第一話「神隠し事件」
『では次のニュースです。また行方不明者です』
最近、この事件がよく報道される。
『大阪府に住む××××さん二十四歳、××さん二十歳が先日から行方不明になっていることが、警察の方からの連絡で分かりました』
謎の多い、行方不明事件。
『警察の調査によると、二人は午後七時頃、近所にある飲食店から出た後、車で自宅に向かう途中に行方が分からなくなったということです』
いなくなる前の時間や状況に、接点はない。
『その後、調べで被害者自宅付近に被害者の車が発見されました』
乗り物など所有物は、見つかったり見つからなかったりする。
『車の中は、荒らされた痕跡はなく、被害者二人だけ姿がありませんでした』
いなくなるのは、人間だけ。
『その後、行方を探しますが、全く手掛かりが残っておらず、難航しているとのことです』
何も、行方を知る手掛かりが残らない。
『警察は、この事件も、今までの事件と同じだと検討している模様です』
一向に解決しない事件。
『これで、合わせて二十一人となりました。世界の各地でも起こっています』
ただ被害者が増えるだけ。
『皆様も、数人での行動は控えて下さい。でなければ―』
神隠し事件に会いますよ。
吹いてくる風からは冷たい。降り注ぐ太陽の光で僅かに温もりを感じる。
季節は冬ではあるが、微かに春の息吹も感じられた。
その証拠に木々には春の息吹きを待つ蕾の姿があり、地面からつくしが顔を出している。
―キーンコーンカーンコーン
独特のチャイムの音。時間は午後一時を過ぎたところ。
静かな学校の校舎内で鳴り響き、音が消えると共に、静かだった校舎内が騒ぎ始めた。
がらがらと扉が開き、そこから生徒が姿を現す。ほとんどの生徒が鞄などを持ち、靴箱がある昇降口へと向かう。
誰もが仲の良い友人と話しをして、それぞれの話題に花を咲かせる。多くを占めていたのは、今日のテストがどうだったか。
そんな中、ガチャガチャという音が妙に廊下に響き渡った。誰かが帰る準備を慌ててしている。
音が止んだと思った次の瞬間に、とある教室の扉が勢いよく開けられた。
「よし、テスト終わったあぁ!」
元気に教室から茶色の長い髪を髪ゴムを使って、後ろで一つ括っている女の子が出てきた。肩から鞄を下げ、左手で扉を開けたようだ。いきいきとした猩々緋色の瞳をする。
反対の右手は後ろにまわされ、手首を掴まれた状態の別の女の子がいる。
真っ黒な短髪の女の子だ。彼女は茶色の髪の女の子とは違い、他の女子たちが付けているのがリボンではなくネクタイをつけている。鞄ではなくリュックと長い物が入っていると思われる黒い袋を背負っており、身体が動く度に上下左右に動く。
その顔はどこか疲れているようにも見える。
「…元気だね、ミオちゃん」
掴まれている黒髪の女の子が、暗い濃紺色の瞳を細め、困った様子で掴んでいる茶色髪の女の子ミオに話しかける。
話しかけられたミオはにこにこと笑いながら振り返った。
「あったり前でしょう。だってサキちゃん、やっと今学期のテスト全部終わって今から春休みなんだよ?これが元気にならなくてどうするの?」
そうでしょうと同意を求めるが、求められている女の子サキは視線を逸らして黙ってしまう。黙っている理由が分かっているのか同意が欲しいのか、でしょうと何度も聞いてくる。
そんな二人の背後から複数の足音が近づく。がらっと扉が開く音が響く。
「てめぇミオ。詰め寄って同意を求めるのは止めろ。あと、正確にはあ・し・た・か・らが、春休みだ」
背後から聞こえた呆れたような言い草が気にいらなかったのか、むすっと怒った表情をして後ろを振り向く。振り向いた先には男子が四人。ミオとサキを見る。
ミオはその中でもくせ毛で少し髪が跳ねているこげ茶色の青年に詰め寄り、橡色の瞳で軽く睨みながら怒鳴った。周りのことなどお構いなしだ。
「何よ、リョウスケ!せっかくテストが終わって清々しいのに、その言い方。嫌味のつもり?」
「嫌味じゃねぇ。正論を言ったまでだろうが」
「何が正論を言ったまでだって。それはあんたの勝手な解釈でしょうが。あほ!馬鹿!」
「何だとてめぇ!」
互いに詰め寄り、今にでも殴りかかりそうだ。その様子を他の四人と、まだ下校していない生徒も何事かとちらちらと見てる。
恥ずかしい光景だ。しかし、これがこの六人の日常でもある。他の四人も何とも言えない表情をする。
そんなことは全く視界に入っていない、ミオとくせ毛で少し髪が跳ねている焦げ茶色の男の子、リョウスケの口喧嘩は続く。
「―もうっ、そんなんだからあんたはっ」
「はいはーい。これ以上の口喧嘩はストップ。俺がお前らを止めまーす」
くせ毛の目立ち、リョウスケよりも濃いこげ茶色髪、空色の瞳の青年ユウヤが間に割り込む。これ以上周りから注目されないために。
友人として二人の口喧嘩が見るに堪えない。正直恥ずかしい。
いきなりの割り込みに不満そうな表情でユウヤを見る。そこに頭の頂点部分だけ髪が跳ねている黒髪に、鼠色の瞳を持つ青年レオがゴホンとわざとらしく咳き込む。
「…少しは周りを見ろ。皆の視線が集まっていることに気付かないのか」
「……」
「……」
呆れたようにレオに言われ、そこでミオとリョウスケは互いの口喧嘩で周りから注目を集めていることに気づく。途端に二人も何とも言えない表情になり、苦笑いするしかなかった。
注目を集めた教室前の廊下で立っているのもどうかと思ったミオたちは、遅いペースで靴箱のある昇降口へと向かう。
その間、歩きながら先程の話題からがらりと変わり、今度は今回のテストについて話し始めた。
「でね、サキちゃん。ここの問題なんだけど、何て答えたの?」
テストの問題用紙を見せながらミオがサキに答えを聞く。用紙の問題内容を見たサキはぼそっとミオたちに聞こえる音量で答えを言う。
「答えは『一八五』」
「解説は?」
「問題文の三行目のこの数字を―」
ミオが持つ問題用紙の上に指を置いてすらすらと解説。ミオはもちろん他の四人もサキの解説に耳を傾ける。
「そうやって解けばよかったんだ。あー、そういえばこの問題って問題集で見た気がするよ」
「出てた」
「何!出てたのか!?」
「テスト範囲で出てた」
「あー俺やってねぇわ」
「わたしはやったけど、解き方忘れちゃってたな」
はぁっとため息を漏らす。男四人もこの問題に答えられていないのか険しい表情を浮かべる。
「でもでも、こんな難しい問題も分かっちゃうなんて、サキちゃんは凄いっ!」
「…」
にこりと笑うミオ。笑うミオを見たサキは俯いてしまい、表情が見えない。
「…別に。勉強をちゃんとやれば、出来る」
「うん。分かってる。だってサキちゃんと一緒に勉強して教えてもらったおかげで、たくさん答えられたもん。さっきの回答も合っているところもたくさんあったし、今回もサキちゃんのおかげで良い点が取れそうっ」
「…そう」
楽しそうにしているミオに対し、サキの反応は薄い。それはいつものことなのだろう、男四人は全く気にする様子はない。
しかし、ミオは違う。
「もう、サキちゃん!またそんな薄い反応しちゃってさ。ちょっと反応しないと伝わらないよ。表情もあんまり変化なしで無表情に近いよ」
「…」
「またそうやってだんまり。そんなサキちゃんには後で三時間ずっとぎゅって抱きついてやるんだからねっ!」
「え」
サキは嫌そうに表情を歪めるが、少し頬が赤い。それを見逃さないミオは歩きながらもずいっとサキに近づく。
「頬を染めても駄目」
「っ!あ、赤くしてない」
即座に否定するが、ミオはそんなことでは止めない。
「うそ。だってわたしから見てサキちゃんの頬赤いもん。わたし目は良い方よ」
「……これは…熱いから。そう、熱いからだよ」
先程の無表情とは違い、少し慌てたように視線をミオから外して言う。
その発言は嘘だとミオには分かっていた。このまま責めてもいいが、あまり責めると後々話しかけても不機嫌そうに無視されることを知っている。そんな反応をサキにしてほしくない。だからあえてその嘘に乗ることにした。
「ふ~ん熱いからなんだ。まぁ、今歩いているから熱く感じるかもしれないし。サキちゃんはわたしと違ってリボンじゃなくてネクタイつけてるし。熱くなっても仕方ないよね」
「…はぁっ」
「ん?そのため息は何かな?」
「何でもない」
即答。これ以上何も言われないようにするために。ミオはサキのことを分かっている面があるが、同時にサキもミオのことで分かっている面がある。
ここできっぱりと即答すれば、これ以上言ってはこないだろうと。
少し離れた状態で歩く男四人はそんな二人を見る。
「…女って分かんねぇな、ユウヤ」
「同情を求めようとすんな、リョウスケ。後でミオから怒り買うぞ」
何気ない言葉にリョウスケの顔が一瞬強張ったのは言うまでもない。
「それが分かっているのなら、変に怒らせないことだね」
皆よりも後ろの方にいる、六人の中でも明るい茶色の髪に、黄緑色の瞳を持った縁のある眼鏡をかけた青年ナオト。手に持っている本のページを捲りながらぽつりと言う。
その言葉に、リョウスケは何も言わず、ただ嫌そうな顔をするだけだった。
それから会話が弾んでいるうちに、昇降口近くへと来た。会話を中断し、帰ろうと、それぞれ靴に履き替えようと靴箱に向かう。
いち早く靴に履き替えた未央は、昇降口前で何故か仁王立ちをして残りの五人の進行を防いだ。
「出るの、待ったあぁ!」
この声に今帰ろうと校門に向かう生徒の数人、昇降口前に続く廊下を歩く生徒や先生の視線が向けられる。大概の人はちらっと見てから動き出すが、中には立ち止まったままじっと見てくる。
そんなことミオにはお構いなし。
「…何やってんだ、てめぇ。そんなところに居られたら出れねぇ―」
「はーい!ここでわたしから提案がありまーす!」
「…人の話聞けよ」
リョウスケの話も聞かずに、ミオはさくさくと提案の本題を話し出す。
「今日テストが終わって、明日から春休みだね」
