表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ギルド『ハルモニア』

そして今日で諦めた

ヒーローがオネエで、主人公が男っぽい子です。

ただいに下ネタを含みます、シリアス(笑)です。

前作と前々作の『そして今日~』を見てないとおそらく意味がわかりません。

「ルゥウウウッカァアアアア!!!」


三日にわたる依頼からの帰還。私を出迎えたのは凄まじい巻き舌だった。

こんな風に名を呼ばれたのは何度目だろう、逃げずに足を止める。

今の彼にいつものスマートでしなやかな動きは欠片もない。

怒り任せに足音を立てて向こうから歩いてきた彼は魔獣も泣いて逃げだしかねない表情だ。

うちのギルドは強者揃いである、けど現に周囲のメンバー達は怯えていた。


「アンタって子は……また親父から直接依頼受けて!!

 あれだけもう軍に関わるなって言ってるのに!」


私を鬼の形相で叱るのは幼馴染みのヘルマ。

彼はギルド『ハルモニア』のマスターであり、私の雇い主だ。


そして私の里親でもある彼の父君は大佐、軍の上層に位置するお方。

大佐とヘルマは折り合いが悪い。だが私は軍に勤めていた事もあって仲が良い。

その為、大佐はギルドを通さずに私へ依頼してくる事がしばしばある。

ヘルマはそれが気に入らないらしい。


「なんでそうやって危ない依頼に突っ込んでいくの!

 親父も親父だけど、アンタもホイホイ受けてんじゃないわよ!

 無許可の依頼やってる暇があるなら料理の一つも身につけなさい!

 どうせアタシから離れてる時はまた飯抜きやらかしたんでしょ、馬鹿!!

 ほっといたらアンタすぐ忘れるんだから!!」


怒り心頭、それを顔へ全面的に出しながら捲し立てる。

そういえば依頼の間、何も食べていなかった。図星を付かれて耳が痛い。

しかも指摘したのが女の私より女性らしい彼となると、いっそう辛い所だ。


「ったく……お腹空いてるでしょ。

 お説教の続きは後にするから、とりあえず食べなさい」


とりあえず一旦怒りは冷えたのか、苦々しく笑うヘルマ。

それによってメンバー達の緊張がほどける。

ちょうど食事時だったおかげもあり、なごやかな雰囲気を取り戻していた。

私も普段通り彼の優しさを甘受した上で、後に足が痺れるまで怒られて。


「……今まで、すまない。もう受けない」

「は?」

「大佐にそう言ってきた。

 君が言う通り、これからは少しずつ自立する。

 いつまでも君に頼る訳にもいかないのだから」


でも今日からはそんな訳にはいかないのだ。

私の言葉が意外だったらしく、ヘルマは目を白黒させて、

まるで珍獣でも見るような視線をしている。


「えっ、あ……な、何よー!ちゃんと反省してるんじゃない!

