表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/110

第12話 瞳に映るすべてを

大学生活編の始まりです☆

 春休みは散々ストリートで演ったり、練習に明け暮れたりしたけど、弾きたりないな。

 みんな……上手そうな気がするし、正直……拓真がいるから心強いけど、それにしても……


 潤は講師に耳を傾けながらも探していた。同じピアノ専攻のhanaを。


 ガイダンスが終わると、隣にいた拓真が同級生を見つけ声をかけた。


 「上原うえはら石沢いしざわ、お疲れー」

 「酒井、お疲れさまー」

 「いたの気づかなかった」

 「石沢、酷くね?」

 「気づかなかったけど、いたのは知ってるよー。元クラスメイトなんだから」


 三年間同じクラスで過ごしてきた為、誰がどの学科や専攻かは把握しているようだが、心音が増すばかりで半分ほどしか聞こえていない。


 「酒井、後ろの人は?」

 「あぁー、俺の音楽仲間の潤」


 拓真に紹介され、目の前の光景が信じられないまま、無難な挨拶をした。


 「樋口ひぐちじゅんです。よろしく」

 「はじめまして、上原うえはらかなでです」

 「樋口くんね。石沢いしざわ綾子あやこです」


 自己紹介を済ませ、構内を歩きながら話題になるのは選択科目についてだ。


 「英語とドイツ語かなー」

 「上原もかー、フランス語とイタリア語も良いんだけどなぁー」

 「ねぇー、迷うの分かる。綾ちゃんは?」

 「私も英語とドイツ語だよ。ドイツ行ってみたいし」

 「分かる! 樋口くんは? もう決めてるの?」


 急に話を振られ、戸惑いながらも応える。


 「俺も……英語とドイツ語かな」

 「じゃあ、奏と樋口くんとは一緒に学べそうだね」


 そう態と言う石沢に、拓真も態とらしく抗議した。


 「いや! 俺も同じ選択だからな!」


 冗談を言い合える仲に羨ましさが増す。聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにすれば加速していくしかない。


