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求められるもの

 かあちゃんの言ったとおり、あの人が夕食後に来てくれた。夜更けの遅くじゃない、もう遅い時間だけどそれでもいつもより早く来てくれた。


 それが嬉しかった。


 ときどき、瑠璃香様と貴美香様と一緒に竜が目の前でお茶をする。けれど私に一目もくれず、話もせずに仲良くして出て行く姿ばかり見せ続けられて、泣く日々に心が何度も折れそうになった。

 前は花が良く私と話してくれたが、明智という人の所へ嫁に行ってしまってからは、一人で居る事が多い。部屋には何も無いし、何をしても心が晴れない。

 息子である龍もなかなか会えないし、会いに行かせてくれない。元より、この離れという場所から、出してもらえない。


「みこ」


 竜が優しい声で私の名を呼んでくれるが、すぐに帰るのだろう。あの綺麗な女の人、瑠璃香様の所へ。

 いつものように私に触れてくる前に、彼の目を見つめてはっきりと聞いた。


「りゅう、私はいらない?」

「みこ」

「私、妻じゃない。もういらないんでしょ?」

「どうでもいい事じゃないか」


 竜は微かに笑いながら、私の髪を撫でる。私の問いをまるで聞いていない。


「瑠璃香様、私に出て行って欲しいって」

「みこ」

「出て行く場所ないって話したら、用意するって」

「みこは私や父様や母様、息子の龍を捨てるの?」

「え……」


 一人で出て行くと思われたのだろうか? 違うと強く否定すれば、そうだよねと頷く。


「なら、聞き流せばいい。そんな事を考える必要は無いからね」

「でもね、私苦しい」


 胸を押さえながら、りゅうに訴える。私の気持ちを知ってほしい。

 みんなの為と我慢してきた。でもりゅうが、ううん……竜が私じゃなくて瑠璃香様を、仕事じゃなくて心から好きなら出て行こうと思う。

 最初は何も出来ないかもしれない。でも花が協力するって、龍と二人でやっていけるように教えてくれるって……。


 竜と別れるのはとても辛いけど、このままよりはいい。


 誰も恨まない、誰もがみんな苦しんでる。

 私を放り出せないのは、最初に私を見つけた竜が責任を感じているからで、もう好きでもなんでもないのなら、愛してないのなら消えたい。


「竜は瑠璃香様を愛しているの?」

「みこ」

「もう私を愛していないのなら、教えて欲しいの」

「……いいじゃないか、そんな事」


 竜が大きく言葉を言い捨てると、傍にどかっと座る。


「でも、でもね、私」

「じゃあどうしろって言うんだよ。ちゃんと相手してやってるだろう? 好きだの愛しているのだの、それで飯が食えるかっていうんだよ」

「りゅ、竜」


 頭を掻き毟りながら竜が寝転んだ。


「あのな、それだけで金が舞い込むと思ったら大間違いだからな」

「私は……」

「お前が飯食えるのも、そんな綺麗な着物着れるのも、こんな大きな家に住めるのも、ぜーんぶ海堂家がやってくれたんだからな」

「竜」

「瑠璃香サマに感謝して何でも聞き流して置けよ。飯の代わりだと思ってよ」

「……私、いいよ? 外に出ても」


 泣かないように必死に笑顔を作ってそう話せば、鼻で笑われた。


「外に出た事もない奴が何も知らずに……世間知らずはいいな」

「そ……外でもやっていけるように頑張る」

「頑張るだけでやっていけるほど甘くないんだぞ! 今の幸せになぜ気がつかないんだ」

「は、花も協力してくれるって」

「はぁ? 明智になんの力があるっていうんだ。海堂のお陰で上手い汁が吸えてんだぞ」


 起き上がった竜がこちらを睨む。身が竦みそうになるけど、竜の真意が知りたいので堪える。


「俺の次は花か? 花に迷惑をかけるのか?」

「そんなつもりは」

「いい加減にしてくれよ。飯も服も家もあるだろ? その上なんでも欲しがるなよ」

「欲しがるって」

「欲しがってるだろ! 俺の気持ちが欲しいだと? みこも瑠璃香もどいつもこいつも……」

「竜?」

「目に見えない物になんの確証があるってんだよ! どうでもいい事だろう!! 何度も言わせんな!!」


 顔を赤くして大声を出す。浮き出た血管が、怒りの象徴のようで怖い。


「竜……私と瑠璃香様だけじゃ、ないの?」

「……チッ」


 彼は顔を歪めると、口汚く罵ってきた。


「それだけで済むほど世の中お綺麗じゃないんだよ! 泥もすすった事のないみこ様はいいよなぁ、神の運があってよ」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「ああ、俺はどんな女とも、どんな男とも寝たよ、甘い言葉囁いてな!」

「りゅ……う」


 目が熱い。ポロポロと涙が、零れる。もう彼の姿が滲みすぎてまったく見えない。


「これ、りゅう! みこになんて事を」

「かあちゃんもさ、ちゃんと見とけよ! 大事な大事なみこ様なんだろ! 余計な事を考えないよう躾けろよ」


 かあちゃんが飛び出してきてりゅうと何か話し合っているが、聞きたくない。耳を塞ぎたい。


「おめぇは分かってない、みこをなぜ大事にしない、みこは神の子じゃぞ!」

「ならさ、なんで人脈持ってねぇの? なんで金を持ってねぇの? 神の子なら俺を神とやらにしろよォオオオオ!!」


 神とか運とか知らない。私は、私は……。


「みこ、消えるな、いなくなるな!」

「かあちゃん……」


 体が熱い。何も考えたくない、何処かへ、何処かへ行きたい。誰も、誰も知らない場所へ……ううん、私の本当のとうちゃんとかあちゃんの所に。


「いいんか! 龍は、お前の息子はどうすんだ!!」

「……龍」


 目に浮かぶは可愛い息子。私を慕うまだ子供の龍。


「少し我慢せぇ、な? 瑠璃香様にはわしが言うから、消えなでくれぇ」

「ああ、ああ、ああ……」


 心が捩じ切れそう。竜から離れたい、でも龍とは離れたくない。


「龍、龍……かわいい私の子供」


 胸を押さえていると、竜の声が私を突き刺す。


「龍は海堂の息子だ! もうお前のものじゃない。お前に出来るのは龍の幸せをここから祈るだけだ!」

「……こ、こで?」


 何もせず、窓の外だけを眺め、りゅうの願いを聞き、瑠璃香様の文句を聞いて、何時会えるかどうか分からない息子を待ち続ける?

 りゅうに愛されていないと分かった今、私にはもう息子である龍しかない。


「な、みこ、落ち着け、な? 龍連れてきてやっから」

「駄目だ、龍は海堂の家を継ぐ存在なんだぞ!」

「これ、りゅう! みこを慰めろ、愛してると言ってやれ」

「愛してる、愛してる、愛してる、これでいいだろ!」

「りゅう!」


 聞きたくない、見たくない、もう、もう……。


「みこ、聞け……龍はちゃんと立派になる、母が消えたら泣くぞ? 龍が悲しむぞ、ここにいろ、な?」

「……あああああああ」


 考えたくない、惑わされたくない、心を乱されたくない。


「お願い、もう、私を……」



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