3-1、アンマッチな二人/遊びに行こう
今回は前中後編にわかれます。今回は戦闘はありません
そこは、何もない場所だった。
ただただ暗く、陰気なだけの場所。中央に一つ、ポツリと巨大な穴が空いている以外には、ごつごつとした岩が点在しているだけの殺風景なところである。
テリオンは、その穴の前に傅いて、その底から響く声を聞いていた。
『テリオンよ……』
地の底から響くような、虚ろで、しかし威厳を持った声が響く。
これが、テリオンの主。ダークネビュラの王の声であった。
『苦戦しているようだな』
「ハッ、申し訳ありません。しかし、必ずや、コロナ・ジュエルを手に入れ、アストラルの連中を倒してごらんにいれます」
恭しい声でテリオンが言う。その言葉には、王への敬意と忠誠心に満ち溢れているのが一言で聞いて取れた。
『そうか。期待しているぞ……』
闇の世界に君臨する王の声は、短く、ただそれだけの激励を残して消えた。
「次こそは……必ず、倒す。そのためにも――もっと、やつらのことを知る必要がある」
誰にも聞こえない決意の声が、虚ろな空間にぽつりと漏れた。
「フェニックス・ブレイズ――鴻頼火。ドラゴン・ストリーム――龍波射水。お前たちは必ず、この私が倒す」
■■
「あぁ、気持ちのいい朝ね」
家の前でおもいきり伸びをしながら、射水は空を見上げる。
どこまでも澄みきった、雲一つない青空だ。
「行ってきます」
そう言い放っていつもの通学路に歩き出た射水は、誰が見てもわかるほど、楽しそうだった。
昨日の夜見た歌謡番組の歌などを口ずさみながら小走りしている。なんなら、スキップまで始めそうなくらいだった。
「おっはよー、龍波さん」
「おはようございます、射水さん。今日はとてもご機嫌ですね」
そんな射水に声を掛けたのは、クラスメイトの高尾凜と大神沙月である。
凜は髪を肩の下あたりまで伸ばした清楚で落ち着き払ったいでたちだった。お嬢様、という言葉が似合う少女で、実際、口調はそのような感じである。
大神沙月は、凜とは対照的にショートボブの髪型で、ノリが軽く言葉にも元気がある少女だ。射水は詳しいことは知らないが、凜とは一年の時からの付き合いであるらしい。
「そう見える?」
「ええ、何かいいことでもあったのですか?」
「ええ、とても」
満面の笑みを浮かべて射水が言う。
「え、何々?」
沙月が興味津々といった様子で身を乗り出してきたが、射水は、
「秘密~」
と、嬉しそうに笑いながら、そのまま学校のほうへと歩き出していった。
「私、射水さんとはそれなりに長い付き合いのつもりなのですが、あれほどまでに楽しそうな射水さんを見るのはかなり久しぶりですわね」
「ふ~ん。まぁ確かに、龍波さんって愛想はいいけど、普段はあんまりわかりやすく笑ったりしないイメージだもんね」
二人は今の射水を、不思議なものを見るような目で遠くから眺めていた。
■■
「それで、頼火。この前言ってた悩みは解決したの?」
朝の教室で、頼火の前の席に腰かけながら頬杖をついて、満は訊いた。
問いかけられた頼火はなんとも言えない表情で目を泳がせながら、
「まぁ、一応、したような、してないような……」
という曖昧な言葉で答えを濁した。
頼火も、満と真紀には相談にのってもらったことを感謝はしているが、今の状態だとこう答えるしかないのも現状だった。
頼火は確かに、自分の意志で、射水と共に戦うと決めた。その意志に揺るぎはない。
しかし、まだ頼火の心は晴れることはなかった。戦うことに異存はないが、これからどうなるのだろうかという不安が消えてはいないのである。
そんな頼火の心の不安を見透かしたように、満は笑う。
「ま、とりあえずこれから頼火がどうするかが決まったのなら、それでいいんじゃないか? 今と何かが変わるってなら、問題はこれから増えていくものだろうし」
満は基本的に、頼火に優しい。甘いわけではなく、優しいのである。
「ま、なんか私で相談に乗れることがあるなら、いつでも聞くよ」
「ありがと、満」
この話は、これで終わった。
あとは暫く、スポーツの話や漫画の話などで盛り上がっていた二人だったが、そこに射水がやってきて、頼火に声をかけた。