「その明日の春休みは俺が言ったん―」
「そこで、皆これからどうせ暇でしょう?なら、わたしの家でわいわい遊ぼうよって話がしたいの」
「てめぇは本当に人の話を聞かないな。もう知ってるが」
もう怒る気力もないリョウスケを全く無視。ねぇねぇ遊ぼうよ良いでしょう、と聞いてくるミオに対し、誰も何も言わない。
「…」
「…」
「…その無言は了承を得たと勝手に解釈しまーす!」
「おい、待てこら」
無視され続けたリョウスケが反論を口にする。当然ミオは不機嫌そうに表情を変える。
「何、リョウスケだけが不参加したいってこと?別にいいけ―」
「誰もんなこと言ってねぇだろ」
「じゃあ、リョウスケも参加でいいの?」
「ちゃんと一人ずつの意見を聞けって言いてぇんだよ!」
一方的過ぎんだよと付け加えられると、ミオも仕方ないなってため息を漏らす。
そこで、ユウヤがやっと言えるかと顔に出したまま、意見を言う。
「おれは賛成だな。せっかくテストも終わったんだ。楽しまないと損だよな」
「…おれも、理由はだいたい皆と同じ」
「そうだな。最近テストで遊べていないから。またにはこんなことも良いかなって、僕は思う」
「別に予定もないから…、いいけど」
「ほら!聞くまでもないじゃない」
「あ、そうかよ」
もはや呆れるしかない。それは内心他の四人も同じだろう。
「じゃあ、まずは食べるものを買いに、商店街へレッツゴー!」
楽しそうなミオは、次にサキの手首を掴むと、行こう行こうとサキを引っ張る。当然サキは何も言わずされるがまま。
男達もぞろぞろと付いて行く。
「はぁっ」
「ま、そんなにため息つくなよリョウスケ。テスト終わったら遊ぶ約束は前々からしてるんだしよ」
「…そうだ」
「それに、ミオのこと好きなら、流される方がいいと思うけどな」
ぼつりとユウヤの言った言葉に、一瞬呆気にとられたリョウスケだが、すぐに言い返す。
「……絶対に、それミオに言うなよっ」
「いつかリョウスケから告るんだろ。俺らは温かく見守ってやるから、安心しろ」
だろと、ユウヤはナオトとレオの方を見る。二人とも満面の笑みを浮かべる。
三人の反応に何とも言えない感情がリョウスケの中で湧く。眉間に皺も寄る。
「…てめぇら、後で―」
「ちょっと!何話し込んでいるのぉ!置いて行っちゃうよー!」
早く早くとサキの手首を掴んだままミオ大声で話しかけてくる。おかげでリョウスケは言いかけた言葉を飲み込むしかない。
やり場のない怒りが身体の中で渦巻いている。言い返さないと気が済まない。
「ったく、とりあえず…ミオ!てめぇは少しは待ってやるという優しさを持ちやがれえぇ!」
ミオに負けない大声で、リョウスケは怒りをぶつける勢いの大声を発した。おかげで周りの帰りがけの生徒などの視線がいたい。
そこから商店街へ向かおうとするまで、見てくる生徒の視線に気づくまで数分かかってしまうのであった。
「あ~んっ。もぐもぐ」
見苦しい喧嘩の後、改めて六人は商店街へと向かった。学校から数分後に、近くにある商店街に到着。
学校近くということもあり、多くの学生が訪れる場所でもある。近いからということもあるが、その商店街は大体の物が揃っていた。欲しい物を求めた学生だけでなく、近くに住む人や働く人など様々な人が訪れ、利用する
そんな商店街の中を、ミオとユウヤだけが商店街で買ったたい焼きを食べながら歩く。それ以外の四人は同様に商店街で買った飲み物を片手に持ち歩く。
「ミオ。てめぇ食べ歩きなんて行儀悪いぞ」
いきなり立ち止まったリョウスケが、ぽつりと文句を言う。その動きに合わせて、皆も立ち止まる。
「同様に食べているおれは、無視かいっ」
ミオにだけ注意するリョウスケに突っかかるユウヤだが、綺麗に流されてしまう。それが悲しいのか、落ち込むユウヤの姿がある。
そんな中、ミオは平然と食べ続ける。もう三つ目だ。
「(ごっくん)はいはい。行儀は悪いのは分かっているけど、だってずっと立ったままだと迷惑になるでしょう?」
「うっ、そ、それも。そうだが」
一理ある発言に言い返すことができなくなる。
言い合いの多い二人だが、たまにはこういったこともある。それが毎回起きてくれれば、言い合いにならないだろうにと、二人以外は強くそう思う。
『では次は、謎の行方不明事件“神隠し事件”についての特集です』
「!」
再び歩こうとした時、耳に入ってきた音声。それはすぐ近くにある、電気屋に設置されているテレビから聞こえるものだった。すっと近づき、映し出されている特集を見る。
『最初にこの事件が発生したのは、××年前でその時は―』
そこに流れているのは、ここ数年起きている未解決事件。映像には司会者が二人、解析者であろう人が一人いる。司会者の一人が事件について話を進める。
『この事件は時間、場所を問わず、全世界で起こり、行方不明になる人も全てに共通点のない不可解な事件であり、世間ではこれは人の仕業ではないと噂され、“神隠し事件”と言うようになりました。この事件について―』
「神隠しって…大げさだね」
ぽつりと、ミオは思ったことを口にする。リョウスケはその言葉に頷く。
「だな」
そこから解析者と共に解説やら難しい話に移る。長い特集なのだろう。このまま見続けると遊べなくなるので、ミオたちはテレビから離れ歩き出した。
「最近あの事件ばっか放送されるよな」
「もぐもぐ…仕方がないでしょう。…ごっくん。今だ解決されていない謎多き事件なんだから」
「てめぇは食べるか話すかどっちかにしろよ」
「むぐっ…いいじゃない」
「よくねぇよっ」
いつも通りの二人の会話を流しながら、他の皆で話は進む。
「おかげで、学校から集団登校と下校しろって言われたからしな。めんど」
「…ユウヤ、言われる前から俺達はいつも集団でこうやって登校も下校もしてる」
「あ…言われてみればそうだな」
「そうね。て、わたしたちはいつもこんな集団でわんやわんやと遊んでるよね」
「君は急に会話に入るよね、ミオ」
「いいじゃんいいじゃん!会話に急に入ったって、ねぇ、サキちゃん」
「っ!?」
「おい、てめぇは何でそうやっていきなりサキに話を振りやがる。困った顔してんぞ」
「え、だってこういう反応するじゃん。サキちゃん」
「確信犯かい!」
ばしっと突っ込むが、ミオはそんなことはお構いなくサキに話を振り続ける。サキは答えられずに困る。
「おい、止めてあげろよ。そのままだとサキの奴、考えて考えて容量オーバーして頭から湯気が出るぞ」
「え、ユウヤ。それってサキちゃんが機械ってこと?」
「馬鹿か。例えだ」
「そんな例えはどうかと思うよ」
「分かりやすくていいだろ、なぁ?」
全員に同意を求める。他の四人はただ沈黙したまま何も言わない。
その態度からして同意していないことは明白。
「ほらね」
「ふ、振ってくるな!悲しくなるだろがっ!」
くそっと言いながら項垂れるユウヤを完全に気にも止めず、ミオたちは移動し始める。
「もう、暗~い事件とかの話よりも今日のことを考えようよ。食べるだけじゃつまらないでしょう?」
「そうだな。ミオの考えには一理あるぞ」
「っ!ユウヤ、てめぇ回復はやっ」
そこから何をして遊ぼうかと、それぞれに案を出していく。
まず、ユウヤが最初に意見を言う。
「なぁ、ミオんちってプレイキューブあったけ?」
「あるよ。プレイキューブとゲームステーション5。あと小型も」
何かやるのと聞き返すミオに対し、ユウヤは楽しそうに頷く。どこか誇らしげにも、見えなくもない。
「買い物の後、おれ一回家に帰るわ。んで、ソフトとコントローラー持ってミオんちに行く」
「お、ユウヤあれか。最近発売された最高六人対戦できるってやつ」
「おう、皆で遊ぼうぜ。あと―」
ユウヤが意見を言うと他の皆も続けて話をし出す。話が次々と湧くように出てくる。
楽しそうに話していると、ミオが目をきらきらさせているのが分かる。うきうきわくわくしているミオを見てリョウスケが眉を歪める。
「てめぇ何が楽しいんだよ」
「だって楽しいじゃない!こうやって皆でわいわいって楽しいことやってさ!だから楽しくてしょうがないの!毎日が!」
「…」
リョウスケはただミオが楽しいのはゲームの話題だからと思っていた。しかし、実際思っていたこととはまるで違った。ただ純粋にこの仲の良い六人で遊ぶことが楽しくて仕方ないという気持ちの表れだったこと。
言葉を失うリョウスケであるが、ミオらしいと思い直し、笑みを浮かべる。
「…」
それをユウヤがじっと見てくる。視線に気付いたリョウスケがすっとユウヤを見た。
「…」
「…何だよ」
「いんやぁ…別にぃ」
「な、何かむかつく態度するな。てめぇは―」
「はいはいそこまで!じゃあまずは、お米屋さん!」
「は、米屋?普通は駄菓子屋やとかコンビニだろ」
ミオが持ちかけた話では、ミオの自宅でお菓子を食べて、ゲームしたりとわいわいと遊ぶことだった。それなのに何故お菓子を売る駄菓子屋ではなく、お米を売るお米屋に向かうのだろう。ミオ以外の五人は揃って思う。
「いいじゃん!丁度昼でご飯食べてないから、お腹空いてんだから。それに、久々にサキちゃんの手料理が食べたい!」
先程よりも目をきらきらさせながら、サキを見る様子からあることが分かる。
「後半が主な目的なんだな、ミオ」
「勿論よ、ユウヤ!…と言う訳で、ここで食材を買うため、皆の手持ちの有り金を全て出しなさいっ!」
ばしっとミオが勢いよく、鞄から財布を取り出す。
「だから、てめぇが仕切んなって」
文句を言いながらも、リョウスケはいそいそと持っている鞄から財布を取り出す。他の皆も財布をそれぞれをと取り出し、手持ちのお金がいくらあるかを確かめる。
「じゃあ、まずはリョウスケから」
「えっと、四百七十六円」
「俺は、前にゲーム買ったから百円しか、ないぞ」
「…二千三百円」
「二千二百十五円だ。僕は」
「私は…、一万円」
「お、大金持っているやつがいやがる」