 ならお説教は許してあげる、ほら食べた食べた!」


動揺を隠し切れていないまま、私を中へ誘う。

周りの仲間達の雰囲気まで悪くしてしまった事を申し訳無く思いながら「ただいま」とドアを閉めた。




ギルドの古株ルッカさんはハルモニアのエースとなる存在です。

華奢な外見からは想像できないのですが接近戦のエキスパートで、軍人時代も大いに活躍したと。

ただ若くして大怪我により引退し、ギルドに務める事となった。

事務員の私が彼女について知っているのはそれ位です。

そんな私でもルッカさんが最近おかしい事には気付いてました。


「……やっぱり君は教えるのが上手いな、スミス嬢」


そう言って、私の隣で鍋をかき混ぜるルッカさん。

彼女はここの所、私に家事を習っています。

何の依頼も受けずに。私は家事好きなので一向にかまわないのですが……。


月毎の生活費さえ収めておけば、このギルドは特にノルマはありません。

たまにマスター直々に指名が来ますが、殆どが私経由で自由に選べます。

期限さえ守れば好きなだけ受けられるので、かけもちする人が殆ど。


ルッカさんもそうでした。

5,6つ当たり前。一番多い時なんて10個とかありました。

でも一回も期限破った事無いんですよね。

別にお金に困ってるとかそういう訳では無いようですが。

とにかく積極的に依頼をこなしていたのに、急にぱったり。絶対におかしい。

でも単なる事務員の私がそんなずけずけ聞くのも憚られる……けど。


「あのルッカさん、つかぬ事をお伺いしますが……」

「なんだろう?」

「ルッカさんがたくさん依頼こなしてたのって何故でしょうか」


もし私事について尋ねる時は微妙に外れた所から責めて徐々に確信へ近づくといいよ。

と教えてくれたのはギルドメンバー最年長のあの方。

弱み握るには、と満面の商人スマイル怖かったなあと思い出しつつ実行させてもらう。

でもちゃんとできてない気がする、これも充分プライベートだ。


「……好きだったんだ」


やってしまった、と冷や汗をかいていた私に対して、ルッカさんはあっさり口を割ってくれた。

そうか、私と一緒でお仕事好きなんですね。

エースである彼女に憧れていたのですが、その一言で何だか親近感を抱いてしまいました。


「ヘルマの事が」

「そうだったんで……ってえええええ、そっち?!」


予想外に予想外、おかげでうっかり心の内がそのまま口に。

ぱちぱち、とルッカさんは目を瞬く。


「ご、ごめんなさい……」


我に返って恥ずかしさと申し訳なさに俯く。

驚かせてしまったとまた焦っていたら、

彼女は特に気分を害した様子は無く、むしろ楽しげに笑い出した。


「ツェリなんて言わなくても気が付いたんだがな。

 黒騎士とのやりとりを見てて思ったが、

 やはり君は色恋沙汰にはわりと鈍感らしい」


他の部分では気が利くのに。そう微笑むルッカさん。

彼の名前を出されて私は彼女の前だというのに顔が赤くなってしまう。

名前を聞くだけで照れてしまうのは自分でも重症だとはわかっているけれど。


「その様子を見るに何か進展があったみたいだな」

「あの……、えっと」

「喜ばしい事だ、どうか幸せにな。

 ……破れた身としては羨ましい限りだ」

「えっ」


知らなかったのか?と尋ねられる。

マスターの彼女への反応を見ていれば、到底信じられる話ではない。

正直に頷いたならば一息おいた後、彼女は教えてくれた。


「随分昔の話だ、もうヘルマは忘れてるだろう。

 それでも彼が好きだった、彼の役に立ちたかった。

 だからギルドの発展に努めたんだが……逆効果だったみたいだな」

「……逆効果ですか?」


それが何を示しているのか。

尋ねる私に彼女は泣きそうに顔を歪めて。


「いつも彼は私に怒ってばかりだ。

 他のメンバーはこなすほどに褒められているし、

 彼から直接頼られているのに、私には一度も無い」

「それは」

「私には戦う事以外、できやしない。

 だけど……ヘルマは私を必要としてくれないんだ」

「ルッカさん……」


唇を固く結んだ彼女。

それはおそらく誤解だ、マスターは。

正そうとして、ふと私は彼女の手元を見て青ざめる。


「ルッカさん、塩!塩入れすぎです!!!」

「あ」


ソルトミルを渡したまま、話し込んでしまったのが悪かった。

味を締める為の仕上げだから一捻りで良かったのだけれど、

彼女は話の最中、ずっとごりごりごりごりし続けていたらしい。


恐る恐る小皿に一口移して味見。次の瞬間には眉間に皺が寄っていた。

これじゃコンソメスープじゃなくて塩分スープだ。

もしかしたら海水も目じゃないかもしれない。

いつの間にか飲んでいた彼女も私と同意見らしい、顔を顰めじっとスープを見つめる。


「これは……みんなじゃ無理だな。私が全部飲むよ」

「ダメです!こんな体に悪い物飲んじゃいけません!」

「別に平気なんだが」

「普通の人間がこんなの飲んだら死んじゃいます!魚類も真っ青ですよ、これ!

