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4-1、父と子/アンカーと大地

今回も三部ですが、今回はストックの都合で完結編は来週になります

『……さん、助、け――』


 瓦礫の中で、自分を呼ぶ声がする。今にも消えそうなか細い声で、それでも助けを求めていた。

 助けたい。絶対に、死なせたくないと思っている。なのに、無慈悲な一撃がその想いを踏みにじる。


『ふん、この程度、か。戦いの最中によそ見など、アストラルの戦士の名が笑うぞ――』


 地面が震えた。顔をあげると、そこには――この世界で一番大切なものが、俺の前から消えていた。


『こ、の……野郎ぉぉッ!!』


 あとのことは覚えていない。

 覚えているのは、全身を燃やし尽くすほどの激情と怒りと――絶望だけだった。


 ■■


『また、あの時の夢か……』


 頼火の部屋で、アンカーはいつものように目を覚ます。

 頼火の起きる時間に関わらず、朝の6時半には自然に目が覚めるのだ。

 アンカーの寝床は頼火の部屋の押し入れである。寝る時くらいは元の姿に戻りたいということで頼火に提供してもらったのだ。


『しっかし……』


 押し入れから出て、アンカーはベッドの上で寝ている相棒を見る。


「ハンバーガー、ラーメン、アイスクリーム……にゃへへへぇ~」


 食べ物を列挙したかと思えば、へらへらとだらしのない笑みを浮かべながらよだれを垂らしている。春先で暖かいとはいえ、掛け布団を蹴とばしてごろごろと左右に寝返りをうっている様は、年相応ともいえるし、だらしないとも言える。


『まったく、一応こいつ、年頃の女子だろうが』


 ため息をつきながらアンカーはそっと、蹴とばされた布団をかけなおす。

 頼火はたまに、夜に悪夢か何かにうなされていることがあった。うなされていた時の頼火は、本当に苦しそうなので、こういった楽しい夢を見ているほうがいいのだろうともアンカーは思う。

 しかし、それはそれとして。


(こいつ、もう少しマシになんねぇかな?)


 と考えることがあるのもまた事実であった。

 7時半に、目覚まし時計が鳴り響く。


「う~ん、あと五分……」

『おい頼火、起きなくていいのか?』

「大丈夫、大丈夫~。いっつも、目覚まし鳴ってもあと5分は寝れるように7時半に設定してあるわよ」

『今日は確か、日直とかなんとかでいつもより早く学校行くんじゃなかったのか?』


 バッ、と頼火がベッドから体を起こす。


「あ、アンカー……今、何時?」

『お前、今自分で7時半っつっただろ』


 勢いよくベッドから飛び出して、頼火が朝の仕度を始める。


「きょ、今日の時間割って……」

『生物、英語、歴史、数学、国語だろ』


 慌てて洗面所に駆け込み洗顔やら何やらを済ませ、部屋に戻ると、アンカーの手によって机の上に教科書類一式が用意されていた。


「な、なんであんた覚えてんのよッ?」

『いや、時間割ってやつは毎週変わらないだろ』


 ドタバタという擬音語がつきそうな勢いでスクールバッグに教科書を詰め込んでいる頼火の横で、アンカーはため息をついた。


『昨日の夜、遅くまで漫画読んでるからだろ。別に、朝ちゃんと起きれるくらいの時間には寝てるから悪いとは言わんが、時間割とか明日の確認くらいは先に終わらせておけばどうだ?』

「…………」

『大体、俺は日直のことも聞いたし、時間割くらい合わせておけとも言った。お前は漫画読んでて、大丈夫としか言わなかったがな』

「…………」

『前も似たようなことがあって、朝飯食う時間がないとか言って走って学校行って、授業中に腹が減っただのなんだのと文句を言ってただろ。どうせ今日も――』

「うるっさーいッ!!!!」


 準備をしている最中、ひたすらくどくどと説教をするアンカーに、遂に頼火が切れた。


「あぁもうしつこいわねこの焼き鳥ッ!!」


 教科書類を詰め込み終わると頼火は、バタンと勢いよく部屋の扉を閉め、そのまま学校へと行ってしまった。部屋に一人残されたアンカーは深いため息をついた。さすがに少し、口をはさみ過ぎただろうかと思案する。

