二話「与えられた声とスパナ、ケーブル(コード)」
だいぶ遅れました。すいません
トントン
「ん? 何?」
一仕事終えたようにゆったりとコーヒーらしきものを飲んでいた彼女に俺は喉元を指でトントンした。
どうやら俺には声を発するための器官が無い。
忘れているのか、付けるつもりがないのか知らないが現状の把握のために必要だ。だからこうして気付くようにサインを送っているのだが。
「あぁ、むせないように気をつけろって? 分かってるって、しかし私がプログラムしたからか、賢いなー君は」
あんたは賢くないようだがな!!
ったく、俺を作ったくせにおバカさんなのか?こいつは。
しょうがない。こうなれば最後の手段、筆談だ。どこかに紙とペンは、と。
都合よく俺の寝ていたベッドの近くのデスクにメモ帳と羽根ペンがあった。仕方ない、このバカセのためにどう書くべきかな。
よし、率直に
「発声器官をつけてください」
いや、これでは日本語である。
ここが異世界の場合、そこ特有の言語があるはずだから、それで書かなきゃいけないのか。
しかし、どうすんだ。異世界語なんて学習する機会はなかったぞ。この筆談は始める前に終わってしまう。
「……」
よし。適当に書いてみよう。
話しは通じるんだ、字にしても何となく何かのパワーで分かるはずだ!俺は何となくさっき書いた日本語のお願いの下にサラサラと異世界語を書いた。
……書けた。書けてしまった。そういえばあの女の子がプログラムがどうとか言ってたな。この世界の言語はその時に俺の電脳にすり込まれたのかもしれない。
恐ろしいものだ。もしかしたらこの記憶、もしくは俺の思考自体、あの少女の考えた設定だという可能性もあるわけだ。全て偽りなのかもしれない。
いや無いな。あの娘にそんな高等な妄想できそうにないし。まぁ、とにかくこのメモを見せよう。文字通り、話はそれからだ。
ハカセちゃーん。
俺は再度コーヒーを飲んでいる少女にトントンと音で呼びかけた。
「ん?今度は何?」
俺は日本語の下に書いてある異世界語のメモを見せた。
「えっ?」
少女は一度首をかしげた後、すぐに納得したように
「す、すごおおい!! 自分の希望を言うなんて! やば、私ってホントの天才だったんだ!!」
それはたぶん俺が中に入ってるからだと思います。
そういえばそのへんはどうなんだろう。俺がこの身体に入らなかったら、彼女の無謀な実験は成功していたのだろうか。
たぶん、成功していなかったんだろうな。だって作られたプログラムのうち俺を支配しているのが分かっているのは言語習得だけなのだ。
そうなれば彼女がしたことは根本的にプログラムがどうこうって話じゃなく、ただ情報を打ち込んだだけである。その辺の知識は疎く、機械に弱いオタクの俺だが、人の脳に似たプログラムを作るのは相当難しく、こんな少女の作れるような代物ではないことは確かである。
つまり俺は完全にこの少女に作られたわけではないのか。そうなるとそもそも彼女が俺というロボットを作ることを思いついたのかどうかも怪しくなってくる。
はて、発明したわけではないのならばこのツインテールハカセは、どこでロボットなる存在を知ったのだろう。今のとこ確証は無いが、この家の家具と内装からして、ここの世界の発展レベルは中世のそれなんだが。ロボットは例外なのか?順序が色々と間違ってるな。
あぁ色々と話したいことがたまりにたまってんだ、頼む、発声器官ぐらいは作れてくれよ!
「いいよいいよー! 今喋れるようにしたげるからね~」
そう言って少女が取り出したのは、黒い石。
「元々、喋れるようにするのは最後の仕上げだったんだけどねー、君のお願いというのならば仕方ないね。 えーっと、ここか!」
少女が俺の喉仏当たりをカリカリと引っかく。するとパカ、と俺の喉の蓋が開いた。
「よしょっ」
開いた喉に、持っていた黒い石を滑り入れる。
感覚が無くなったはずの俺の身体にあの黒い石に感じるものが異物感から、一体感に変わるのが分かるような気がした。
声が、出せる。
「あ゛ーーーー?」
「あ!まだ馴染んでなかったかな? もうしばらく待った方が……」
いや、できる。徐々に声が自分のものになっていく。
やっと喋れるのだ。
後でなんて言ってられるか。
「あ゛ーーーぁああーあああーーーーー! あ!」
クリアになっていく。やっと落ち着いたようだ。
何の因果か声は生前の俺のそれと非常に酷似していた。
「やった!」
「わっ、話せちゃった!?」
どうやらこの世界では地球では複雑に組まないといけない機械の部分、例えば俺の今の声帯などをあの石で代用できるようだ。
何でもありの異世界らしい。
「あっはは、話せる! 話せる!! ありがとな、えーっと…名前なんだっけ?」
「カリン……。 あ、あなた…」
「カリン? あんまり異世界っぽくねぇな」
見ればカリンというその少女のハカセは腰を抜かしている。
「あー、まぁ当然だよな……」
自分の作ったロボットがいきなり人間くさく話し始めたらこの反応は当たり前だ。
「落ち着けよ、ほらお前のロボッが喋ったんだぜ、喜べよ!」
俺は俯くカリンの前に腕を広げてできてるかどうかわからない笑顔で立った。
「どうしたよ、びっくりしたのは分かったからさ、これから気楽にやってこうぜ、な」
俺はダメ押しで更になだめるような口調でまだうつむくカリンに囁いた。
瞬間。
俺のできたての硬い腹に見事に右ストレートが決まった。
「ぐふっう!」
痛くはないが反射的に声が出る。
そう、俺に右ストレートを喰らわせたのは紛うことなき俺の目の前にいる、先程名前を聞いたばかりの俺の創造主、俺が生き返って初めて会った人間、カリンである。
「な、何すんだお前っ!!」
再度同じことを言うようだが痛くはない腹を抑えながらほえる俺。
「私の……」
カリンがうつむいたまま震えながら声を絞り出した。
「なんだって?」
俺が聞き返すと、カリンはキッと睨んで、紅潮した顔で息を吸い込んで
「私のフリード=シュトロイゼンを返してよ、この悪魔!!」
「へ?」
なんだって?
