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「……とは言ったものの、まさかほぼ毎日一緒にご飯を食べることになるとは思いませんでした」
季節は春をとうに過ぎ、気づけば青や紫の紫陽花が咲き誇るようになった頃。私たちは空になったお弁当箱に蓋をして、久しぶりに出会った時のことを話していた。
私としては、彼が二年生ということもあって、きっと最初のあれっきり、二度と会うことはないだろうと思っていた。だからまさかあれから雨の日や学校が休みの日以外、殆ど毎日顔を合わせることになるなんて予想外だった。
「そうかな? 僕はこれから毎日一緒に食べることになるんだろうな、と思っていたけどね」
「どうしてですか?」
「君、最初に言ってたじゃないか。毎日ここに来てお弁当食べてるって」
そういえばそんなこともあった気がする。だが初めて出会った日は、どうしても頭が回らず、彼の質問にも「はい」か「いいえ」しか答えられなかった。そんな私に先輩は気にすることなくどんどん自分の話をしたり、話題を振ってくれるので、逆にやりやすかったのを覚えている。
「ですが先輩、私がここに来ないということも考えられたのでは?」
……実際、考えたのだ。もし彼も同じように一人になりたくてこの場所に来ていたとしたら、私という存在は迷惑じゃないだろうかと。それで次の日は新たな食事場所を求めて、校舎内を探索したのだ。
「だって、無かったでしょ? ここ以外にいい場所なんて」
「……」
……実際、その通りだった。もうすぐ昼休みが終わってしまうというのにどうしても見つけられず、かといって今から教室で一人で食べることも嫌だった私は、仕方無しにいつもの所でご飯を食べることにした。きっと、今日は彼は来ていないと。例え来ていたとしても、もうご飯を食べ終えて教室に帰っているに違いないと信じて。果たして結果はというと、言わずともわかるだろう。
「あー、なるほどね? だからしばらくの間、ここに来るの遅かったんだ」
「……良くわかりましたね」
確かにその後も何度かいい場所を探し回ったが、思い当たる所には大体既に誰かいるかご飯を食べるには適さないかのどちらかで、結局ここに戻ってきてしまう。その度に、先輩に「やあ、遅かったね」と声をかけられる。こんなことがしばらく続いて、最終的には諦めた。
「まあ僕も通った道だからね」
「そう、なんですか?」
「うん。懐かしいなあ」
そう言って、目を細めて上を向く先輩。つられて私も空を見上げる。今日は予報で言っていた通り、天気は曇り。灰色の雲が空を覆い尽くしていて安心する。
「あれはね、丁度このぐらいの頃……」
――キーンコーンカーンコーン。
先輩が話し始めようとしたその時、タイミング良く鐘の音が鳴った。
「ああ、予鈴が鳴っちゃったね。この話はまた今度」
「それじゃ、またね」と弁当箱を持って去っていく先輩を見送って、私も教室に戻ろうとした。と、その時、何かの雫が頰に当たる。
「……雨?」
――ざぁぁぁぁぁ。
教室に戻って少しすると、授業が始まる。その頃にはもう本格的に雨が降り始めていた。「もうすぐ梅雨ですね。この雨はしばらく続くそうですよ」と壇上の教師が緑のチョークを持ちながら言った。
そうか、もうそんな時期か。雨自体はあの色を見なくて済むということで、それ自体はいいことなのだが。なんてことを思いながら、ふと気づく。雨が降るということはしばらくあそこではご飯が食べられなくなるということだ。そこまで考えが及んだところで、そのことを残念がっている自分に気づいた。それはそうだ、だって雨が降ったら教室で昼食を摂らないといけない。それは嫌だ。
だけど、本当にそれだけだろうか。それにしては自分の中の落胆度合いが大きいような気がした。そして気付く、先輩にしばらく会えないということにも。まさか、それで落ち込んでいるんだろうか。いや、そんな筈は……無い、と言い切れない自分がもどかしい。
そうだ、確かに私はあの時間を、昼食に誘ってくれないクラスメイトなんかと一緒にいることより、余程心地よく思っている。それは先輩と会話するのが楽しいからかもしれないし、単に人と一緒にいるのがいいのかもしれない。どちらにせよ、昼休みのチャイムを心待ちにできる位には私はあの空間を気に入っていた。
ふと、先輩は雨の間の昼休み、どこで過ごすんだろうなあと考えた。私のように教室で過ごすのか、それとも他にいいスポットがあってそこでご飯を食べるのか。だが、今日彼は「他にいい場所なんて無い」と断言していた。もし知っていたら教えてくれるだろうし、やっぱり教室で……。
そこで、自分の名前を呼ぶ、教師の声に気付いた。慌てて返事をすると、先生に「授業中にぼーっとしない!」と叱られた。恥ずかしくて、思わず赤面してしまった。
それから、一週間も雨は続き、先輩に会えたのはかなり日が経過した後だった。
「久しぶり。元気にしてた?」
「はい。先輩も、お元気そうで何よりです」
本日の天気は雨が続いたからか、私の嫌いな快晴。だけど今日ばかりは好きになれそうな気がした。