 アンカーは少し前に、「奈落の使徒との戦い以外のことで干渉してくるな」と言われた。しかし以降もアンカーは今日のような説教を続けていた。


『危なっかしくて放っておけるか、っつうの……』


 呟きながら天井を見つめていると、部屋の扉が開く音がした。頼火が自分を取りに戻って来たのだろうと思い、そちらを見ると、


「赤い…………鳥?」

『やっべぇ……』

「しかも、喋った!?」


 大きな、そして無邪気な声だった。

 アンカーがブレスレッドの状態になっていた時に何度か見たことがある、頼火の弟。鴻大地が扉を半分ほど開いた状態で立っていた。


 ■■


『テリオンよ、苦戦しているようだな』

「ハッ、申し訳ございません」


 巨大な穴から響く声に傅きながら、テリオンは唇を噛んだ。


『気にするな。お前の任務は、本来、戦闘ではない。ゆえに――アルネロスをそちらへ遣った』

「あの“破壊神”を、ですか……?」


 テリオンの声が驚愕に染まる。

 アルネロスは“破壊神”の異名を持つ奈落の使徒であり、奈落の使徒の中でも随一の怪力自慢とされる存在だった。


『お前には、慣れないことをさせた。元通り、“錫杖”と“勇者”の探索任務に戻れ』

「し、しかし……」


 テリオンが異論を唱えようとしたが、既に大穴から魔王の気配は消えていた。


「私に、もっと力があれば、我が王の――コラプス様のお役に立ち、その大願を邪魔する者を退けることができるというのに」


 自分の無力さへの怒りから、思わずテリオンは周囲に光弾を乱射していた。

 テリオンにとって一番悔しいのは、自分が役に立たないと思われたことではない。


「アルネロスが出るとなると……あいつらの命運も尽きたな」


 これで、自分が頼火と射水を倒せる日が永久に来なくなることであった。


 ■■


 完全に終わったな……。

 よくよく考えれば、初めて頼火や射水と会った時、射水があんなあっけからんとしてたほうがおかしかったんだと今更ながら思う。

 さてこの上は、警察かサーカスか、それとも保健所とか研究施設あたりか? とりあえず、早々に逃げないと碌な目にはあわないだろうな。


「か……」


 頼火の弟――確か大地って名前だったか――は、俺を見て扉の前で立ちすくんでいた。

 とりあえず、さしあたってどうこいつから逃げようかと思っていた矢先、大地が俺の元へ駆け寄って来た。急なことで、手荒なことをするわけにもいかなかったから、俺はそれに反応できなかった。


「格好いい!!」

『は……?』


 こいつ、今なんて言った?


「ねぇ、君、名前なんて言うの? あ、俺は鴻大地って言うんだ。大地でいいよ」

『あ、お、俺は……アンカーだ』


 大地は目を輝かせながら俺の周囲をぐるぐると回って、頭や羽を眺めたり触ったりしている。


「ねぇ、なんで姉ちゃんの部屋にいんの? ってか、アンカーって何者? 火星人?」

『あ、あぁ……俺は一応、お前らからすれば、異世界人っつう分類になるらしいぞ』

「マジで? うわーすっげぇ、アニメみたい。それじゃあ、アンカーの世界の話とか、詳しく訊かせてよ!!」


 大地に、俺のことを怖がったり怪しがったりする様子は見塵もない。

 もうこうなれば、俺もいっそ開き直ったほうがいいのかもしれない。


『ああ、わかった大地。ただし、条件がある』

「条件?」

『ああ。俺の存在は、誰にも言わない。お前の親にも、友達とかにも、だ。お前の姉ちゃんは俺のことを知っているから大丈夫だが、他の人間には言わないって約束できるか?』

「うん、わかった!!」


 大地は元気よく、首を縦に振った。

 とりあえず、俺のことがバレるとかの問題はどうにかなった。が、頼火……お前の弟、これはこれでどうなんだ?