俺がついていけない中、彼女はお構い無しにスタスタと近づいてくる。
「私がした設定なら、第一声は胸に手を当てながらお辞儀して『お待たせしました、お嬢様。私、フリード=シュトロイゼンが未来永劫お供します』のはずよ! あんた、私のロボットに憑依した悪魔ね!」
「知らねーよなんだその設定!男子の妄想する女子の妄想か!!」
てかこの世界やっぱり悪魔とかいるファンタジーな世界なのか。こんな状況で知りたくなかった!
興奮した様子のカリンは俺の頭を掴むと
「ここにいるのね! ここに寄生したのね! 今引っ張り出してスパナで殴り殺してあげる!」
グリグリとねじり始めた。
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は頭を分解しようとする頭のおかしい女を床に投げ飛ばす。
「きゃっ!?」
戸惑った声を出すが、すぐにシュタ受け身をとった。
ちっ、少しはやるようだな。
「ほんとに何しやがる、殺す気か!?」
「そうよ、あなたを殺してまた作り直すの!」
「お前は一生物の生命を奪うことに何の躊躇もないのか!?」
「あんたの身体ロボットじゃない!」
もう一度飛びかかってくるカリン。そしてそのまま持っていたスパナを俺の頭上に振り下ろした!
「なんの!」
俺は腕を構えてスパナを防御した。
「痛覚が無いからこんなこともできるんだぜ!」
「あっそう!」
カリンがまた更に強い力でスパナを振り下ろした。
「きかな……っ!?」
俺の左腕が、ガランと音を立てて床に落ちた。
「どわああ!!」
思わず驚いて腰を抜かしてしまう。
「そういえば、そこの接続は他よりあまかったのよね。こんなこともあろうかと。」
「嘘つけ! ミスだろうが!!」
壊される!このままじゃ!!
「またあんなとこに戻ってたまるかよ!」
「何のことか知らないけどこれで終わりよ!」
カリンはそう叫んでスパナをもう一度振り下ろした!
生まれたその日に創造主に破壊されるとかシャレにならねぇ!
「死んでたまるかよっ!!」
咄嗟に掴んだのは俺のケツにはえている長ったらしいコード。
俺はそれを眼前に迫るスパナに突き出した。
電源の近くにあったコードは当然俺の前にピンと張る形になった。
それを両断するようにスパナ。
ビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビビ!!
断線しかけたコードから大量の電流が触れているスパナへ、スパナからそれを握っているカリンに流れる。
「かはっ…!」
相当な量の電流を浴びたカリンは煙を吐いて倒れた。
「やった! どうだ、ざまぁみやがれ!!」
俺は勝利の拳を低い屋根にかかげた。
1分後
「やりすぎた」
思えばか弱い少女に電流はやりすぎたと思う。
ちょっと考えてみれば、少し離れていたが落ちた自分の腕を盾にすれば良かったのだ。
あのコードに流れていた電流がどのくらいなのか知らないが、あれからカリンが起きないのが怖すぎる。
俺は転生して早々人を殺めてしまったのか。
まぁ正当防衛だしな。
墓ぐらいつくってやるか。
「よし、まずは外で火葬するか」
「生きてるわーーーーーーー!!」
蒼白した顔で死体は起き上がった。
「だから死んでないわ!」
「なんだ、やっぱり生きてたのか」
どうやらこの世界の住人は地球の人よりも丈夫らしい。
「それよりも、よ! あんたアン〇リカルケーブルはズルいわ! これは電力供給用のケーブルで、武器じゃないの!! 私死ぬとこだったわよ!」
「なぁにがア〇ビリカルケーブルだ!こんとこについてたらシンジくんの貞操はどうなるんだ、シンクロした途端のケツの違和感が気になって戦闘どころじゃねぇよ!!」
「そりゃあんた当然……ん?」
「ん?」
「「何で知ってる?」」
いや、あの伝説のアニメは知らない人の方が少ないのだが、それは日本での話。
この世界では……。
俺が1つの解答にたどり着く前に、カリンが考え込む俺を震えながら指さして。
「あんた、野中……?」
知る人は少ない俺の生前の名前を日本語で言った。
次は遅れないように頑張ります