4-2、父と子/アンカーとアルネロス
今回は中編です!!
「be going to~ってどういう意味だったっけ?」
「それは未来形ね。○○するだろう、って意味よ」
「そっか。ありがとう、龍波さん」
今、頼火、射水、沙月は放課後の教室で残って英語のノートの作業をしていた。
といっても、ノートまとめの課題をしているのは頼火と沙月であり、射水は二人に英語を教えているだけである。
凛に言われてノートの提出日を思い出した頼火と沙月は、どうにか今日の夕方5時までなら待ってもらえるということで教室に残って作業をしていたのだが、二人とも決して英語が得意というわけではない。あまり接点のない二人が悪戦苦闘しているところへ射水が、
「私でよければ手伝いしましょうか?」
と声をかけてくれたのだ。
頼火はなんと答えるか少し考えていたのだが、頼火が何かをいうより前に沙月が射水に助けを求めたのである。沙月は一年の時も射水と同じクラスであり、凜を通してではあるがそこそこ話す間がらでもあった。
射水の助けもあって、作業自体は4時半には終わった。
頼火と沙月は職員室にいって、英語の教師に謝ってからノートを提出してきた。
「ありがとう、龍波さん。おかげで助かったわ」
「別にいいのよ。困ったときはお互いさまだもの」
「じゃあ私、ちょっと他に用事があるから。鴻さん、龍波さん。――じゃあね」
「ええ、また明日」
そういうと沙月は、頼火と射水に手を振りながらどこかへと行ってしまった。
「大神さんって元気な人なのね」
それが頼火の、沙月への感想だった。
「アンタも、その……悪かったわね。放課後まで付き合わせて」
「別に大丈夫よ。私も今日は、特に予定がなかったから」
「まぁ、その……助かったわ」
ぼんやりと話しながら、二人は下駄箱へと向かった。
「鴻さんは部活とかはやらないの? 運動、得意なんでしょう?」
「私は特にやるつもりはないわね。そっちはどうなのよ?」
「私に運動部とか無理よ。体育の授業だけでもへとへとなのに」
「いや、運動部とは言ってないわよ。文化系の部活とかはいったりしないの?」
「ええ。私は一応、ほかに習い事でピアノをやってるから、学校の部活との掛け持ちはしんどいかな、って」
「ふーん……」
「ええ……」
はじめのうちはよかったが、だんだんと話題がなくなっていき、沈黙が場を支配する。
何か話をしなければ、と思った射水はふと、頼火の腕に目が行った。そして、いつもある場所にアンカーのブレスレッドがないことに気が付く。
「アンカーと喧嘩でもしたの?」
頼火が心の中で舌打ちをする。頼火にとっては、触れられたくない相手に、一番触れられたくない話をされたのである。どうにかごまかそうとしたが、
『ライカは、アンカーが毎日お説教をするのが不満らしいの』
つい先ほど愚痴をこぼしたアルタイスが暴露してしまった。
おそらく、アルタイスに悪気はない。だから余計にタチが悪いと頼火は思った。
「あら、アンカーは鴻さんにお説教をするの?」
『なんでもね、時間割合わせなさいとか早く寝なさいとかお片付けしなさいとか言うんだって』
「そうなの? でもそれは、アンカーのいうことのほうが正しいと思うわよ」
アルタイスには、悪気はまったくない。ただ、頼火が言ったことを、頼火から特に口止めされなかったから話しているだけである。
そして、射水の言っていることも何も間違っていない。ことの発端は、頼火がやるべきことをしっかりやっていれば特に起きなかったことなのである。それは頼火にもわかっている。だからこそ、頼火にとっては耳が痛い話だった。
「きっとアンカーは鴻さんのことが心配なのよ」
「別に、あいつに心配される筋合いはないって話よ」
『で、でも!!』
二人の話にアルタイスが急に声を張り上げた。
『それでもアンカーは、ライカのことをほっておくとか、気になることがあっても何も言わないなんてのは無理なんだと思う』
「「どうして?」」
二人は口をそろえてアルタイスのブレスレッドを見つめた。しかし、視線を集めてから、アルタイスは黙り込んでしまった。
「何よ、アルタイス!! 何か言いたいことがあるならはっきりと言いなさい!!」
「ねぇ、アルタイス。何か、アンカーさんにも事情があるの?」
意味ありげに口を挟まれたため、二人はアルタイスを問い詰めた。しかしアルタイスは、