「さすがサキちゃん!さては帰りに夕食の食材を買う気満々だったのね。そう考えると、最大五千円なら使えるってところかな?」
ミオの勝手な考えであるが、サキが頷いているので、いいのだろう。
「で、ミオ。てめぇの手持ちは?」
「えっと」
ごそごそと財布を開け、すっとそのまま財布を逆さに回す。軽く上下に振るが、何も出てこない。小さなゴミのようなものは落ちてくる。
「ゼロ円です。文無し」
「その余計な行動から、そうだろうと思ったよ!」
「あんたは少ないじゃないっ!」
睨み合う二人をもう無視。全部で何円のお金があるかを計算する。
「一万九十一円」
「うおっ!?計算早いな、サキ」
「…ユウヤ、これくらい出来ないと」
「僕もすっと出来たぞ。それは高校生としてどうかと思うぞ」
「…そんなこと言うなよ!悲しくなるわ!」
「…ま、わたしも人の事言えないけどね」
いつもの喧嘩は終わったらしく、ミオとリョウスケも会話に参加してきた。
お前もかよとリョウスケは思うが、言えばまた喧嘩になるだろうと確信は得ているので、自重する。
さすがに喧嘩ばかりすると遊ぶ時間が減ることを分かっているのだろう。
「それだけお金があれば、サキちゃん!美味しいものいっぱい作れるね」
「ミオ、菓子のことも考えろよ」
「それはきちんと考えているよ、ユウヤ」
「とりあえず、移動しようぜ。歩きながらでも話は出来るだろうが」
ずっとその場にいるのもなんだと思ったリョウスケが、皆に呼び掛け動くことになる。
「ねぇねぇサキちゃん!わたし久々にビーフシチューが食べたい」
作って作ってと言うが、サキはその要望に横に首を振る。美味しいものを作ろうとするなら、仕込みをしないといけないため短時間で作るのは難しいと言われる。
それでも、作ってと駄々をごねるミオに、ため息が出る。
「…じゃあ、今日作って帰るから、夕ご飯にも食べたらいいよ」
「え、いいの?ありがとうサキちゃん!」
「ミオ、てめぇは自分で頑張って作ろうとか考えねぇのか」
「だって、わたしよりも、サキちゃんの料理の方が何倍も美味しいんだから、仕方が―」
話しながら、周りを見ていたミオの目が何かを捉え、足の動きも止める。
一瞬、世界がゆっくりと動いているように見えた。
見つけたそれは、店の間の路地裏の辺りから、のきっと首から頭を出していた。置き物ではなく生きていると、それが少し首を動かし周りを見渡している動きから分かる。
大きさは全身が見えていないので、分からないが。高さからして大型犬の一、二周り大きいように見える。遠くから分かることは、耳らしきものがあること。顔の形で大きさが大型犬に近くても、全く違うというこことだ。
「…あれ、何?」
「ん?ミオどうした?」
「あ?」
立ち止まったミオに気付いた皆が近づき、リョウスケが声をかける。
じっと見るミオの視線に気づいたのだろう、頭を動かしてミオの方を見る。すると、首を引っ込み建物の陰で見えなくなってしまった。
「あ、待って」
すぐに走って、先程の生き物がいた路地裏へと向かう。
ミオが路地裏に入った時、右の曲がり角から一瞬その生き物らしき尻尾が見えた。足元にごみを捨てるためのバケツ箱などガラクタが無造作に放置され、それに躓き転びそうになりながらも、それを頼りに追いかけようと前に進む。
「おい、ミオ!?」
事態が全く把握できないが、とにかくリョウスケたちも後を追う。
路地裏を抜けると家が並ぶ住宅地へと続く道に出た。道の先の曲がり角から一瞬だけ見える生き物の尻尾を頼りに、住宅地の間を駆けていく。
「ちょっと、待ってよ!」
「待ってよ、は、てめぇだ!あほぉー!」
「!」
ミオの後ろからリョウスケを含む五人が追いかけ、一体何だってこんなことしてんだとリョウスケからの怒鳴り声が聞こえる。
「だって、変な生き物っぽいの見えたんだもん。これは追いかけないといけないでしょ?」
「はぁ!?絶対に変だろ!好奇心旺盛過ぎんだよ!てめぇは何歳だ!それでも俺達と同じ歳かよ。高校一年生かよ!」
「何よ!その言い方。だったら追ってこなかったらいいじゃない」
「俺達が何で集まってんのか分かって言ってんのか。て・め・えが、言いだしたんだろうがっ!大体いつもいつも―」
走りながらでも繰り広げられる、日常化している二人の口喧嘩。
「…はぁ、はぁ、…二人とも、こんな走りながらでも喧嘩できるなんて」
「あぁ、器用というか気が合うのか、はぁ、幼馴染みだからこそ、はぁ、出来ることなんだろうな」
「レオ、ユウヤ。それって僕的に思うに、褒めてないよね?」
「……はぁっ」
日常化している光景をいつも通り呆れながら走る四人。そんな中、サキのため息は走っているのにも関わらず、何故かはっきりと聞こえた。
ミオたちはその生き物を追って、住宅地を走り回った。走って角を曲がる動作を繰り返し、徐々に家ばかりの周りの景色が変わっていく。住宅地から空き地や工場が多いところに入り、どんどん町の中心に流れる大きな川へと近づく。
このまま川へと向かうのかと思っていた時、生き物はいきなり体の向きを変えた。そのままある建物の中に入って行ってしまった。
「っ!」
その建物の前で、ミオたちの足が止まった。視線を生き物が入った建物に向けると、驚いた表情を浮かべた。それには訳があった。
「なぁ、ナオト。ここって」
「うん、間違いない。学校で噂になっている、今から十年前ぐらいに潰れた自動車を作っていた廃工場だ」
工場前には古びた看板があり、そこには『××自動車工場』書かれている。十年前に潰れたということもあり、外見から見た工場は壁や屋根がぼろぼろで長い間放置されているのが分かる。
そして、どこか独特の雰囲気がある。
「そ、それって、出るって噂のか」
「あぁ、噂の心霊スポットだな」
地元で話題となっている怪奇現象が起こるとされる場所。雑誌やラジオ、一度テレビの特集でも取り上げられた有名な場所でもある。
「え、じゃあミオの奴が追っていたのって…そいいう類の―」
「そんなことないもんっ。あれは生きてた半透明でもなかった!」
「何で、半透明=そういう類になるんだよ」
「上手い突っ込みだ、リョウスケ」
「…ユウヤ、それは褒めてないと思う」
「とにかく!」
「っ!」
全く会話に参加していないサキの手首を掴んで引っ張り込むと、背中に背負っている細長い袋からサキが部活で使う竹刀を取り出した。
「もしそういうのが出てきたら、サキちゃんがこれで叩けば―」
「てめぇさっき半透明=そういう類って言ったよな?半透明なら透けてるぞ!物理技は効かないぞ!竹刀は物理技だ!叩くは物理だ!」
「うるさいな!そんなのやってみないと分からないでしょう。とにかく、さっきの生き物を追いかけに、レッツゴー!」
「えっ、ちょっと」
戸惑うサキの手首を掴んだまま、連行するように女二人は廃工場へと入っていってしまった。勿論、サキの意見など全く聞かずにだ。
男四人はその事に呆れるが、リョウスケだけはため息をしながら苛立っているのだろう、乱暴にわしゃわしゃと自身の髪を掻く。
「あーくそっ!女二人だけで行かすかよ!」
「ま、それもそうか」
「…サキは強制連行だったが」
女ばかりに、正確にはミオにリードされたままでは男として情けないと思ったリョウスケを先頭に、後を追うように廃工場の中へと入る。
生き物を追って入った廃工場の中は、日が出ているのにも関わらず薄暗く、所々天井の穴から日は差し込むが、それでも薄暗いことには変わりはない。作業していた当時に使われていたであろう機械はどれも錆び付いており、中には錆びが原因で一部が破損しているものもある。地面からは雑草が生え、誰かが来て捨てたであろう空き缶やペットボトル、たばこなどのゴミも落ちている。壁には誰かのイタズラ描き、作業の時に使っていた汚れたホワイトボードや誰かに乱暴に破かれた跡の残る貼り紙などが残されてある。
その光景から長い間本当に使われていないことが見て分かる。
先に入ったミオとサキが周りの様子を見ていると、リョウスケたちが追いついてきた。ついてこないと思ったのにと言葉を漏らすミオに対して、リョウスケは暇だからいいだろと言う。すると、ユウヤがにやりと笑みを浮かべる。
「素直じゃないな」
「あ、何か言ったかユウヤ?」
「…いや、なんにも」
六人揃ったところで、再び生き物を探し始める。
十年ぐらい放置され続けたこともあり、設置された機械や手すりなどの金属は腐食しており、何か衝撃を与えただけで崩れる可能性が異常に高い。二階、三階と上の階はあるが、そこに続く階段は高く瓦礫が積もれて上がれなかったり、錆びついているため登ろうとするとすぐに崩れるので危険なのは見てわかる。エレベーターもあるが電気が通っているはずもなく使えない。
それらの考えを踏まえると、その生き物は一階にいる可能性が極めて高い。そう結論を出したのはサキだ。ミオが先程どこにいると思うと聞いてきたので、答えただけである。
「さすがサキちゃん!伊達に毎回テストの順位一位じゃないねっ」
「そこ、関係ある?」
「あるに決まっているじゃん!もう、サキちゃんはそういうところが分かってないんだから」
「…はあ」
「はいはい、分かったから。とりあえず一階探そうぜ。昼飯食ってないから俺腹減った」
お腹を摩りながら言うユウヤを見て、にやりとミオは笑みを浮かべる。
「ユウヤって本当に食べることを第一に考えるよね。はぁっ…これだから大食いは―」
「俺に劣らずの食い気でよく食うおめえだけには言われたくねぇよ!」
ミオも学校が終わってから食べることに関しての発言が確かに多い。指摘されても無理はない。
「失礼な!成長期なのよ!よく食べてよく寝るがとっても大切なんだから。だからたくさん食べるんです。一刻も早く生き物見つけてからサキちゃんの手料理にありつく必要があるのだ!今はサキちゃんの手料理が食べられることが一番の楽しみなの」
「結局サキの飯を食うことが来るんだな」
「だって―」
―ガコンッ!!
