*20*運命の糸(前編)
「そういえばさ、大谷先生は料理部の顧問だったよね?」
俺はさりげなさを装って、休憩室で大谷先生を捕まえた。
「そうだけど?」
「2年前の卒業生で武なんとかっていう子知らない?」
「2年前?」
当然着任2年目の俺たちがこの学校の教師になる前の卒業生だ。入れ違いになっている生徒のことを知っているとは思えないが、何かの取っ掛かりになればと話を切り出してみることにしたのだ。
眉間にしわを寄せて俺を見る大谷先生の反応はやはり、俺の予想どうりだった。だから、俺はあらかじめ考えていたもっともらしい理由を説明し始めた。
「そう。俺らが着任する前の卒業生なんだけどさ。さっき料理部の三年生とすれ違ったときに、ホントに偶然、その子の写真を見たんだ。もしかしたらその子ずっと探してた子かもしれないとか思ってさ」
「探してた?」
「俺の幼馴染の女の子。よく近所の公園で一緒に遊んだ友達のうちの一人なんだけど。確か3つくらい年下だった気がするんだよね。突然引っ越してちゃったらしくてさ。名前も覚えてないし、でもすごい面影があって、もしかしたらと思ったんだ」
無理やりなこの話、大谷先生は鵜呑みにするだろうか。
しかし、俺のカンだと意外とこの大谷女史は天然なところが多分にある上に、この手の話は大好物だろうという希望的観測もあり、いけると判断したのだった。
当然、内心ヒヤヒヤものだ。
「その子、確か病気だとか何とか言ってたからさ。なんだかずっと気になってるんだよね」
「ふ〜ん。幼馴染の女の子か〜」
恐る恐る彼女の顔をうかがう。なんだか遠い目をしている。
「生徒に聞いてみようか?3年生だったら覚えてるかもしれないしね」
よしっ!
俺は心の中でガッツポーズをした。
「そうしてもらえたら嬉しいかな。暇なときでいいからさ」
「うん、でも忘れちゃいそうだから今日の部活で聞いてみるよ」
彼女のこういうスピーディーなところが周囲に信頼と好感を持たせているのだろうと改めて思った。見習うべくところだ。
「ありがとう。じゃ〜せっかくだから今日一緒に部活に覗きに行ってもいいかな?」
「あ、そうだね!そのほうが早いじゃない。そうしなよ」
「そうさせてもらうよ。じゃあ、後で」
俺は心臓が早まるのを抑えることができなかった。
なんという予想以上の展開の速さだろう。
これで本当にミオ自身だったら!?
これはもう、神様が俺にあの写真はミオだ、と告げていると誤解してもおかしくないくらいの展開じゃないか。
できすぎてる。できすぎてて怖いくらいだ。
あまり期待するな、と自分に言い聞かせるもどうしても期待が大きくなってしまう。
放課後までが、また長く感じそうだ。
俺は逸る気持ちを周囲に必死に隠すしかないのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
そして待ちに待った放課後。大谷先生と連れ立って料理部の活動場である調理室を訪れた。
珍客に驚いた生徒たちの視線を一身に受ける。その中に、今日写真を見せてくれた生徒の顔もあった。二人は、あっという顔をしている。
「あれ〜先生なんで来たの〜?」
「うちらの手料理食べにきたわけ〜?」
その二人はこちらに、にこやかに手を振っている。
俺が答えるより先に大谷先生が口を開いた。
「篠崎さん、本田さん、高田さん、神崎さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど〜」
4人は作業をやめて、エプロン姿でこちらに集まってきた。
俺は例の二人に手帳の写真をもう一度見せてくれるよう頼むと、その写真の人物を改めて3年生の4人に問う。
「あ、優希先輩だ」
神崎という名の生徒が即答した。すると他の生徒も口々に、そうだそうだと言い出す。
「覚えてるの?」
俺は平常心を保つのに必死だった。
「仲良くしてもらいましたから。すごい優しくていい先輩でしたよ。料理も得意で、ぱぱっと何でもできちゃうんです。しかも〜プロ並っ!」
「そうそう。めちゃおいしかったよね〜」
しばらく4人は優希という少女の思い出話を聞かせてくれた。
名前は、武山優希。
おっとりしていて、いつも笑顔で後輩想いだったこと。
彼女が部活にいた時は、毎回食事会が豪華で楽しかったこと。
勉強はあまり得意ではなかったらしいこと。
ちょっと天然だったこと。
一つ一つのエピソードを聞けば聞くほど、この武山優希がミオなのではないかという想いが強くなる。
しかし、数分後、一同がぎょっとすることとなった。
急に神崎さんがうつむき、泣き出したのだ。
「ど、どうしたの?」
「舞ちゃん!?」
いっせいに生徒たちが神埼さんを心配そうに覗き込む。今の今までそれは楽しそうに、武山優希の話をしていたのだから当然の反応だ。
ついに、神崎さんは隣にいた高田さんの胸の中で嗚咽を漏らし始めた。
「舞ちゃん〜泣かないで〜。どうしたの?」
一同はわけが分からないまま、神崎さんが落ち着くのを待つことになった。
「……ごめんなさい、急に泣いたりして。ほんとに私、先輩が好きだったから」
やっと泣き止んだ神崎さんは、ぽつりぽつりと話始めた。
が、その次のセリフに、再び調理室が凍りつく。
「先輩は…卒業したあとすぐ、亡くなったんです」




