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旅をするケモノ  作者: つくるんです
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その4

誤字・脱字などあれば教えていただければうれしいです。

温泉に入るマナーとして、日本人である俺は着衣での入浴やタオル装着など出来なかった。

それに周りは皆、狼なのだ。サイズは多少おかしいが…。

そこまで周りの目を気にすることなく、入ることが出来た。

勝手に妄想し勝手に撃沈した俺の心とは裏腹に温泉はとても良いものだった。


まず何より、広い。競技などで使われるような50mのプールを想像してほしい。

コンクリートなどで加工してあるわけじゃないのに、岩をくりぬいたものをいくつかつなぎ合わせたように見える。

これが魔法技術と言うものなのだろうか?

そのバカでかい温泉が森王樹と対になるようにででんとその存在感を放っている。

少し高台に作られたそれは、一面の森と沈みゆく太陽と夕焼けのコントラストに彩られ、

まるでこの世の物ではないようにキラキラと輝いている。


温泉の造りや、心地よさに心を奪われた俺は、フラフラと誘われるように温泉の中心部へと足を進めて行く。

だが、遠浅の海のように急激に深さを増した温泉は、いとも簡単に俺の全身を飲み込んでいく。

急に足元の地面が消え、沈み込んだ拍子にしこたま水を飲んだ俺は、

もがきながら薄れゆく意識の中で、変に納得していた。


そりゃああれだけ広いんだし、そもそもあれだけ大型の狼が入っても平気なのだ。

深い部分があって当然だよな、と。


意識を失った俺が、次に意識を取り戻したのは真っ白い部屋の中だった。

恥ずかしくも温泉で溺れる、などという失態をやらかした事を思い出した俺は、急速に意識を覚醒させていく。

「なんてこった……。」

頭を抱えながら、自己嫌悪の嵐に見舞われていると、どこからともなく声が聞こえて来る事に気付く。


「なんだ?」

声を聞こうと意識するのだが、はっきりとは聞こえない。

「………こえ…いる…。お…カオ……ん…。」

耳を澄ませていると、急に耳元で大声が聞こえてきた。

音量を上げていた事を忘れたままTVを付けた時のような感じだ。


「やっと、チャンネルが合ったか。」

そこには、男とも女とも判断の付かないあやふやな輪郭の白い光の塊が居た。

そう、居たんだ。

「すまないね。こちらに来る時に会う予定だったんだが、時間がかかってしまったよ。」

声も中性的で、平坦な感じだ。若々しいようで老成されたようなどちらとも取れる声だった。


「やぁ、初めまして、カオル君。僕がいわゆる神と呼ばれている者だ。以前は名前もあったのだが、今は無くなってしまったので、世界神とだけ呼ばれている。」

なんとなくだが、そうなんだろうなぁと感じていた俺はさして驚くこともなく受け入れる。

「どうも、初めまして。鈴木薫です。」


間抜けな話だが、それが神?との最初の出会いだった。


「いやー、どうにかして君と意識を繋ごうと努力してたんだが、まさか温泉で溺れてくれるとは思わなかったよ。」

感情の乗らない声で神様は笑いながら話しかけてきた。

「色々説明が欲しいよね。まぁその為に来た訳だしね。」

と、神様が話を始める。


「まず最初に何かの意図があってこちらに連れて来た、とか

使命を持ってこちらに生まれ変わったと言う訳でもなくて、ただ単に地球と言う世界から異物として弾かれた君は、この世界にそのまま受け入れられちゃったんだ。そのせいもあって2つの世界が整合性を得る為に、君が向こうで生活していた痕跡はすべて消えている。文字通り存在していなかったことになっているんだ。」

さすがに自分が伝説の勇者だとか極悪の魔王だとか、大それた事は無いと思っていたし、

御免だったが、まさか単に異物として地球から弾かれて、受け皿としてのこの世界、

すなわちルータリアに飛ばされた、とは思いもしなかった。

そして、もう帰る場所がないことも理解できた……。

ただ、自分が一切悲しくも何とも無いことがちょっと怖く感じた。


「向こうの神様も気にしていてね。自分の子である君が、能力を持っているがゆえに弾かれるなんて、とね。地球で普通に生きていれば特に何てことはない能力なんだけどねぇ……。

これも運命という事かな?」

能力?いや、普通の一般人でしたよ?

