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第1話 桜咲く季節に

 あの日見上げた空の色も、空白だらけの夜も、そのすべてが今に繋がってる。

 いつかあの太陽を掴まえる。

 あの日から、すべては始まったんだ…………




 「こんばんはー! waterウォーターズ(s)です! 本日はデビューライブに来て下さってありがとうございます! 自己紹介は後ほど、それでは聴いて下さい……」


 keiケイの第一声に続き、akiアキのドラムスティックを合図に音が重なる。ステージ中央で歌うhanaハナは、一番光るスポットライトを目指して歌っているようだ。

 背中から感じる音色に身を委ねるように歌い上げる姿に、緊張の色はないのだろう。最初の一音から完璧な声を出す彼女に、どうしようもなく惹かれていた。


 ーーーーーやばい…………顔がスポットライトを浴びてるわけじゃないから、はっきりとは分からないけど……みんな、背が高そう。

 hanaや miyaミヤだけじゃなくて、五人とも引力が桁違いだ……


 必然のように引き寄せられ、デビューライブの会場は超満員だ。water(s)の演奏は、SNSやラジオ等で耳にしたものと少しも変わらなかった。


 『ーーーーすご……』


 そう漏らしたじゅんの隣で、同じ言葉を呟く人がいた。思わず二人は顔を見合わせたが、直ぐに音色に吸い寄せられるように、視線がステージに戻る。


 ーーーーーーーーずっと聴いていたい……こんなに演奏出来る人達が、どのくらいいるんだろうな……演奏技術もだけど、音が違う。

 俺が聴いても分かるくらい、他とは明らかに音色が違うんだ。

 色づいたように鮮やかで、高音まで澄みきってて、心に響く。

 一度聴いたら絶対に忘れない。

 それくらい、印象的なバンドだ…………

 miyaがギター動画をkamiyaカミヤとして、あげていた頃から知ってたけど……常に新しい……


 潤がそう感じるほどに、water(s)の完成度は高く、また彼のようなデビュー前からのファンが大勢いるのだろう。最後の一音まで盛り上がり、アンコールの曲を共に歌う者までいた。


 盛大な拍手と歓声に見送られながら、ステージを後にする彼等を、潤は一番前に陣取ったスペースで最後の最後まで見送っていた。


 …………楽しかったな……あんな風に弾けたり、歌えたりしたら……楽しいんだろうな……


 潤は預けていたギターを受け取ると、背中に背負い会場を後にした。その瞳は、先程までのライブの高揚感が滲んでいる。


 「ーーーーあの……」


 後ろを振り返れば、先程まで隣でライブを観ていた少年が立っていた。


 「……あっ!」


 さっきの! 同じ事を呟いていた人だ!!


 「……はじめまして、樋口ひぐちじゅんです」


 見た目通りの礼儀正しいさまに、彼も戸惑いながら返す。


 「俺は……酒井さかい拓真たくま、よろしくな」


 そう言って差し出された右手を、潤は躊躇う事なく握り返した。握手を交わした彼の左肩には、ギターが入っているであろう黒色のケースが掛けられていた。


 ライブの余韻冷めやらぬうちに、揃ってファミレスに向かう。初対面にも関わらず意気投合していた。それは彼等がwater(s)のファンであり、同い年で、同じ夢を持つ少年だったからに違いない。


 「潤は武蔵野むさしのかー」

 「あぁー、拓真は帝藝ていげいの音楽高校か…………凄いな……」

 「まぁー、俺より上手い奴は、たくさんいるよ」


 少し自重気味に笑う拓真だったが、潤は素直に感心していた。何故なら、彼の通う帝藝ていげいとは、帝東藝術ていとうげいじゅつ大学音楽学部附属音楽高校。その長い名の通り、音楽に精通している学校である。一学年一クラス、四十名しかいない為、狭き門を突破した中に拓真はいるといっても、過言ではないからだ。


 「んじゃ、今日から改めてよろしくな、潤」

 「あぁー、こちらこそよろしくな、拓真」


 帰る頃には、名前で呼び合う仲になっていた。


 この日、まだ曲もない二人はENDLESSエンドレス SKYスカイというデュオを結成していたのである。




 「いってきます」

 「潤、気をつけて行くのよ」

 「分かってるよ、母さん」


 玄関を出ようとした潤の元に、年の離れた妹達がやって来た。


 「お兄ちゃん、いってらっしゃいー」

 「いってらっしゃい!」


 目をこすりながら起きてきた妹と、元気よく見送る弟の頭を撫でて、日曜日の朝から家を飛び出した。彼の背中には、拓真と同じようなケースがかけられている。中身も彼と同じギターだ。