「ねぇ、鴻さん」
「……龍波さん、何か用事?」
頼火の声のトーンが露骨に低くなる。先ほどまでの歓談が嘘のように、頼火は仏頂面で、不機嫌さを隠そうともしない。満はというと、やはり射水が頼火に話しかけるという光景を、珍しそうに眺めていた。
「次の日曜日、二人でどこかに遊びに行かない?」
射水は頼火の態度など少しも気にせず、マイペースに話を進めた。
「えっと、次の日曜日か」
「別に行けばいいんじゃないか? 頼火、どうせ暇なんだし」
頼火が答えを濁していると、横から満がそう口を挟む。
満は用事があって断ったが、先ほど、二人の話の中で頼火が満を、日曜日に遊びにいかないかと誘ったため、満は頼火が特に用事のないことを知っていたのだ。
「あー、まぁ、別にいいけど」
「ありがとう。それじゃあ、10時に駅に集合、で大丈夫かしら?」
「10時半!!」
時間の話になった途端、頼火の語気が強くなる。
射水にも特に10時半で問題はなかったので、10時半集合ということになった。
■■
「はぁ~。どうしよ?」
『何がだよ』
土曜日の夜。頼火は一人、ベッドの上で足をジタバタとさせたり、頻繁に左右に転がりながら苦悶していた。アンカーはブレスレッドから元の姿に戻り、頼火の机の上にある怪獣の人形や、何に使うのかよくわからない、手のひらサイズのプラスチックのボトルなどを触りながら、横目で頼火を見ていた。
「何話せばいいのかわかんない。ってか、何すればいいのかがわかんない」
『遊ぶんじゃないのか?』
「でも、よくよく考えたら、具体的にどこ行くとか何も決めてないし……。あぁ、もうやっぱり今からでも断るか――って、私、アイツの連絡先とか知らないじゃん!!」
『あんまり暴れるとベッドが壊れるぞー』
ベッドの上で飛び跳ね、頭を抱え、のたうちまわる頼火。アンカーはそんな頼火に興味なさそうにツッコミをいれながら、本棚にあった漫画を、羽を使って器用にページをめくりつつ黙々と読んでいる。
『なあ頼火。少し訊きたいんだが』
「何よ?」
ぴたりと頼火の動きが止まる。アンカーは漫画を机の上に置いて、訊く。
『お前、射水のことが嫌いなのか?』
アンカーの質問はストレートだった。自分を射貫くような真っ直ぐな目で見つめられて、思わず頼火は目を逸らした。
「別に、嫌いじゃないわよ。ただ……どう接していいか、わからないだけ」
『本当に、それだけか?』
低く、心に重くのしかかるような声でアンカーが訊く。頼火は、そのプレッシャーに耐え切れなくなって、近くにあった枕をアンカーめがけて投げつけた。
「それだけよ!! 大体、仮にそうじゃなかったとしても、アンカーには何の関係もないことでしょ。私はちゃんと、アイツと一緒に奈落の使徒とやらと戦うわよ。だから、それ以上は私に干渉してこないで!!」
『おい、頼……』
「もう寝る。電気だけ消しといて」
アンカーが飛んできた枕を受け止めている間に、頼火はさっさと布団をかぶってベッドに潜りこんでしまった。
遺されたアンカーは言われた通り電気を消し、ベッドのほうを見つめながら、
『それじゃあ――俺にとってお前は、本当にただ戦いのための道具になっちまうじゃねぇか』
歯噛みをしながら、悔しそうな声でアンカーは呟く。
その言葉が、頼火の耳に届くことはなかった。
■■
「早く~、明日~がこないかな~」
『イズミ、とても楽しそうね』
同じころ、射水は自分の部屋で、鼻歌を歌いながら、机に向かって数学の宿題をしていた。
アルタイスは射水の部屋にあるCDラックからディスクを手に取って、この鉄の板は何に使うのだろうかとぼんやり考えながらベッドに転がっていた。
「ええ。楽しいわ。明日が楽しみで仕方がないの」
『プリミティブの娯楽ってどんなものがあるの?』
「色々あるわよ。カラオケとか、ショッピングとか、スイーツとか」
『カラオケ? スイーツ? それっておいしいの?』
「そうね。カラオケは食べ物じゃないけれど、スイーツはおいしいわよ」
その言葉に、アルタイスがベッドからバタンと跳ね上がる。
「アルタイス、興味あるの?」
『ええ。プリミティブの食べ物はとても興味があるわ』