『ご、ごめん。でもこれはやっぱり、私の口からは言えないの……』
結局、アルタイスがそれ以上は何も話そうとしなかったため、この話はここで終わりとなってしまった。
「そういえば、こうやって鴻さんと二人で帰るのって、初めて話したとき以来ね」
「素直に二回目って言いなさいよ」
「また前みたいに何か降ってきたりしてね」
冗談めかして射水が笑う。頼火は呆れながら、
「これ以上面倒ごとが増えたらたまんないわよ」
とため息をつく。
それもそうね、と射水が同意しようとした時だった。
ズシン、という地響きが聞こえた。二人はぎこちない動きで顔を見合わせながら、
「えっと……まさか、ね?」
「そ、そうよ。ほ、ほら。きっとそう、隕石でも落ちてきただけじゃないかしら?」
「そ、そうそう。どこかの怪しげな研究所でビーカーが爆発しただけかもしれないしね!!」
『奈落の使徒の気配がするわ!! それと、アンカーの気配も』
現実逃避しようとする二人を、アルタイスの叫びが引き戻す。
「あっちは確か、河川敷だったかしら?」
「そうね。たぶん今日は何もやってないと思うけど……全く、サイッアクだわ!!」
音の響いた方へと二人は走っていく。
■■
地響きのする少し前のことだった。
アンカーは大地を連れて、川沿いの歩道を歩いて。時刻はすでに夕方であり、ジョギングをする運動部らしき中高生や犬の散歩をしている人たちがまばらに通っていた。
『なぁ、大地。少し訊きたいんだが』
「何、アンカー?」
『頼火ってその……』
「その……?」
質問が不自然に途切れたため、大地は不思議そうに首をかしげる。
アンカーは大地であれば、頼火が射水を不自然に避けていることについて何か知っているのではないかと思ったのだが、いざ訊くとなるとなんと訊けばいいのかがわからなかった。
『頼火って、弟のお前から見てどんな感じだ?』
考えた結果、アンカーの質問は無難なところに落ち着いた。
「子供っぽい。というか、中学生っぽくない」
即答だった。
アンカーも同意見だった。特に大地がませているわけでも、背伸びをしたがっているわけでもない。
「なんかこう、普段、頼姉ちゃんと話してても、学校で友達と話してるのとあんまり変わらないんだよね」
『言いたいことはわかる』
頼火は、よく言えば裏表がなく単純なのだ。隠し事ができなず、好悪がわかりやすいのである。
ゆえにアンカーにも射水にも、頼火が射水のことを避けていることははっきりわかっていた。ただ、その理由がわからないのである。
(今のところ特に問題もないし、下手にあんまりとっつかないほうがいいのかもしれねぇな)
アンカーがぼんやりと考えていると、大地はふと足を止めた。
そこには、高さが20mは優に超えるかという大木がそびえ立っていた。
「前に、この木に登ってみたいって頼姉ちゃんに言ったらさ」
『止められたのか?』
掴まれそうな太い枝や、足掛かりとなる場所はあるから、小学生でも登ろうと思えば半分くらいは登れそうな木であったが、かといって、落ちたときのことを思うとあまり子供に登らせたいと思うような木ではない。
「ううん。私が先に登って安全かどうか確かめてから、って言って一人で登っていった」
『止めろよ』
アンカーが今この場にいない頼火へ突っ込んだ。
ちなみに大地いわく、そのすぐ後に通りがかった大人に見つかって(頼火一人が)こっぴどく怒られたらしい。
「まぁ確かに、危ないのはわかるけどさ。でも、この木のてっぺんから町を眺めたらきっと気持ちいいんだろうなって思ってね、俺も一回だけ一人でこっそり登ったことがあるんだ」
『お前、まぁまぁヤンチャなんだな』
「まぁ、あの枝くらいまで登ったあたりで怖くなってやめちゃったんだけどね」
そう言って大地は、下から数えて2本目くらいの、幹から分かれた枝のあたりを指さす。それでも、小学生としては頑張って登ったほうだといえるだろう。
『なあ大地。お前、高いところとか怖くないか?』
「別に大丈夫だよ」
『そうか。わかった』
そう言うとアンカーは、ひょいと大地の両脇を抱え、自分に肩車で乗れるように持ち上げる。
大地が不思議そうに見ているとアンカーはにやりと笑って、
『特別サービスだ。俺がてっぺんまで連れていってやる』
と言うと、周囲に特に通行人がいないのを確認してから、軽く地面を蹴る。
