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*2*青い瞳の映すもの

 まさに呆然とはこのことを言う。

 なぜこんな時間に、こんなところに女の子がいるんだろうか…。 

 彼女は可愛らしい印象はあるものの、高校生には見えない。二十歳は過ぎているだろう。

 肩に付くか付かないかのサラサラの髪が、肌寒さすら感じる夜風に揺れてキラキラしている。

 透けるような白い肌よりも、さらに白いワンピースからは綺麗な足がスラリと伸びて、ノースリーブから華奢な肩がのぞいている。 



 ん?

 …ノースリーブ!? 


 さすがにまだ気が早いんじゃなかろうか。

 俺、コート着てるんだけど…。 


「あの〜…」


 彼女と視線がぶつかる。

 そんな彼女の声にジロジロと観察していたことに、やっとそこで俺は気が付いた。


 いや、でもこの場合仕方ない気もするぞ。 


 だってさ。

 ここ、川原なわけで。 


「すいません〜?」 


 夜中なわけで。

 寒いわけで…。

 

 ──なんで?

 

 って思うのが自然なんじゃないかと思うわけで。 

 彼女は口に手を当てて、5メートルほど離れた桜木の下でこちらに向かって叫んでいる。

 なんだか、どっと疲れた気分だ。

 深く考えるなということなんだろうか…。 


「ねぇってば〜!」

「…はい」

「その子、それ以上こっちに来てくれないんだけど、こっちに連れてきてくれない?」

 俺は彼女から2メートルほど離れたところに、ちょこんと座り込んだ白い子猫を見た。子猫はフニフニと尻尾を動かしながら、彼女を見上げている。

 俺の視線を感じ取ったのだろうか、子猫はこちらを振り返った。

 俺は堤防を降りて、猫にゆっくり近づいてた。

 青い瞳がこちらをじっと見つめ返している。逃げる気配はなさそうだ。

「おまえ、あの子と知り合いか?呼んでるぞ」

 なんとなく猫に話かけてしまった。

 子猫は静かに俺を見つめ返した。そして、すっと俺から視線をそらし、足音も立てずに彼女の方へ歩きだした。 

「って…おい…今の言葉理解したのかよ!」 

 思わずつっこみながら、猫を目で追った。その猫の姿を見て、彼女はしゃがみこんで「きゃ〜おいでおいで〜!」とはしゃいでいる。

 なんとなく俺もその猫の後をついて歩いた。

 

「君の猫…のわけないか」

「え?お兄さんの猫じゃないの?今一緒に来たじゃない」

 彼女は満面の笑みで子猫を抱き上げた。

「もぉ、さっきから呼んでるのに全然こないんだもん。でも、かわいい〜!」

 そして、こちらに猫の顔を見せる彼女。

「ほら、かわいい。ね?」 

 同意を求められて、言葉につまる。

「…そうだね」

 猫よりも…その彼女の笑顔のほうが気になってしまったからだ。

 特別に美人だったり、好みの顔というわけではないのに、素直に“綺麗だ”と思った。

 しかし、それを顔に出さないようにして、俺はさっきから疑問に思っていたことを口に出してみる。

「ところで…ここで君は何をしてるんだい?」

 彼女はきょとんとした顔でこちらを見た。

「何も…?」

「…家に帰ったほうがいいと思うんだけど…もう0時回ってるよ?」

 腕時計で確認しながら、俺はあきれながら続けた。

「そうなんだ!どうりで真っ暗!」

 真っ暗って…。

 なんだが、彼女の適当な返事に苛立ちを覚えた。

「とにかく、女の子がこんな外灯もないような真っ暗なところに一人でいるもんじゃない。帰りなよ」

 そう俺が言うと、彼女は一瞬、目を伏せた。

 ほんとに、一瞬だった。

「そうしたいんだけどさ…」

 すぐに笑顔に戻り、そして、彼女は言ってのけたのだ。

 



「私、何でここにいるかもわからないの。いつも気がつくとここにいるの」



 

 …今なんて?


 思考回路は、本日何度目かの混線状態であった。

 彼女のその口から出てきた言葉は、その笑顔とは不釣合いすぎて、素直に頭の中に言葉が入ってこない気がした。むしろ、日本語?などと思ってしまう。

 何でここにいるかわからないって……心の病気かなにかなのか!?

 言葉の出ない俺には一切ふれずに、彼女は大きな桜の木を見上げながら、感慨深げに続ける。


「でも…この桜の木だけは覚えてるのよね。なんか懐かしいんだ、すごく…すごく…なんでだろう?」


 …いや、そんなこと聞かれても…。

 ていうか、まさか記憶喪失?

 いや、でも「いつも」って言ってたし。

 ちょっと待った。落ち着いて考えよう。

 つまり、どういうことなんだ?


 もはや、何から聞いたらいいのかわからない。

 少し、考える時間がほしい!と勝手なことを思いながら、どうにかこうにか心を落ち着かせようと必死に口を開く。

「えっと…」

 しかし、次の言葉が出てこない。

 記憶喪失ですか?と聞くわけにもいかないし、まして、大丈夫ですか?などと聞けない。そんな身もふたもない質問しか浮かんでこない自分の頭に、俺は限界を感じた。

 すると、彼女の方から助け舟を出してきた。実際には彼女は助け舟を出したつもりはないのだろうが、俺には一息つくきっかけになった。

「あ、ごめんね〜。こんなこと突然言われてもこまるよね〜?」 

 彼女はケラケラと笑っている。

 そんな笑いながら話す内容なのか、これは。

 自問しながらも、次の彼女の言葉を受け入れる。

「なんかね、私もしかして死んじゃってんのかな、とかって思うんだ〜。あ、全然わかんないんだけど、だって何にも覚えてないんだもん。なんていうか、カン?」

「は、はあ…」

 もはや、俺の口からはそんな気のない返事しか出てこない。

 実際、まだ肌寒い初夏の、こんな時間に真夏の装いで微笑む女性に、私死んじゃってるっぽい、とか言われて、そうなんですか大変ですね?、などと答えられる方がどうかしているのじゃないかと、こっそり考えてしまう。

 俺、疲れてるのかな…。

 仕事しすぎたか…?

 なんだか、どっと疲れを感じた俺に彼女は笑いかけた。そして、どこか寂しそうな顔で、私もよくわからないのよ、とつぶやいた。

 そして、そっと、彼女は大きな桜の木を見上げてこう続けた。

「気がつくと、いつも、ここに、こうしているの」

 ここ、とはこの桜の木をさすのだろう。この桜の木の下に、わけもわからずいつのまにか彼女は立っている…しかも、いつも。

 そう言うのだ。この子は。

 そんなことが実際にあるのだろうか。

「…どのくらい前から?」

 不意に、俺の口から自然に出た質問だった。その声に彼女は視線をこちらに戻す。

「ん〜、結構前」

「結構…?」

 その漠然とした答えに、やはり返す言葉をなくした俺に、彼女は笑顔で続けた。

 


 

「でも、ここで誰かにあったのは、お兄さんが初めてだよ」

 


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