第11話 ありがとうを伝えたくて
「潤、またなー」
「あぁー、またクラス会でな」
「樋口くん、またねー」
「あぁー、またな」
卒業したって実感がないのは、クラス会が春休み中にあるからだ。
俺と同じ大学に進学する奴はいないけど、拓真がいるからか、緊張感よりも高揚感の方が勝ってる気がする。
「樋口くん! あの……ちょっと、いい?」
「悪い、急いでるんだ。またクラス会でな」
「う、うん……またね」
急いでるのは本当だけど、あの手の問いかけは苦手だ。
こんな時にも、思い知らされるし……
潤は卒業証書とアルバムを持ったまま、帝東藝術大学に向かっていた。
拓真と待ち合わせたけど、まだかな…………
来月からは隣接した大学で俺も学べるんだけど、不思議な感じだ。
広い大学境内は、まだ全部見れたわけじゃないし。
拓真はずっと前から、大学内の一部を使って学んできたんだよな……
建物から視線を下ろすと、拓真が彼女と話す姿が目に入った。
ーーーーーーーーhanaだ。
やばい……可愛い……って、そうじゃなて…………本当に、拓真のクラスメイトだったんだな。
何か……現実味がないんだよな……ってか、あれ……miyaだよな?
本当、かっこいいな……彼女の卒業を祝いに来たって所か?
仲睦まじい二人の姿に嫉妬するよりも、憧れの存在と間近で過ごしていた拓真を羨ましく感じていた。
……いいな……拓真……普通に、彼女と話してたし。
彼の前を一台のワゴン車が通り過ぎていくと、拓真が大きく手を振った。
「卒業、おめでとう!」
「拓真も、卒業おめでとう!」
ーーーーーーーそう……卒業したんだよな。
来月からは大学生か……
二人の背中にはギターケースが背負われている。
「さっそく行くだろ?」
「だな!」
受験で控えていた音楽活動の再開である。卒業した事よりも、すでに未来を見ている二人がいた。
「入学式、楽しみだなー!」
「あぁー、そうだな!」
拓真の声のボリュームに釣られ、テンションが高めだ。数ヶ月ぶりにカラオケ店の一室で、音合わせから始めていく姿があった。
ーーーーマジか……クラス会に参加してる場合じゃないじゃん!
携帯電話を見ていた彼は、珍しく慌てた様子で腕時計で時間を確認していた。
「潤、カラオケ行くだろ?」
「悪い! 俺、ここで抜けるな」
「樋口くん?!」 「おい?!」
「またな」
颯爽と去っていく彼をクラスメイトの誰も止められずにいた。店からまばらに友人が出て来る中、彼の姿はもう見えない。
「ん? 潤は?」
「千葉くん……何か携帯見てたっぽいけど、慌てて行っちゃったよ」
「あーー、これじゃないか?」
岩田が見せた画面に皆、納得の様子だ。
『本日、午後六時よりwater(s)の始まりの場所でフリーライブを行います! 都内近郊にお住まいの方は是非お越し下さい』と、SNSに発表があった。
「だよなー。ってか、これで分かるとか流石ファンクラブに入ってるだけあるよなー」
「確かにな」 「うん」
「私も見たかったー!」
「俺も! 潤に電話してみるか?」
seasonsという単語はクリスマスライブをした事がある為、SNS上に出てはいるが、始まりの場所というヒントだけでは難しいようだ。
潤が知っているのなら、便乗してライブを見たい者が多数であったが電話は通じない様子である。
「移動中だから仕方ないか」
「残念だねー」
「まぁー、こっちはクラス会の続きって事で、カラオケ行くだろ?」
「行く! water(s)の曲、潤に今度歌わせようぜ」
「そうだな!」
勝手に次回歌う事が決まる中、当の本人は電車に乗りseasonsまで迷う事なく辿り着いていた。
ーーーー間に合った!!
ってか、まだ五時十五分だけど人が結構いるな。
water(s)といえばseasonsだって分かってる人が、これだけいるって事か……
ライブ会場には、十五分前に発表があったにも関わらず、続々と入っていく。彼も携帯電話に触れる事なく足早に会場に入ると、知った顔が目に入った。
「潤!」 「拓真!」
「やっぱ来たか!」
「あぁー、クラス会抜けてきた」
「潤らしいなー」
会場の一番前は既に人で埋まっている。ゲリラ的なフリーライブだが、流石の知名度といえるだろう。
彼等はwater(s)が出て来るのを待つ事になったが、続々と人が集まっていく熱気に、気持ちも高まっていく。
ーーーーえっ……まさか、弾けるのか?!