大地の全身に、体が羽になったような浮遊感がはしる。思わず目をつむると、冷たい風が頬を叩いた。ゆっくりと目を開くと、そこは木の、一番上の枝の上だった。
先ほどまで歩いていた道も、川も。大地の家や小学校、鉄道の線路や駅に近所のスーパーにいたるまで。大地の知っているこの町の建物すべてが、視線を下ろすだけで一望できた。
「うわぁ、すっごい!! 高い!!」
年相応に無邪気にはしゃぐ大地を見て、アンカーも嬉しそうだった。
『どうだ、気持ちいいだろう? やっぱ高いところからの眺めっつうのは格別だよな』
「うん。知ってる建物でも、上から見ると全く知らないものみたい。それに、風も気持ちいい」
『ああ。高い建築物から見るのでも、景色自体は変わらないけど、空気を直に感じられるっつうのは最高だろ?』
「うん、最高!!」
二人は暫く、木の上からの景色を眺めていたが、陽が沈みかけて肌寒くなってきたので木から降りた。大地は名残惜しそうにしていたが、
『また今度、連れてってやるよ』
と言って頭を撫でられると、無邪気な笑みを浮かべて頷いた。
「じゃあ次は、頼姉ちゃんも一緒がいい」
『お前、頼火のこと好きなんだな』
「うん!!」
邪気のない純朴な声で大地が笑う。つられてアンカーも笑みを浮かべた。
『そうか。じゃあ、次は3人で行くか』
アンカーがそう言った、直後だった。
『貴様に次などこない。アストラルの勇士よ』
重く、体の中心に沈み込むような声が響いた。
アンカーが声の方向を振り返ろうとした瞬間。ズシン、という地響きとともに道に亀裂が入り、突風が二人の体を何mも後方へと吹き飛ばした。
「うわぁぁッ!!」
『クッ……』
吹き飛ばされながらもアンカーは大地の手を掴み、自分の方へと抱きよせて、どうにか大地だけは庇った。代わりにアンカーは勢いよく背中から地面に落ち、その衝撃をすべて受けてしまった。
衝撃はアンカーに抱きかかえられていた大地にも伝わってしまい、大地は意識を失う。
アンカーは大地を優しく地面に寝かせ、自分の体で庇うようにして、突風が吹いてきたほうを警戒する。
『まさか……テメェまでこっちに来てやがったとはな。アルネロス――!!』
『来たのはつい最近のことだ』
敵意むき出しのアンカーの言葉にそっけなく答えたのは、身長が2mはあろうかという、アルネロスと呼ばれた巨漢だった。
筋骨隆々で、全身に黒い鎧を身に着けており、頭から黄金に輝く獅子の毛皮をかぶっているといういで立ちだった。
『さぁ、“コロナ・ジュエル”のことを話してもらおうか』
『話すと思ったか?』
人間の姿から元の姿へと戻り、全身に炎を纏ってアンカーが言う。
殺意を滾らせながら睨みつけても、男アルネロスは少しも動じない。
『貴様の選択肢は二つだ。話すか、死ぬか――』
『どっちも、お断りだな!!』
拒絶の叫びと同時に、アンカーは嘴から勢いよく火を噴き出す。
アルネロスが右手を横に振って火を払うと、そこにもうアンカーと大地の姿はなかった。
(今は先ず、大地を安全なところまで逃がさねぇと!!)
大地の体を抱えてアンカーは思い切り飛ぶ。一飛びでアルネロスとの距離は10mは開いていた。
しかし、
『無駄だ』
アルネロスが、アンカーめがけて右拳を振るう。
拳自体は当然ながらアンカーには届かないが、起こした風圧で周囲の草がちぎれ、巨大な突風が空気の弾丸となってアンカーを撃ちぬく。
その風の弾丸は、大地の体にはあたりはしなかった。アンカーの体に直撃して、地面に叩き落される。
どうにか空中で体を捻って、アンカーは背中から思い切り地面に着地した。衝撃と共に、激痛がアンカーの全身を駆け巡る。
『く、くそ……』
大地が無傷なのと引き換えに、アンカーの体はぼろぼろだった。
悠然と歩み寄ってくるアルネロスを前に、アンカーは無駄と知りつつも、それでも大地を庇うように前に出た。
『あの時と同じだな、アストラルの勇士よ』
冷静に、ただ淡々とアルネロスは告げる。
アンカー一人でこの状況を覆すすべがないのは明らかだった。しかし、アンカーはアルネロスを睨みながら、強気で返す。
『そうでもない、みたいだぜ』
負け惜しみかと思ったアルネロスだったが、アンカーの背後に2つの影を見つけた。
こちらへ向かって走ってくる、同じ服を着た二人の女の子である。
「アンカーッ!!」
アンカーが振り向くと、そこには頼火と射水がいた。
二人はアンカーのほうへと走りながら、互いに顔を見合わせて頷き合うと、右手を高く掲げた。