 この程度なら大丈夫です、野菜で薄めてごまかしますから」

「……それもそうだな。本当にすまない、君に任せてもかまわないか」

「はいっ!了解です、ぜひ任せて下さい!

 えーっと、とりあえずトマトとオニオンでいっか。

 凄い嵩になりそうだけど獣人さん達が揃ってるからいけるかな……」


頭をフル回転して鍋に向き合う、きっと美味しく仕上げてみせる!

燃える使命感。意気込んだ私はすっかり料理に夢中になってしまって。

おかげでルッカさんへ伝えるべき事を頭から放り投げてしまったのだった。




夕食時、私は定位置である隅の席で一人、食事を頬張っていた。

あの惨劇をごちそうに変えたスミス嬢の腕前に感心しながらスープを堪能する。

ガタン、と椅子が引かれる音。誰かが前に座ったらしい。

席は有り余っているのに、不思議に感じながら相席となった人物を見る。

それは今、一番会いたくない人だった。


「ねえ、ルッカ。アンタどうしちゃったわけ?」

「何がだ」


単刀直入に切り込んでくるヘルマ。

いつもの態度を取ったつもりだが冷たくなってしまったかもしれない。

平静を保ちたかっただけなのに。彼にも違和感は伝わってしまったようだ。


「明らかに様子おかしいもの。

 何かあったの?もしかして親父に何か言われた?」


心配してくれている事が嬉しい反面、苦しかった。

優しくされたくない。せっかくの覚悟が覆されそうで。

でも、もう決めた事だ。深呼吸して私は告げる。


「ヘルマ、私、引退しようと思うんだ」

「そうな……え゛っ。な、なっ!なんで?!

 あんまりにもアタシが口うるさいから?違うのよ、ルッカ!

 アタシ、ただアンタに……!」


彼に怒られるのが嫌ならとっくに辞めている。

もっと明確な理由だ。遮るのは悪いが一気に言わせてもらおう。

決心が揺らいでしまう前に。


「大佐がいいかげん孫の顔が見たいと言っててな。

 それで悩んでいたら叶えてくれる人が見つかったんだ。

 今まで世話になったな、ヘルマ」


ヘルマ、君との日々は本当に楽しかった。

でも、もう報われない想いを抱くには疲れてしまったんだ。

そんな事、口が裂けても言えないけれど。


「え……ちょ、ちょっと待って、ルッカ。何の、話、を」


長い初恋だった。けどきっと諦めてみせるから。

一息吐く……今日でさよならだ。


「だからその人と結婚するよ」




有言実行。大事な事は早めにしておくべきだ。

そう思ってヘルマの部屋へ朝一番で辞表を置いてきた。

荷物は前から纏めているが、部屋を開けるのは帰ってきてからでもいいだろう。

それだけ終えた私は時計台の方へ出かけていた。


「すまない、バドン卿。待たせたか」

「いいえ、大丈夫ですよ。ルッカ殿」


約束の時間より早く向かったのだが、その人と馬車は既にやってきていた。

柔和な笑みを浮かべた青年、彼こそバドン卿。私の婚約者だ。


「では行きましょうか」


慣れないスカート。布が足に纏わり付く感覚が不快だが仕方あるまい。

「どうぞ」と馬車の段差に苦戦する私に対し、彼がすっと手を伸ばす。

好意に甘え、その手を取った。




『あの、マスター……大丈夫ですか?』

「黒騎士、アンタにはこれが大丈夫に見えるわけ……?」


見えない。どこからどう見ても見えない。

目は死んでるし、泣き腫らした後があるし、

二日酔いのせいか、血の気の無い真っ白な顔色。


カウンターに突っ伏したまま眠っていたマスター。

その周りには夥しい量の酒瓶が。下戸の俺は匂いだけで酔いそうだ。


じゃんけんに負けて彼を起こしに行ったのだが、今すぐこの場から逃げ出したい。

原因のわからない殺意の波動。因縁の竜ですらこんなに怖くなかった。

びくびく怯える俺を見て、マスターはどこからともなく酒瓶を取り出す。

まだ飲むんですか、もう朝ですよ!


