その1
「覚悟ーーー!」
そんな声とともに小さい(それでも2.5mほどはあるが)狼が木陰からこちらへ向かって突進してくる。
「甘い。」
オルバはそう言いながら軽やかにその場で宙返りを決め、突進してきた狼を地面へ押さえつける。
「かっかっかっか。不意を突くならば声を出してはいかんのぅ。」
「うぅぅぅぅぅぅ。」
押さえつけられた狼はじたばたと暴れながら、悔しそうな声を漏らす。
「まだまだ、一人前とは呼べんのぅ。」
オルバはそう言いながらも、優しさのこもった眼差しで、小さな狼を見つめている。
一方、俺はと言うと目の前で起こったことについていけずに、目を白黒させているだけなのだが…………。
オルバが押さえつけていた足を離すと、弾かれたように小さな狼は距離を取り、出てきた木陰に向かって、
「ちゃんと協力しなさいよ!」
と、怒鳴っている。
見てみると、突進してきた狼と同じくらいの大きさの狼が尻尾を垂れ下げながら、
「だから、やめようって言ったじゃないかお姉ちゃん……。」
「うるさいわね!2人ならなんとかなるはずだったのよ!あんたがしっかりしないから!」
オルバや俺をそっちのけで口論が始まっている。
様子を見ていると、白に近い銀色の毛並みの方が姉。
黒に近い銀色の毛並みの方が弟、のようだった。
「これこれ……客人の前じゃ。ルナにオーザも、挨拶をしなさい。」
それまでの口論がピタリと止み、首を傾げながら俺を見た後に、
「誰?」
さっきまでの悔しそうな声や口論などなかったかのように、俺をに対して姉の方は興味津々のようだ。
一方で弟の方は、姉の後ろに隠れようとしているのが丸わかりだった。
「客じゃよ。」
オルバがそう言うと、姉の方が
「あたしはルナよ!んで、こっちがオーザ!よろしくね!」
なんと言うか元気一杯だな。すごい勢いで尻尾が揺れてる。
「俺はカオル。こちらこそよろしく。」
「カオルね!変な名前ね!」
そう言いながらも、こちらに近づいてフンフンと匂いを嗅ごうとしている。
そしてその姉をなんとか押し止めようとする弟オーザ。
なんと言うか、苦労しているのがよくわかる……。
弟って大変だよな……。俺も姉ちゃん居るからよくわかるよ…………。
「あー、2人ともザンジとミヤに客人の事を伝えてきておくれ。」
オルバがそう言うと、
「お父さんとお母さんに伝えればいいのね!わかったわ!おじいちゃん!」と、駆け出して行く姉。
ちらりとこちらを見て、目が合うと驚いたようにびくっと飛び上がり、逃げるように駆け出して行く弟。
対照的な2人だな。と苦笑していると、
オルバも苦笑しながら、
「騒がしくしてすまんのぅ。」と謝ってくる。
気にしなくて良いと伝えると、表情を元に戻し、
「わしの家で、色々説明しよう。ついてくるがいい。」
と、先行し始める。
簡素な家々の間を抜けていく間も、色々なところから好奇の目が向けられる。
「客人なぞ、ここ数十年なかった事じゃからのぅ。」
そんな事を言いながら歩いて、大樹の根元の所にある大きな家に入って行く。
簡素な造りだが、しっかりしているようだ。
他の家に比べると大きさ的には2倍ほどだろうか?
今、通りながら見てきた家が『小屋』だとしたら、これはしっかりした『家』だな。
まぁ、ドアは無いけど………。
寒い地域じゃないんだろうな………。そんな事を考えながら、オルバに続き毛皮で作られたような扉代わりの物を潜り、家の中に入る。
中に入ると、窓(当然、ガラスなどはまっていない)からの光で、十分に明るい室内は、板張りになっていて、思った以上に清潔にされているようだった。
文明の利器などが無い以外は、考えていた以上に文化レベルは高いようだ。
そんな事を考えながら、すすめられるままに椅子に座る。
周りを見回すと、奥の方から誰かが歩いてくるのが見えた。
そう、誰かが歩いてきているのだ。
女性だ。この世界?に来て初めて人と出会ったのだ。
俺が感動してその女性を見つめていると、正面の椅子にも誰かが座るのが見えた。
白い貫頭衣のような衣服を身に着け、白いヒゲをたっぷりと蓄えたおじいさんだ。
なんと言って良いかわからず、とりあえず会釈をしておく。
そのおじいさんは、なんとも不思議そうな顔つきをした後、
「あぁ……。」と納得したような顔をして、ニッコリと俺に笑いかけると、
「わしはオルバじゃよ。」
と、俺に向かって爆弾を落とした。
そういえばいつの間にか、狼のオルバの姿が消え
おじいさんがどこからか現れている。
俺が混乱していると、奥から現れた女性が、
「ちゃんと説明して差し上げないと、困っているじゃありませんか。」
と、形の良い眉を少しだけ寄せながら抗議している。
おじいさんは、イタズラを咎められた子供のように苦笑いをし、
俺に向かって説明してくれるんだが、本当によくわからない………。
何度か説明を受け、噛み砕いて教えてもらいながら俺が理解したのは
・この世界はルータニアと呼ばれる事
・神と呼ばれる存在が実在する事
・その神の名前はすでに失われている事
・神から任された王が分割して世界を司っている事
・王を守る為に特別な加護を受ける一族が居る事
・森王を守る為に銀狼族が居る事
・銀狼族で言えば、変身能力など(他にもある)ある事
・オルバさんは銀狼族の長(村長?長老?)の立場だという事
などなど……。
正直に言えば、何を言っているんだって所なんだろうが、目の前で光の粒子が集まったりして、おじいさんがオルバになったり、オルバがおじいさんになったり……。
原理なんて分からないけど、流石に目の前で変身されると信じざるを得ないというか……。
服なんかは、魔力で作り出しているそうだ。(魔力!魔法とかあるのか!?)
ちなみに女性はミヤさんと言い、オルバさんの息子の嫁さんだそうだ。
そう……、彼女も狼になるんだぜ………。
そんな話をしていると、すごい勢いで中学生くらいの女の子が家の中に飛び込んできた。
文字通り、飛び込んできたってのが正しいと思えるほどの勢いだが、ミヤさんはその勢いを難なく受け止めている。
…………なかなかにすごい音したんだけど、平気そうなのが色んな意味で怖い。
そんな事を思っていると、その女の子は
「お父さん連れてきたよー!」
と元気よく報告している。
うん……わかっちゃった………。この子ルナちゃんだ………。