤、こっちー」
「あぁー」
拓真の隣に腰を下ろすと、前には同じピアノ専攻の阿部と金子がいた。
みんな出身校が違うけど、割と昼時は集まってるよな。
阿部は寮暮らしって言ってたし、金子は親がプロらしい。
俺だけ場違いな気はするけど、音楽の話をする時は特に楽しいんだ。
みんな、いい顔するし、water(s)が好きって共通点もあるか…………ファンクラブに入ってるのは、俺と拓真だけだったけど、ライブに行った事あるって言ってたしな。
「潤、午後は必修科目だっけ?」
「あぁー」
「二人とも知ってたのか?」
「ん?」 「なに?」
「上原が……water(s)、hanaだったって事」
「知ってた。何なら高校の時から」
あっさりと白状する拓真に、金子が羨む声を上げる。
「いいなーー、何処となく似てるとは思ってたけど、本人とは思わないし。この間の録画し損ねたしなー」
「俺、録画したから持って来ようか?」
「マジで? 見たい!」
食い気味に応える金子に、潤の仲間意識が強まる。隣に座る彼の表情に釣られそうだ。
「……拓真、嬉しそうだな」
「阿部っち、そこはファンでもあるからなー」
想いが滲み出ている拓真に、彼もまた楽しみにしていた。彼等の音が、生演奏が、テレビから流れ出る日を。
待っていた瞬間がようやく訪れていたが、入学当初と変わらない彼女の姿があった。
オケ=オーケストラ
 