突然響いた音。ミオたちの視線が一斉にその音がした方を見る。
音はミオたちがいた室内ではなく、別の部屋から鳴っているようだ。壁や天井は脆く穴が空いているからだろう、別の部屋にも関わらずよく響いてきた。
音のした方を向いた後、ミオたちは互いを見る。
「な、なぁ。今の音ってミオが追いかけた生き物がか?それともそういう類の―」
「んな訳ねぇだろ!どう考えても前者の方だろユウヤ。そういう類は透明だろ。透明なら、すり抜けれるのが当り前だろうが!」
「でもリョウスケ。そういう類ってポルターガイストっていう方法で、物を飛ばせたり出来るんだ。そっちの可能性もあると考えても―」
「言うな!言うな、ナオト!それ言ったら最悪の展開しか思い浮かばねぇよ!」
ぎゃんぎゃんと喚くリョウスケを見て、ミオは何とも意地悪そうな笑みをする。
「あ、もしかしてリョウスケって幽霊とか怖いの?そういえば、お化け屋敷に入る際適当な理由つけて入らなかったもんね。それって怖いからなんでしょう。あはは、怖がりぃ」
「おい、その言い方とその言葉、すっげえ気にいらねぇっ」
ずいっとミオの前までやってくると、自分よりも低いミオを軽く見下ろす。ミオは負けじと見上げて睨む。
「俺が恐がりな訳ねぇだろうがっ!」
「じゃあ、証拠みせてよ」
「望むところだ」
じりじりと二人の間に火花が散っている、ように残りの四人には見えた。絶対に幻覚であろう。
「なぁなぁ。変な生き物を探す、から肝試しにシフトが変更してないか?」
「あのさ、そのシフトって少し変だよ。目的って言った方がいい。分かりにくい」
「お、そうかナオト」
「…全く、いつものことだ―」
「おいてめぇら!さっさと行くぞ!そして、さっさと帰るぞ!」
「サキちゃん、早く行こ!」
話をしている間にもさっさと音のした部屋へと行こうとしている二人。自然と一緒に行動しているのに、何故あんなにも言い合いをして喧嘩してしまうのか、ミオに呼ばれたサキは全く分からなかった。
最初に入った部屋から、薄暗い所々に物が散乱する細い通路を足元に気を付けながら通る。
「もう、暗いし歩きにくい!…そういえばナオト。あなたさっきここが心霊スポットとか言っていたけど、具体的にどんな噂があるの?」
ふと気になったことをナオトに聞いた時、薄暗くてはっきりとは見えなかったが、リョウスケの身体が小さくびくっと震えたのは気のせいだろうか。
「あぁ、ミオは噂とか本当に興味あることしか聞かないから知らないか」
ふぅと息を吐いたナオトは上着のポケットからスマートホンを取り出し、慣れた手つきで操作。明らかに恐い話が載っていそうな雰囲気のあるサイトを開き、この廃工場の噂が載るページを開く。その中でも特に体験談として知られる代表的な噂を口にする。
もっとも多い体験談。それは謎の黒い影。この廃工場に遊び半分に入った多くの人達は、謎の影を目撃している。それは工場内の至るところで起こっている。人の形や何かの動物の形に似た影。見たことのない形の影。中には影の形からして恐ろしい化け物に見えたりと、いろいろな黒い影が目撃されている。
「あ、じゃあミオが見つけた変な生き物ってその影の正体だったりするのか?あ、でもそれを人が多い商店街で見かけたのはおかしいな」
「…ミオの見間違いで、ただの犬とかだったりしない?」
「ぜっっったいに違う!あれは謎の生き物よ。謎よ、謎!」
「はいはい、分かったから連呼すんな」
ため息をついたユウヤはすっと背後からリョウスケに近づき、小声で囁く。
「おいリョウスケ、身体震えてんぞ」
「こ、これはあれだ。武者震いってやつだ」
「…おれが言うのもなんだが、その言葉の使い方間違ってないか?」
「はっ…ん、んなわけ、ないだろ」
「…」
その態度と言葉の言い方から何か分かったユウヤは、ぽんと肩に手を乗せると、はいはいと言いながら頷いた。
話をしながら歩き、奥に進んでいき、音がしたであろう部屋に辿りつき中に入る。
その部屋には破損箇所の多い床にコンクリートブロック、そのブロックの数か所に穴と錆びたネジがはまった状態のまま残っている。おそらくここには最初の部屋よりも大きな機械が置かれており、このコンクリートブロックは土台の役割を果たしていたのだろうと分かる。最初の部屋には無造作に機械は捨てられたような形で残ってはいたが、ここにあった機械は何らかの理由で撤去したようだ。そのせいか最初に入った部屋よりも広く、いやそれ以前に元々この部屋は広い。
「広い場所だな。こんなに広いなら置いていた機械もでかかっただろうな」
「…機械の撤去は大変だったと思う」
「ん、反応するとこってそこなんだ、レオ」
「とにかく、ここから音がしたのは確かなんでしょう?だったら何か―ん?」
ミオが部屋の中を見渡していると、隣にいるサキに肩をとんとんと叩かれる。反応してサキを見ると、すっと指しているので、指された方に視線を向ける。すると、横に倒れている状態で大きなドラム缶があった。僅かに揺れているようにも見える。
「あれ」
「あ、ドラム缶?」
ぽつんと倒れている大きなドラム缶が気になり、皆で近づいていく。とりあえず、中身に何か入っているかを確認とユウヤが起こそうと手をかける。ぐっと力を持ち上げようとするが、少ししか持ち上がらず起こせない。
「どうしたのよ、ユウヤ」
「い、意外に重いんだよ」
「そんだけ大きけりゃな。重いに決まっているだろうが」
はぁっとため息をついたリョウスケも、ユウヤとは反対側からドラム缶を持つ。二人で呼吸を合わせて一気に大きなドラム缶を起こした。
「お、良い感じに力持ちじゃない」
「おい、良い感じにってどういう意味だよ」
「それよりも中身は空っぽ?」
「こいつ、綺麗にスルーしやがった。…ったく」
ぐちぐちと文句を言いながら、ドラム缶の中身を見る。起こした時の感覚から重い原因はドラム缶自体が固く厚い鉄で出来ているからだと思っていたリョウスケの目には、推測通り何も入っていないドラム缶の底が見える。
「何にも入ってねぇな」
「重かったのは、こいつ自体が固い鉄で出来ているせいだな」
「なーんだ」
つまんないのと、不満そうに呟く。ミオの隣でドラム缶を見ていたサキは、何か思いついたように二人にドラム缶を最初のように倒してほしいと頼む。ただし、傾けた時、倒れそうになったら同時に手を離してほしいとの付け足しされる。
その行動の意味を聞こうとするミオだが、すぐにその理由は分かるからと教えてくれなかった。
リョウスケとユウヤは言われた通り、倒れそうになるまでドラム缶を傾け、同時に手を離して瞬時にドラム缶から数歩下がる。ドラム缶は大きな音を立てながら倒れた。しかもその音はガコンッと先程聞いた音と全く同じ音だった。
これが何を意味しているのか、さすがのミオでも分かった。
「さっきの音の元がこれだったのかよ」
「さすが、サキちゃん。お見事!」
「いや、あくまで可能性があるから試しただけだよ」
「でも、凄いよサキちゃんは。頭良くてきれ者だし」
ぽんぽんとミオの口からサキに対する褒め言葉が溢れる。溢れる度にサキの顔が何故か険しくなっていく。
「そんなこと…ないよ」
「あるよ!もうっ、サキちゃんは自覚しなさ過ぎ。サキちゃんは―」
「…」
何か言いかけたが、サキの暗い表情を見てしまってはさすがに口を閉じた。そこでサキがどうしてこんな反応をするか、知っていたミオは、慌てて謝る。
「ごめんね、サキちゃん。でもこれだけは言わせて。確かにあんなことあったからそれに関して、逆に褒められることが気分を悪くしちゃうよね。でもね、その頭の良さは私たちにも大活躍しているってことだけは分かってほしいの」
「…」
言われた言葉に一瞬目を見開いて驚いたサキは、こくんと頷く。分かったのならよろしいと胸を張るミオを見て、威張るなとリョウスケが横やりをいれた。
「ま、とりあえず音の原因が分かったんだし。これが風で倒れたってことじゃないか?」
「…でもユウヤ、結構それ重かったんなら、風で倒れたりはしない」
レオに言う通り。このドラム缶は最初はユウヤだけでは起こせず、リョウスケと二人で起こすことができた。二人がかりでないと起こせない重さなら、ただの風だけでは倒れないという考え方が普通に思いつく。
「あ、そっか。それもそうだよな」
「いやいやレオ、僕は風で倒れたと思うよ」
「え、どうしてよ?」
わたしも風だと思うんだけど言うミオに対して、いやいやとナオトは首を振って否定する。
「確かに普通はそう考えるけど、それは地形が平らであるならの話。もう知っていると思うけど、ここは機械の土台となっていたコンクリートブロックがむき出したような状態で出ている。今は位置が違うけど、最初倒れていた位置から考えると倒れる前のドラム缶の下にコンクリートブロックがある形になる」
ナオトが言いたいのは、コンクリートブロックが邪魔をするような形になり、ドラム缶は真っ直ぐに立っていなかったということだ。重ければ、それだけ重心の影響で風だけでも倒れる可能性があるということになる。
ナオトの説明を聞いて驚きなるほどと思うが、サキはなんとなくそんな仮説も立てていたので、たいして驚かない。
「じゃあ、結論としてこいつは風で倒れたってことでいいんか?」
「ナオトの話を聞くとそうなるな、リョウスケ」
「なーんだ。つまんないの」
「…その台詞、二回目だよミオ」
ドラム缶が倒れた原因が、怪奇現象ではないと分かった以上ここに長居する理由はもうない。
ここに来る前にいくつか部屋を見たが、ミオの見たその生き物はどこにもいなかった。奥の部屋であるここは、おそらく入り口から一番離れた部屋。最初の部屋と歩きながら覗いた部屋、そしてここ一番奥の部屋。これ以上部屋は存在しない。
「結局ミオの追いかけた生き物はいなかったな」
「てめぇ、やっぱり野良犬とかと見間違えたんじゃねぇのか?」
「違うもん!あれは犬とかじゃなかったよ。絶対に!」
違う違うと何度も主張はするが、それを見たのはミオただ一人。他の五人は誰もその生き物を見ていない。ただミオが急にその生き物が何なのか知りたくて追ったため、何事だとついてきただけに過ぎない。
「そうは言うけどな、ミオ。ミオしかその生き物見てないんだぞ。それなのに、見たとか違うとか言われてもなんとも言えないんだ、俺ら」