 ■■


 精一杯走って、どうにか学校に着いたのは8時前だった。

 一応、まだこれから日直の仕事をすれば、ギリギリセーフくらいだと、思いたい。急いで教室に駆け込むと、もう一人の日直の大神さんが、


「あ、鴻さんおっそ~い」


 と言いながら頬をふくらませ、教室の前で仁王立ちして待っていた。


「ご、ごめん。ちょっと寝坊しちゃって」


 息を切らしながら、頼火は謝る。


「まぁいいよ。どうせそんなことだろうと思ったし」

「うぅ、面目ない」

「その代わり授業の号令と日誌を返しにいくのは鴻さんがやってね」


 学級日誌を沙月から渡されて、頼火は少しため息をつく。自業自得には違いないが、面倒なものは面倒だ。


「ところでさ、鴻さんって龍波さんと仲いいの?」


 頼火の表情がこわばった。唐突に話題を振られて、日誌を握る手が凍りつく。


「別に」


 その言葉は、ほとんど反射のように頼火の口から出ていた。


「まぁ、二人って全然タイプ違うもんね~」


 鼻歌を歌いながら黒板を消す沙月。おそらく沙月からすればこの問いにもこの言葉にも、そう深い意味はないのだろう。

 しかし頼火には、


(まぁ、そうだよね)


 その言葉に、頼火の心はどこかで安心していた。


 ■■


 昼休みになった。

 頼火の前には頼火の弁当箱と、それを頬張りながらとぐろを巻くアルタイスの姿があった。


「でね、あいつ、とにっかく口うるさいのよ。時間割あわせろだの、出したものはすぐ仕舞えだの、宿題やれだの」

『ふむふむ』


 誰かにこの愚痴を吐き出さないことにはやっていられない頼火は、射水に頼んでアルタイスを(弁当で釣って)中庭に連れ出したのだ。


「アンタは私の親かなんかかーっ!! って言いたくなるわけよ」

『それはライカの手がかかるからじゃない?』


 立ち上がって叫ぶ頼火は、回りから見れば大きなぬいぐるみに向かって声を張り上げている不審な生徒でしかない。


「別に私が手のかかるのは、まあ……色々やらかすから否定はしないわよ。ただね、あいつに言われるのは気にくわないって話」

『でも、アンカーの性格だと、言わずにはいられないんだと思うよ』


 頼火の弁当を食べながら、アルタイスは頼火を見つめる。


『アンカーは生まじめでしっかり者だからね』

「それに関しては、そこそこ付き合ってる身としては否定しないけどさ」

『ライカは、アンカーのこと嫌いなの?』


 雑じり気のない目が頼火を見つめる。言葉に含みを持たせることをしない、無垢な子供からの問いかけのようだった。


「別に、嫌いじゃないわ。いい奴なのもわかってる。ただ、あいつと必要以上に親しむ気がないだけよ」

『必要って?』

「だって、アンタたちは、奈落の使徒と戦うために私たちといるんでしょう?」


 その言葉に、アルタイスは弁当を食べるのを止めた。


『じゃあ、ライカがイズミといるのも、奈落の使徒と戦うため?』

「そうよ。他になんかあるの?」

『たぶんだけど、イズミはそうは思ってないよ』


 アルタイスの言うことは、頼火にもわかっていた。


(コイツもか)


