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Phase.3 頑固者のサンドイッチ

「親分。…銀次郎さんが、あなたと意見を違えた理由はこれですね?」

 再び、ヴェルデのオフィスである。銀駒親分の前に、私は数葉の写真を置いた。それはどれも、イベントで銀次郎の屋台が置かれている場所を撮影したものだった。

「これで、何が言いてえ若えの」

 じろりと銀駒は、底光りする目線を持ち上げる。

「では、こう言い換えましょうか。…銀次郎さんは、ここ何日も、屋台で店を開くふりをして、ある人を追いかけていた。銀次郎さんがかき氷の屋台に立つ、その場所ではいつも、この人物のイベントが開催中だったんです」

 と、私は一枚のパンフレットを置いた。そこにはやたらメッシュの多い黒の派手な衣装をまとったペンギンが、腰が痛くなりそうなポーズを取って映っている。


『氷の芸術 冷たいアーティストGINが魅惑のアイスアートをあなただけに!』


「このGINと言うイベンター、本名は銀人(ぎんと)、実はあなたのお孫さんだ」

「えええええっ!?」

 衝撃的な事実を、私は言い放った。はずなのだが、銀駒親分は微動だにせず、口から頭蓋骨が飛び出そうなリアクションをしたのは、端で立ち聞きしていたヴェルデの親分であった。さっきまでよそ見してたくせに。


「法的には、あなたが血を分けた息子さんは二人いる。その二人はもうこの世になく、妙齢の『後継ぎ』候補は、彼しかいない。聞くところによるとあなたは世襲制を望んでおらず、後継は銀次郎さんに決めていたそうだが、かんじんの銀次郎さんにそれを反対されたそうですね?」

 私はそこで言葉を切ると、銀駒親分の反応をうかがった。

「…あの銀次郎さんは、一般人(カタギ)のはずのあなたのお孫さんを後継者に推している。あなたの反対を押し切ってまでもね。ああして出店に立って付きまとってまで、どうにか、銀人さんを跡目に説得する気なんだ。それが銀次郎さんがひとりの喧嘩(ゴロ)だと言った、たった一つの理由なんだ。…そうではありませんか?」

「そこまで話されちゃおれのしゃべるところがねえな、探偵さんよ」

 老いた南極の龍は、凄みのある顔に渋い微笑を浮かべた。

「いや、私から訊きたいのはむしろそこからのことです。…正直、私から見ても銀次郎さんは、あなたの後継者に相応しい。あの男ほど、かき氷を作ると言う商売を愛し、テキヤの仁義を貫いている人材はいないでしょう」

「ああ、そうだ。…銀次の奴ァ、おれが氷の商売(バイ)のいろはを、いちから叩き込んで、この南極一家の看板に仕立て上げたのよ」

「銀次郎さんはそれを、嫌がったのですか?」

 私がずばり切り込むと、銀駒親分は、ふふふ、と何とも言えぬ乾いた笑い声を漏らして首を振った。

「いいや、だがよオ、つい仕立てあげすぎちまったんだなあ。…男は筋を通せ、と教えて育てたら、銀駒の跡目継ぐのは血筋が筋目でしょうと、突ッ返してきやがった。おれの息子は二人とも渡世の道に入ったが、つまらねえことでおッ()んじまってな。たった一人残った男の孫には、極道は継がせねえと、胸に誓ったのよ」

「銀次郎さんのことは判りました。…ところで、この銀太郎さんご本人の意思はどうなのでしょう?」

「孫にはやくざの道は、綺麗さっぱり諦めさせた。…だが、心の根の方は分からねえな。銀人が今、こんな氷の仕事をしているのも、結局は銀次郎の影響だ。あいつは何かと、銀次郎の行くとこ、付きまとってたからな」


 銀駒親分はそこまで話すと、ずいぶん長い間、黙っていた。これぞ値千金の沈黙である。その間、居づらくなったのか、さっき大声を上げていたヴェルデの親分はそそくさと電話応対に出たり、たまった事務仕事を片付けるふりをしたり、いかにも散漫な動きをしていた。ま、この辺りが格の違いと言うものだ。