「ユウヤの言う通りだ。ミオ、前々から思っていたが、ちぃたぁ俺達を振り回していることに自覚を持て」
「だーかーら!今回は本当なんだってぇ!」
「しつけぇな!てめぇは!」
このままでは、またいつも通りの言い合いになるだろうとユウヤが止めに入る。二人の間に割り込み互いを見る。
「お前ら、いつもながらいい加減に―」
最初にミオを見て、次にリョウスケに視線を向けた瞬間、ユウヤは言葉を止め口をぽかんと開けて、リョウスケの背後の何かに凝視する。
さすがにユウヤのその反応に、ミオとリョウスケは言い合いを止め、様子を見ていたサキ、ナオト、レオを含めた五人で同時にユウヤが凝視する方へと視線を向けた。
そして、言葉を一瞬失った。
「おい、何だ。あれ」
最初に言葉を発したのは、ユウヤだった。
六人の視線の先には、部屋の出入り口を通り、建物の影から黄色く目を光らせながら現れる、生き物の姿があった。犬でも猫でもない、見たことのない生き物。
薄灰色の身体に、それよりも濃くした灰色の鬣が頭部から首に沿って生えており、大きさは大型犬の大体二周り大きく、顔つきは犬と言うよりも狼の形に近い。少し開いた口の隙間から鋭い牙が見え隠れする。そして、鼻口部辺りに小さいながらも白い角のようなものがついているのが分かる。
これは動物ではない。この地球上に存在しない、全く別の生き物だ。
警戒をしているのだろう。低くがるると喉を鳴らしながら、六人にゆっくりと近づいてくる。その動きに合わせて六人は後ろに下がる。
「ほら、ねぇ。本当だったでしょう?」
こんな状況でも、先程の否定されたことを気にしていたようだ。自身が見た生き物がいたことに嬉しそうな顔をする。
「てめぇは馬鹿か。この状況をよく考えろっ」
出来るだけ生き物に刺激を与えない様にリョウスケが小声ではあるが、罵声を吐くこと忘れない。
しかしながら、ミオはその言葉にへぇっと間の抜けた声を出すだけ。今の状況をあまり理解していないようだ。
「…可能性的には、俺達はこの生き物におびき寄せられたと考えられる」
「つまりレオの言葉分かりやすく言うとだよ、ミオ。あれは目撃したミオを利用して、まんまと計六人をこんな人が全く来ない場所におびき寄せたってことだよ」
「え、それに何の意味があるの?」
「あの獰猛な姿見て、分かれよっ」
全くとユウヤ達がため息を漏らしていると、すっとサキが確実にミオでも分かるようにその意味を分かりやすく言う。
「それは…、おそらく私達を、食べるためにだと思う」
「え…、えぇー!ど、どどどうするの!?」
「今更焦るな。落ち着け。あと大声出すなっ。怒らせて襲いかかったらどうするんだよ!」
「いや、それ今大声出したあんたに言われたくないんだけど」
「はあっ?」
「頼むからミオ、リョウスケ。今は喧嘩するな」
「ガウウっ!」
ユウヤの言葉も空しく、生き物は先程よりも大きく喉を鳴らしてくる。その声にびくっと皆の身体が震える。
このままでは確実に危ない。食べられてしまう。
「…で、どうする」
「こういう時はあれだろ、レオ。まずは出口の確保だろ…って、あの生き物の真後ろかよ」
まずは素早く部屋から出ようとユウヤが意見を言うが、運が悪いのか生き物が現れたのは、その出入り口だ。生き物の真後ろにあるため、走って近づこうとすれば自ら喰われに行こうといっているようなもの。これでは部屋から出られない。
「もう、こうなったら。力で押し切って逃げるしかないっ」
「おいミオ、それって…」
真剣にそう言ってくるミオに対して、リョウスケは嫌な予感がするといった感情を表情に露わにして見てくる。他の人達は視線に生き物に向けたままではあるが、耳だけは傾ける。
「あっちは大型犬より少し大きいのが一匹。こっちは六人で内四人は男で、サキちゃんは凄腕の剣道の選手。だったらきっとこっちから仕掛けたら―」
「いや、それも喰われに行く行為じゃねぇ?」
とんでもないことを発言したミオに対して、無茶言うなと思いつつもどこか完全に否定できない面もあった。
確かに、この人数ならなんとかなるかもしれない。それは危険過ぎる賭けではある。しかし、何もしなければ、ただ襲われ喰われるだけ。
「でも、このままじゃいけないでしょ?だったら、この人数で何とか押し切ってみよう。わたし、このまま食べられちゃうのは、嫌よ」
むすっとしながらミオが言った言葉に、一瞬皆は驚くが、すぐに呆れたような表情をする。中でもリョウスケはため息を吐きながらゆっくりとユウヤの隣まで近づき、苦笑いを浮かべながらミオを見る。
「あぁ、てめぇらしい馬鹿な意見だと思うが、ミオ。今回ばかりは俺達も似たような意見だ。このまま喰われてたまるかよ。…ユウヤ」
「そうそう。そうと決まれば、だ」
ちらっと後ろを見る。丁度二人の後ろに先程倒したドラム缶が倒れた状態のままになっている。それを確認した後、他の四人の顔を見て頷く。答えるように四人も無言で頷き返す。すると、ナオトとレオは視線を落とし、サキは左腕をすっと動かし、肩にかけている黒い袋に指が触れた。各自に何かをする様子を見ていたミオは、一度深く深呼吸をして、すぅーと息を吸う。
六人の行動の意味が分かっていない生き物は、軽く首を傾げる。それが合図かのように本格的に行動に映る。
「ああぁぁぁーー!?」
「っ!?」
突然ミオが生き物の後ろに向かって指しながら、大声を出した。声にびくんと身体を震わせて驚き、生き物は反射的に後ろに振り向いてしまった。
「うおりゃあぁぁー!!」
振り向いた瞬間にリョウスケとユウヤは素早くドラム缶に近づき、左右の端を両手で持つ。同時に力を入れてドラム缶を高々と持ち上げ、生き物に向けて思いっきり投げた。そのまま生き物に向かって落下していく。後ろに気を取られていた生き物はユウヤの声に反応し、落下してくるドラム缶に気付く。当たってしまうぎりぎりではあるが、ドラム缶を横に移動することで避ける。
ガッシャアァと大きな音を発しながら、強く地面に打ちつけられ、所々衝撃で表面が変形している。
「ガアウウゥー!!」
さすがにここまでされては生き物も黙っていない。避けてすぐにその足で、一番近くにいたレオに向かって走って行く。このままでは襲われるが、ただ突っ立っているわけではない。レオの右手は中に何かを持っているのか握っていた。あと数歩で襲いかかれるというところで、思いっきり右手に持っている物を生き物に向かって投げた。
それはただの砂。そのまま生き物の顔面に当たる。目に入ってしまったのか、涙を流しながら目と固く閉じ、頭を左右に振って砂を落とそうとする。
「サキちゃんっ」
「…」
その間、次にサキが行動をとる。砂が目に入った瞬間、その場から地面を蹴って生き物に向かって駆け出す。走りながらも手は背中にかけていた袋を下ろし、左手を中に突っ込む。気配を感じたらしく、サキの方をばっと向いた生き物は足音と匂いから位置を予測しているようだ。あと数歩というところで、片方の前足上げ鋭く爪を尖らせ、サキに向かって思いっきり振り降ろし切り裂いた。
「っ!?」
ようやく砂が取れた目が開いて見たのは、無残に切り裂かれたサキの持っていた黒い袋。サキではなかった。
驚く生き物の横にすっとサキが現れ、その左手には竹刀を持ち振り上げた状態で既に構えていた。
「やああぁっ!」
そのまま振り降ろし、生き物に思いっきり竹刀が当たった。
「キャゥッ!」
悲鳴を上げて地面に伏せてしまった。反撃をされないようにサキは素早く後退し、五人の傍に近づく。
えっへんと言いたげにミオは腕を組み、悔しそうに唸り声を上げる生き物を見る。
「どう?わたしたちのコンビネーション。伊達に中学からの付き合いじゃないのよ。これでわたし達は苦難を乗り越えてきいたのだから」
「主に喧嘩とかそういうのな。今の内に逃げようぜ」
竹刀の攻撃で怯んでいる内に出ようと出入り口に向かって走る。広い部屋のせいで出入り口まで距離はあるが、走ればいけない距離ではない。
「ガアウゥウゥ!」
獰猛な鳴き声を発しながら、怯んでいた生き物が先程とはうって変わり、素早く足を動かし凄い速さで、ミオに近づいていく。
「っ!」
「ミオっ」
その動きに気付くが、既に走って逃げるには難しい距離まできている。このままでは危ないと思ったリョウスケが、ミオと生き物の間に入った。瞬間、生き物が鋭い牙が並ぶ口を大きく開け、飛びかかろうとした時、リョウスケと生き物の間に何かが素早く割り込んだ。
―バキッ
何かが割れたような音が、小さく響いた。
「サキちゃん!」
「ぅ、くぅっ」
割り込んできたのは、竹刀を持ったサキだった。危ないと素早く間に割り込み、持っている竹刀の先を右手で持って横に倒した状態で防御の体勢をとった。その瞬間、飛びかかってきた生き物の大きく開けた口に竹刀が挟まるような形になり、無意識にそれに歯をたて噛むことで丈夫ではある竹刀に僅かに亀裂が入り、音が鳴る。生き物の身体がサキにのしかかり、体重がサキの方にかかってしまい、重さに耐えられず後ろへと身体が倒れていく。
「危ないっ!!」
「うおっ、お、おもっ!」
「リョウスケ、サキ!」
そのままリョウスケの方へと倒れる形になってしまい、倒れそうになるサキの身体を後ろから支えた。生き物とサキの体重が全てリョウスケにかかり、必死に足に力を入れて耐える。それが危ないと思ったユウヤが、リョウスケの隣まで走って近づき、一緒にサキの身体を支える。
「ガアオウゥ!ヴアァオンッ!」
「うぅぐっ!…ぁ、は」
頭を激しく角度を変え、片方の鋭い爪を生やした前足がサキの右腕に添えるように置いたから思いきや、そのまま前足を下へと勢いよく降ろした。鋭い爪がブレザーとブラウスを一緒に裂き、見えた肌にも傷が入り、傷口から血が流れて地面に落ちる。
「あ!?サキちゃん!」
傷ついたサキを見たミオは辺りを見渡すと、何かで使われていたであろう鉄パイプが転がっており、その先にはコンクリートの塊がついている。拾ってみると、重いと思うが持ち歩けない重さではない。両手でしっかりと持つと、生き物に向かって走っていき、コンクリートの塊をついた先を振り上げた。
「っこんのー!サキちゃんから離れな、さいよおぉー!!」
―ゴンッ!
