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*10*素直な気持ち

「こんばんは」


 彼女はこちらに笑いかけた。

 でも、すぐにその笑顔が驚きの表情にかわることになる。

  

 理屈じゃない。

 彼女が誰とか何んなのかとか、そんなことはどうでもよかった。

 体が勝手に、自分に正直に動いていた。

 俺は、そっと、でも彼女の存在を確かめるように、彼女の細い体を抱きしめた。

 

 消えてしまわないように…。

 

「あの、新くん?」


 戸惑った彼女の声に、俺は我に返る。

 「ご、ごめん!」

 慌てて彼女から離れた。

 自分が一番自分の行動に驚いている。

 俺は何をしてるんだ。思いっきりセクハラじゃないか、これじゃ。


「なんかあったの?」

 彼女はクスクスと笑う。

「いや、何も無いけど」

「ふ〜ん。すごい嬉しそうだったよ、だって」

「…そうだった?」

 俺はごまかすように視線をあさっての方へ向ける。

 しかし、彼女はそんなことではごまかされてはくれなかった。

 獲物を見つけた猫のような、嬉々とした目で俺の顔を覗き込む。

「あれ〜?やっぱりなんかいいことあったんでしょう?」

「……ないって」

 顔近いって。

 勝手に心臓が今までの倍のスピードで動き出した。

「ほんとに〜?」

「……あ!そうそう。君は何もわからないって言ってたよね」

「うん。分からないよ。っていうか!“君”じゃなくて“ミオ”でしょ!」

 一瞬、言葉に詰まらせて、視線を泳がせた。そして少し考えてから、観念したように言い直した。

「…ミオがいつも“時間”がきたって言うだろう?」

「うん」

 彼女は身を乗り出して俺の話にくいついた。彼女の大きな目に映る笑顔の自分が見えた。

 俺、今こんな顔で笑ってるんだ。そんな自分が不思議だった。 

「あれね、1時のことみたいだ。そして今0時20分くらいだから…きっと彼女は0時から1時の間ここに現れるんだよ」

「そうなのかっ!」

「だと思う。今日はそれを確かめようと思ってさ」

「わぁ〜なんか嬉しいなぁ〜!ありがとう!」

 俺が自分の導き出した結論を彼女に告げると、彼女は予想外に手放しで喜んだ。

 なんでありがとうなんだろう。

 お礼を言われた理由が見つからず、小首をかしげる。

「…ありがとう?お礼を言われる理由がとんと思いつかない…」

「だって私、自分のことなのにわからないことだらけでしょ。だから少しでも手がかりになることってすごく嬉しいの」

 彼女は、えへへと笑った。

 それで、俺ははっとした。

 そうか。

 自分のことがわからないのに、不安じゃないはずがない。

「よし、じゃあさらに疑問を解消してこうか〜」

「え?ほんと!?」

 気を良くした俺は、すぐに閃いたことを提案してみた。

 すると彼女の顔がさらに、ぱぁーっと明るくなった。

「まず、ミオの身長。はい、しっかり立って」

「はぁーい」

 彼女は嬉しそうに俺の前に姿勢を正して立った。

 すると彼女はわりと背が高いことがわかる。

「俺が175だからなぁー。結構背がたかいぞ。160はかるくある」

 俺が彼女の頭をぽんぽんと叩いた。

 その時、彼女が渋い顔をしているのに気がついた。

「どした?」

「…今なんか…思い出したかも……?」

「え?」

「う〜ん…はっきりとじゃないけどこうやって誰かと背くらべした記憶が…」

「ほんとに!?すごいじゃないか!ちょっとずつ思い出すかもしれないぞ」

「…顔とか思い出せないけど…」

 俺は考え込んでしまった彼女の肩にをそっと手を置いた。

「焦らないでゆっくりやってこう。そのうち名前も思い出すかもしれないし」

「…そうだね」

 再び彼女に笑顔が戻る。

 うん、彼女には笑顔が一番似合う。

 そんなことを思いながら、つられて笑顔になった俺は、はい次、と続けた。

「次は…」

「次は?……きゃっ」

 興味津々な様子だった彼女が急に小さな悲鳴を上げた。俺がひょいと抱き上げたからだ。

「んー。軽い。ちゃんと食ってたんだろか」

 すると少し恥ずかしそうにしている体を硬直させている彼女に気がつき、それが可愛らしく思えた。

「…何てれてるの?」

「て、て、てれてなんていないよっ」

「ふーん」

 今度は俺が口の端を上げてニヤリと笑う番だった。

 顔が真っ赤に染まった彼女にわざとかしこまった言い方をする。

「身体測定デスヨ。身長の次は体重と相場が決まってるでしょ?」

「〜〜〜っ!」

「あははは。顔真っ赤〜」

「もう!おろしてっ!」

 急に彼女がバタバタと暴れ出した。

「落ちるよ〜?」

 笑いながら言うと彼女の動きがピタリと止まる。

 

 彼女の心臓の音が俺の胸に伝わってきた。

 どくん。

 どくん。

 心臓が動いてる音がする。

 

 ―――――生きてる。

 

 

 幻なんて思えない。

 君の重みも。

 君の温もりも。

 君の鼓動も。

 

 確かに、今俺の腕の中にある。

 

 

 俺は彼女の瞳に吸い込まれるように見つめた。

 どのくらい見つめ合っていたのだろう。

 永遠にも感じる短い時間。

 ふと、彼女の瞳が揺れた。

 

 それだけで、彼女が何が言いたいのか悟った。

 それが伝わったのか、彼女は敢えて言わなかった。



 そして、どちらからともなく俺たちは優しく唇を重ねた。

 

 君が好きだ。

 はっきりとそう感じた。

 その時、彼女の腕が俺の首を抱き締め終わるか終わらないかで、俺の腕の中からすべてが…消えた―――。

 

 暖かな吐息も。

 柔らかな唇の感触も。

 少し早い彼女の鼓動も。

 心地良い彼女の重みも…。

 


 

 残ったのは、この胸の痛みだけ。

 

 この切ない痛みだけが君のいた証―――。



今週末、一気に書いてしまいました!

ついに自分の気持ちを自覚した新くん。

しばらくラブラブモード全開な予感です。



簡単な感想&ご意見&『読んでます』のご一報いただけますと幸いです。


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