1-1、動き出した運命/二人の出会い
(2019/1/3)1話を前後編に分割しました。あと、一部加筆しました。
私は深い水の中にいた。
暗くて、冷たくて、息をするのが苦しくて。体の周囲に重い重い鎖のようなものが巻きついて、動けなくなる感覚。
もうだめだ。私はここで死んでしまうーーーー。
そう思った時。
『諦めないで。手を伸ばして!!』
声が聞こえた。
とても暖かくて優しくて、それでいて力強い声が。
そして見えた。
顔はわからないけれど、それでも――私に向かって手を差し出してくれている誰かの姿が。
だから、私はその時、諦めずにいられた。生きたい。死にたくないと、強く願った。そして高く手を伸ばして。
その手を、掴もうとして――。
■■
『ジリリリリン!!』
右手を天井に向かって差し出した状態で目を覚ます。ベッドに横たわった状態だから、少し肘が痛い。
「また、あの時の夢か」
目覚まし時計の指す時刻は7時。いつも通りの朝だ。ゆっくりとベッドからはい出て、制服に着替える。さっさと1分程度でスクールバックを手にとってリビングへと向か。
「おはよう、ママ。大地」
「おはよう、頼姉ちゃん」
リビングに行くと、ママと弟の大地がいた。机の上にはご飯とお味噌汁と目玉焼きが3人分用意されていた。
「ほら頼火。早く食べちゃいなさい。今日は私も早いから」
「うん。ところで父さんは?」
「今日は遅出だからまだ寝てるわ。起こしちゃ駄目よ」
ママの説明に納得がいったから、私は言われた通りにさっさと朝御飯を平らげて、洗顔と歯磨きを澄まして家を出ようとしたら、
「あ、そうだ頼火。今日は昼から雨の予報だから、傘持っていきなさい」
ママに言われて見てみれば、空は確かにどんよりと暗かった。
「折りたたみがあるから大丈夫。いってきます!!」
ママがまだ何か言った気がしたけど、今日はちょっと早めに学校に行きたかったから、そのままマンションの部屋を飛び出した。
■■
頼火の通うのは市立ではあるが、一学年150人とそれなりに生徒数がいる。当然、共学だ。
場所自体は少し高地にあるが、自転車で15分も下ればそれなりの街中にでる立地のため、校区はなかなかに広い。
中学二年生になりたての春。まだ桜の花びらがわずかに残っている並木道を、頼火は早歩きで歩いていた。
今日は早めに登校して、昨日学校に忘れた本を読もう。そう思っていつもより余裕をもって家を出た頼火だったが、歩いている途中で、ふと足を止めた。
頼火の前に、二人の女子生徒が歩いているのが目に入ったからだ。
一人は頼火のクラスの委員長で、もう一人はその友人で、同じく頼火のクラスメイトだった。どちらも頼火にとっては、登校中に会ったときや朝の教室で何度か挨拶をされたことがある、程度の関係である。
(回り道しよう)
普段、クラスメイトと道で会っても特には気にしない頼火だが、今回は事情が違った。
途中、まっすぐいくべき道を右に曲がって、迂回路へと進んだ。
「あれ?」
「どうしたのですか、射水さん?」
「いえ、今、後ろに誰かいたような気がしたんだけど」
「誰もいませんわね。気のせいじゃありませんか?」
「う~ん、そうかもしれないわね」
■■
朝の、まだあまり人のいない教室で頼火が本を読んでいると、不意に後ろから声をかけられた。
「おっす。はよ、頼火ー」
「あ、おはよ。満」
相手は頼火の友人の高丘満である。165㎝の高い身長に威圧するようなつり目が特徴的な女子生徒である。
「今日の英語の小テスト大丈夫そう?」
「まぁ、大丈夫でしょ。単語とイディオムだけだしヘーキヘーキ」
「頼火ってそのあたりわりとしっかりしてるよね」
「まあ、少なくとも満よりはね」
「お、言ったな頼火!!」
などと言いながらクスクスと笑い会う。そんなやりとりをしながら、満は頼火の後ろにある自分の席につき、英単語帳を取り出して勉強モードにはいった。
満は高身長と目つきに加え、よく通る大きな声とたまに出る荒い言葉遣いのせいで、かかわりのない人間からは怖い人だと思われている。頼火からすればいたって普通の女の子であるが、見た目のせいで割を食っているとも思っていた。
「それで、今から勉強するの?」
「うん。英語の授業は五時間目だし、たぶんどうにかなるでしょ!!」
■■
ならなかったらしい。
六時間目の学級会の時間。満は頼火の後ろの席で突っ伏してうなだれていた。
(昨日、何してたんだろ?)
