エピローグ
また、桜の季節がやってきた。
俺は、あの日から、無茶な仕事スタイルを見直し、休日をしっかりと取るようになった。
そして、休日に、ふらりと彼女の病室にデートに行く。
手には黄色いバラの花束を持って。
ピンクだと可愛いすぎるといわれそうだし、真っ赤だと不似合いな気がする。
彼女には元気な黄色が似合う。
やっぱり今日も、病院へ向かう途中で購入した黄色いバラの花束を、持っている。ふさがっていない方の手で、エレベーターのボタンを押して、8階を目指した。
あの日から、彼女はあの桜の木には現れなくなった。
不思議なことに、あの白い猫も姿を消した。
よく考えたら、あの、子猫に導かれるように彼女に出会ったわけだ。そして、彼女とともに消えた。もしかしたら、あの猫も、“彼女側の世界”の住人だったのかもしれないな。
そんなことを考えている間にエレベーターがゆっくりと8階で停止した。
「あれ、新さん!」
エレベーターを降りたら、後ろから聞き覚えのある声がした。
「また来てくれたんだ〜。ありがとう」
千明希さんだった。
先日は、彼女たちのお母さんと鉢合わせして、話のつじつま合わせに少しあせった。
千明希さんと一緒に病室に入る。
「ただいま、美桜希」
「新さんは、いつも『ただいま』っていうよね」
おかしそうに笑いながら、千明希さんが花瓶を片手に、俺の持っていたバラを受け取った。
「いいんだよ、ただいま、で…」
なんとなく口ごもったのは、照れたから。
「みさ姉〜、いい加減起きてあげないと〜。きっと新さん、シワシワのじじぃになってもバラもって現れるよ!」
千明希さんは、すごいことをさらっと言いながら、花を花瓶に活けに、病室を出て行った。
「…別にいいさ〜。シワシワのばばぁになった君に、バラの花束もって現れてやるさ」
きっと君は、シワシワになっても可愛いだろうな。
そして、可愛い声で『新くんてホント可愛いね』とケタケタ笑うんだ。
「いや、可愛いのは、美桜希だろうが…」
自分の想像の中の彼女に突っ込んでしまう自分が、なんだか恥ずかしくて、窓側へ移動した。
窓の外から、病院の庭に植わっている満開の桜が見えた。
あれから一年。長いようで短い。
俺にとっては、本当に大切な一年だった。
不思議だな。
君はこのまま眠り続けているような気がしない。
もはや、確信に近い。根拠なんてないのに。
「ただいま…」
そう、俺に、そう言って笑いかける気がするんだ。
たとえ、俺のことをすっかり忘れていたって、また、ゆっくり君が俺を好きになってくれるように努力すればいい。それだけのことじゃないか。
だから、目を開けて。
辛い現実が待っていたとしても、ちゃんと受け入れて、それでも前に進んでいこう。
俺が隣にいるから。一緒に前に進もう。
はっ、と俺は我に返った。
確かに聞こえた。今、『ただいま』って
え…空耳!?
俺は勢いよく、振り返った。
「ただいま、新くん」
そこには、俺の望む“すべて”があった。