クサレ空手家から一発ギャグの巻
筋がひきしまるほど冷たい水が体を打つ。
時期はそのままで来たはずだから今は85年の8月のはず。
「裏山の頂上みたいだな。」
「なんでこんなに冷たいのかしら」
そこは標高350mの滝の中だった。
マシンに水がかかる。なんかヤバそうだ。
「タイムマシンを引き上げよう。濡れたら壊れてしまうよ。」
二人で力を合わせて引っ張りあげる。
壊れているかどうかもわからず森の草木にマシンを隠した。
びしょびしょになってしまった洋服。
「洋服きがえたいんだけど」
「この時代の紙幣は持ってないぞ。」
そんなやりとりをしているときだった。
謎の紙袋が置いてある。滝の付近の休憩小屋の中、
一枚の手紙とともに。
近づいてみてみると、あり得ないことが書いてある。
(着替えが必要だろう。着替えたらここへ来てくれ。話したいことがある)
福茶町の喫茶店内。
三番テーブルと書かれてあったがいったい誰なのか。俺は一人でくることになった。ミヤコは別用があるそうだ。
「京介さん、ここです。」
呼び止めたその声の主は40歳くらいのしぶい男だった。もちろんその男を知らない。
「…今あなたは不思議に思っているはずだ。あなたの生まれていない時代にあなたを知る男がいると。」
当たり前だった。天才の頭も情報が追いつかない。
「京介さん。あなた方は私に生きる喜びを与えてくれたんだ。だが私のこれから生み出すものはあなたを不幸にするかもしれない。ここにいないミヤコさんも同じだ。」
「わかるように説明してください。」
「すまないが説明ができない。ただこれから必ずわかる。それだけは言える。」
「ではあなたは誰なんです?」
男は上唇を噛みながら俺の目を見た。
「益川太一。タイムマシンを研究している」
この名前は…江頭教授に説明された最も時空移動に近い男。
「あなたが益川教授ですか!前にあなたに会おうとして…」
俺は口をつぐんだ。未来の話をしてもいいものなのか。
「京介さん。それは未来の話だね。聞いてもいいだろうか。」
俺は江頭教授、宮里教授という存在と手紙について話した。
「僕に会えと、あの二人は言ったんだね。だが会えなかった。」
俺は頷いた。益川は顎を握るように抑え考えを話し始めた。
「2000年の僕が君に会わなかったというのに理由があるとするなら、1985年の僕に君が打ち明けたことに意味があるのだろう。」
「どういうことですか?」
「今君がいったこと僕の頭の中にインプットされた。すなわち君が会おうとした未来の僕は君が来ることを知っている。理由はわからないがこの15年で君に会ってはいけないなにかがあったのか…もしくは…」
一呼吸おいた。
「ただ忘れていたのかだね。」
益川は注文していたハンバーグ定食を美味しそうに食べた。
「君たちのおかげでハンバーグが食べれたんだよ…まあいいや」
私は大学構内を歩いていた。気になることがあったのだ。
「高山師範代ってこのとき、大学生よね。」
昔通っていた道場の師範代、高山は福茶大のOBだ。若いときの高山と手合わせがしたかったのだ。
その時、両隣に女の子をはべらせた男がいた。
「なんだい可愛い子がいるじゃないか、お姉さん空手やりたいのかい?ぼくちゃんが教えてあげるよ~」
この時代にもいけすかない奴はいるのかとあきれるばかり。おまけふにゃふにゃして弱そうだった。
「あんたみたいな馬鹿に興味ないわ。高山って強い人いるでしょ。呼んでくれない。」
「馬鹿は許せないなぁ、ならば僕と手合わせしてよ。」
質問は帰って来なかったが準備運動がてら勝負を受けよう。
………役10秒で蹴りがついた。
回し蹴り2発でおわり。その男は地べたに寝そべり悶絶していた。
「吉田くん!?」女子二人が男にかけよる。
「さあ、早く高山さんを出して。」
「…そんな人いませんよ。あんた何者…?」
あれ?時代を間違えたのか?
