*4*風に誘われて
次の日、俺は頬に触れる暖かな感触で目が覚めた。
目を開けると、昨日拾った白い子猫がベットに横たわる俺の頬に、身をすり寄せて小さな声で鳴いていた。
「…おはよう。お腹がすいたのか?」
まだ頭がぼーっとする。
なんだかよくわからないが、すごい内容の夢を見た気がする。
「…夢…だよな…?」
夢以外のなんだって言うんだ。
でも、夢の中で彼女から手渡されたはずの白い子猫は、今、俺の目の前にいるわけだ。
つまり…この猫が、現実に、桜の木の下に自称“記憶喪失の幽霊の女の子”が居たっていう証拠なんだ。
だめだ、考えれば考えるだけ、ありえない状況に頭がおかしくなりそうだ。
俺は体を起こしベットに座りながら、わしわしっと、頭をかいた。俺の膝に猫がちょこんと座ってくる。
「昨日の女の子、おまえも見たよなぁ〜?…消えたよな、突然…?」
子猫は首を少しかしげて、俺を見つめ返した。
その姿に我に返る。
俺は猫に向かって何をいってるんだ…。
…起きよう、飯作ろう。
小さくため息をついて俺は、ベッドを後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そして、今日も俺は仕事がひと段落ついたところで時計を確認したら、日付が変わっていた。
使っていた自分のマグカップを片付けに給湯室へ向かい、ふと、昨日のことを思い出した。
今日は閉まっているその窓が目に入る。
数秒その窓を眺めて、そして、そっと手を伸ばした。
窓から、あの桜の木が見えた。
不意に、俺の脳裏に昨日見た風景が映し出される。
──私、何でここにいるかもわからないの。いつも気がつくとここにいるの。
彼女の笑顔が脳裏から離れない。
あの笑顔は、俺にはわかる。
悲しい気持ちを抱えている、心が泣いているのに泣けない。
泣きたいのに、泣き方が分からない時の悲しい笑顔だ。
彼女は何を思ってあの桜を眺めていたんだろう。
開いた窓から、冷たい風とあの桜の木が俺をまるで呼んでいるように思えた。
しかし、こんな夜更けに、女の子が川原に今日もいるだろうか。
そもそも、俺は本当に昨日女の子に会ったのだろうか。
すべてを受け入れるには、到底信じることはできず、しかし、すべてをなかったことに出来きない。いや、なかったことにはしたくない、この時すでに、どこかでそう思っていたのかもしれない。
ありえない。
こんな薄暗い川原に女の子がいるなんて。
現実のはずがない。
でも、あの白い猫は…?
昨日のそっと触れた、彼女の暖かな手のぬくもりや、感触は…?
夢にしてしまうにはリアルすぎる。でも、ありえない。
こればかりが、頭の中をいったりきたりする。
どうにか白黒つけてしまいたい。
もう、そんなことすら、ただの言い訳だったのかもしれない。
というのも、どうして自分がそうしたのかわからなかったと、後に俺はこの時のことを思い起こすからだ。
単純に、俺はもう一度彼女に会いたかっただけだったのかもしれない。
俺は、川原の方へ向かった。
―そして、堤防まで来て、息を呑む。
「こんばんは、また会えたね」
そこには昨日と同じ笑顔があった。