運動神経はちょっとくらいあったかもしれないが、体操選手や格闘家になれるほどでもなかったし

勉強だって人並みで、そこそこの高校・そこそこの大学を出て、そこそこの会社に就職して、そこそこの給料をもらいながら、そこそこの生活をしていた。

考えてみたら、本当に普通と言っていいほどの一般人だった気がする。


「うん。地球に居ればそうだっただろうね。でも君はこの世界に呼ばれた。意識していなかっただろうけど、何とか抜け出そうとしていた君と言う異物を地球は弾き、ルータリアは受け入れた。

僕にも、もちろん地球の神にだって予測なんて出来なかったんだ。

でも君は何となく感じていたはずだよ。親子の関係がうまく行ってなかったのもそうだし、学校や仕事なんかの人間関係なんかもどこか遠くから俯瞰して見ているように冷めた目で見ていただろう?」

その通りだと、納得する自分。、


「まず、君の能力と言うか技能と言うものはまっさらな状態だ。それはもちろん地球からこちらへ来た際に、作り替えられたと言っても良い。もしくは本来の自分に戻った、とも言える。

ただ、疲れにくかったりしなかったかい?それは地球の環境よりもこの世界の環境の方が君に合っている、と言うのが理由なんだ。」

俺は村に着くまでの道のりを思い出しながら、思い当たる節があることを自覚する。

そして、これこそ今更だが、言葉を発していないのに会話として成立していることに、驚く事も無く不思議と受け入れられている事実。


「でも、それはただ単に基礎体力などが向上しただけで、それなりの物でしかない。高い所から落ちれば大怪我をするし、もちろん剣で斬られたり槍で突かれたりなんかすれば死んでしまう事だってある。当然、切れた腕が生えてきたりもしない。」

想像してしまって少し気持ち悪くなる。


「君が若い体に変化しているのは、地球の神のお陰だよ。何もないゼロの状態からこちらで生活するのは苦しいだろう、と言う事で体力的にピークだった時に戻してくれたんだ。地球の、中でも日本の神は慈悲深いね。」

日本って神様一杯いるけど……。どの神様かわからないけどありがとうございます。


「地球の神にもお願いされた、って事もあって君には『世界神の加護』と言うものが付いているよ。正直な所、僕はもうルータニアから手を放していてね。それぞれの王に能力を分割・移譲しているんだ。それでも、普通に生活する分にはそれだけで十分だったんだろうけど、興味を持った王達が色々とくっつけちゃったみたいだね。」

至って、平凡で良いんですけどぉぉぉぉぉ!何してくれちゃってんの!?


「まぁ、僕の加護は傍目から見えないように隠しておくけど王の加護はバレバレだから気を付けてね。そのお陰で、銀狼達に襲われずに済んだって面もあるわけだしね。」

あー……、あれはやっぱりそういう事だったんだなぁ。

そうだよな。守護する一族である銀狼が、ほいほいと部外者を受け入れる訳ないもんな。


「何にせよ、君は自由だ。こちらに来たからと言って義務が発生するわけでも無いしね。」

それが一番の朗報だな。

ふと、気付くと神様の輪郭のボヤけ具合がひどくなってきた気がする。

「そろそろ時間のようだね。僕が何かしてあげることはもう無いかもしれないけど、何かあればまた会う事もあると思うよ。それじゃあ、元気で。君にルータリアの祝福のあらんことを。」


意識がブラックアウトするように、ボンヤリと薄れて行った。




読んでいただきありがとうございます。

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