「悪いけど、看板裏返しといて。

 今はトラブル起こっても平和的に解決できる自信無いの。

 ……あと愚痴聞いて、」


いつも物理でぶっ飛ばしてますよね、とは言えなかった。

殺っちゃいそうなんですか、わかりたくないです。

というか最後の死刑宣告やめてください。こちとら蚤の心臓です!


「アンのお気に入りの雑貨店教えてあげるから」

『はい喜んで!』


はっ、と気付いた時にはもう遅い。

手が、手が、勝手に!ずるいですよもう!とは言えなかった。

今はおふざけ厳禁だ。そのルールを守らなければ俺が最初の犠牲者になる。

それはだめだ、俺はアンさんと雑貨屋デートがしたいんだ!それまで死ねない!


あいたたた、と頭を押さえているのにマスターは酒瓶から手を離さない。

どこまでも虚ろな瞳。そうですよね、ショックに決まってますよね。好きな人取られるのって。

自分も身に覚えがあるのでついつい親身になってしまう。

いつもお世話になっているのだ。とことん付き合おうと決めてまずは看板の方へ。

……ただ俺ジュースしか飲めませんけど、いいんですよね?



「アタシね、あの子がもう可愛くて可愛くて仕方無かったのよ。

 だから私を避けるように軍へ行っちゃった時は荒れたわ」


さすがにここまで酷くなかったけど。

看板をクローズにして、席に戻って来るやいなや話が始まった。

ちなみにいつもならこの時間帯は食事時なのだが、

みんな空気を読んで(というか巻き込まれたくないんだろう)俺達二人きり。


『でも引退して、マスターの所に戻ってきたんですよね?』

「……ルッカが軍で大怪我した時ね。

 戻ってきたんじゃないの、アタシが無理矢理引き取ったのよ。

 もっと嫌がるかと思ったけど、あっさり帰ってきてくれて嬉しかったわ」

『怪我、大丈夫だったんですか?』


詳しい事は知らないが、今のルッカさんは五体満足全くの健康体。

だからそんな引退の理由になるような怪我があったとは思えなかった。

俺の質問にヘルマさんは少しだけ迷ったような素振りを。


「まあ、ね。ただアタシ、とにかく心配だったの。

 またあんな風に無茶するんじゃないかって。

 あの子、働くの好きだからすぐに戻りたがると思ったし。

 だからこのギルドに誘ったわ、傍についてれば止められるじゃない」


でも、と頭を抱えるマスター。

その先の台詞は何となく分かってしまう。

やっぱり予想通りの言葉が彼の口から飛び出した。


「アタシの忠告なんて聞きやしない!

 毎日毎日ほとんど休み無く依頼入れるわ!

 軍からの依頼って危険度高いから回さないようにしたら勝手にやりとりするわ!

 いっつもアタシがどんな気持ちでいるかもしれないで!

