*11*かなわぬ約束
「はい」
突然、目の前に紙カップが差し出された。
「あ、ありがとう」
大谷先生だった。彼女は、自分の分のコーヒーを片手に、俺の隣に座った。
見渡すと、休憩室には他に誰も居なかった。
「ね〜、松本くん。最近おかしいよ?なんかあったの?」
大谷先生を見ると、こちらを見ずにコーヒーをすすっている。
「そう?」
俺もコーヒーをすする。
「今日はぼーっとしてるし。昨日はすごい勢いで仕事してて、話しかけずらいし。何か困ったことがあるなら相談にのるよ」
ずいぶん心配かけていることにこの時気がついた。
そんなに自分は普段と様子が違うのか。全然自覚がなかった。
ただ、自分の気持ちが頭の中についていかないんだ。
俺はどうしたいんだろう。
どうしたらいんだろう。
彼女は何者なんだろう。
本当に死んでいるんだろうか。
確かに昨日、心臓が動いている音を聞いた。
ふ〜、と俺が無意識にため息をつくのと同時に隣からもため息が聞こえてきた。
「大丈夫?」
そんな大谷先生に、これまた無意識に俺は問いかけていた。
「幽霊って居ると思うか?」
「……はい?」
「幽霊ってさわれるのか?」
「…松本くん……?」
「つーか、幽霊がこの世にとどまる理由って何なんだろう…」
俺の中の疑問は時間を経るごとに増えていく気がする。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
仕事は放課後になって、まるで帳尻あわせのように0時前に終わった。
俺が笑顔で、学校を後にしようと外に出たとき、顔にぽつりと冷たいものを感じた。
雨かよ…。
傘をさすほどではないが、ぽつりぽつりとアスファルトを雨の雫が黒く染めていく。
折りたたみ傘をさそうと鞄をあさろうとして、俺ははっと手を止めた。
彼女がこの雨の中待ってるかもしれない。
雨がひどくなる前に、傘をさしてあげないと…。
俺は傘をさすのをやめて走り出した。腕時計は0時10分を指していた。
息を切らしてその場所にたどり着いたが、彼女を見つけることができない。
なんで居ないんだ…?
頭が真っ白になった。
雨が少しひどくなってきた中、携帯がぬれることも気にせずに、携帯の時計を確認する。
──0時22分。
どうして、なんで?
俺の推測だと、0時から1時の間に彼女に会えるはずなのに。
どうして居ないんだ?
頭の中にはこの単語ばかりがぐるぐると回る。
呆然する俺を雨がどんどん濡らしていく。
待ち合わせをしてるわけではない。
約束をしたわけではない。
彼女の意志で現れないのか。
それとももう、一生このまま会えないのか。
君は俺の前からあのまま居なくなるの?
永遠なんてあるわけない。
居なくならないで、俺の前から。
突然居なくならないで。
もう、大切な人を突然失うことは耐えられないんだ。
俺の頬を、雨の雫が伝っていた。俺の涙と一緒に……。