「「我が身に宿れ、原初の世界の星辰よ!!」」
二人の体が光に包まれ、アンカーもそれに溶け込むようにして、頼火の元へと飛んで行った。
「空に輝け勇気の火よ」
「大地を満たせ慈愛の水よ」
二人が勢いよく地面を蹴りつける。
包み込んだ光が、宙を飛ぶ二人を戦うための姿へと変えていく。そして、変身を終えた二人は、地面を揺るがす勢いでアルネロスの前へと着地した。
「邪悪を払う情熱の翼!! フェニックス・ブレイズ!!」
「命を守る悠久の大河!! ドラゴン・ストリーム!!」
名乗りを終えた二人は、臨戦態勢を取りながらアルネロスと対峙する。
頼火はちらりと後ろを振り返り、倒れている大地を見た。
「アンカー。大地は大丈夫なの?」
『ああ、気を失ってるだけだ。その……悪いな、お前の――』
家族を巻き込んで。
そう言おうとしたアンカーの言葉を頼火が遮る。
「私の家族を、守ってくれたんだよね?」
強く、はっきりとした声だった。
たった、その一言だけだったが、アンカーには頼火のやさしさが伝わった。
そして頼火は視線をアルネロスへと向け、敵意を込めた強く凛々しい眼差しで睨みつける。
「アンタ、よくも私の大事な家族に手を出してくれたわね。絶対に、許さない!!」
言葉と同時、頼火が駆けだす。
右拳を固く握りしめ、アルネロスの顔面に向けて飛ばす。
しかし――。
『手を出した? 知らんな。偶然、あれが近くにいただけだ』
アルネロスが右手を前に差し出す。頼火の拳を包み込むほどの大きな手のひらに掴まれて、頼火の動きがぴたりと止まった。そのまま、アルネロスは強く、頼火の拳を握りつける。
「ぐ、あぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
拳が砕ける。そう思うほどの激痛が頼火の右手を襲う。頼火よりやや遅れて駆けだした射水が水色の光弾を作ってアルネロスの体めがけて飛ばす。その衝撃にわずかにのけぞった隙に射水はアルネロスの右横に回り込み、アルネロスの右肘を蹴り上げる。
アルネロスの拳に籠める力が弱まった。
それを見た頼火は、さっと右手を引いて、そのまま下がりながらアルネロスと距離をとる。
「大丈夫、鴻さん?」
「まぁ、どうにかね……」
そう言いながらも頼火は、右手首をぶらぶらと振りながら苦痛に顔をゆがめていた。
これまでサーベルス、カタパルトラと2体もの強敵を沈めてきた自分の拳が、ああも簡単に止められたことへの驚きもあった。
『今までと一緒だと思って油断するなよ。あいつは、“破壊神”アルネロス。奈落の使徒としてのヤバさはテリオンよりも上だ』
「悔しいけど、そうみたいね」
「ねぇ、鴻さん」
「何よ?」
「その子、鴻さんの弟さんなの?」
射水は、後ろに寝ている大地のことを訊いた。
「だったら、何?」
「私が少しの間、時間を稼いでおくわ。だから鴻さんはその間に、弟さんを安全なところへ連れていってあげて」
射水の提案に、頼火は少し心が揺らいだ。頼火の本音を言えば、すぐにでも大地を逃がしたいが、この状況で射水一人にアルネロスを任せることができるかと訊かれると答えは否である。
どう答えるべきか迷っていると、射水は頼火の右手を両手でとって、言った。
「鴻さんはお姉ちゃんなのよね? なら、まず弟さんのことを考えてあげて」
「で、でもアンタ一人であんな奴を相手になんて……」
できるわけがないと言おうとしたが、その言葉を口に出すことはなかった。
「私は大丈夫。鴻さんが帰ってくるまで、頑張るから」
優しい声だった。そして、力強い声だった。
一歩間違えれば殺される。そんな戦いの中だとは思えないほどに、射水の笑顔は優しく、それでいて頼もしかった。
「すぐ戻るから――それまで死なないでよね」
「ええ、もちろん。そっちも頑張ってね。お姉さん!!」
頼火はアルネロスに背を向けて、大地を抱えて走り出す。
その背中を横目で見ながら、射水もまたアルネロスへ向かって駆け出していく。
■■
射水はアルネロスを相手に孤軍奮闘していた。なるべく真っ向からはぶつからず、距離を置き、攻撃を防ぐことに専念し、少しでも時間を稼ぐことを目的に立ちまわっていた。
しかしそれでも、射水は圧倒的に劣勢だった。一朝一夕では埋まらない自力の差があった。
『ふん、くだらんな』
「何がくだらないのかしら?」