「だがな、おれたちの稼業は、どこまで行ってもやくざ者なのよ。時には黒いものも白いだと言って呑み込まなきゃいけねえし、何より鉄火場に自分で飛び込む度胸がなけりゃあ、組も子分も食わせていけねえからな。綺麗ごとだけじゃ片付かねえのよ」

「あなたが育てた銀次郎さんは、それをよくご存じなんでしょう。…それでも、無理を承知でカタギの銀人さんを推すのには、それなりの理由があるんじゃありませんか?」

「探偵さん」

 また少しの間、沈黙を保っていたが、銀駒親分はまた音を上げたように、口を開いた。

「それはおれには、分からねえな。…だが銀次の奴が、この南極一家の行く末をいつも第一に考えてくれてるってことは、ようく分かっているつもりだ。…おれの依頼はな探偵さん、その銀次郎をおれの目の前に連れ戻してくれることだ」

 銀駒親分の結論はそれらしい。そう言うことなら、これ以上、私が口を出せる余地はない。とにかく銀次郎と二人、もう一度話し合いをしてもらうだけだ。


 やれやれ、これは困ったことになったぞ。

 手塩にかけて育てた若頭の銀次郎に組を託したい銀駒親分と、一家のため親分のため、きちっと筋目を通して銀人さんに跡目を継がせたい銀次郎。聞いてみればどっちの言い分にも道理はある。つまりは両方正しいわけで、どっちも己を曲げる気はない、と言う話なのである。


 二人とも言いたいことを言って気持ちがいいだろうが、実際、板挟みになって動くのは私なのである。これぞ頑固者のサンドイッチと言うもので、バンズになった私にとってはいい迷惑だ。


 だがくしくも銀駒親分との話の中で出たように、銀次郎がずぶのカタギである銀人を渡世の世界に引き込みたいと言うからには、それなりの理由があるはずなのだ。

 銀駒親分の言う通り、組を守っていくと言うのは、綺麗ごとでは済まない話である。亡き息子たちで懲り、お孫さんには同じ苦労はさせたくないと言う親分の考えは、部外者ながら筋が通っている。この部分については、銀次郎とも話をしてみなくてはならないだろう。


 だが厄介なのは、銀駒親分と同じく、銀次郎も概して口が重い、と言うことである。確かにハードボイルドの世界でもおしゃべりは好かれないが、任侠の世界は輪をかけてそうだから困る。大事なことは、ちゃんと言葉にしてもらわないと話が進まないじゃないか。


 クレアに銀次郎が店を動かしていないかを確認して、また移動だ。あの男、今時スマホすら持ってないので、監視をつけていないといちから探し直しだ。炎天下の通りを、ふうふう言いながら歩いていると、また変わったペンギンが建物の陰から出て来た。


「あの、もし、待ってください」


 今度は涼やかな女博徒と言った風情のペンギンだ。黒地に白鷺(しらさぎ)の小粋な留袖を切れよく着こなしているが、ワンポイントで頭に留められた緋色のアゲハ蝶の(かんざし)が実に婀娜(あだ)めかしい。


「旦那が音に聞こえた探偵のスクワーロウさんでございますね。…あたし、りんご飴のお蝶と申します。これから銀次郎さんのところへ、いらっしゃるんでございますよね?」

 戸惑いを隠しつつ、私はうなずいた。見分けやすくていい。やはり銀次郎の連れだ。

「銀次郎さんについて、何か話があるのですか?」

 お蝶は、長い眉を伏せてうなずいた。なるほど、ひょんなことだが、事情があるなら致し方ない。私は車の助手席を譲った。


「旦那…話は、若旦那のことなんです」

 車に乗ると、お蝶は、とつとつと言った様子で語り始めた。

「若旦那…銀人さんのことかい?」

 お蝶はうなずいた。

「ええ、若は今、一家から離れ、カタギのお仕事をおやりになられていらっしゃるでしょう。銀次さんは元々、それを応援していたんでございますよ。銀駒親分に渡世の道に入ることは許されなくても若はずっと、銀次郎さんの背中(せな)を追って、がんばってきたもんですから」