 ツインギターを組んでから一週間。つまり、冬休みのほとんどを楽器の練習と創作活動に充てていた。


 拓真は学校内でもバンドを組んでいたらしいけど、最近解散したって言ってたな…………

 あの時の表情で、理由は察しがついた。

 きっと、上手い奴がクラスか……身近にいるからだって……そんな奴がいるなら、俺も会ってみたい。

 だって、帝東藝術大学音楽学部は、俺が目指している大学だから……


 ここ数日の出来事に考えを巡らせながら、待ち合わせのカラオケ店に向かう。お金の少ない学生にとっては、音の出せる数少ない場所の一つだ。


 「今日は、この間作った曲をまた合わせてみるだろ?」

 「あぁー、ドリンク頼んでからな」


 そう言って冷静に順序よく物事を進めるのは大抵潤の方で、拓真はその場の勢いでの行動が多い。これは、初対面の日の二人の行動からも明らかだ。


 ほどなくして飲み物が届き、手慣れた様子でギター取り出す。手書きの譜面を並べ、視線を通わせ弾き語りを始める。その音色は、男二人が作ったものとは思えないほど、優しく耳に残るような音階だ。


 微かな音漏れに店員が思わず足を止めて聴き入ってしまいたくなるほど、完成度の高い曲に仕上がっていたが、本人達は納得のいかない表情を浮かべていた。どうしても理想的な彼等の音と、比べてしまうからだろう。


 「潤もkamiyaを知ってたんだなー」

 「あぁー……歳近そうなのに、あれだけギターが弾ける人、中々いないから……会ってみたいよな……」

 「ーーーーkamiyaには、会えるかもな……」

 「えっ?!」

 「確証が持てたら、ちゃんと言うよ」

 「あ、あぁー……」


 色々聞いてみたい事はあるけど、拓真がああ言ったって事は、kamiyaが拓真の高校にいる可能性が高いって事か…………本当に会えたら、聞きたい事がたくさんある。

 どれだけ練習すれば、あんなに弾けるようになるのか?

 いつから音楽の道を志しているのか?

 hanaやkei達、water(s)のメンバーと出逢った経緯とか……どれだけ…………聞きたいことは尽きない。

 それこそ、あの場で拓真と意気投合してしまう程に尊敬してる。

 俺にとって、憧れている音楽家の一人だ。


 「春休みも終わりだなー」

 「あぁー、お互い来年は受験生か……」

 「だな! 潤と同じキャンパスで学べるの楽しみだな」

 「俺も!」


 そこに迷いはない。二人は同じ大学で学び、音楽をこれからも志していきたいと感じていたのだ。


 潤は電車の窓から見える桜を眺めては、彼等の曲を想い浮かべていた。


 俺の夢を形にしたら……きっと、water(s)が理想だ…………あんな声の出せるボーカルと、一緒に演奏してみたい。


 間もなく始まる新学期が、今までとは違うモノになる予感があった。それはあの日、拓真とライブハウスで出逢った日から続いていた。

 


 クラス替えが行われたが、仲の良いメンバーに変わり映えはない。現実が戻ってきたような感覚だ。


 「おはよう」

 「おはよう、千葉ちば

 「潤が持ってるのって、ギター?」

 「あぁー」

 「あれ? 軽音部じゃないよな?」

 「あぁー、ちょっと友達と演奏する機会があって」

 「へぇー、そうなんだ」


 新学期を迎え、潤は高校二年生になったが、彼自身に変わった事はない。ただクラスメイトには音楽好きのイメージが追加されていた。


 春休み中に知り合った拓真とは、変わらずに音楽で繋がってる。

 今日もいつものカラオケ店に集まる為、朝から心なしかそわそわしていた。


 あーー、早く終わらないかなー……早く拓真と演奏したい。

 やっと弾けるようになったし、試したいコードが山程ある。

 俺の通う武蔵野高校は、拓真の学校ほど音楽に精通していない。

 吹奏楽部は、金賞常連校で有名だけど……音楽は選択科目の一つだから、三年間のうち一度も学ばずに終わる奴だっている。


 潤は待ち合わせのカラオケ店に向かいながら、窓に映る散りゆく桜の花弁はなびらに、想いを馳せていた。


 ーーーー拓真と知り合って、自分の知識不足を再認識させられた……

 さすが音大の附属音楽高校に通ってるだけあって、耳が良いのが俺にでも分かる。

 ギターの腕前は、そこまで変わらないと思うけど、ピアノはそうはいかないよな……

 最近……ギターばっか練習してたから、鈍ってるんだ。

 志望校は変えたくないから、練習しないと……気を引きしめてのぞまないと、あっという間に置いていかれる。

 いつか……water(s)みたいなプロになりたい。

 インターネットの中にいたkamiyaが、miyaとなってプロデビューを果たして、その想いは強くなった……拓真と組んでから尚更だ。


 そう感じる横顔は悲観しているというより、彼との練習が楽しみで仕方がないのだろう。心を躍らせているかのような笑みを浮かべる姿が映っていた。


 「お疲れ、拓真」

 「お疲れー、潤!」


 黒いギターケースを背負った二人は、出逢った場所でのライブを夢に見ながら、音楽の世界に没頭していく。

 カラオケ店の一室から曲作りが始まっていた。

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