射水の顔めがけて拳が飛んでくる。
高く跳びあがって拳を避けながら、水色の光弾を飛ばす。しかし、アルネロスの鎧の前にはほとんど無傷だった。
『貴様らが二手に分かれたところで、メリットなど何もない。貴様たちが一人で私に勝てる可能性など無に等しい』
「ええ、私もそう思うわ。だから――鴻さんが帰ってくるまで、私は絶対にあなたに倒されたりしないわ!!」
連続して放たれる拳を、あるいは躱し、あるいはバリアを作って防ぐ。攻撃に間が生まれれば、その隙をみて大きく後ろへ飛び退いて距離を置く。いかに直撃を避けるか、そのことだけを射水はずっと考えていた。
『なるほど。確かに、彼我の力量の差をある程度はわかっているようだな。しかし――貴様と私の実力差とは、貴様が考えているよりもはるかに大きい!!』
「え?」
射水の目が、アルネロスの体を見失ったと思うと、視界が急にぐるりと回った。
射水の体は勢いよく宙に舞い上げられていた。アルネロスの拳に吹き飛ばされたのである。
「は、速い?」
『私は、貴様の思っているほど愚鈍ではないぞ。プリミティブの戦士よ』
「――ッ!?」
射水の頭上から声がした。
アルネロスは射水の体を吹き飛ばしてから、それより更に高く跳びあがっていたのである。
「アクア・シールド」
射水は咄嗟に、自分とアルネロスの間にバリアを張った。直後、キックがバリアを打つ。
砕かれることはなかったが、その一撃でバリアに亀裂がはいった。
(今のうちに……)
空中に足場となるバリアを作って地上へ戻ろうとするが、それより先にアルネロスが射水めがけて拳を振った。そのスイングが起こす風圧が、射水の体を地上へと叩きつける。
『だから言っただろう。二手に分かれたところで、メリットなど何もないと』
地面を震わせて着地したアルネロスは、打ち付けられてボロボロになった射水を見下ろしながら言う。
「そんなこと……ないわ」
反論する射水の声は、弱々しくて今にも消えてしまいそうだった。しかしその声には、自分の決断に何の後悔もないという、明確な意思の強さが宿っていた。
「ここであのまま戦っていたら、鴻さんの家族は、きっと巻き込まれていたわ。そうならなかったんだから……私たちにとっては、それで十分なのよ」
『家族、か。くだらんな――』
価値がないと見下した口調とともに、アルネロスは射水の体を蹴り飛ばす。
軽く足で触った程度で、射水の体はサッカーボールのように何mも飛ばされて、再び地面に打ち付けられた。
『どいつもこいつも――戦いの中で、それ以外のことを考えているとは、笑止千万。そのような心構えだから、貴様らは弱いのだ』
地面に倒れた射水は、それでもなお、ボロボロの体に鞭を打って立ち上がる。そして、
「くだらなくなんて――ないわ!!」
強い声で言い放った。
膝は震え、全身に激痛が走って、もう動く力はほとんど残されていない。それでも、射水の目はまだ諦めていなかった。その顔に痛みに耐えているという苦しさはあったが、アルネロスと戦うことへの恐怖は存在していない。
頼火が帰ってくるまで死なない。いや、死ねないという思いが、限界を超えて射水の体を突き動かしていた。
「大切な人を――家族を思いやる心は、この世界で最も貴くて、そして何よりも強いの!! その気持ちを、くだらないだなんて。そんなこと、誰にも言わせはしないわ!!」
『馬鹿げているな』
しかし、アルネロスの態度は変わらなかった。
『プリミティブの戦士よ。お前は知らないだろうがな――』
「…………?」
『お前の相方と共にいたアストラルの勇士も、似たようなことを言っていたぞ』
「ええ、アンカーも、ここにいればきっと私と同じことを言うわ」
『そしてあの男は、私から家族とやらを――自分の息子を守り切ることはできなかった』
「「え……?」」
アルネロスの言葉に愕然とした表情を浮かべたのは、射水と――大地を逃がして、この場へ戻って来た頼火だった。
あと、最近、昔書いてて止まってた「楽毅伝」って歴史小説のほうも更新再開したのでよければそっちもよろしくお願いします。
頼火「……話の雰囲気違いすぎない?」
うん、俺もそう思う。いや実際ね、ひっさびさに昔の自分の文章見て、昔俺がどんな感じで「楽毅伝」の文章書いてたか思い出すのに時間かかったもん。こっちともだいぶ書き方違うしね。
とりあえず、4話の後編はたぶん次回の金曜か土曜になると思います。