今までとは違い彼女が肩からギターを下げていた。
「こんばんはー! SNSを見て下さってありがとうございます!」
明るいkeiの声を合図にライブが始まった。SNSの拡散から一時間しか経っていないにも関わらず、会場は超満員だ。そんな中、彼女はギターを片手に歌っていた。
ーーーーーーーーやばい……上手すぎだろ……ギターもこんだけ弾けるって……
彼がそう羨むほどの音色を、hanaは響かせていたのだ。
凄いな……圧倒されるって、こういう事だよな。
ギターを下ろすと、マイクを片手にステージ上を動き回っているが、その声が乱れる事はない。
バンドで、音楽活動してるプロは山程いるけど……water(s)だけだよな……
こんなに……いつも新しいなんて、他に知らない。
「今日は、僕達の二周年ライブに来て下さって、ありがとうございました!」
『ありがとうございました!!』
keiの声に続き、手を繋いだメンバーが揃って一礼すれば、一際大きな声が上がる。
凄い……歓声だな。
俺も叫びそうになったけど……言葉にならない。
拓真も、同じ気持ちなんだろうな……
隣にいる彼に視線を移すと、潤と同様に言葉が出てこないようだ。周囲から惜しみない拍手と歓声が送られている中、二人はただステージを眺めていた。
卒業式に見かけた制服姿の彼女が、hanaか…………歌声だけじゃなくて、ギターもあんなに弾けるなんて、もう詐欺だろ?
あんな音色が出せるなんて……
誰もいないステージに向けて、鳴り止まない歓声が響く。会場は二人が夢中になっているうちに、入場制限がかかる程の人で溢れていた。
いつもはワンドリンク制の会場が、フリーライブだった。
それだけでも凄い事なのに……それをゲリラ的なライブで行ったのが、water(s)って所がまたな……
音楽業界を席巻してるっていっても、過言じゃないし……
「たった一時間で、この集客力か……」
「あぁー、凄いよなー……都内だけでもこれだけのファンがいるって事だろ?」
「あぁー……そうだな……」
そう……だよな。
拓真の言う通り、都内だけでこの集客力。
事前に告知してたら、seasonsだけじゃ収まりきらないだろうし。
もしかしたら、ドームとかでも人が溢れそうだよな…………それくらい、リスナーがいるって事だ。
近くに住んでたら聴きに行きたかったって奴、多いだろうな……
案の定というべきか、潤が彼らのSNSを覗くと、『聴きたかった』というメッセージが、多数見受けられる。そこには日本人だけでなく、英語や他国の言語の者もいた。
凄いよな……簡単に音楽が聴けるようになった分、聴衆の反応は自然と厳しいものになってる筈だろ?
ーーーーそれなのに……それでも……か……water(s)は、いつだって新しいんだ。
まるで厳しい反応なんて、関係ないみたいで……
「クラス会抜けてきたなら、時間あるか?」
「あぁー……拓真、カラオケ行かないか?」
「行く! 言おうと思ってたし」
「あぁー、歌うだろ?」
「勿論!」
歌いたい!
そう、water(s)の音を聴く度に強く思う。
あの声を聴く度に、音が溢れてくるんだ。
二人は時折ハモりながら歌っていく。それは彼等が憧れて止まないwater(s)の曲でだった。
ストリートで演る時の良い練習になってるよな。
拓真とハモると、エンドレで、二人で歌ってる意味がある気がするんだ。
もっと歌えるようになりたいって貪欲に思うし、ギター持ってくれば良かったって感じる事が多いし……
「拓真……ありがとな……」
「ん? 何だよ急にー」
「いや……」
三月下旬の夜は、まだ冬の寒さが残っている。そんな中、桜の花は間もなく満開になりそうだ。
ーーーーーーーー二年前のあの日……拓真に出逢えなかった自分は、想像出来ない。
っていうか、したくもない…………ファミレスで夜遅くまで語り明かした事。
ENDLESS SKYって、デュオを組んだ事。
自分達の曲が増える度、初めての体験をする度、何度も想い出すんだと思う。
彼等は目標であり、憧れだって……何度も、思い知るんだと思う。
だけど……その度に、拓真に感謝するんだろうな。
あの日、声をかけてくれた事に……
隣にいる彼も同じ事を思っていたのだろう。拳を握ると、潤へ差し出した。
微笑んで応えると、何度目かになるか分からない拳を付け合い、誓っていたのだ。必ずプロになってみせると。
人が行き交う中、二人はギターを片手に歌っている。花見客で賑わっている公園は、絶好の演奏スポットだ。
直ぐに聴いてくれる人がいる程の集客力は、残念だけど今の俺達にはない。
彼等の曲で注目を集めて、オリジナル曲を演る。
それが今の精一杯なのは、変わらないけど……やっぱ楽しいな…………受験で活動控えてたから、余計にそう思うんだ。
拓真と二人で演奏している時だけは、自分を信じられる気がするし……もっと弾いていたいって、歌っていたいって思う。
彼等のストリートライブが終わる頃、SNSの効果もあってか、小さな拍手が響いていた。
数ヶ月ぶりにペットボトルで乾杯をすると、勢いよくスポーツドリンクを飲み干す姿があった。
「お疲れー」
「お疲れ、楽しかったな」
「だな! やっぱりライブって良いよなー」
「あぁー」
彼等が先程まで演奏していた場所で、演奏を始める者達がいる。
ーーーー音はともかく……楽しそうなのは、俺にも伝わってくる。
俺達もあんな感じなのかな……
「……もうちょいマシだと思うけど」
小さく呟いた拓真に、彼は驚きながらも微笑む。
そうだな……チューニングは俺達の方が、出来てると思うし、もう少しマシだとは思うけど……
「そうだな……また弾きたくなってきたな……」
「だよなー、また明日って事で」
「あぁー」
再び拳を合わせ、ギターを背負い歩いていく。それは、あの日と同じ桜の咲く季節であった。