 「本当、仲良いんだな」

 「高校の頃から賑やかだったよ。そういえば、樋口くんはどこ出身なの?」

 「俺は東京。高校は武蔵野だよ」

 「武蔵野って、吹奏楽部の強豪校じゃない?」

 「さすが石沢、詳しいな」

 「友達で進学した子がいたからねー」


 無難に返すので精一杯になっていると、彼女の携帯電話のバイブ音が鳴った。


 「あっ、電話出ていい?」

 「うん」


 石沢に続いて、潤も拓真も頷いて応える。自然と追いそうになる視線を止まらせていた。


 「樋口くんは、昔からピアノ習ってるの?」

 「あぁー、親の影響かな。そういう石沢さんは?」

 「私も、そうかな。小学生くらいから習ってるかなー」

 「今も習ってるの?」

 「ううん、最近辞めたから……樋口くんは?」

 「俺も、今は習ってないな」


 現在は、個人レッスンを三人とも行なっていない。受験に向けての対策が取られていたからだろう。


 「あ?? もしもしー?」


 通話が終了になったのだろう。彼女がかけ直そうとしていると、背後から声をかけられていた。


 「奏!」


 後ろから抱きしめられるような態勢だが、拓真達が驚く様子はない。距離の近さに驚いていたのは潤だけである。


 「入れ違いにならなくて良かったー……奏、ライン見てないだろ?」

 「ごめん……気づかなかった」


 二人にとっては変わらない光景のようだが、潤は目の前にいる憧れの人に驚いていた。


 「綾ちゃんも酒井くんも入学おめでとう。そっちの子は?」

 「酒井の音楽仲間の樋口くんだよ。みんな、ピアノ専攻」

 「そうなんだー……あっ、俺もピアノ専攻で、二年の宮前みやまえ和也かずや。よろしくね」

 「……樋口潤です。よろしくお願いします」


 少し緊張した面持ちで応える彼に対し、石沢も先程までと変わりなく、通常運転である。


 「ミヤ先輩、奏を待ってたんですか?」

 「そう、これから行く所あるのに携帯放置するからさー」

 「もう、ごめんってばー!」


 これも日常の一部なのだろう。高校から大学に場所が変わっただけで、彼女は度々いじられていた。


 「じゃあ、奏借りていくね」

 「はーい」

 「じゃあ、また明日ねー」


 手を振る彼女の左手を取り、足早に去って行く姿。ほんの数秒の会話さえも胸を打つ。


 「ーーーーーーーー本物だ……」


 潤の漏らした声は小さく、石沢には聞こえていなかったが、拓真にはその表情だけで分かっていた。

 憧れていたwater(s)の二人の後ろ姿に、これからの大学生活に期待していたと。


 ーーーーーーーーやばい……かっこよかった……ってか、二人とも背が高かったな。

 話せたのが夢みたいだ…………

 今更ながら……帝藝大に受かって良かったって、改めて思う。

 ある意味、たわいない会話でも交わす事が叶ったんだ。


 どうしようもなく惹かれた存在の彼等に向ける視線は、自然と熱いものになっているのだった。




 やばい……自然と目で追っちゃうな…………本当に同じピアノ専攻だったし。

 入学式で早速話したから、カフェテリアで一緒に昼を食べる時もあるけど……未だに、一つも打ち明けられてない。

 hanaの歌声がすきだって…………

 まぁー、告白するつもりはないけど……


 「潤、何にする?」

 「あーー、A定食」


 カフェテリアはそれなりに混雑しているが構内に何ヶ所かある為、座れなくなる事はない。


 「酒井ー、樋口ー」

 「石沢、上原、お疲れー」

 「お疲れさまー」


 席に着いて定番の話題は音楽についてだ。同じ専攻なだけでなく、四人のうち三人は同じ高校出身な事もあり仲が良い。


 「最近、何の曲聴いてるんだ?」

 「洋楽かなー……綾ちゃんは?」

 「私は勿論、water(s)」

 「あ、ありがとう……」


 照れくさそうに応える姿に微笑む。


 あれだけ歌えるのに、照れるのか……緊張とは無縁そうなのにな。

 顔出ししても変わらないし…………上原は気づいてないっぽいけど、チラチラ見てる奴……結構いるよな。

 water(s)って、気づいてるのかもな……情報解禁になったのが金曜の夜だったから、顔出ししてから初の大学だけど、本人はいつもと変わらない。

 さすが、water(s)のhanaって所か……


 昼食後も会話を続けていると、辺りが騒然となるのが分かった。


 「ん? 誰かいるの?」

 「あれ……」


 石沢の視線の先を辿れば、water(s)の四人が集まっていた。


 ーーーーあの四人は、やっぱ目立つな……オーラがあるって、いうのか?

 勿論、上原もオーラがあるんだけど、普通に話しかけてくれるから、ついhanaだって忘れそうになるんだ……


 「hana!」


 ミヤ先輩にしては、珍しくないか?

 いつもは『奏』って、呼んでるのに……


 視線を戻すと、彼女は覚悟を決めたような表情をしていた。


 「miya……」

 「……ご飯食べたら少しいい?」

 「うん……」


 ミヤ先輩は今日も通常運転っていうか、入学当初と変わらないよな。

 って言っても、この数週間の彼しか知らないけど……本当、気さくな人だ。


 今も軽く手を振ってくれる姿に会釈を返す。穏やかな笑みに高鳴るのは、彼に限った事ではない。潤達の対角線上にいた生徒は漏れなく、自身に向けられたと勘違いしていたはずだ。


