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*27*扉の向こう(後編)

 病院は確かに、ミオの家から車で10分ほどの距離だった。

 その道中、彼女の運転する車の助手席に座りながら、優希の話をしていた。

 料理が好きでよく家族の誕生日にケーキを焼いたり、突然おなかがすいたと夜中にクッキーを焼き始めたりしていたらしい。小さい頃からマイペースで、よく長女や三女と喧嘩をしていたことや、母親に怒られて家出したことなど、どの話も俺にとってはいつまでも聞いていたいような内容だった。

「優希ちゃんが亡くなってから、両親が心配して心配して、私もしばらく車運転させてもらえなかったんですよ」

 三女、千明希(ちあき)さんは不満げに口を尖らせた。

「ご両親の気持ちもわかりますね…」

「そーですけど、車乗れた方が色々便利じゃないですか〜!だいたい、みさ姉のお見舞いもあるし…」

 みさ姉、とは長女のことなのだろう。

 なんて名前なんだろう?

 …知り合いと言った手前、聞くに聞けない。

「…お姉さんは、どこが悪いんですか?」

 長女の名前を知らないことがばれないように細心の注意を払いながら、千明希さんに問いかけた。すると、彼女は今までの明るい笑顔を少し雲らせた。

「…それが、確かに事故当時は打撲やら骨折やら、傷がいっぱいあったんですけど……目を覚まさないんですよ。事故からずっと…もう2年……」

 2年もずっと?

 植物状態だということだろうか。

「ずっと意識が戻らないんですか?」

「はい。お医者さんも原因がわからないみたいで……。松本さん、もう着きますよ。そこの信号曲がったとこですから」

 彼女はウインカーを出しながら、そういった。


 この時、俺の中で何か引っかかるものがあった。

 何か胸騒ぎがする。




 そうこうしている間に、車は病院の駐車場に停車した。結構大きな総合病院だ。

 二人は、車を降り、病院の正面玄関とは別の入り口から、院内に入りエレベーターに乗り込む。

 なんとなく俺は緊張していた。

 そんな俺の様子に気がついて気を使ってくれたのだろうか、それまで無言だった彼女が不意にこちらに笑いかける。

「いつも、このエレベーターで想像するんです」

 俺は彼女を静かに見つめた。


「みさ姉が、今日は起きてて『ちー子、遅いよ〜。おなかすいた』って出迎えてくれるんじゃないかって……。でも同時に、もしかしたら、優希ちゃんみたいに…冷たくなってるんじゃないかって……毎回このエレベーターが8階に着くまで、考えちゃうんです……」


 その笑顔は、俺には見覚えがあった。

 そう、ミオの笑い方にそっくりだった。同じ家にずっといて、同じように育っている姉妹だからこそ、似てしまうしぐさがやっぱりあるんだろう。

 やっぱり姉妹だな。

 その、寂しそうな、悲しそうな、でも優しい笑顔。

 ミオ、君と同じ笑い方を、君の妹もするんだね。

 


 エレベーターが静かに8階で停止し、ドアが開いた。千明希さんの緊張が伝わってきたのか、俺自身の緊張なのかわからなくなってきた。勝手に指先が震える。

 先を歩く千明希さんの後ろをついていく。

 ほどなく、彼女が病室に入っていった。その病室の前までくると、病室の入り口の脇に『武山美桜希 様』と書かれていた。


 ……みさき…かな?

 

「みさ姉〜、今日も来たよ〜!いい加減起きたら〜?」

 病室の中から千明希さんの明るい声が聞こえてきたので、俺も病室に足を踏み入れた。



 そして、ベッドに横たわる女性に──息を呑む。


 

 物音で千明希さんが俺を振り返る。千明希さんが不思議そうに声を掛ける。

「松本さん?コート落ちましたよ?」

 しかし俺の耳には届かない。


 まさか。

 そんなはずは…。


 俺は腰が抜けそうなほどに、衝撃をうけていた。

 血の気がさーっと引いていくようなそんな感覚だった。




「み……お……?」



 かすれた声が、やっとのことで俺の口から飛び出したのと、俺がベッドに大またで駆け寄るのが同時だった。



 見間違えるはずがない。

 少し俺の記憶の中よりも大人びて、髪の毛も腰まで伸びている。

 それでも、絶対に見間違えるわけがない。


「ミオ!」



 そう、そこに横たわっているのは、ミオだった──。



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