3 魔物に襲われた魔王様
戦闘描写が入ります。この作品では初ですね。
「2人は兄弟かい?そうだとしたら、凄い美形の家系だ。」
お爺さんが言った。
ははは、勇者はともかく、私はそんな美形じゃないよ。
「違いますよ。僕は普通の平民の家の出だし。」
そっか、今回の勇者は平民の家系から出たのか。
魔王城図書館の本曰く、勇者は神によって選ばれるらしく、子供は5歳になると教会に行き、『職あり』かどうか確かめるのだそうだ。
『職あり』というのは神に与えられた職を持っている人のことをいう。
例えば、『聖女』とか、『勇者』とか。
ほとんどの場合は魔王関連らしい。
そして、今回、勇者の職に選ばれたのは平民の某リューだった、ということだ。
歴代の人は貴族が多く、何故かというと、先祖が『職あり』だとその子孫も『職あり』になることが多い。
そのため自分の家系から『職あり』を出したい、という貴族が『職あり』を養子にしてその血を取り入れるのだと本にあった。
つまり、今代の勇者は極めて珍しい例なのだ。
勇者が服を手に取り、お爺さんに代金を渡した。
「じゃあ、服も揃ったし……あ、この辺で魔物が出たという話はありますか?」
勇者が言った。さすが、勇者だな。
すると、お爺さんは首を捻った。
「うーん、この辺りでそういう話は聞かねえな。」
平和な村だな。
「そうですか……」
勇者が肩を落とした。それを見かねたお爺さんが必死で記憶を探り始めた。
「あ、あ……あっ!1週間程前に村の坊主が村の端の森で魔物っぽいの影を見つけたらしい。何でも、かなり小さいやつだったとか。」
それを聞いた勇者は途端に元気を取り戻した。
「そ、そうですか!ヘル、一緒に行こう!」
そのまま、ハイテンションになった勇者に手を取られ、私は森に連れて行かれた。
こいつのテンションの上下具合、ジェットコースターレベルかよ。ってぐらい気持ちの上下が激しいな、勇者。
勇者に手を握られたまま、私は森の中を歩き回った。
しばらくすると、ガサガサという音が藪からしたので、私は身構えた。
けど、藪から出てきたのは愛らしい兎だった。
「なんだ、兎か。」
私は安堵して声を漏らした。
雪のような真っ白な毛に赤い目。掌程の小さいサイズ。普通の兎だった。
だが、足に怪我をしているようなのだ。足からは赤い血が流れ、見ていて大変痛ましい。
「どうしたんだ。」
勇者が治療をしようと、兎に近づいた、その時だった。私は本能的な危機感を感じ、思わず叫んだ。
「それは危ない!近づくな!」
と。次の瞬間にその兎はさっきまでの愛らしい姿ではなくなっていた。
ルビーのようだった赤い目は血走っていて、見開かれている。その掌サイズだった可愛い体は首が伸びている上に頭部のサイズが3倍ほどになり、その裂けた口からは沢山の鋭い牙が見えていた。
その兎の赤い目は勇者をはっきりと捉え、狙っていた。
私は反射的に勇者を庇う位置に立った。そして、魔法で炎の剣を作成し、兎だったものの攻撃を弾いた。
「ヘル……」
勇者が呆然とした顔で私に言った。
私が視線を勇者に向けている間、兎は首を空に向かって伸ばし、笛を吹いた。人間には聞こえないであろう、低音波の音でも私にはしっかりと聞こえた。
一回攻撃を防がれた生物が次に打つ手は何か。
勿論、仲間を呼ぶことだ。
その兎の声に答えるように、大勢の兎が私達を取り囲んだ。
「おい、早くお前も剣を取れ。勇者、なんだろ!」
私は勇者に激励する。素が出てしまっているが、別にいいだろう。
勇者は私の目を見て頷き、腰にかけてある剣を鞘から引き抜いた。
剣を抜く様子を見た最初の兎がもう一度低音波を出し、攻撃の合図をした。
私は勇者といつの間にか背中合わせに立っており、2人で兎を薙ぎ払っていた。
勇者の腕前も伊達ではないようで、どんどん兎を葬っていく。
あの最初の兎も普通に動いているので、足の赤い液体は血ではないのだろう。甘い匂いもしたので、何かの木の実の汁がついたのかもしれない。
私も勇者に負けないように、魔法でできた炎の剣を振るう。
時々、勇者に不意打ちで襲いかかってくる兎もいるけど、私がこっそり魔法で撃破している。
それからしばらく戦い続け、遂に最後の一羽になった。
その最後の一羽、というのは最初の兎になった。
兎は勇者に襲いかかるが、彼はそれを払い落とし、剣で深い傷を兎に負わせた。
それによって、兎は倒れた。
全て終わったと、2人で安心していたら倒れているはずの兎が猛スピードで動き、私の方に向かってきた。
「ヘル!?」
私は兎を剣で軽く地面に叩きつけてから、その体を貫くように真上から剣を落とした。
「油断するんじゃなかった。」
私は小さくそう呟いた。最後の最後の最後まで、油断してはならない。人生は、いつ命を失うか分からないのだから。
「あ、危なかったね……ありがとう、ヘル。君がいなかったら……どうなっていたか分からない。」
勇者が安堵し、私に向けてそう言った。
「別に……」
感謝されるのは、ちょっと照れ臭くて、思わずそっぽを向いてしまう。
「そ、それより、魔物の解体、手伝ってよ。」
私は勇者の顔を見ないように、兎の魔物と向き合い、土魔法で作ったナイフで解体していく。
この兎は、間違いなく魔物だ。
そもそも、この世界での魔物は何か、というと、大前提が魔石を体内に保有していること。あとは、攻撃的で人間と敵対していることぐらいだ。
魔石、というのは空中にある魔素の塊で、魔物の体を動かす原動力になっている。それが魔物であることの証拠となる。
現に、解体すると魔石が兎の体にあった。
あとは、攻撃的で人間と敵対していたのは火を見るよりも明らかなので、魔物であることは100%確実だろう。
魔物は魔石が高濃度の魔素で形作られてから、周囲の魔素を利用し、肉体を得る。その魔石の形などによって、種族が決まるそうだ。
この人間界では魔族が魔物を操っている、と考えられているが、それは全くの嘘だ。魔物はいわば、自然災害。
なので、魔族は一切関係ないし、魔族も体内に魔石を保有しているが、人型で自我がしっかりあるので、全然違うものである。
また、人間界で魔族が魔物を操っていると考えられる一因として、魔王が誕生した際に、魔物が増える、というのがあるけど、魔王は魔物を操ることなどしない。
魔界の教授のある論文によると、魔王が誕生すると、魔王を排除するために、神が世界に干渉するのだそうだ。『職あり』というのも干渉の一つだ。
神の干渉によって世界が歪み、世界を修正する働きとして、魔物が増えたり、自然災害が起こりやすくなるのだそうだ。
簡単にまとめると、魔族と魔物は全くの別物、ということになる。
そんなことを考えているうちに、魔物を全て解体し終わってしまった。
魔石は全て異空間の中に放り込み、残った肉なども異空間に放り込んでおく。異空間の中には小さな仕切りがあるので、服が血みどろになったりする心配はない。
なんて便利。
お読みいただきありがとうございます。