 「奏、もう行く?」

 「綾ちゃん……酒井、樋口くん、食器下げて先に行くね。次はドイツ語だったよね?」

 「そうだよー。席取っとくから、遅れずにね」

 「うん、ありがとう」


 上原が席を立つと、四人の集まる輪の中に入っていった。


 「やっぱ、目立つよなー」

 「あぁー」

 「奏もそうなのに、分かってないよねー」

 「だよなー」

 「分かってない?」

 「樋口も知ってる通り、高校の頃から音楽活動してる訳だけど……文化祭で顔出ししてからも、いつも通りだったからね」

 「あーー、なるほど……」


 いつも自然体なのか……ちょっと天然っぽいところあるよな。

 だけど……上原の事を知る度に、好きになってる自覚はある。

 叶う筈はないけど……想うだけなら、いいよな。


 彼等の輪の中で、彼女は楽しそうに笑っている。その姿に、潤からも笑みがこぼれていた。


 「拓真くん、また遊ぼうね」

 「ん、あぁー」

 「酒井は相変わらずだね」

 「どういう意味だよ? 普通だろ?」

 「普通? 拓真は交友関係広いよな」

 「潤までーー」


 二人が見た事のない女子に、拓真は話しかけられていた。他の科や専攻の女子生徒だろう。


 本当、関心するよな……そういう社交的なところ。

 俺には真似できないし……


 「酒井と樋口も仲良いよねー」

 「石沢だって、上原と仲良いじゃんか」

 「高校からの付き合いだからねー、酒井達は?」

 「俺達も高二に上がる前からの仲だよな?」

 「あぁー……って拓真、近い!」

 「はいはい」


 二人の仲の良さは、既に周知の事実のようだ。そして、付属高校に通っていた拓真の交友関係の広さのおかげもあり、彼も直ぐに打ち解ける事が出来たといえる。


 ーーーーーーーー上原の瞳に映る世界は、どんなだろうな……


 仲間と話す彼女は、いつも楽しそうな横顔をしていた。




 ピアノ教室は高校で辞めたけど、似たようなレッスンだ。


 潤は講師とマンツーマンで、ピアノのレッスンを受けていた。


 防音設備の整った部屋にある二台のグランドピアノ。

 マンツーマンなんて贅沢だよな……


 整った環境の良さに、ようやく慣れてきた所だ。

 鍵盤へ触れると、滑らかに指先が動く。受験を終えたからといって、ピアノに触れなかった事はなく、自宅で練習の日々は続いていた。


 ーーーーーーーー本当、凄い大学だよな……


 「樋口くんは、コンクールに興味ある?」

 「コンクールですか?」

 「出場するかは別にして、一般公開されてるものもあるから聴くのも勉強になるわよ」

 「はい……」


 講師から手渡された今年度のコンクール募集要項を眺めていた。


 ピアノの発表会で弾いたくらいか、あとは高校の頃の合唱コンの伴奏とか…………

 この頃……人前で弾くのはギターだけだったけど、興味はあるよな……自分と同世代の奴が、どんな演奏をするのか……

 まぁー、ピアニストになりたい訳じゃないけど……ピアノを学んでるのは、音楽の幅が広がるって思ってたからで…………ピアノはオケの音だからな。


 授業を終えた潤がカフェテリアに向かうと、拓真が友人達と席に座る所だ。


 「潤、こっちー」

 「あぁー」


 拓真の隣に腰を下ろすと、前には同じピアノ専攻の阿部あべ金子かねこがいた。


 みんな出身校が違うけど、割と昼時は集まってるよな。

 阿部は寮暮らしって言ってたし、金子は親がプロらしい。

 俺だけ場違いな気はするけど、音楽の話をする時は特に楽しいんだ。

 みんな、いい顔するし、water(s)が好きって共通点もあるか…………ファンクラブに入ってるのは、俺と拓真だけだったけど、ライブに行った事あるって言ってたしな。


 「潤、午後は必修科目だっけ?」

 「あぁー」

 「二人とも知ってたのか?」

 「ん?」 「なに?」

 「上原が……water(s)、hanaだったって事」

 「知ってた。何なら高校の時から」


 あっさりと白状する拓真に、金子が羨む声を上げる。


 「いいなーー、何処となく似てるとは思ってたけど、本人とは思わないし。この間の録画し損ねたしなー」

 「俺、録画したから持って来ようか?」

 「マジで? 見たい!」


 食い気味に応える金子に、潤の仲間意識が強まる。隣に座る彼の表情に釣られそうだ。


 「……拓真、嬉しそうだな」

 「阿部っち、そこはファンでもあるからなー」


 想いが滲み出ている拓真に、彼もまた楽しみにしていた。彼等の音が、生演奏が、テレビから流れ出る日を。


 待っていた瞬間がようやく訪れていたが、入学当初と変わらない彼女の姿があった。

オケ=オーケストラ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