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Blue like Blue  作者: 風炉織
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2

「珍しい、僕と先輩以外の人がいるなんて。というか初めてかも」


 ……声質的に男性であろう人物が、頭上から話しかけてきた。こういう場合、世間一般的に振り向くべきなのか、それとも素知らぬ振りをするべきなのか。判断するには私のコミュニケーション経験値が圧倒的に足りなかった。出来れば後者が良いが、挨拶くらいはした方がいいんじゃないだろうか。いやしかしもしここで下手な行動に出たらそれこそ失礼に値しないだろうか。そんなことをつらつら考えている内に――。


「こんにちは。見かけない顔だね、もしかして新入生?」


 相手に先手を打たれてしまった。しかも目の前で。考えを巡らせている間に正面に回りこまれてしまったらしい。やってきた人間は私より明らかに背が高くて、しかも思っていた通り男の人であった。こんな近くで異性と目をあわせることなどほとんどなかった私は、纏まらない思考の糸を更に絡ませる。相手の顔を見つめ返すことで精一杯で、質問に答える所かどんな質問をされたのかもわからない。しかし、何かを尋ねられたのなら、こちらも答えを返さなければ。「あ」やら「え」やら言ってお茶を濁しながら返答を探す。


「あ、やっぱり。ネクタイの色、青だ」


 結局今回も先手を打たれ、私が答える前に自己完結されてしまう。確かに私のネクタイは青色だが、それがどうかしたのだろうか。これが聞きたかったこと? ……冷静になれば、どういう意図なのか自ずと気づいただろうが、いかんせんそれどころではなかった。とにかくこの時の私は、見つめ合うこの状況に耐えきれなくなったのもあって、視線を下にずらしたのだ。そうすると、自然に目に入ってくるのは今丁度話題に上ったもの。


「僕のは赤いネクタイだよ。一応、君の先輩ってことになるのかな?」


 ほら、とよく見えるように持ち上げられたそれと、言われたばかりの言葉を手がかりに、ようやっと彼が何を言いたいのかを悟る。はっとして、目の前の男性をじろじろと観察する。耳にかからない位に短く刈られた髪に、白シャツの上から紺色のブレザーを羽織っている。胸元のポケットには見慣れたエンブレムが刺繍されていた。


「……ひょっとして、この学校の生徒さんですか」


 その発言は、先程の悩み様が嘘であるかのように、するりと口から滑り出た。相手は、突拍子もない言葉に口をぽかりと開けて硬直していた。ついでに私も固まった。悩みに悩んだ癖に、何故口に出したのがそれなのか。この時間に学校にいるんだから、うちの生徒か先生に決まっているだろう。むしろそれを聞く方が失礼なんじゃないのか。

 変なことを聞いてしまったと、只でさえ一杯一杯だった私は羞恥心で顔を茹で上げていた。それこそ漫画なら湯気のエフェクトが描かれるくらいであったと思う。とにかく、謝らなくては。そして弁当箱に蓋をして直ぐに立ち去ろう。これは居たたまれなさすぎる!


「あ、あの。すみませんっ、先程の発言はどうか忘れて下さい! それじゃあ私はこれで――」

「待って」


 失礼します。そう言い切る前に引き留められた。掴まれた腕に驚いて振り返ると、彼はとてもいい笑顔で言ったのだ。


「手に持ってるのってそれ、弁当だよね? 僕もお昼まだだし、良かったら一緒に食べようよ」


 ……本当に赤面するとはこういうことなのだと、私はこの時初めて知った。先程の比ではない。まさしく沸騰して甲高い音を立てる頭にふらふらして、腕を離されたことに気付けない。「いや、勿論断ってくれていいんだ。他に用事があるってこともあるだろうし。というか知らない奴と一緒に食事なんて嫌だよね、急にごめんね」と早口に喋る彼の言葉も耳には入って来ても理解出来なかった。彼と向かい合う。相手は目をそらして頬をかいていて。私は何とか残っていた勇気をもって頷いた。

 そしてもう限界だったのだろう。沸点突破した私はふらりと後ろ向きに倒れて――。


「大丈夫?!」


 近くで聞こえる低い声と背中に感じる確かな暖かさに、胸中を一杯にしながら、意識を手放したのであった。




「ねえ、本当に保健室行かなくて大丈夫?」

「はい。ご心配お掛けしまして誠に申し訳ありません……。それに支えて下さってありがとうございます」


 そう言って深々と頭を下げる。いくら人慣れしていないからって、この程度で気絶するとかあり得ない。とは思うのだが実際に起こってしまったのだから仕様がない。先とは別の意味で居たたまれなかった。


「ええっ?! いやいやそんなに改まらなくていいから! 当然のことをしたまでだし……」


 正座で両手を付いて頭を垂れる。所謂土下座を食らわせられて、向こうも大変居心地が悪そうだ。……誠意を見せる為にはこれが一番かと思ったのだが、止めよう。せっかくお昼に誘ってもらったのだから、せめてこの時間が楽しいものになるようにしたい。そう思って、やっと顔を上げた。すると、彼の目と自然にかち合ってしまう。そう、こうなることが嫌で頭を下げていた面もあるのだ。最初よりは慣れてきて混乱はしなくなってきたが、やはり苦手なものは苦手である。なるべく合わさないように微妙に視線をずらす。


「見た感じ顔色は悪くなさそうだね。倒れた時、顔真っ赤だったから熱でもあるのかと思ったんだけど。ちょっとでもしんどい様なら言ってね?」

「いえ平気ですので! お気になさらず!」


 慌てて頭を振る。見られていた……いやあの至近距離で見えていない方がおかしいのだけれど。そして気づく。ああ、そうだ。そんな近くに異性の顔があったのだ。そう考えると何だかまた頬が熱くなってきた。


「また赤くなってるよ?」


 そう言って彼は眉を下げて覗き込んできた。ついさっきまで頭の中にあった男の子の顔が間近にあって、また自分の許容量を何かによってオーバーしそうになる。心配してくれるのは大変有り難いがこれでは逆効果だ――!


「……あの」

「うん? 何?」

「出来れば、もう少し離れていただけませんでしょうか?」


 ずざっ、と音が鳴った様な気がした。いや実際にはそんな音はしなかったのだが、それくらいの勢いで後退ったのだ。その焦り様はまさに100メートル以上の距離を作れるくらいであったが、周囲の緑がそれを許さなかった。一人分座れる位の空間が空いた所でガサッと大きな音をたてて低木にぶち当たる。それを見て、背後が壁でなくて良かったと胸を撫で下ろした。あの勢いだったら絶対にちょっと痛いどころの話では済まなかっただろう。


「ごめん……。僕の配慮が足りなかった。そうだよね、大して仲良くもない人間の顔が近くにあったら普通に嫌だよね。うん、本当にごめんなさい」


 今度は私の方が土下座される番だった。


 こうして、私と先輩、二人きりのランチタイムが始まったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ひと慣れしていない感じがヒシヒシと伝わるお話でした。慣れていないが故に、時折見せる、所謂”普通の子”でもしないような大胆発言?にクスッとなりました。先輩の容姿そのものが描写されていないのは…
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