射水がベッドのほうを振り返る。アルタイスの瞳は、希望に満ちていた。
「そう言えば、今までアルタイスたちって、食事とかどうしてたの?」
食べ物の話がでるまで気が付かなかったが、射水は今までアルタイスに食べ物を与えた記憶がない。
特に催促をされなかったから、空腹で倒れるということはないと思うが、それはそうとして純粋に興味があった。
『一応、アストラルにはスターダストって言う、一粒食べれば栄養をとれて一日動けるようになる錠剤があって、まだ暫くストックはあるけれど――』
「あるけれど?」
『錠剤なんかより、こう、普通のものが食べたい!!』
アルタイスが、宣言するような大きな声で言う。
射水はふと、毎日一錠だけタブレットを食べるだけの生活を一週間続ける自分を想像して、味気ないと思ってしまった。
「わかったわ。なら、明日はアルタイスに、とびきりおいしいスイーツをごちそうするわね」
『ほ、本当?』
射水の言葉に子供のように無邪気に飛び跳ねるアルタイスの頭を、射水は優しく撫でた。
■■
日曜日の朝10時25分。射水は改札の前で頼火を待っていた。
服装は淡い水色のワンピースだ。改札の近くの柱の上で、両手を前にしてジッと立っていた。
「おまたせ。早いわね」
頼火がやってきて、射水に声を掛ける。
頼火の服は、黒い短パンに、肩を出すタイプの赤いTシャツだった。
「それで、何も聞いてなかったけど、今日はどこ行くの?」
「特に予定はないわ。鴻さんの行きたいところに行きましょう?」
満面の笑みとともに頼火に返って来たのは、そんな、丸投げとも言えるような言葉だった。
頼火がその不満をそのまま言うと射水は、
「でも、私と鴻さんで行きたい場所は、たぶん違うでしょう? だったら、私は鴻さんが普段遊んでるようなところに行ってみたいの」
そう言って、にこにこと笑ったまま、頼火を見つめた。
「じゃあ、本当にどこでもいいのね?」
頼火は、少しくどいめに念を押したが、射水の態度は少しも変わらなかった。
それならば、と頼火が指定した場所は、駅の近くにあるバッティングセンターだった。できて15年ほどで、変化球対応のマシンなどもあまりない、シンプルな設定のものが多いタイプのものである。
「ここでいいか?」
「ええ。バッティングセンターなんて始めて来るから、わくわくしてきたわ」
「ふーん。まぁ私も久しぶりだしね。とりあえず、100㎞でも打つか」
頼火はそういうと、すたすたと右打席100㎞のマシンのエリアに入り、機械に小銭を入れた。
バットを手に取ってマシンを見ると、既に1球目のモーションに入っていた。ボールが出てくるところをジッと見つめ、軽く左足を引いて構える。ヒュンッ、と球が飛び出したのを確認すると同時、左わきに力を入れて勢いよくバットを振ると、その芯が球を捉える。
パン、と気持ちのいい音が響き、打球はマシンを超えて低い弾道のまま、ネットで覆われたバッティングセンターの、一番奥のところまで飛んで行った。
金網で仕切られたレーンの外では、打球を見て射水がぱちぱちと拍手をしている。
(しかし、なんとも不似合いな格好ね、アイツ)
日曜の午前にバッティングセンターに来るのは、大体が男の子の親子か、野球部に所属しているような中高生くらいとなる。
私服とはいえ、それなりに動きやすい格好の頼火はともかく、真っ白いワンピースの射水の服装はどことなく浮いていた。
(まあ、別にいいか。まさか、あの服装で打席に立つわけでもないでしょうし)
始めのうちはぼんやりと後ろの射水のことを考えていたが、やがて打撃に集中し始め、射水のことは一旦頭から消えた。
マシンが最後の球を投げ終わったのを確認すると、頼火はボックスから出た。
「鴻さん、すごいのね。あんな速いボールを、一球も空振りしないで打ち返せるなんて」
射水が素直な称賛の言葉を口にする。頼火からすれば当然のことなのだが、射水はこの言葉を本心で言っているというのはわかったので、
(やりづらいわね)
そう思った。
とりあえず、次は何㎞を打とうかと頼火が考えていると、射水が百円玉二枚を片手に、先ほどまで頼火が打っていたエリアに入ろうとしていた。
「え、あんた、打つの?」