 口うるさくしたい訳じゃないのに、いやでも酸っぱくなるじゃない!!」


マスターは鬼だ、性格的な意味で。

ちゃんと見極めてくれているんだとは思うが、

定期的に彼から直接下される依頼は総じて難易度が高い。

腕試しの意味もあるとしても、死に物狂いにならないと土の中が当たり前。

命からがら帰ってこれば「お疲れ様、報酬は弾んでおくわ。またよろしくね」完。

あと今の所はいないらしいが依頼期限を破れば即クビ。


本当に困っている時は体張って助けてくれたりするんですけどね。

ただ何も厳しいのはメンバーだけじゃない。

客にもメンバー候補にも一切容赦しない。


例えば客に対しては報酬が見込めなければどんな身分でも追っ払う。

報酬未払いならどこへ逃げようがとっつかまえて回収。

メンバーを嵌めるような真似をすれば肉体的にも社会的にもつるし上げる。

「お金がないなら内臓売ればいいじゃない」と最高の笑顔で言い放ったのは一度や二度じゃない。


次にメンバー候補についてだが……、

ほとんどのメンバーは俺のようにマスターからのスカウトだが、

うちのギルドはなかなか有名所で、働きたいと応募してくる者は少なくない。

その中には実力を勘違いしているものはわりといる。

マスターは敢えてそんな奴に入門試験と称しドラゴン退治押しつけたりする。

当然ボロボロになって戻った所を「わかったわ、帰れ」である、みなさんここに鬼畜がいます。

しかもお目にかかった者はちゃっかり入れてるのがまた怖い。


と、そんな感じでおわかりいただけただろうか。ちなみにだいぶ省いてこれだ。

さすが絶対零度の鬼と噂される大佐のご子息である。

マスターは似てる事、全力で認めないが。


「なのに、なんでわかってくれないのよぉ……」


そんなマスターだがたった一人だけ激甘な対応をしている、それがルッカさんだ。

いつも大魔王顔負けなマスターだがルッカさんが絡んだ時だけは人間臭い。

端から見てても心配してるんだなー、すっごい過保護だなーと。

あとベタ惚れなんだというのも。この取り乱しようでいっそう認識する。

だから今回の件はびっくりした。


『ルッカさんが結婚するなんて未だに信じられません』


バリン、ビシャッ。そんな音と共にマスターの周辺が赤色に染まる。

原因は彼に握り潰されたワインボトル。酔いを誘う匂いが充満し始める。

その赤は紫色を帯びているのに、どうして血飛沫に見えるんだろう。

と、現実逃避する程度に俺は恐怖心を募らせていた。


ルッカさんはマスターの事が好きだと思っていた。

だからこそ、この気持ちを吐き出した。ただし最悪のタイミングと文面で。

傷を広げるつもりは無かったんです。うっかり命知らずの手が憎い。

俺の蹴り技が火を噴くぜ!になるかと構えていた予想は外れ、

マスターはカウンターに突っ伏し、盛大に嘆き始めた。


「どうしてよ、ルッカ。なんで、いきなり。

 そんなに……相手の事、好きになっちゃったの?

 あ、だめだこれ、自分で言ってて死にたくなる……」


どうしよう、フォローできない。

俺のネガティブモードより鬱々してる。こっちまで落ち込んできそうだ。

放っておいたら死ぬ、というか今にも首つりそうな勢いなんですが!

お願いです、誰でも良いので助けてください!


「……あの、マスター」

「!」

「勝手にごめんなさい。

 二日酔いのお薬持ってきたんですが……」

「……悪いわね、アン」


状況を打開してくれたのは水の入ったグラスと粉末を持ってきた少女。

女神キターーーー!と叫んだ俺の気持ちをわかってほしい。

いつもキラキラしている彼女がいつも以上に輝いて見える。

さすがアンさん、気遣い上手な所も素敵です!大好きです!お嫁にきてください!


ふと彼女と目が合う。

視線を明らかに逸らされたが耳まで赤いその姿に愛しさが募った。

あの口付け(といっても兜越し)以来こんな感じだ。

おかげで期待は膨らむばかり。気恥ずかしいけど、それが心地良い。

殺意のこもったマスターの舌打ちが気にならない位、浮かれてしまう。

でもやっぱりその絶対零度の視線に長くは耐えきれなかった。


「……人が大失恋した最中に純情決めてんじゃないわよ」

『申し訳ございませんでした!』

「……次は全力でへこますわ。

 それにしてもルッカの相手って誰なのよ。

 黒騎士、アンタ知ってる?」


マスターの蹴りが炸裂したら修理費が馬鹿にならない。

強化魔法かけてないのにあの威力なのだから……ああ恐ろしい!

