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一匹人間  作者: KIANT
(1)異世界転生
3/25

二匹目

 




 大きなトラックに激突した自転車。

それと共に、ナツの体が宙を舞う。


横から出てきたトラックは止めることも出来ずに自転車の横から大きく体当りした。人の体など軽く飛ばす事などいとも簡単に出来てしまう。



当たった体は大きくあらぬ方向へ向いた気がした。


頭の中が整理に追いつかない。


ランの叫び声が街中に響き渡る。


あたりが騒然となるのがわかる。


すべての物事が変に冷静に捕えられている不思議な感覚に陥る。


自分に起こっていることとは思えないぐらい客観的視点しか見えていない。


すべての物がスローモーションで動く。

見える世界はすべてが反転している。



夏空の青さが目に飛び込んだ後、またゆっくりと何か大きな物体にぶつかった。


背中から大きく打ち付けた体は相当なダメージをおっているはずだった。

だがしかし、痛みがわからない。

頭が、痛覚が、追いつかない。


大きく跳ねた体は、また空に上がる。

再度、重力に従い地面へと急降下した。



ゴンッと鈍い音がなって、続いて大きく体を打ち付ける。




そこでようやく全ての感覚が追いついた。



「ナツ!?」



ランが呼んでる。けど、どこでだろう。


全身が痛いのかつめたいのか熱いのかわからない。

だが全身を駆け巡るのは痛いという信号のはず。


おおきく打ち付けた背中や頭、足や手が必死の危険信号を出している気がする。

霞みゆく歪んだ世界は、夏の熱さで湯気をだすアスファルトのせいではない気もする。





彼女自身に写る世界が、既に霞み始めている。





「――ナツ?! ナツ!!ナツ!! なぁ、ナツ、聞こえとるん?なぁっ、なぁ?!」




――聞こえる、聞こえとるよ、ラン。


けど、何かうまく声が出んの。



ランがナツの頭を持ち上げ体を抱きしめるようにして、問い掛けて来る。


霞みゆく視界の中で、視界の端に赤い液体が見えた。


あれ、血をだしているのは━━



━━そっか、自分か。



冷たくなってゆく体に反して、自分の体を掴むランの手に熱が篭ってゆくのがわかる。




「ライブ行くんとちゃうかったん?! 夏休みの宿題すら終わらせてへん!! これから、一杯一緒に色んな事しようって言ったやないの!!


なぁっ、ナツっ、返事してやっ!!」



叫ぶランに対して、口をゆっくりと動かして、“大丈夫”と、言いたかったけど言えない。


抱きしめてくる彼女の手に触れたいのに触れられない。


うごきたいのに、うごけない。



全身の体の感覚が麻痺しているのに、顔に落ちてくる冷たいものが何かだけはわかった。ランが自分を支えながら泣いている。霞んだ視界の中で彼女の顔がくちゃくちゃになっているのがわかった。


あかんよ、泣いたら可愛い顔が台無しやんか。


そんなんしてたら、男の子寄ってこうへんよ。


やめてよ、泣かんといて。




━━そう言いたいのに。

言われへん。



死んでしまうんやろか。


なんか、死ぬ感じがする。




そんなフラグ立たせたらあかんよ。


これから楽しい夏休みがはじまるのに、その目前でそんなフラグ。





ランと一緒に沢山やろうとしていた事や、やって来たこと総てが走馬灯のように かけてゆく。



死にたくなんてなかった。

誰が死にたいなんて思うものか。



どこに行くのか解らない場所へ行くのは、とてつもなく嫌だった。


いや、どこかに行くのではないのか。

こんな生きてる感覚がなくなるのか?

