4
すっかり梅雨も明け、だんだんと蒸し暑くなって、そうして日々は過ぎる。そんなある日、珍しく私から先輩に尋ねたのだ。
「先輩はどうしてここでお昼ご飯を食べるんですか?」
「えっ……と、突然だね」
そうだろうか。最近考えるようになったことを聞いてみただけに過ぎないのだが。
常々疑問に思っていたのだ。先輩はこの通りよく話すし、初対面で見ず知らずの新入生に話しかけるどころかご飯に誘うコミュニケーション能力だってあるのだ。友人がいない訳が無い。それなのに教室でご飯を食べない理由が、わからない。
「うーん……」
先輩は眉を八の字にして必死に考えている様子だった。もしかして言いにくいことだったか、と慌てる。さっきまで考えていたことは全て自分の憶測に過ぎない。彼から友人とはっきり紹介された人はいないし、もしかしたらクラス内での立ち位置は余りよくないものだったのかもしれない。
「すみません、答えづらいことだったなら言ってくれなくても大丈夫です!」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね。なんて言ったらいいのかなあ……」
彼は悩みに悩んだ挙句、こう言った。
「……君が余りにも寂しそうにしてたから、つい」
「……そんなに寂しそうでしたか、私?」
記憶を探ってみる。これまで沢山の対話を繰り返してきたが、そんな素振りをした覚えはない。しかし深層心理という奴はわからないよな、と考えた。もしかして心の奥底では私は寂しかったのだろうか。あるいは対外的にはいつでも寂しそうに見えるのか。……いや、やっぱり私のキャラじゃない。
「多分、先輩の気のせいじゃないですか」
「あはは、そうだね。……もしかしたら本当に寂しかったのは僕の方、かも」
そう言う先輩の顔は確かに寂しそうで、どうして私が側にいるのにそんな顔をするのかわからなくて悲しくなった。
「なんだかしんみりしちゃったね、ごめんね」
「いえ、最初にこの話題を振ったのは私ですし……。こちらこそ、すみません」
共に謝る結果になってしまって後悔した。これだから私は駄目なんだ。いつも、相手を困らせる発言ばかりして。と、そんな感じで自己嫌悪に陥っていると、先輩が言った。
「逆に聞くけど、君はどうして僕とお昼を食べてくれるのかな?」
「えっ」
まさか質問が返ってくるとは思わず、硬直する。それは先輩といるのが楽しいから……とは勿論答えられず、どう返事したものかと迷う。
「やっぱり答えにくい?」
「いえ、そう言う訳じゃ……」
折角先輩は答えてくれたのだから私も何か答えなければ。そう考えれば考える程頭がぐるぐると回りあらぬ方へ行く。クラスメイトと一緒にいたくないから、でもある意味正しいが、そんな風に答えていらぬ勘繰りをされても困る。実際にクラスメイトにいじめのようなことはされていないのだ。ただ私が勝手に馴染めないだけで。かといって一人になりたいからここに来ると答えようものなら、じゃあ彼の存在は邪魔なのかとなってしまう。最悪彼に気遣われて、二度とここへは来なくなってしまうかもしれない。それは困る。何故なら……。
「……寂しいから」
最終的にはそう、呟いていた。言ってからしまった、と口を抑えるも後の祭り。
「やっぱりそうなんだ」
「うう……」
恥ずかしさの余り体温が上がる私に、先輩は優しげに笑っていた。その顔を見てますます恥ずかしくなって、手で顔を覆った。
「別に隠さなくてもいいのに。恥ずかしくないよ」
そうじゃない、そうじゃないんだ、と声高に叫びたい衝動に囚われながら、でもやっぱりそうなんじゃないかと心の中で自問自答した。
「ほら、早くご飯食べないと、間に合わなくなっちゃうよ」
そうのんびりと促す彼の声がちょっぴり恨めしくって、ついこんな事を聞いてしまったのだ。
「……先輩の答えって、実は違うんじゃないですか」
「えっ」
ご飯が気管支に入ったのかゲホゴホと咳をする先輩を見るに、どうやら図星らしい。私としては、自分もそうだったから彼もそうなんじゃないかと思っただけの、当てずっぽう以下の発言だったのだが。八つ当たりとも言う。
「なんでわかったの?」
「なんとなく?」
「はは、やっぱり女性って凄いなあ」
「敵わないよ、本当に」とぼんやり呟きながらどこか遠くを見つめる先輩を眺めつつ、更に質問を重ねた。
「それで、本当の理由ってなんなんですか?」
「今日はぐいぐい来るね」
先輩は苦笑しつつも、答えてくれる。
「ここにいると、……願いが叶う、かなあって」
「……願い?」
「そう、願い」
果たしてそんなジンクスあっただろうか。聞いたこともない。ただ単に私の前では話されないだけかもしれないけど。
「でも、ここに来ると願いが叶う、なんて知られていたら、もっと人、来ますよね?」
「叶うのは僕個人の願いだけだから」
「先輩個人の願いだけ、ですか?」
余計わからなくなった。何故ここに来ると先輩だけが望みを叶えられるのか。この場所は何か特別なんだろうか。私が知らないだけで。
「それで、先輩の願いって」
「それは秘密」
間髪を容れず答えられる。先輩は相変わらず口は笑っていたが目は真剣だった。恐らく、これ以上聞いても答えてくれないだろう。そのことに若干落胆してしまったが、仕様が無い。
「まあ、いずれ時が来たら話すよ」
「なんで今じゃ駄目なんですか」
「……もし叶わなかったら、僕が恥ずかしいから」
そう言ってはにかんだ先輩は、少しだけ可愛かった。
今日の空は雲が多い。いいことだと思いながら、黒板の内容を書き写す。そろそろ期末試験も近いとあってか、学習内容も重要なポイントを抑えにかかっている。これは逃したら大変だと、クラスメイトも近頃は静かに授業を受けていた。この時期ばかりは私も彼らと一体になれた気がする。まあどうせまやかしだが。
しばらくしてチャイムが鳴り、休み時間になると、今度は口々に情報交換を始めた。それになんとなく耳を傾けていると、「試験が終わったら、遂に夏休みだよな」と言う声が聞こえた。
……そうか、夏休み。ということは、だ。長期間クラスメイトと顔を合わせなくてもいいという事だし、先輩と話すことが一カ月以上無くなるということでもあった。
それに気づいた時の落ち込み様と来たら自分でもびっくりする程だった。いつの間にかクラスメイトと一緒にいたくないということよりも先輩に会うことに重きを置く自分がいる。それだけ先輩の存在が大きくなっていたのだ。これがいいことなのかそれとも悪いことなのか、自分では判別がつかなかった。
先輩は夏休み、何をして過ごすのか。次会う時にでも聞こう、そう思った。
しかし、その疑問は結局解消されないまま、夏休みが始まってしまった。