なので大急ぎで謝る。おかげでどうにかベッコベココースは免れたようだ。


質問に対し俺は首を横に振るう。

昨日のマスターじゃ、聞き損ねますよね。

俺は目の死んだ彼の片言の「オシアワセニ」に怯えるあまり、それどころじゃなかったです。

ただ代わりにアンさんが答えてくれた。


「確か……バドン卿って仰ってましたよ」

「バドン卿?アン、今バドン卿って言った!?」

「はっ、はい……」


マスターの目つきが途端に鋭くなる。

驚きつつもアンさんはしっかり答えていた。

口を押さえて青ざめた顔をするマスター……もしかして吐きそうなのか?


「アン!黒騎士!」

「はい!」

『バケツですか!』

「違う!ツェリ呼んできて、あと地図!今すぐ!!」


何故そんな頼み事をされたのかはわからなかったが、

鬼気迫る表情に俺とアンさんはすぐさま走り出したのだった。




「ルッカ様、どうぞ」

「ありがとう」


紅茶を私の前に支給し終えたメイドが部屋から出ていく。

結婚式の打ち合わせの為、私はバドン卿の家へ訪れていた。

彼のご両親は既に亡くなっており、家には彼と数人の使用人だけ。

辺境に構えた屋敷だ、それほど豪勢にする必要もないのだろう。


「まさか貴方が結婚を承諾してくださるとは」

「……今の私には貴方の申し出はありがたかった」

「唯一のご子息であるヘルマ殿が結婚する素振りを見せませんが、

 リーグルハイン大佐も年ですからね。

 貴方が結婚すると聞いて、ヘルマ殿は驚いていたでしょう」

「……ええ。でも彼はお幸せにと快く送りだしてくれました」


祝辞をもらう裏で本当は引き止めてくれないかと期待していたのだ

でも彼は何も聞かず、ただ私の幸福を願ってくれたのだ。

だから私はそれに応えなければいけない、君の望んでくれた事なら何だって。


「大佐も……父も、きっと喜んでくれます……」


カップを持ち上げ、縁を口元へ。

自分の女々しさ、浅ましい心に嫌気がさして、

苦い気持ちを紅茶の味で誤魔化そうと一気にカップを傾けた。


「だ、から……?」


陶器の割れる音、それは突如力を無くした指のせい。

ぐにゃぐにゃと腕も足も痺れて動かない。

まるで骨が無くなってしまったかのような体は自然とソファに倒れ込む。


「バ……ドン、卿?」


見るからに異常をきたした私を前に、バドン卿は目を細めていた。

舌も麻痺しているのか、名前を口にするだけで精一杯。

何が起こっているか……盛られた?何の為に?

体と同じく頭の動きも鈍くなる、それでも逃げるべきだと警告が脳内で響いた。

けれど懸命に動いても床に落ちて横たわっただけ、全くの無意味に終わる。

静観していた彼の気配が私の方へ近づいた。


「その薬を飲んで動けるとはさすが」


仰向けで這いずることもできずにいた私へ男が馬乗りになる。

至近距離、上方から向かってきた風切り音。

腕に痛みが走る、血が流れる感覚。どくどくと心臓の鼓動がうるさくなる。

得物は長い刃物だったらしい。それは私の肉を通りこし床まで貫通していた。

ただでさえ上がらない肩が完全に動かなくなる。


「十年前のワイバーン戦、私も参加していたんですよ……隊長。

 貴方と違って落ちこぼれでしたから、別の部隊でしたけどねえ」


十年前。その単語に肌が粟立つ。

私が引退した、あの事件が起こった時。

深く関係するものに立ち会う事は殆ど無かった。

会ったとしてもそれは信頼を置ける仲間達だけだったのに。


「私はうっかり間違えて貴方の部隊の方へ迷い込んでいた。

 だから見てましたよ。ご立派でしたよね、部下を庇って」


その出来事自体は大した事じゃない。

今、それを知っている(・・・・・・・・・・)ことが問題だった。(・・・・・・・・・)


