*19*女のカン(後編)
俺が休憩室を出て廊下を歩き始めると、近くでバサバサっと音がした。思わず振り返ると、生徒が派手に手荷物を廊下一面にぶちまけてしまっていた。
「うわ、まぢサイアクー」
ブツブツ言いながら隣の女生徒と一緒に荷物を拾い集める。
俺も足元にあるルーズリーフやら筆記用具やらを拾い集めるのに手を貸した。
そして……その女生徒の手帳を拾い上げようとした時だった。
――――!?
俺はその手帳の一面に張られたプリクラ写真の一枚を凝視していた。
「先生?どうしたの?」
その手帳の持ち主が荷物を受け取ろうと俺を不思議そうに覗き込む。
「あ、ああ。ごめん」
俺は立ち上がって笑顔で取り繕うとした。でも無理だった。
「ありがと〜」
荷物を受け取って立ち去ろうとする女生徒。
まさか……いやでも……。
遠くなる女生徒の背中を見つめながら躊躇している自分を感じる。
知りたい。
でも知りたくない。
でも……──
「君!」
次の瞬間、俺はその生徒を追いかけて声をかけていた。
「君、ちょっといい?」
突然声を掛けられて生徒は驚いている。
「はい?」
「ごめん、ちょっと今のプリクラ写真に知ってる顔があったからさ、あれ〜って思って」
「え?まぢですか〜?ええ、どれどれ?」
「ちょっと見せてくれる?」
「いいですよ〜?」
そのこは授業でも受け持ったことのない面識のない生徒だったにもかかわらず、嬉しそうに手帳を見せてくれた。そして、もう一度そのプリクラ写真を眺める。その写真には、10人以上が器用に映り込んでいる。
やっぱり似てる!
この写真に写っているのは……
――――ミオなのか!?
「この子なんだけど…」
俺はその写真を指差してその子に見せた。
「ああ〜部活の先輩ですよ〜!」
「部活?今何年生?」
なんだって?
この学校の生徒なのか?
俺の心臓が急に2割り増しで鼓動するのが分かる。
「もう卒業した。だよね?なんて名前だっけ?」
「え、どの人?…ああ、武ちゃん先輩じゃん」
「あ〜!そうそう!武ちゃん先輩だ〜!うちらが1年の時の先輩で〜、だからこれ2年前のプリクラかぁ。うちら若くない?ほらっ!」
「ほんとだ〜!若い〜!ていうか、よくこんなの取ってあったね〜!」
「たまたま貼ってあった〜」
もう二人で話し始めている女生徒たちの会話をそこそこに、俺の頭には「武ちゃん先輩」なる単語がぐるぐると回っていた。
2年前に卒業したってことは、今20歳!?
背筋がぞくっとした。
こんな偶然があるのだろうか。
「あ…あのさ」
思わず声が上ずる。
「確認なんだけど、2年前にうちを卒業した子なんだよな?」
「うん」
二人は同時に頷いた。
「これだって、3年の引退の時に料理部で撮ったプリクラだもん。ね〜?」
「うんうん」
「名前は?」
「え〜名前?フルネーム?…なんだっけ〜?武…武…」
「え〜覚えてない〜何だっけ?だって1年しか一緒にいないしぃ〜。ねぇ〜?」
「だよね〜?」
1年一緒に居たら覚えるだろう、普通。この人数しか居ない部活なんだから。
そう突っ込みたいのを苛立ちとともに押さえ込む。
「そっか、分かった。ありがとうな」
あとは自分で調べよう。うちの学校の卒業生だったなら探せるはずだ。
たしかにあの写真がミオな確証はどこにもない。自信だってない。しかも、プリクラの小さな小さな顔を見ただけだ。
でも、他人のそら似で無駄骨かもしれないが、万に一つってことだってあるではないか。
あんなにミオに似ていたんだ。
何かわかることがあるかもしれないじゃないか。
ミオの記憶を取り戻すきっかけになるような、何かが。
俺は再び廊下を歩き始めた。