まあいいや。もう少し町の方でもぶらぶらしよう。
益川に少しばかりお金をもらうことができた。
俺がこの時代にきた目的は一つ。
1985年に発売された絶版の数学書、「絶対的論理」
が欲しいからだ。これはアメリカの天才スミスが書いた数学を六方向からうちだした斬新な本だ。
フィンランドの遅咲きの天才イリアもこれを読みたかったが本を盗まれたのだとか。イリアの本の後述に記してあったのを覚えている。そしてイリアも読めなかったその本を見つけた。
ワクワクしながらそれに手をかけた時だった。
「泥棒!」
店先で何やらもめている。本を後回しにしてその場所へ行った。
「何も取ってねーよ!」
「ならポケットを見せなさい!」
疑われた男はポケットを見せる。何もない。
「ひでえもんだよ。冤罪ってこうやって生まれるんだな。」
店員はたじたじになり、一冊好きな本を持ってっていいと言い出した。男は適当に一冊取る。
それは「絶対的論理」だった。
私は妙な男にナンパされた。
男は町工場の社長らしいがなにか胡散臭い。
頭もボサボサで、来ているスーツも薄汚れている。
「君みたいな可愛らしい子ははじめてだ。うちで働かないか?」
「工場でですか?嫌ですよ。」
「違うよ。実は僕は車を作ってるんだ。そこで売り出すためにキャンペーンギャルを探してるんだ。」
男に話を聞いた。どうやら今まで3回、新しい車種を作り出しては失敗したようだ。
「だが次は行けると思うンだ。今度は恐竜の形をした車を生み出す。みんな乗ると思うんだけど…」
乗るわけないだろと睨み付けてやった。
「…君はどんな車なら乗たいと思うんだい?」
全くもって興味がないが、後がないような表情のこの男に少しばかり同情をした。
何も思い付かないから北河のタイムマシンを思い浮かべて言った。
「アワビみたいな形かな。左右不対称で先進的じゃない。」
「…なかなかいいね。それは今までに思い付かなかったよ。」
男はがむしゃらにメモを取り始めた。何やら辞書も開いている。
「アワビは英語でアバローニ…言いにくいからアバロンでいいか…暫く時間がかかりそうだな…」
男は名刺を渡し、頭を下げどこかへ消えていった。
「砂肝って…ダサい名前ね。」
「すいません!」
俺が大きな声で叫ぶと男が振り向いた。
「さっきの本屋の兄ちゃんじゃねえか。どうした?」
俺はその男に頭を下げた。
「お金は払います。その本を譲って下さい。」
男は残念そうに首をふる。
「駄目だよ。これは頼まれたもんだ。ジョンにな。」
ジョンとは偽名なのか知らないが、全ての金を目の前に出したが男は首を縦には振らない。
俺は諦めて帰ろうとした。
「兄ちゃん、めしおごってくれよ。そしたら気持ちもかわるかもしれねえよ。」
男はすごい食う奴だ。すでに三人前は食べたのか。
「本を頂いてもいいですか。」
男は一度箸を止めた。
「お前お笑いに興味あるか?」
まるで見当違いな返しだった。
「ないわけじゃないですけど。僕のツボは変わってるんで。」
「なんかギャグやってくれ。面白かったら本やるよ」
めちゃくちゃだった。なんて奴だと思った。
ごはん食べさせたのは関係なかったのか。
まあいい。俺は俺が面白いと思うあの人のギャグをやるのみ。こいつらに理解されるとは思わないが。
(朝飯食ったら走らず歩け~可愛子みつけりゃ走り出せ~)
「……」
男は無言だった。やはり理解されないのか。
「……売ってくれ」
「はい?」
「今のギャグを売ってくれ!この本はやるよ!だから売ってくれ!」
そんなこんなで本を手にいれることができた。
男はまるで自分のもののように俺の前でそのギャグを何度も練習していた。
「あ…」
男は何かを思い出したように話し出した。
「俺は山根風太。お笑いやってんだ。でも今は全然仕事なくてよ。このギャグで頑張るよ。」
ジョンは怒っていた。風太に頼んだ本はどこかの男にやったらしい。金がかえってきたところをみると、得意の万引き犯のマネで店員を騙したんだろう。
嘘でも芸人なのか形態模写はうまいからな。
おまけ、目立つように山根ブータンに名前を替えるとか言っていた。あいつはこのまま生涯売れず消えるだろう。
だが俺はそうはいかない。俺はこのまま自分の数学的知識を突き通すしかない。
スミスなんぞに負けはしないからな。このままじゃ、故郷の家族に顔向けできない。
早く、俺の数学を世間に知らしめてやる。
フィンランドが産んだ天才、ジョン・イリア・ネスバールの名をな!