満はいつも一日漬けで小テストに挑んでいるわけではないが、たまに今日のようなことがある。そういう日は大抵、前日に何か楽しいことがあった日だ。
そんなことをぼんやりと考えていると、担任の大和が声をかけた。
「では今から委員会を決めます。各委員ともに二人ずつ選出します」
新学期が始まってすぐであり、新しくなったクラスの委員会を決めるのが今日の学級会の主な目的だった。学級委員、体育委員、保健委員と、次々と委員のメンバーが決まっていく。図書委員をやりたいと思っていた頼火は、図書委員の候補者を募った時に手を挙げた。
ただし、図書委員に立候補したのは頼火だけだった。
「他に誰か、図書委員をやってくれる人はいませんか?」
大和がクラスを見回したが、他に立候補の手はあがらなかった。その時、
「なら、私がやります」
一人の女子生徒が手を挙げた。その生徒の顔を見て、頼火は思わず顔をしかめた。
「わかりました。なら、図書委員は鴻さんと龍波さんに決定します」
■■
鴻頼火の性格を一言で表すなら、活発。
スポーツが得意で元気溌剌。ショートカットのよく似合う、カッコいい系の女の子。
龍波射水の性格を一言で表すなら、穏やか。
趣味は読書で、ピアノを習っており、ロングヘアの似合うお淑やかな女の子。
周囲からの評価はおおむねこんなところだった。二人ともあまり人嫌いをしない性格だが、頼火の回りに集まる人間はどちらかと言えば運動が好きだったり、みんなでわいわいと騒ぐのが好きな性質の人間が多いし、反対に射水の回りに集まる人間は大人しめの性質の者が多い。
(まあ、クラス一緒だけど話したこと一度もないし、たぶんそんな話しかけてくることもないでしょ……)
だから頼火は、射水と同じ図書委員になったとき、そんな風に思っていた。
しかし、頼火の予想は外れることとなる。
「鴻さんってどんな本が好きなの?」
「あっちの区画の本の整理は私と鴻さんでやります」
「ねえ、この本読んだことある?」
図書委員の仕事中、射水はやたらと頼火に話しかけてくる。
その度に頼火は断ったりあしらったりしているが、止める気配はない。
それでも仕事中だけの辛抱だし、そのうち射水も諦めるだろうと思っていたが。
「最悪だ……」
下校するときになって、そうも行かなくなった。
天気予報の通り、夕方になると外には雨が降っていた。それだけならばまだしも、頼火が持ってきていた折りたたみ傘に穴が空いており、ほとんど傘として役にたたないことがわかったのだ。
小雨であればどうにかなったかもしれないが、雨足も強く、頼火の持っている傘であればないのとかわらないという状態だった。
「これは……濡れて帰るか」
頼火がその覚悟を決めた時、
「あ、鴻さん。よければ私の傘に入っていく?」
後ろから、射水が言った。その顔には一切の裏表がなく、満面の笑みを浮かべながら大きな傘を頼火に向かって差し出している。
委員会の仕事をやったあとということもあり、傘を貸してくれそうな知り合いは他にいない。
「別にいいわよ。走ればどうとでもなるし」
「他に誰かから借りるアテがあるなら別だけど、駄目よそんなの」
「どうせ途中で別れるから一緒でしょ」
「だから、私の家まで一緒に行って、そこで私が傘を貸すわ。鴻さん、私の家と学校の延長線上でしょ」
「なんでそんなこと知ってるのよ? アンタに家の場所教えた記憶ないとかないんだけど?」
「私の家の前を通って学校に行くのを何度か見たことがあるの。ほら、納得したらはいってはいって」
そう言うなり射水は、頼火を強引に自分の傘の中に連れ込んでそのまま歩きだした。
有無を言わせぬ押しの強さに負けて、頼火は言われるがままに射水の傘にはいった。
■■
雨の中での下校中でも、コイツは一向に私に話しかけるのを止めない。
さっさとこの時間から解放されたい。少なくとも、このままずっとシカトしていればいずれコイツの家に着いて、それで、少なくとも今日は終わりだ。
だけど、つい耐えきれなくなって訊いてしまった。
「アンタさ、なんでそんなに私に話しかけてくるの?」
私の質問に、コイツはまるで何を言っているのかわからないといったキョトンとした顔で、
「ただ、鴻さんと仲良くなりたいからだけど……それだけじゃ駄目かしら?」
そう答えた。
「別に、駄目じゃないけどさ。私と仲良くしたって、楽しくもなんともないと思うけど?」
「そんなことないわ。確かに今まで鴻さんとお話しする機会はなかったけど、鴻さんと仲良くできたらきっと楽しいと思う」
「なんで?」
「だって、クラスメイトで、同じ図書委員だもの」
説明になっているんだかいないんだかわからない答えが返ってきた。正直、なんて返すべきかわからないけど、一つだけわかったことは、コイツはこれを心の底からの本音で言ってるんだ、ってことだった。
「あのさ、言っとくけど……」
私が、その言葉をつづけようとしたとき、突然、ドン、という音とともに地面が揺れ、私たちの目の前に何かが落ちてきた。
「な、なに?」
「い、隕石……?」
私たちの前に落ちてきたのは、二つの謎の生き物だった。
『い、ってて。ここ、どこだ? 俺たちは無事にプリミティブにたどり着いたのか?』
『た、たぶん。アストラルでもダークネビュラでもないみたいだし』
一人(?)は、赤い鳥みたいな姿をした生き物で、もう一人(?)は青い蛇みたいな姿をした生き物。どっちも大きさは私たちの腰くらいまでしかない。赤い鳥のほうは体が火みたいにゆらゆらしていて、青い蛇のほうは……もしかして龍なのかな?
