8 魔王様はエルフ賢者に遭遇した。
王城には図書館があるそうなので、そこでパーティーが終わるまで避難していようかと思う。
これには別の目的もある。客人として招かれている今なら、図書館に普通に入れるので、そのうちに情報収集をしたいのだ。
人間界でいう魔王とは何かとか、国の地理とかね。
誰もいないようなので、私はこっそり図書館内部に入り、明かりをつけた。この場合だと、明かりをつけないでこそこそしている方が不審だと私は思う。
私は王国の歴史、というのが書かれている棚のあたりで立ち止まり、本を開いた。
その本をパラパラとめくり、終わったので、本を閉じて次の本を開く。そして、同じ作業を繰り返し、棚を網羅した。
どうやらこのチートな体には瞬間記憶能力と速読能力が備わっているらしく、軽く本をめくっただけで、内容を理解し、記憶する事が出来るのだ。
今はただ全ての本を記憶して、効率的にかつ、早く情報を頭の中に記録したいのだ。あとで記憶の海から探って再び読む事も出来るので、この場で記憶さえ出来ていればいいのである。
そうやって作業を続けていくと、直ぐに最後の一架になった。どうやらこの図書館の本は厳選されているようで、内容が濃いものや歴史書だけだったので、意外と蔵書数が少なかったのだ。
最後の一架は魔王関連の棚である。多分、ここで私の欲しい情報を得る事が出来ると思う。
私は本を開き、作業を開始した。
ーー結果、あまり有益な情報はなかったけど、人間界でいう魔王が何か分かった。
人間界でいう魔王は、文字通り、魔の王だ。
そもそも魔とは何か、と調べても魔は魔としか書かれていなかった。
魔族が魔なのかは分からないけど、魔の王と魔族の王、または魔界の王ーーつまり私ーーは別物のようだ。
すこし、ホッとした。
だけど、歴史書に描かれている魔の王の姿絵を見てみれば、明らかにその体の特徴が魔族なのだ。
何かしらの関係はあるのかもしれない。
そこまで考えて、私は違和感に気づいた。
あれ?でも……
「へールー君!」
しかし、その先は誰かに声をかけられたことにより、考えることが出来なかった。
振り向くと、勇者パーティーのメンバーである賢者さんがいた。
「こんばんは、えっと……」
挨拶を返そうとしたが、賢者の名前が分からなかった。
「ユネクだよ。」
分かった、ユネクね。
本人が教えてくれたので、その通りに言った。
「ユネクさん。」
「さんはいらないよ〜、パーティーメンバー同士なんだしさ?」
手をひらひらさせながらユネクが言った。
なんだか、胡散臭いんだよね。
「ね……ヘルちゃん?」
ちゃん?さっきは君だったのに?あれ、もしかしなくても女だってことバレてない?
すると、腰に手を伸ばされたので、私はユネクの手首を撚りあげた。
そして、私は、何すんだ、この変態が。という気持ちを込めて、彼を睨んだ。
「いいじゃん。」
よくねえよ。と内心思いつつも返事はしない。その代わり、彼の手首から手を離した。
「いてて……ねえ、ヘルちゃんは何で男のふりしてるの?」
「この世界は、男の方が有利だし、今更言えない。」
とユネクに答えた。うん、実は今更、実は女だよ〜☆、なんて、言えない気がするのだ。気まずくなるというか、ね?
「ふーん。じゃあさ、黙っててあげるからちょっと付き合ってよ?」
この場合の付き合うとは男女の付き合いをさすのか、どこかに一緒に行こうよ、という事なのか。
初対面の女子の腰に手を伸ばしてくるような変態だから、私は前者かとふんでいるが。
「どういう意味で?」
一応聞いておこう。
「もちろん、男女の付き合いに決まってるじゃん。」
そういい、彼は小悪魔のような笑みを浮かべた。小悪魔っていうよりは悪魔よりだけどな。今度は顎を触られ、顎クイ、と俗に言われるものをされた。
すごい。全くといっていいほど心臓の鼓動が早まらない。
というか、この状況って脅されてるだけだよね?顎クイをする意味が分からん。
「へえー、この状況でも動じないんだ。」
ユネクは笑みを深めた。そして、なんと、彼は私に顔を近づけ始めたのだ。
その時私は気づいた。あ、これキスか、と。
ユネクじゃなかったら、私の緊張度はMAXだっただろうが、ユネクだ。だから、それも冗談な気がして、あまり気持ちがよくない。それに、私が特別好意を抱いている相手でもないから嫌だ。
私はキスを迫られている間にその結論に至ったので、遠慮なく闇魔法をぶっ放した。
ユネクの体は吹っ飛んで、壁にのめり込んだ。
勿論、本を巻き込んだりする真似はしないので、被害を受けたのはユネクと壁だけのはずだ。
「……うっ……」
ユネクの声がしたので、生きているようだ。
良かった。中級魔法ぐらいにとどめておこうかと思ったけど、ちょっと気を抜いてしまったので、上級魔法になっているかもしれなくて心配だったのだ。
結局、中級魔法か上級魔法を使ったのか分からなくなってしまったが、生きているのでいいだろう。
生きていれば、全てよし!と言った感じだ。
「ゲホッ、ヘルちゃん、えげつないの使ったね……」
ユネクが口元を手で抑えながら、起き上がった。
血反吐を吐いているのかと思って、光魔法で軽くユネクの体をスキャンしたが、問題ないようだ。
ただ、肝臓の状態が少し悪かったので、こっそり回復させておいた。
ついでに、ヒビ割れた壁も魔法で直しておいた。自分でやっておいて、放置しておくのは良くないからね。
「ん……なんか元気になった気がする。」
ユネクが顔をあげて辺りを見回した。すると、目がちょうど私とあった。
「もしかして、ヘルちゃんが?」
私はそれには答えず、ただ無言でユネクに笑いかける。
「……分かった。強引に迫ったことは謝るし、ヘルちゃんが女であることも黙っておくよ。これでいい?」
ユネクから言質をとったので私は口を開いた。
「はい。ありがとうございます。では。」
私は満遍の笑みで微笑み、図書室から去った。
「……あんな笑み見せられたら、惚れちゃいそうじゃん……」
なので、私は私が去った後の図書室でユネクが呟いたことは知らなかった。
こんなユネクのキャラも好きです。