 心の中だけで毒を吐く。

 自分一人だけが取り残されているような劣等感と自己嫌悪のせいで、アルタイスを直視できなかった。

 空を見上げると、春の日差しが眩しすぎて、頼火は思わず目を細めた。


 ■■


「鴻さんがどこにいったか知りませんか?」

「たぶん中庭だと思うけど、どうしたの、委員長?」

「ええ、彼女が今日提出の英語のノートを出していなかったので聞いてきてくれと先生に頼まれたのですが」


 困りましたわ、と委員長はあごのあたりに手をおいてため息をつく。

 当たり前だけれど、委員長って大変なのね。こんなことを何年もやっている凛は、本当にすごいと思うわ。


「でも、なんで私に聞いたの? 鴻さんのことなら、私に聞くより高丘さんや姶良さんに訊いたほうがわかりそうじゃない?」

「ああ、そういえば、何故でしょうか? なんとなく射水さんに訊いてしまっていましたわね」


 それはそうとして、鴻さんを探しに中庭に行こうとする委員長を、思わず私は呼び止めていた。


「ねぇ、凛――少し、いいかしら?」

「なんでしょうか?」

「……いえ、ごめんなさい。なんでもないわ」


 自分でも、なんで呼び止めたのかわからなかったから、慌ててごまかしていた。

 だけど委員長は訝しそうな目で私を見つめながら、私に歩みよってきた。


「射水さん、何か悩みごとですか?」

「べ、別に……。本当に大丈夫よ。忙しいところを、邪魔してごめんなさい」

「そうですか。ですが、何かあったならいつでも相談してくださいね。具体的に何ができるかはわかりませんが、話を聞くことはできますので」


 にこりと微笑んで、委員長は教室を出ていった。委員長は本当に人をよく見ていると思う。もしかして私のことなんて、全部お見通しなんじゃないかしら?


 ■■


「えい、やっ、……いぇい、ゴールッ!! また俺の勝ちだね、アンカー」

『このレースゲームってやつは、なかなか難しいな』


 俺は今、大地と一緒に頼火の家のリビングで、てれびげーむってやつをしていた。

 なんでも大地は今日、キュウジツサンカンの振り替え休日とやらで学校にいかなくてもいいらしい。

 一通りアストラルのことや、わけあって頼火の部屋に居候していることなどは大地に話した。当然、奈落の使徒のことは話していないが。

 大地は俺がこの世界じゃ珍しい見た目なのも特に気にしないし、アストラルのことを話しても、理屈はわかっていないだろうが何が起きてるのかは納得したようである。


「にしてもアンカーって器用だよね。そんな手? てか羽じゃコントローラーの操作しにくきないの?」

『別に。特にこれで問題ないぞ』

「ねぇ、アンカーは人間の姿に変わったりできないの?」

『つまり、大地や頼火みたいな格好になるってことか?』


 大地はこくりと頷く。

 確かに、その発想はなかった。それができれば確かに色々と都合がいい。

 今まではこの世界に体が馴れていなかったから、力を完全に使うことは出来なかったが、今なら、初めて来たときよりも多少は楽になった。人間の姿に変身するくらいならできるかもしれない。


『そうだな。やってみるか』

「おお~」


 大地が期待に溢れた目で俺を見つめる。


『とはいえ、なんかイメージがあったほうがやりやすいな。なんかないか。漫画でも写真でもいい』

「あ、それならこれとかどうかな?」


 そう言って大地は部屋から一冊の本を持ってきた。大地が指したのは文庫本の表紙のイラストの男性キャラクターで、見た目は白い髪にサングラスの20代くらいだった。


『んじゃ、これでいいか』


 イラストを眺めて、頭の中にそれを思い浮かべる。すると赤い光が発生して俺の姿を人間のそれへと変えた。


『どうだ?』

「うん、すっごく似合ってる。格好いいよアンカー!!」


 とりあえずうまくいったようだ。


「ねぇ、その姿なら外にもいけるでしょう? 散歩に行こうよ」

『散歩、か。そうだな。俺もプリミティブのことはまだわからないことのほうが多い。案内してくれるか、大地?』

「うん、任せておいてよ」


 大地は胸を勢いよくドンと叩いて言った。俺は右手を掴まれて、そのまま玄関のほうへと連れていかれた。

 なんか、懐かしいな。この感じ。

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