五匹目
聞いたこともない大陸名。
聴いたこともない合衆国名。
そもそも、アースってearthのことで、地球じゃないのか。
同じ星であるのであれば、大陸の名前ぐらい知っててもおかしくないのに、何も一致しないとはどういう事なのか。
「ユーラシア大陸とかアメリカ合衆国とか、中華人民共和国とか、そういう所とは違うん?」
「そんな大陸はないし、そんな合衆国名はないな」
いとも簡単に否定されたではないか。
では何か、ここは自分の知っている世界ではないのは確実だろう。そうして、死んでいないと強く否定されたあたり、自分は生きている区分にはいるらしい。
死後の世界ではない上に、ここが地球でもない。
しかし言葉が通じるとなると、いよいよ夢の世界というのがある意味現実味を帯びる。
「なんで言葉通じるかは謎やけどなー……。日本語やないの?」
「ニホン語とやらではない。バグズ語じゃ」
「一緒なわけないよな、普通は」
いやもう、普通が何かとかわからないけど。
普通かどうかは解らないが変に理解した頭の中で、ある結論を導いた。とても笑えるが実際起こると全然笑えない。
こんな結論を聞いて笑ってくれる蘭もいない。
馬鹿だと言って貶してくれる人がいない。
それこそが証拠だろう。
「あー……。笑えるな。ね、お兄さん」
「何が笑えるかはわからないがな。何だ」
とても、笑えるんだよ。間違いなく。
自分が言うことが本当に可笑しいから。
「僕さ、おかしい事言ってもえぇかな?」
「……何を今更」
いや、今更かもしれないけど、もっとおかしいことで。
自分が言われても何を馬鹿なと絶対聞き返す。
「んじゃ、言うけどさ。僕、他の世界から来たみたいやわ」
「何を今さ……ら? ……は? 何だって?」
「やから、何か色々辻褄あわへんのは、僕がこの世界の住民やないからやと思う」
ナイスバディなお姉さんと翅をつけたお兄さんが顔を見合わせる。ナツをみて、そしてお互い顔を見合わせてと繰り返す。
お兄さんが難しい顔をしてナツを穴が開くほど見つめる。
確かに、見たことがない種族だと思った。
言語は通じても言葉のは通じていない。
だからと言ってそこまで思考が飛ぶものか?
というか、そんな突拍子も無いことが起こるのか。
目の前の少年が死んだはずの彼に似ている時点で、突拍子もない事なのかもしれないが。
「……頭、打ちすぎたか」
「……最初よりも酷い質問やな……」
「普通はそうとしか思わないがな」
「僕かて他がそう言うなら、ボケてるとしか思わへんわ」
ふて腐れたり拗ねたりと忙しい少年は、また大きくため息をついた。
確かにそう言い切れば、話はスッキリする。
少年の姿形が似ているのは他の世界から来たせいで、少年が死にたがるのは元の世界と違っているからであって、自分たちの姿形を見て驚くのも初めて見たからであって。
これらが、少年の言う“他の世界から来た”せいなのであれば、辻褄はあってくる。
「……言葉が通じるだけ、ましかな。通じてへんかったら、変な言葉で喋る変質者やし」
「すでに、変質者だが」
「うっさい」
少年は、手の甲でお兄さんの肩を軽く叩いた。
叩いたりしてくる時点で言ってることは間違いなさそうだ。少年を驚いたそぶりで見る彼女も、ある意味確信したかもしれない。
幼馴染みであり且つ年上である彼女でさえ、今では自分の体を気軽に叩こうとはしない。
怒鳴ったり怒ったりしたとしても、自分が“長”である限り、皆自分に危害を与えようとはしない――、それが、このバグズ合衆国での暗黙の規則である限り。
「……俺からも聞いていいか」
「なに? 変質者ではないで」
キッと睨んでくる素振りが少し彼にかぶる。
彼が死んだのもこれぐらいの年だったか。早く終わってしまった思春期を超えて死ぬ前は本当に慕ってくれていた。
思春期の頃に似た素振りを見せる少年に笑ってしまいそうだ。
そして、名前を呼んでしまいそうになる。
きっとそんな名前ではないんだろうけれど。
「名前は?」
「ナツ。苗字は神下。名前はナツ」
想像もしていない名前。
違って当たり前だが、やはり落胆する。
「やはり、違うのじゃな」
「これで同じ方が困る」
「それもそうか」
2匹の会話に付いていけないナツが眉間にシワを寄せた。これこそが、違うという証拠だろう。
同じ名前であった時点で、また、刃物を手にとっていたに違いない。
「なんやねん、僕の名前はナツやし、違うも同じもないんやけど」
そりゃそうだ。
きっと正解の反応なんだろう。
余計に違う世界から来た説が濃厚となる。