「えっと、その……大丈夫、ですか?」
龍波さんがおそるおそる声をかけた。
『ん、なんだお前ら?』
それはこっちの台詞よ。
正直私は何も見なかったことにして回れ右したかったんだけど、赤い鳥に完全に二人揃って認識されてしまったので、それも難しそうだ。
声から判断するに、鳥のほうは男、蛇みたいなのは女の子って印象だった。よくよく見れば鳥のほうは人相がチンピラみたいだし、もう片方は全体的にかわいらしい。
それにしても、なによこの赤い鳥。なんだか偉そうね。
「あ、えっと、私は龍波射水っていいます」
え、名乗る方向?
『そうか。俺はアンカー。こっちのちっこいのはアルタイス。アストラルの戦士だ』
『よ、よろしくお願いします、イズミ』
「ええ。よろしく」
「馴染むの早くない!?」
何これ? てか、あすとらる、って何? いろいろとわけわかんない!!
「でも、悪い人たちじゃなさそうよ。ほら、とりあえずそのままだとびしょびしょになっちゃうでしょう。とりあえず……私の家でよければ、来ますか?」
「え、家に連れてくの? これを? 子犬拾うような感覚でよくそんな発想になるわねアンタ!!」
『誰が犬コロだ!! 俺はアンカー、アストラルの戦士……』
「さっき聞いたわよ!!」
『テメェ、人の話は最後まで聞きやがれこの小娘!!』
「アンタに小娘呼ばわりされる筋合いはないわッ!! 大体、あんた人なの? 珍妙な格好してさ。このままサーカスにでも売り飛ばしてあげようか!?」
何よこのアンカーって奴、すっごく腹立つわね。
暫くぎゃあぎゃあ言い争ってると、ふと横で龍波がずっと口元を抑えて笑っているのが目に入った。
「何よアンタ? 何かおかしい?」
「いや。その……仲良くなるのが早いなぁ、って」
「『仲良くなんかなってない!!』」
不覚にもこの焼き鳥とハモってしまった。
「まぁ、続きは私の家で、ってことで」
「やらないわよッ!!」
『やらねぇッ!!』
ああ、もう調子狂うわね。最悪。やっぱり雨の日なんて碌なことがない。
「じゃあ、えっと……アルタイスさん。あなたは、私の家に来る?」
『行っていいんですか?』
「ええ、もちろん。これも何かの縁だもの」
『ありがとうございます、イズミ。あ、私、さんづけじゃなくてもいいよ』
「じゃあ……アルタイス、ね。なんとなく、今日初めて会った人を呼び捨てにするのは慣れないわ」
私がアンカーと言い争っている横で、あっちの二人は何やら仲良くなっている。コイツ、疑うとか怪しむとかいうことを知らないのかしら?
私は私で、これからどうしようかと少し考えてる。傘はコイツが持っているし、このままだと流れでコイツの家にそのまま行くことになるかもしれ――。
『アルタイス!!』
『ええ。ごめんなさい、イズミ。招待はありがたいけど、またの機会にさせていただきます』
何かが近づいてくる、そんな感覚がした。雷に打たれたような衝撃とともに、総毛だって全身に身震いが走る。真上から、何かが落ちて来る。そう思った。
それはアンカーとアルタイスも同じのようで、同時に空を見上げると、灰色の雲を切り裂くようにして、空から黒い球体が、私たちの前へと落ちてきた。
「探したわよ。アストラルの勇者、アンカーにアルタイス」
その声は冷ややかで、飾り気のない敵意に満ちていた。これから何が起ころうとしているのか、私には見当が付かなかったけれど、ただ一つ。いいことだけは絶対に起きないと、それだけはわかった。
感想などあればなんでもいいのでくださると嬉しいです!!
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頼火たちの通う学校が共学であることを地の文に書きました。基本、市立で女子学校なんてないと思いますが、あまりにも男子の存在が描写できていないため、ここに追加することにしました。