「ギャアウゥン!」
生き物に向かって思いっきり横向きに振り降ろす。丁度横腹の辺りにコンクリートの塊が当たって鈍い音を鳴らせ、まるでゴルフボールのように飛んでいき、地面に叩きつけられる。その際、痛そうに鳴く声が聞こえた。
「うわあぁ」
痛そうだなと他人事のように思ったリョウスケが、倒れかけたサキを起こしてやる。カタンと軽い音を響かせながらサキは手から竹刀を落した。左手で右腕の傷口を押さえて座りこんだ。
「サキちゃん!大丈夫!?」
慌てて傍に寄ると、ブレザーのポケットからハンカチとテッシュパックを取り出す。素早くテッシュをパックからむき出しにすると、数枚取ってサキの傷口の周りを拭いていく。たまに傷口に当たるらしく、痛みでサキの表情が歪む。
「ナオト、あんた水筒にはお茶じゃなくて水を入れて持ち歩くでしょう?その水今すぐちょうだいっ。あと誰かテッシュも」
「言うと思って既に出してある」
言われる前から水筒を取り出して、上の部分の外してある。それをミオに渡すと、横からレオがテッシュパックを二つ差し出した。
「さすがだなレオ、用意満々」
「…ユウヤ。それを言うなら、用意周到」
「あ、違ったか?まぁ、細かい事はいいじゃないかっ」
「いや、良くはねぇだろ」
笑い飛ばそうとするユウヤを横からバシッとリョウスケが突っ込みをいれる。その間、生き物の様子を窺うことは忘れていない。
レオのくれたテッシュパックからテッシュをむき出しにして、自分のテッシュとそれを会わせて数枚取り出して、ナオトから渡された水筒を横に少し傾けテッシュを水で濡らす。
「サキちゃん、染みるけど我慢してね?」
顔を覗きこみながらサキに話しかける。その問いに小さく頷くと、ミオはゆっくりと傷口に濡れたテッシュを当て拭いていく。
「っ」
傷口に当てられた直後に、痛みにピクッと小さく身体が震える。
ある程度拭き終え、新しいテッシュで傷口に当て、サキに当てたテッシュを押さえて落とさない様にと言う。言われた通りに押さえていると、ミオは自分のハンカチを広げ迷いもなく破く。破けたハンカチの布で押さえられたテッシュを一緒に右腕に巻きつけて、固定して綺麗に結んでいく。キュッと音が鳴る。
「はい、応急処置の出来上がり」
「…うん」
「もう、あんなことをして。心配したんだからね!罰として今度サキちゃんの手が空いた時、ぎゅって抱きつきの刑だからね」
「っ!?」
「そんな、顔真っ赤にして嫌そうにしてもだーめー。今回ばかりは許さないっ!」
「…」
「そういう会話、後にしろよ。後に」
どこか楽しそうにぎゅっと抱きついて、サキの顔を真っ赤にして困らせている。危険な目にあったというのに、そんなことがなかったように振る舞うミオを見て、いつも通り呆れてしまう。おかげで少しは肩の緊張も取れたようだ。
「よしゃ、さっさとこんなとこおさらばして、ミオんちで飯喰って遊ぼうぜっ!」
「あぁ!?すっかり忘れてたっ!」
「提案した張本人であるてめぇが忘れてどうすんだよ!」
リョウスケが怒鳴るとしんと周りが静かになった。しかし、それはほんの一瞬。次の瞬間にユウヤが、くっと息を漏らすと何が笑い始めた。それに釣られてナオト、リョウスケ、ミオ、レオの順番に笑い始め、場の雰囲気が明るくなる。
そんな中、ただ一人だけ笑わず、治療された怪我の具合を見ていたサキは、何かに気付いたのかすっと立ち上がる。視線の先には倒れて蹲っている生き物の姿。
(なんだろう。この感じは…、違和、感?)
鳥肌が立つ。寒気がするとは違う。ただ感じるのは、違和感だけ。
「サキちゃん?…っ!」
サキの様子に気づいたミオも立ち上がり、その顔を覗きこもうとした時、同様の違和感をミオも感じ取る。笑わなくなったミオを見て自然と笑い声が薄れていき、次の瞬間には、男達もその違和感を感じてしまう。
「何だよ、この感じ」
「…なんとも言えない違和感を感じる」
「あの生き物から出ているオーラか?」
「いや僕はそうは思わない」
ユウヤのその問いを否定したナオトが前後左右上を見る。その顔からは冷や汗なのか、すっと汗が流れる。
「この感覚は、この部屋の空間内で起きていること、なんじゃないかな」
「それって危ねぇってことか」
「だったら、この部屋から出れば簡単ね…ぇっ」
そこでミオは足に違和感を感じ、下を見る。
「な、何よこれっ!?」
そこにあるのは地面と呼ぶには程遠い、黒い床のようなもの。ミオが少し動くと小さな波が立つので、これは液体なのだろうか。腰を曲げ、触ってみようとした時。
「ガァウガァウゥ!」
生き物の鳴き声が聞こえた。まさか襲ってこようとしているのだろうかと思ったが、その鳴き声からは怒りなどは感じず、逆に助けを求めているような感じに聞こえた。何かあったのかと思い、はっとしたように皆の視線が生き物を方へ向けられる。
「ヴワァウゥッン!」
黒い床の液体から黒色をした触手のようなものが、ぬるりと現れ身体に巻き付く。先程と似た感じの鳴きながら、生き物は身体を激しく動かして暴れ、必死に逃げようとする。
「…何?あれは」
ぽつりとレオが言った言葉は、この場にいる誰もが思ったことだった。
六人の目の前で黒い触手に巻きつかれ、動きが鈍くなっていき、最終的に身動きが取れず暴れることも出来なくなる。動けないことが分かったからなのだろう。黒い液体の色の濃さが増したかと思うと、黒い触手が引っ込み始め、ずるずると地面に広がる黒い液体の中へと生き物を沈めていく。必死に鳴き叫ぶが、どんどん身体が沈む。
最後には完全に沈んでしまい、いなくなってしまった。
「お、おい。これって俺らもやばくねぇか?」
「やばくねぇ?じゃねぇだろ。どう考えてもやばいだろうが!」
ミオたちも立っている場所にもその黒い液体は広がっている。このまま居続ければ、あの生き物と同じようになってしまう。
早く、ここから出ようと、部屋の出入り口へと身体の向きを変えた。
変えようとした。
「な、足が」
向きを変えられるのは腰から上の上半身の部分だけ。液体に浸かっている足が全く動かない。
「う~ん。はぁっ、駄目。足が持ち上がらないよ」
何度力を入れても足は動かないし、持ち上がりもしない。張り付いているみたいだ。
「…既に罠にはまっているという訳か」
「レオ。冷静な状況説明なんていらないんだけど、ぉおっ!?」
ユウヤが言いかけた瞬間、先程の生き物を引きずり込んだ黒い触手がユウヤの足元から現れ、その身体を動かせない様に巻きついていく。締め付けられ、苦しそうに表情が歪む。
「うっ、ぐぅっ!」
そのままあの生き物同様に引きずり込まれ、身体が沈んでいく。助けたいのに、その場から動くことができない。ただ沈んでいくのを見ているしかない。
しかし、ただ見ているだけにはしてくれなかった。
「うわっ!」
「…ぅっ」
ユウヤが完全に沈みきっていないにも関わらず、ユウヤ同様にナオトとレオにも巻きつき、沈めていく。
「くそぉ!」
「みんなあぁ!」
何もできない不甲斐なさに、リョウスケは拳を握りしめる。無駄だと分かっていても、ミオは叫んで必死に呼びかける。
ただ一人、サキだけはその光景を見ない様に顔を背け、視線を下げる。辛いのであろう。
あっと言う間に三人は沈んでいってしまい、残るはミオとリョウスケ、サキの三人だけとなってしまった。
三人が沈んでいった場所を見て、会話もなく重い空気がその場に流れる。
「わ、わたしが、あの生き物を追おうなんて考えなかったら、何か楽しそうなことがありそうとか思わなかったら…み、んな…こんなことに、ならなかったのにぃ!」
馬鹿馬鹿、わたしのせいだと涙を流しながら自分を責める。座りこむことは出来ないので、そのまましゃがみ込んでしまった。ミオの様子を見て、止めようとしなかった俺も同罪だと、同様にリョウスケもこんな自分に嫌気がさしてしまう。目の前に壁があったら、そこに拳をぶつけたい気分だ。
二人のそんな様子を何も言わず表情も変えず、ただサキは見た。
「…」
落としていた竹刀を拾い、軽く手首を回して動きを確認。回すことを止めると、すっとミオの上頭部へと持っていく。
「…」
「っ!?」
全く表情を変えず、ほんの軽くぽんっとミオの頭を叩く。顔を上げたミオは、何事かとサキを見る。
「サキちゃん?」
「…」
何も言わず、ずっと見てくるサキのことが気になり、涙を袖で拭い、すっと立ち上がった。近距離まで迫ることはできないが。
「…」
「何で、竹刀で頭を?」
「…泣いている姿、ミオちゃん、らしくないよ」
「!?」
先程までと同様に無表情ではあるが、それでもどこか悲しそうな表情にも見える。珍しいとミオは思う。
「サキちゃん、心配してくれたの?」
「っ!?…別に、そういう訳じゃ…ない」