「とりあえず合格だ」
「……え、合格?」
少年はポカンと腑抜けた顔をした。
横にいた彼女は察知したのか頷いている。
自分の意図を汲み取ったのだろう。
「あぁ、行く所無いだろ」
「あ、ほんまや。どーやったら、日本に帰れるんやろ……」
忘れていたとは呑気な。
仮にも違う世界から来たと思うのであれば、それぐらい忘れて貰ったら困る。こちらが少々眉間に皺を寄せると、少年はその倍程の皺を寄せてきた。
「いや、何なん? 僕変なことしたん」
「お主らバカなのか。何を睨み合っとる」
「だって、この兄ちゃんが変な顔してきたんやもん。仕返したくなるやん」
自分から変なことを言い出したのに、忘れてしまった少年の方が馬鹿であろう。やいやい煩く言う生き物だ。
軽くため息をついてやれば、より一層睨みを利かす少年。
意図がバレたのであろうか。そんなに感情を読み取られるほど感情豊かな顔では無いのだが。
話がややこしくなる前に、本題を切り出すべきか。
「そんなに睨んでどうする。おぬし、行く所などないのであろう?」
「……言われてみればそうか……。どうしたらえぇんやろ」
「違う次元から来たなら、この世界のことなんて到底わからない。暫く、ココに住めばいい」
「え、いいの? 僕、ココんこと全く知らんで?」
「だからこそだ。敵側に付かれても厄介だ」
容姿からして、ややこしいのに。
これで敵に回られた時には何を吹き込まれるかわからない。
こちらの手の中にあった方が断然マシであろう。
何より、中身が違っていてもやはり家族が戻って来てくれたようで。名前を口にはできないけれど、懐かしさが募る。
「……まぁ、放り出されるよりマシなんかな。今更、密偵ですーとか言っても通じやんよね?」
「……殺されたいのか」
「戻りたいからね」
「……ったく……」
戻るかどうか解んない賭けなど出来るはずもない。それで死んだらどうする。すでに一回死にかけたようだが、そんな奇跡は二度も三度も起こらないだろう。
呑気に死にたいなどこの口から言えないようにしてやりたい。
馬鹿なことを考えられてあちら側に付かれても困る。
「リリー。他の奴らに伝えてきてくれるか」
「ん? あぁ、そうじゃの」
ナイスバディなお姉さん、基リリーが軽く頷いてその場を歩き出す。しかしドアの前まで行ったのにスッと帰ってきた。
何を言うのかと思えば、そこにあった刃物を全て回収していく。
「間違っても、これ以上殺そうとも死のうともするんでないぞ」
「わかってる」
もう、傷つけやしない。
少年は刃物を持っていかれて少し落胆しているようにも見えたが、絶対死なせやしない。死なせてたまるものか。
刃物をすべて回収した彼女は満足げに頷いてドアから出ていった。
部屋に取り残された2匹はその扉が閉まるのを待ってしゃべりだす。
「あーぁ……」
「ここに居る限りは刃物の取り扱いは禁止だ」
「えぇ……命令なん」
「置いてやるんだから、こちらの言うことには従ってもらう」
「それ、貴方の勝手っていうねん」
本当に口の減らない餓鬼だな。
少しは口を閉じていればいいのに。
いや、黙られたら自分が困るだけだ。
声色の違いが彼と違うという認識を持たせてくれるのだから。
頭の中が混乱していることには変わらない。
これはきっと自分だけではなく他もそうなるに違いないだろう。
それ故勝手は通させてもらおう。
「勝手とも何とでも言え」
「強引やなぁ」
「どうとでも」
これからここに居ることが確定したのだ。
是が非でもこちらの指示には従ってもらう必要がある。
そうでなければまた同じような応戦が繰り広げられるに違いない。
「とりあえず、ここに住め。命令だ」
「もう、わかったってば。行くところないもん」
はぁとため息をついた少年は、少し機嫌の悪そうな顔でこちらを向いた。
「それやったら、この世界の事教えてほしいんやけど?」
「どれだけでも教えてやろう」
その仕草が。不貞腐れながらもこちらに向ける顔がなんとも懐かしくなった。から、つい、手を伸ばした。
少年の頭を軽く撫でて、大きな台に腰掛けた。
くしゃりと柔らかな髪質を撫でて、少し恥ずかしげにする仕草がまた似ている。
重なる姿に浸ってしまう自分がいた。
ダメだとわかっていても、少しぐらいはと思ってしまったのだ。
改めて何もついていない生物に多少の違和感を感じながらも、少年の知りたい事を聞いた。
どれだけの付き合いになるかはわからない。
しかし、これが神様からの贈り物だとするならば
大いに喜び大いに受け取ることにしようと思う。