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*13*ただそれだけだから(前編)

 それから、数日雨は降り続いた。

 俺は傘をさし、桜の木の下で彼女を毎日待ち続けた。

 でも、彼女は現れない。

  

 俺は漠然とした期待を抱くようになっていた。


 

 朝、起き抜けにテレビの天気予報をつける。

 “雨は夜遅くには止むでしょう”

 最近はまるでアイドルのような扱いのお天気オネーサンが、笑顔でそう言った。

「よしっ!」

 否応無しに気合が入ってしまう。それは、数日間の雨のおかげで芽生えた、淡い期待のせいだ。


 雨。

 彼女が出てこれない理由は、雨なんじゃないか。

 彼女が“現れる”時間に午前0時から1時までという制限があるのなら、天候に制限がある、なんてことも考えられるのではないだろうか。彼女に会えたときは、確かに月が綺麗に見えるほどに、晴れ渡っていた。だから、何らかの理由で、雨が降ると彼女は“出てこれない”のではないだろうか。それがどんな理由なのかは、この際どうでもいい。彼女が現れる時間の理由だって知ったことではないのだから。

 そんなことを考えていたので、俺は自分でも気がつかないほど上機嫌だったらしい。俺は膝の上にのっていた白い猫を抱き上げて、自分の顔の高さまで持ち上げた。

「雪〜聞いてくれよ。今日は雨があがるんだってさ〜」

 そう言われても、猫にわかるわけもなく。しかし、子猫は俺の鼻の頭を小さな舌でペロリと舐めた。

 “会えるといいね”と子猫が言っているような気がした。

「お前はいい子だな〜!よし、今日の朝飯は腕によりをかけて作ってやるぞ」

 俺は鼻歌まじりで、台所へ向かった。

 


 でもこの上機嫌も長くは続かなかった。

 朝、職場に行くとすぐに、年配の先生から「松本、これよろしくな」と、まるで朝の挨拶のようにとっても簡単に、無理難題を押し付けられた。

 しかも3日以内にやれという期限付き。

「松本先生…?」

 大谷先生が声を掛けてきた。

「今、俺に近寄らない方がいいぞ」

「……」

 大谷先生は、思わずでた俺のドスの効いた声にビクッと体を硬直させたようだった。でも、そんなことにかまっている余裕もない。

 年配の先生から受け取った書類にもう一度じっくり目を通す。

 そして気がつく。

 これ、もっと早く分かってた内容な筈なのに、こんな期限間じかになるまで忘れてたんじゃないだろうか。それで、今になって面倒になって俺に押し付けてるじゃないか。下っ端だから何も言えないと思って足元みやがって…。

 休日返上、睡眠返上、休憩時間すら返上すればギリギリなんとかなりそうな時間。なんとか…するしかない。


 俺は、苛立ちを覚えながらも、無言でカタカタとキーボードを打ち始めた。

 


◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ふう〜、と一息ついた時、事務所の時計が0時50分を示していた。

 体を伸ばし、誰もいなくなった暗い職員室を見渡すと、自分の席付近だけがライトで照らされている。

 疲れたな。

 コーヒーでもいれるか…。

 俺は、椅子から立ち上がり給湯室へ向かった。

 給湯室へ来ると、まるで強い力に引っ張られるように窓に視線が釘付けになる。

 俺は操られるように、すりガラスの窓を開けた。ここ最近ずっと降り続いていた雨は、お天気オネーサンの言うとおり上がっていて、太ってきた月までくっきりと見えていた。

 

 俺は腕時計に目をやる。

 そして、次の瞬間、そのまま職員室を飛び出した──。

 

 

 学校を出たとたんに、冷たい風に体温を奪われる。防寒具を一切持ってこなかった、というよりそんなことにかまけている余裕すら、今の俺にはなかった。冷気が俺の頬を容赦なく刺す。それでも、全力で走っていた。

 最近の運動不足がたたって、体が重たい。

 時計を見る。

 0時53分。

 あと7分!


 1分でもいい。

 1秒でもいい。

 もう一度、あの笑顔を見たい。


 君に会いたい。


 そして──期待を希望に変えたい!



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