女に負けた…空手の天才と言われたこの吉田雄山、心そこになく家路を歩く。たった10秒でやられてしまった。
おまけうちの母ちゃんはこないだ離婚したんだが、
再婚が決まった。
相手の名前は高山というらしい。
あの母親の男好きが俺を女好きにしてしまったのか。このままじゃいけない。
今日から女を断ち、もっと空手を極めなければ。
そうだな…将来は空手道場を作り、子供たちに空手を教えていこう。
そしてもう二度と負けぬ!
「なんだ…もう戻ってたのか」
裏山の小屋にはミヤコがすでに来ていた。
「目的の人には会えないし、変な男にナンパされるしでつまんなくて」
「ナ…ナンパ」
その言葉は京介に胸の高鳴りを覚えさせた。蹴りをいれたかと思うと、9歳のミヤコにはジョニー様と呼ばれキスをされる始末。
京介の中でミヤコの見方は少し変わっていった。
「なに?変な男にナンパされたンじゃないかって心配してんの?」
「相手の男が蹴られてないか心配だ。」
京介とミヤコはいがみ合った。この距離感がちょうどいい。
タイムマシンは乾いたようだ。機械にも異常は無い。
「…もう帰ろう。」
ミヤコの言葉に京介は驚いた。
「いいのか?」
「もう疲れたわ。」
「なら一つ聞かせてくれ。2005年にあった少年は…益川教授だろう。」
ミヤコはふっと笑った。
「さすが勘がいいわね。なら私も。今日服を用意してくれて、そのあとあなたがあったのも益川教授よね?」
俺は頭を縦にふった。
「あなたが言いたいのは、あの少年は私たちのことを知っていた。つまりさらに過去に戻り彼に会わなければタイムリーじゃないってことでしょ。」
「ついでに言うなら教授はこう言った。君たちは私に幸せを与えてくれた。しかしそれは君たちにとっては不幸かもしれない。その意味はこの先わかるとね。」
俺は頭をかいた。
まだ時空の旅を終わらせられない。
「南野、君だけ帰れ。俺はまだ帰れない。」
「ありがとう。こうなるとわかってた。」
ミヤコはふいに京介の手を握る。
ふいな出来事に京介の瞳孔は開きっぱなしだった。
「…益川少年が2005年にいたのは、私のタイムマシンに乗ってきたからなの。少年に見せられたとき驚いたわ。」
翌朝、一つの実験を思いついた。タイムマシンに二人乗れるのか。
宮里教授の分は一人用のイス型のため難しかった。
だが江頭教授の分はアバロンタイプの為可能のようだ。
「ちょっと実験がてら、移動してみないか。」
「いいわよ。でも昨日にしてよね。」
「いつでもいい。どうせすぐ帰るからな。」
日にちを昨日にセットした。スイッチを押すといつもの感覚がやってくる。
回りの景色が歪む。そして……
着いた。
場所はそのままだった。だが一つ不思議なことがある。
「休憩小屋がないぞ。」
「え?昨日でしょ。おかしくない。」
時計を確認した。
「1955年?どうなってんだ?」
無い頭でフルに考えた。
「滝だ。水に打たれてバグを起こしたんだ」
僕は友達がいなかった。いつも本ばかり読んでいて空想の世界に浸っている。裏山の滝で一人でターザンのようにツルからツルへ飛び移り遊んでいた。
そのときだった。強烈な光とともに目の前になにかが現れた。
それはなにかわからないが、楕円形の形をしており、下のところに黒色の丸いものが4つついている。
暫くすると中から奇抜な格好をした男女が出てきた。
(休憩小屋がないぞ…え、おかしくない…1955年…)
声はよく聞こえないが日本語を話しているから宇宙人では無いみたいだ。
二人はそのものから離れていった。僕はそれに乗り込んでみた。すごい!きっと宇宙船だ。
僕はメモ書きをちぎり内装を絵に書いた。
「あそこから下の風景が見えるわよ。」
ミヤコと京介は頂上の高台を登った。
「何にもない。やっぱり60年前だ。」
「私の時計は1985年のままだけど。」
恐らくマシンに連動されているからなのだろう。とりあえずここを離れなくては。
二人はマシンに戻り、状況の確認をした。
「一日前に戻るはずが30年前に来てしまった。つまり2015年を目指せば1985年に行くんじゃないかしら」
こういう実験的化学的事項は苦手だが京介もそれ以外思い付かない。
「しばらく戻るまでタイムトラベルだな」
このまま一生時空をさまようのか、
そんな不安がよぎる二人とタイムトラベルにわくわくが止まらない少年がコッソリ。