「はいはい。うそうそ」
「…」
にこにこと笑ってくるミオに対し、軽く睨んではみるが、先程のような悲しそうな表情はしていない。
「ごめんね。私、らしくないよね」
「…」
ごめんごめんと笑顔を見せる。こころなしかサキの表情が安心しているように見えた。
だが、それは一瞬だけだった。
「!」
サキが何かに気付いた瞬間、ミオの足元から黒い触手が現れた。そのまま標的であるミオに向かって行く。
「きゃあぁー!」
このままではミオもユウヤたちと同じ目に遭ってしまう。
目を閉じ、竹刀を持つサキの手に力が入り、持ち直し構える。すっと目を開けると、複数の標的をその眼中に捕える。
「はあぁっ!」
竹刀の先をミオに巻きつこうとする黒い触手に当て、そのまま叩き飛ばした。ミオに巻き付く前に触れてしまう前に、ぱしんっぱしんっと竹刀独特の音を立てて、全ての黒い触手を叩き飛ばし、ミオから離した。
「っ!?」
「全部叩いてミオから離しやがった」
サキは女性ではあるが、所属している剣道部の中でいちにを争う強さを持つ。小学生の頃からクラブで剣道を習い始め、現在高校一年生までに数々の大会で優秀な成績を収め、賞を取っている実力者。今度の夏には全国大会に出場メンバーに選ばれている。
おそらく竹刀や木刀を持たせれば、この六人の中で断トツに一番強い。その強さのおかげで、今までも救われたことが何度もあった。
そのサキが今までにない本気で、あの黒い触手を叩き飛ばしてしまった。
「さ、サキちゃんすごーい!」
ぽかんとサキを見て、ただ素直にそう思ったことを口にする。
しかしサキがしたのは、ただ弾き飛ばしてミオから離させ、少し動きを鈍らせただけ。倒せている訳ではない。
またミオに襲いかかろうとするだろう。そう思われたが、黒い触手は再びミオを襲わず、すっとあっさりと引っ込んでしまう。
「あれ、もしかしてサキちゃんの攻撃が効いたの?」
「…」
少し安心したようにミオは言うが、サキは無言で俯いた状態で、首を横に振った。
「でも、引っ込んじゃったよ。もう大丈夫だとおもっ―」
言いかけた瞬間、黒い触手が再び現れた。ミオではなくサキの足元からだ。
「なっ!?」
「うそ…」
驚く二人の前で、サキを今までよりも素早くその身体に巻き付き、拘束する。竹刀は辛うじて握られているが、振ることができない。
「サキちゃんっ!」
必死に呼びながら手を伸ばすが、届かない。サキが手を伸ばしてくれれば届くが、今のサキに出来るはずがない。
足は相変わらず動かない。届くはずがない。
「…」
すっと顔を上げたサキがミオを見る。怯えも恐怖も感じていない、覚悟が出来ていたという真剣な表情。その表情でミオは分かってしまった。
「サキちゃん、最初からこうなるって分かってたの?」
今にも泣きそうな声で訊ねると、すっと目を閉じたサキはこくんと頷く。
「もし、私達を連れ去ることが目的なら効率の悪い者がいれば、まずはその者を先に引き込もうとする」
「それをサキちゃんは竹刀を使って弾き飛ばして、私がその人物だって、示したの?」
「…」
こくんと頷く。その瞬間サキを完全に拘束出来た触手は、ぐいっとサキを引きずり始め、身体を沈めていく。
「っ!!い、嫌あぁ!サキちゃん、サキちゃあぁーんっ!」
届かないと分かっていても、それでも届かせたいと必死に手を伸ばす。無意味だと分かっていても何度も叫んでは呼ぶ。
ぐいっと身体が前へと傾いていく。
「ぅわあぁっ!」
ついにバランスを崩し、前に倒れてしまった。全身を叩きつけてしまい、身体中に痛みが走る。
その際、全く動かなかったはずの足が動いた。倒れた拍子に足が靴から抜けたからだ。どうやら足ではなく、正確には靴が地面に張り付いたようになり重りになっていたようだ。
足が動くと分かったミオは、身体を起こし、立ち上がろうとする。その間、サキは沈んでいき、既に胸の上しか出ていない。
「サキちゃあぁ―っ!?」
慌てて駆け寄ろうとしたミオを、足元から出てきた黒い触手が捕える。身体に巻き付き、動けなくさせる。
まるで、邪魔はさせないとしているかのようにだ。
「このっ!離せ!はーなーせえぇえぇぇ!邪魔しないでぇっ!」
激しく暴れようとするが、その動きさえも封じるかのように、強めに身体を締め付けてくる。痛みに表情が歪む。
「ぅうっ。…っ!さ、サキ、ちゃぁ、んっ!」
縛られても、なんとかその腕を伸ばそうと、手を届かせようと必死になる。身体と絡みつく黒い触手の間にできる隙間を利用して、するりとなんとか右腕だけを抜け出すことが出来た。必死に手を伸ばすが、サキはもう首から上しか出ていない。下は完全に沈みきってしまっている。手を伸ばしてミオの手を掴むことは出来ない。
必死に助けようと手を伸ばすミオを見て、その姿を見ないように視線を背け目を閉じ、何も言うこともせず、ただサキは沈んでいく。
「サ、キ…サキ、ちゃん…う、…くぅ!」
そのままサキは、ミオの目の前で完全に沈んでしまった。
何もできなかった。あと少しで届くところに、助けるところまで来たのに、結局何も出来なかった。
ぱたりと必死に伸ばしていた手が落ちる。同時にバチャッと水音と、声を出さまいと堪えながらも泣くミオの声が静まる空間に響く。
「ミ、ミオ…」
今は声をかけない方が良いとは分かってはいるが、それでもリョウスケは声をかけて何か言わないといけないと思った。何を言うべきかミオの方を見ながら言葉を考える。
その時、ミオの身体がサキよりもゆっくりではあるが、沈んでいることに気付いた。
「ミオっ!」
先程ミオはサキを助けようとして前に倒れてしまった時に、靴から足が抜けて動くことができた。ならリョウスケも同じだろう。すぐに靴を脱ぐと、そのまま全速力でミオに向かって走った。ミオ同様に助けようとするリョウスケに黒い触手が捕えようとする。
「はぁっ、捕ま…って、たま、る…かよっ!」
黒い触手の動きをよく見ながら、捕えようとリョウスケの身体に触れる直前に、少しぎこちない身のこなしではあるが、走りながら避けていく。こちらに向かってくるリョウスケに気付いたミオが、はっと顔を上げて自分の身に起こっていることを理解する。
「うっ!い、嫌!離してっ!離してえぇぇ!」
ミオは膝立ちの状態で拘束されている。今までの皆は、立ったまま拘束され沈んでいったが、膝立ちをしたミオが沈んでしまうまでの時間の間隔は誰よりも短い。必死に身体を動かして暴れるが、すでに腰のあたりまで既に沈んでいる。そうなる前に助けないといけない。
「ミオ!」
急いで傍に行かなくてはならない。焦る思いから、黒い触手の動きをよくは見ていなかったリョウスケの片足に巻きついてきた。
「!」
そのまま引っ張られ転びそうになる。体重が支えられなくなり、身体が傾いていく。
「…くっ、くそおぉー!」
倒れかけた身体をもう片方の足で、地面があるであろう黒い液体に向かってダンッと力強く押しつける。そのまま体勢をなんとか直すと、今度はリョウスケが黒い触手を逆に引っ張るような形で、巻きつかれている片足を引きずりながら、ミオに近づいていく。
それでも、巻きつかれていることによって走ることができず、上手く避けることもできない。腹部、左肩、右手首と順にその身体に絡みついてくる。少しずつ前に進む速度は遅くはなったが、何とかミオに近づこうと身体に力を入れて、逆に引っ張っていく。
その間、ミオは既に胸当たりまでしか出ていない。サキを助ける際に抜け出すことができた右腕もまだ沈んでいない。
「はぁっ、はぁっ…ミ…ミ、オ…っ!」
まだ時期は春なのに、リョウスケは体力を使うことで、額から大量の汗を流す。必死にミオに呼びかけ、まだ巻きつかれていない左腕を伸ばす。
「リョ、リョウ…スケっ!」
呼びかけに反応し、リョウスケに視線を向けたミオも、沈んでいない自由のきく右腕をリョウスケに向かって伸ばす。まだ届かない。
「ぐ、うぅ…はぁっ、はぁっ…ぅ」
リョウスケが少しずつ前に進み、ミオが身体を少しでも傾ける度に、その手と手の間隔は少しずつ狭まる。
「う、ぅ…くぅ…ぁ……っ!」
中指同士が触れる。触れた瞬間、絶対に離さないとリョウスケがそのまま一気にミオの手のひらまで指を持っていく。ミオが痛みを感じるくらい強く手を握る。
「い、いたっ」
「我慢、しろぉ。…ぜっ、てえぇに、この手を…離さ、ねぇ…ぞっ。俺、はぁ!」
「リョ―っ!」
必死に手を掴んでくるリョウスケに、対して何かを言おうとした。その時、今まで以上に黒い触手がリョウスケの身体に巻きついてきた。動けなくなるまで巻きつき、そのままミオと一緒にずるずると沈め始めた。
「ぅぐっ、手っ取り早く一緒、に…沈める気、か、よぉ!」