「それじゃあ、銀人さんには元々、一家を継ぐ意思があったと…?」

「はい、ですが二度ほど、銀次さんに弟子入りを頼んで、突っぱねられているんでございます。それから若は渡世のことはきっぱりと諦め、今のアイスアートのイベント興行を取り仕切る仕事に入ったんです」

「なるほど、銀次郎も初めは銀駒親分の言うことを聞いていたわけか。だが、それがどうして一転、銀人さんを跡目にしようなんて言い出したんだね?」

 私の質問は、核心を突いたようだった。お蝶は言いにくそうに、眉を伏せて苦しい息をついていたが、やがてぽつりと、

「旦那、ああ言う派手な仕事と言うのは、どうしても人間を人変わりさせちまうもんなのですねえ」

 無理からぬことだと私は思った。銀駒親分だけでなく、銀次郎さんにまで渡世入りを断られてから、銀人は人が変わった。かき氷の道を諦め、択んだアイスアートのイベントを各地で開くようになり、評判を得たはいいが、その代わり今度は方々で悪い噂を聞くようになったと言う。

「若は、親分の血筋で元々鉄火肌なところがあるんです。けんかっ早いし、お酒の癖だって少しはある方です。でも、根は決して悪い方じゃあないんです」

「つまり銀人さんは、くしくも渡世向きの性格だったと君は言いたいんだね。銀駒親分と銀次郎さんは、そいつを抑えつけて、カタギの道を行くように仕向けた。でも銀人さん本人にとってはそれは、マイナスでしかない、と?」

 お蝶は、無言でうなずいた。

「実のところを言いますとさっき、言い争ってきたんです。銀人さんたちと」

 私は思わず声を呑んだ。つまり、話したいことってこれだ。


 アイスアートで知り合ったファンの女の子に、銀人さんは暴力を振るったらしい。楽屋の出口で騒いでいるのを、たまたま駆けつけたお蝶が、取りなしたのだそうな。


「で、あんたはなぜそこにいたんだい?…(察し)あ、心配で銀次郎さんのところへ来ていて?」

 こっくりと、女侠客はうなずいた。図星すぎたのか、耳まで紅くなっていた。

「お店の手伝いですよ。あの人も喧嘩ッ早いから若と揉めたら、大喧嘩になるんじゃないかって思ってたんですよ」


 泣き出す女の子と銀人の言い合いに、お蝶が加わっていると銀次郎がやってきた。男銀次郎、問答無用で銀人の頬を張ったと言う。

「姐さんがた、悪いがここは収めてくんねえ。あとは、男同士で話をつけるから」

 後半から加わった癖に、また骨っぽいことを言う男だ。しかし、銀人の方も大人しくしているはずもない。その瞬間、激昂してペンギンの翼で銀次郎の肩を突き飛ばしたのだと言う。

「なんなんだよあんたッ!後から出てきて格好つけやがって、放っておいてくれッ!これはおれとこの女の問題なんだようッ!」

「若…つまらねえことで、熱くならねえでもらえますか。あんたはこんなことするような人間じゃねえ。何かがあんたをおかしくしちまってんだ」

「だとしたらそれはあんたのせいだよ、銀次郎。…いっつもそうだ。そうやって、おれの話を聞く前にあんたは、しゃしゃり出てきて、勝手に物事に蹴りをつけようとする。…もううんざりなんだよ、あんたや銀駒の祖父ちゃんの胸先三寸で引っかき回されるのは!」

 銀次郎は何も応えなかったと言う。黄金の沈黙もいい加減にしろ。私と同じ思いだったのかヒートアップしたものの、ここで銀人は消沈して、楽屋のドアを閉め切ってしまったと言う。


「しかしそいつは困ったな。警察沙汰にならなかったのは良かったものの、それじゃ、これ以上、話し合いの余地なんかほとんどないじゃないか」

 銀人の荒れ方もひどいが、まあ、その言い分だって分かってやれなくもない。元々こっちの世界に向きなら、無理して向かない仕事を続ける必要はないのだ。

「で、そのあと銀次郎はどうしたんだ?」

 と、私が言った時、傍らに置いた電話が震えた。スピーカーをオンにすると、突然、クレアの息せき切った声が。


『スクワーロウさんっ、大変です!銀次郎さんが連れてかれちゃいましたよう!』







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