やだ、そんなの絶対やだ。


嫌なのに、全身から血の気が全て引いていく。

体の中から何か生気のようなものが抜けていく感じが。




やだ、死にたくない。



死にたくないけど、もう、ダメ、だ━━



「ナツ?!」


「……ご……めん……」





掠れる声で最期の言葉を口にする。


死ぬのは嫌だったけれども、自然と瞼が落ちてしまった。



そう、ゆっくり、と――







「ナツーーッ!!!!」







ごめんなさい、ラン。




ごめんなさい


母ちゃん、父ちゃん


僕、最低な親不孝者だね。


先に死んじゃうなんて








   本当に


    ごめんなさい……










「死んじゃいやぁあぁぁ!!」






神下 ナツ 享年17歳


頭部損傷 全身打撲 出血多量により死亡


即死であった。



薄く微かにうつろいゆく世界はやけに騒がしいのに、全身からスーッと何かが抜けていく。すべての感覚が消えていった。


それは同時に彼女の体から生気を抜き取っていったわけで。


つめたくなっていく体を止めることなど出来なかった。



手の施しようがなかった。

 

若い彼女の命はいとも簡単に奪われてしまったのだ。





そんな簡単に、命は消えてしまうのか。


いとも簡単に、足掻きもせず、命とはここまで儚いものなのか。


その答えに答えられる者は誰もいない。


もしも、誰もが行き着く死後の世界があって、誰かがそこから帰ってきていたのなら。


人間誰しも、死など恐れなかっただろうに。


逆に帰ってこないから、誰しもが幸せになっているのかもしれない。


ただ簡単に良しとは言い切れない理由など、焼け死んだ人が帰ってくるなんて奇想天外な事が起こらないのを知ってるからだ。


生まれ変わって出て来た子供達も、大人になって前世が誰なのかなど忘れてしまうのだろう。


そんな都合のイイ話、信じられるはずもない。



やはり、死ぬことほど怖いことなどないはずだ。


どこに行くのかなど解らない。


いや、行かずにすべてが消えてしまうのか。


答えをしっている人など誰一人としていない。



死後の世界などあるのであれば、彼女が行き着くのは天国か地獄か。



あるいは━━━━。





神様が小さな小さな失敗をした。


それはとてもとても小さなことだった。







――ふわりふわりと


   体が浮いて、飛んで



 あたかも空から


  降ってきたかのような



  光を讃えたその体



遠くから


  見てた者はこういう。




   まるで



 天使が降ってきたかのよう




    まるで



   神様からの

      贈り物





      ナツ、である。








草むらの中にフワリと落ちたナツの体には、傷一つなかった。


それはそれで、小さな神様の失敗の1つかもしれない。



草むらをかき分けてやってきた一つの影。


恐る恐る光を讃えていたはずの物を見る。


しかし見た目は自分達と変わらない。



ただ一つを除いて。



近づいて体を触る。


酷く冷たい。死んでしまったかのように、冷たい。




そして何より。



付いていない。



頭を傾げ、眉間にシワを寄せる。

しかし頭を悩ませても何度見てもあるはずのモノ達が全くない。


なぜ、何もついていない。

なぜ、光っていたのだ。

なぜ、こんな所にいるのか。



疑問など挙げれば数え切れないほどある。


だがしかし。生きていないようでもある。


放置するという選択肢もあるけれど、それは得策でもない。


死んではいるが、持ち帰ることに越したことは無い。



ポケットに入っていた無線機を取り出す。



「こちら境界域」



雑音混じりの音を出して相手の応答を待つ。



「こちら本部。どうしましたか」


「応答ありがとう。

こちら境界域付近で不審な生物を発見。

既に脈はない。生きてはいないと見受けられる」


「敵ですか!?」


「いや、それが、そうでもない」



軽く頭をかいて困惑顔をする。

首元に大きな何かをまいている。服のようではない、装飾品のようでもない、体の一部としてついているように見える。


その首を何度も傾けて、目の前の遺体を観察する。



「虫でもないんだが、獣でも無い。

どういう事かってと言われても、自分にも解らないんだが」


「えっと……全く言ってる意味がわからないのですが」


「いやまぁ……簡単に言えば、何もついてない。


触覚もなければ耳もない

羽もなければ翼もない

髭もなければしっぽもない


何も、ついてないんだよ」


「はぁ?」



取り合った相手が全く理解できないのも分る。


こんな生物見たことがないのだから。



「念のために持って帰還する。

しかし、モノがものだからな。極秘裏に扱ってほしい」


「……了解。裏門でお待ちしております」



切られた無線。

目の前に横たわる不思議なモノ━━ナツ。




さて


彼女の運命はいかに。



神様の小さな失敗はどうなることやら。






担がれた何もついていない生物、基ナツは森の奥に消えていった。







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