「リョウスケ、もういい。もう…手を、放してよ。まだあんたなら、なんとかすれば逃げられるかもしれないのよっ!だから―」
腕と手首を動かし、しっかりと握ってくる手を振り解こうとした。その言葉と行動を見て、今まで以上にミオの手をきつく握ってくる。
「いっ!…ちょっ、い、いい加、減に…」
「冗談、ぬか、すんじゃあ、ねええぇー!」
「!?」
今までに聞いた覚えのない怒鳴り声に驚き、リョウスケの方を見る。ぎりりと歯を噛み締め、鋭くミオを睨んでいた。一瞬ミオの身体がびくっと跳ねる。
「えっ!?」
「おいおい、と…逃げっ、かよ!ぜ、ぜってえぇ!たす、け、て…や―!?」
「ぅあ!」
ずんと何かの衝撃が二人の身体に伝わる。次の瞬間に先程よりも早く沈み出した。
リョウスケの言葉を聞いて何を思ったのだろう。さっき手を離させようとしたミオの手に力が入り、離さないようにがっちりとリョウスケの手を握る。
「う、い、嫌あぁー!…うごっ」
悲鳴を上げるミオは、リョウスケに掴まれている手以外完全に沈んでしまった。それでもリョウスケの手を握る力は全く抜かない。
沈められる中必死に暴れるが、抜け出すことができない。その間リョウスケの身体は胸下辺りまで沈んでしまっている。ここまで沈んでしまえば抜け出すことは完全に不可能。
(ち、くしょっ!このまま、死ぬの、かよ。俺たち、皆)
死ぬかもしれない恐怖。それでもリョウスケはミオの手をがっちりと握り、完全に沈んでしまい表情など全く分からないが、ミオの手もリョウスケを離さないようにしっかりと握ってくる。
いつもなんだかんだと喧嘩してしまうが、ちゃんと頼ってくれていると思うと少し嬉しくなってしまう。
身体も首から下まで沈んでしまい、身体を動かすことはもう出来ない。あと数分も経たない内に完全に身体全部が沈みきってしまう。
(…言えてねぇけど、好きな奴と一緒に死ねるなら…本望、かも、しれねぇ…な)
視界が少しずつ黒く見えなくなっていく。すっと目を閉じると、ミオの手から温もりが伝わってくる。それがこんな状況でもリョウスケに酷く安心感を与え、同時に罪悪感を覚える。
(わりぃ…ミオ。…助けて、やり、たかっ…た)
思ったと同時に、タプンッと音を立てて、リョウスケの身体は完全に沈んでしまった。沈みきったと同時に部屋の地面一面を覆っていた黒い液体は、地面に溶け込むように消えていった。
あとに残るのは、ミオたちの何人かが落としていった鞄などの持ち物。そして、この建物に入る時に感じた独特な雰囲気だった。
コポコポと水に中特有の音は耳から聞こえ、水の中にいるような感覚が全身から伝わる。
液体の中に沈められるということは、空気がないと思って身構えてはいたが、息ができる。だが、身体は全く動かすことができず、ゆっくりと身体が底の方へと沈んでいるようだ。
どこまで深いのか、底があるのかと気になり、瞼が一瞬震えるとゆっくりと目を開ける。
目の前に広がるのは真っ暗な暗闇。何も見えない。底があるのか、ないのかも全く分からない。
目で見て分かったことを思っていると、息ができるのにも関わらず、意識が少しずつ遠退いていく感覚に襲われる。
終わってしまうのかと考えた瞬間、せめてと思い横目でミオがいるであろう方を見る。
暗闇ではあったが、ミオの顔がはっきりと見えた。目は閉じており、意識を失っているのか、死んでしまっているのか判別が出来ない。しかし、まだミオの手からは温もりが伝わり続けていることから、まだ死んではいないと分かる。
ミオの顔が見られて安心していると、意識が一気に遠退いていき、ミオの顔が霞んで見えなくなっていく。
温もりが残るミオの手を死んでも離さまいと、残った力でぎゅっと手を強く握った。
(……ぁ……ミ……ミ………オ……)
名前を心の中で呼んだ瞬間に、視界が真っ暗になり意識を失ってしまった。
そのままリョウスケとミオの身体は底の方へと沈んでいき、完全にその形が見えなくなってしまった。
「…」
高い石の壁に囲まれ、緑が生い茂る。近くに小さな湖がある。周りには遺跡の一部のような人工的に彫られた石がいくつも置かれ苔が生えている。湖の近くには大きな根が剥きだした、大きく立派な木が佇んでおり、何やら丸く発光するものがふわふわと周りに浮かぶ。神秘的と言われそうな場所だ。
その木の根にもたれかかり、裸足の状態で左足を少しだけ湖に入れる。白い長いローブを着た人らしき姿をした者がフードを被った状態でいた。女性のようだ。
フードの隙間から見る顔は凛々しく美しい。しかし、目を閉じているため瞳の色は分からない。
「…っ」
すると何かを感じ取ったのか、すっと目が開いた。瞳は綺麗な銀色をしている。
「また…今度は、六人」
ため息をつき、少し不機嫌そうに呟く。
『六人』。その数はミオたち六人のことを指しているのだろうか。
「いつまで続くのかしら。この…っ?」
何かを言いかけた。その瞬間、また何か感じ取ったようだ。不機嫌そうだった彼女の顔に笑みがうまれる。
「これは…。これが、本当になれば…ふっ、楽しみだわ」
先程とうって変わり、にこにこと笑う。
そのまま上を見上げ、石の壁に囲まれた世界から覗ける空を見る。見上げることで被っていたフードが滑り落ち、中に納めていた長い紙がふわりと舞う。金色をしており、日の光りに反射し綺麗に輝く。
すっと見上げることを止めると、どこか遠くを見る。
「様々な可能性を秘めた異世界の人達。ようこそ『アエリーニア』へ。そして…、いつか会えることを、楽しみにしているわ。…大きな…そう…困難な試練を数多く、乗り越えて、ね」
にこりと笑った彼女の身体がすっと消えていき、後に残るのは丸く発光するものがふわふわと浮いているだけだった。
微かに何か音が聞こえた。
(……)
その音に引き寄せられるように、沈んでいたリョウスケの意識が、ゆっくりと浮上し出す。
(…真っ暗だ)
意識が完全にはっきりとしたリョウスケが最初に見たのは、真っ暗な世界。ここは何処だと思った瞬間、一瞬だけだが真っ暗な世界が一層真っ暗になった。 そのことで、この世界の正体が分かった。
(…あ、目ぇ閉じたままじゃねぇかよ。馬鹿か、俺)
なら、この世界からの脱出方法は当然分かる。ただ瞼を開ければいい。
(というか俺。…いつの間に寝ちまったんだよ)
寝ようと横になった記憶がない。瞼を開ける前に、状況を整理してもいいだろうと思い、このままの状態で今までのことを思い出そうとする。
(…あーえっと、確か…ミオが何か、変な生き物を追って…俺たちは、廃工場、に―!?)
そこで、何があったのかはっきりと思い出した。
ミオと仲間と一緒に生き物を追うために廃工場に入り、そこで見たことのない生き物に襲われた。その後、仲間が次々と黒い触手のような物に巻きつかれ、足元に広がる黒い液体の中へと沈められた。そして、最後に自分はミオと一緒に沈められて、そこで記憶が途切れている。
(そうだ。俺は…ミオと一緒に沈められ…っ!)
ぱっと瞼を開け、いきなり暗い世界から一気に視界に、入りこんだ光りに目が眩んだ。横に倒れていた身体を起こし、ミオも姿を探す。
「?」
ふと、ずっと左手に何かを掴んでいる感触があることに気付いた。すっと左手に視線を向けると、掴んでいるのは手。その手から手首、腕へと視線だけで辿っていき、視界に見覚えのある顔が入り込んだ。
すぅすぅと寝息を立てるミオの姿があった。胸が上下していることから、ミオはただ寝ているだけだと分かり、安堵のため息が漏れてしまう。
(はぁっ、あっさり見つかったな。…てか)
あの沈められそうになった時からミオとずっと手を繋いでいることに、今更気付き頬が赤みかかる。ミオの寝顔を見続けることに気が引け、そっぽを向く。 気分を変えようと、ようやく周りの様子をじっくりと見渡す。周りの景色を見て、リョウスケの表情がどんどん険しくなる。額から汗を流し、口を軽く開け茫然としてしまう。
「……えっ…は?…ここ、何処だよ」
そこは自然が溢れる、緑が生い茂る森の中だった。
第一話 『神隠し事件』 終わり
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ミオ
「目が覚ましたわたしとリョウスケ。え、ここどこなのよ!
ていうか、サキちゃんたちがいないんだけど、どうしてよ!?
もう訳が分からないまま、あの生き物の群れが…って、うぎゃあああぁぁ!!
次回「Nature Soldier」第二話
『異世界 アエリーニア』
何、わたしの中から湧き起こる、この感覚は?…あれって…弓?」
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第二話 『異世界 アエリーニア』 へ続く