「バッティングセンターはバッティングをする場所でしょう?」
射水はきょとんとした顔で頼火を見つめる。
「えっと、バッティングセンターきたことあるの?」
「今日、初めてはいったわ」
「野球やったことある?」
「テレビで見たことならあるわ」
「悪いことは言わないからさ、最初は大人しくあっちのマシンにしておきなさい」
そう言って頼火が指さした先には、「スローボール(80㎞)」と書いたプレートがかけてあるエリアがあった。射水は特に抵抗することもなく、そちらのエリアに向かった。
「あぁ、違う。手の持ち方が逆だ!!」
「え、ぎゃ、逆ってこう?」
「バットを逆さまにするんじゃなくて、手の持ち方。左手を下にして持つのよ」
「え、こう?」
「そうそう。それで脇を絞めて、こう……マシンに向かってバットを放り投げるみたいなイメージで、上から振り下ろすんだ」
「えっと……ていっ!」
「違う。それは大根切りよ」
頼火は金網の後ろから、必死になってああだこうだと射水の打撃を指導していたが、射水にとってはバットなど初めて触るものであった。重さに振り回されながら、へろへろと蛇のように波打ちながら、ひたすらに空を切るばかりだった。
気が付けば残りの球数は1となった。
一球目と比べれば多少はマシな構えになった射水が、集中してマシンを見つめる。
ヒュッ、と球が投げられた。射水が振ったバットが、ボールめがけて差し出される。
カァン、という音がした。バットにボールが当たり、打球はふわりと、マシンを超えて飛んでいく。試合であれば、内野フライ程度の打球でしかないが、
「やったわ。見てた、鴻さん? 最後の最後で、ようやく当たったわ!!」
射水は、打ち返したという事実がよほど嬉しかったらしく、バッターボックスの中でバットを抱えてぴょんぴょんと飛び跳ねながら、幼い子供のように無邪気にはしゃいでいた。
「これも鴻さんのおかげよ。ありがとう!!」
金網から出てきた射水は、目をきらきらと輝かせながら頼火の手を取る。
「あんなの、せいぜい凡フライじゃない」
「それでも、私はさっきまで、ボールをバットに当てることすらできなかったのよ。凡フライを打てたのだって、進歩よ。だから、ありがとう」
頼火が喜びに水を差すようなことを言っても、射水はまったく意にもとめない。
射水には他人を嫌うという感情がないのだろうか。そんなことを考えながら、頼火は観念したようにため息を吐いた。
「まぁ……うん。どういたしまして」
■■
二人はバッティングセンターには30分くらいしかいなかった。
1回200円という値段だと、中学生の二人にとっては長く居続けることができるほどコストパフォーマンスのいい娯楽ではなかった。二人はバッティングセンターを出て、近場のカラオケボックスへに入った。
3時間パックの休日料金で学生1人600円と、なかなかにリーズナブルな価格のカラオケボックスである。
(……な、何言ってるのかほとんどわかんないッ!! 字幕の単語拾い読んでギリわかるような、わからないような……)
(鴻さん、また特撮映像がある曲だわ。最近の特撮キャラクターのデザインって個性的なのね)
頼火は基本的に特撮やアニメの曲を中心に歌い、射水は洋楽や昔の歌謡曲などを主に歌っていたため、お互いに、「この曲はわかる」という曲が全くと言っていいほどなかった。
二人ともが思い思いに好きな曲を歌っている間に、あっという間に時間は過ぎ、あと10分で退室となった。
「最後に一曲くらい、デュエット曲を歌わない?」
「別に、それはいいけど……何歌うのよ?」
射水の提案に頼火が疑問で返す。二人揃って頭を抱えることとなった。
考えているうちに、残り時間を示すモニターが、部屋時間の終了を告げた。
「時間、きちゃったわね」
少しほっとしたように、頼火が言う。射水は残念そうな顔をしながらも、すぐに笑顔を取り戻した。
「じゃあ、デュエットは次の機会にとっておきましょう」
何気ない言葉だったが、頼火にはそれがちくりと心に刺さった。
「次の機会、ね」
今、こうして二人で遊んでいること自体が珍しいことだと思っている頼火には、それはとても想像できないものだった。