信じたくない、見られていたなんて。

まさか、まさか。考えたくない。

私の肉を裂く刃が抜かれる。だめだ、これ、は。

傷口を隠そうにも腕はぴくりとも反応しない、だからそれは奴の眼前に暴かれる。


「左腕を食われてまで戦っていたのですから。

 だけど、今の貴方のそれ……本物・・ですよね?」


すっかり塞がった傷口を見て呟く声は暗い喜びに満ちていた。

声が出ない。それは薬のせいではなく恐怖から。

血が凍りついてしまったかのよう、ひどい寒気に襲われる。


「私はそれで貴方に興味を持って調べました。

 うすうす大佐達に気付かれそうだったので貴方から近づいてくれて本当に良かった。

 こうして確信を得られたのですから」


普段着と違って、今纏っているのは薄い生地だった。

だから胸元辺りを簡単に引きちぎられる。

ああ、こんな服を着てくるんじゃなかった。

目尻に涙が浮かぶ。破かれ晒された肌に触れる冷気が更なる恐怖をかきたてた。


「その再生能力は素晴らしい。

 ただ先程の刺突で悲鳴の一つも漏らさない所から見て……痛みには鈍いようですね。

 そこだけは残念です。でもまあ永遠に処女を楽しめるのですから贅沢は言えません」

「い、やだ……触る、なっ」

「何故ですか、私は貴方の婚約者ですよ。

 貴方の夫となる男です、妻の体を愛する事に何の問題もない。

 一生この屋敷で可愛がってあげますから。

 安心してください……ここは本宅と違って誰にも邪魔されやしませんよ」


気持ち悪い。鎖骨辺りに触れた手も、ねっとりと纏わり付くような視線も。

スカートが捲り上げられる。嫌だ、いやだいやだいやだ。

彼への気持ちに嘘を吐いた事への罰が当たったのか。

彼を諦めたい一心で好きでもない男と結婚を決めたりしたから。


「……へる、ま」

「私が触れているのに他の男の名前を呼ばないで下さいよ、酷くしたくなる」


下着に手をかけられる、視界が涙で更に歪む。

こんな時だというのに考えるのはやっぱりヘルマの事ばかり。

私はもうヘルマの何でも無いのに、そう自分で区切りを付けたじゃないか。

都合が良いのはわかってる、でもやっぱり、私は、君が。


「へ、るま、へるま……」

「しつこいですね、無駄です。諦めなさい」

「いや……だ、……へるまぁ……」


私を守っていた最後の布が床へと投げられる。

掌が腿を這い、上へと。目眩が起き始めた。

朦朧とする意識、瞼が落ちる。




「ルッカからきったねえ手離せ、このヤリチン野郎がぁあっ!」

壊れる音、最後に君の声を聞いたような気がした。





「マスター、治療終わったわよ。

 薬の後遺症も心配無いし、もう目覚めるはずだから」

「ありがと、ツェリ」


寝台の上、深く眠るルッカの頬へ手を当てる。

息をしている、心臓が動いてる、そんな当たり前の事に酷く安心した。

それでも視界が潤む。ルッカの事だと、どうしてこんなにも弱くなってしまうのだろう。


「マスター足出して、治すから」

「別に良いわよ、かすり傷だもの」

「結界、蹴りでぶち壊しといて何言ってるのよ!

 ルッカの事言えない位、マスターもむっちゃくちゃじゃない!

 とにかくさっさと出して!」


ツェリが怒る姿は猫が毛を逆立てて威嚇してるように見えるぐらいだから、

別に怖いとかは全く無い。でも二度目には素直に従った。

今更なんだけどよく壁壊せたな、あのクソ野郎蹴り飛ばせたな、と思う。

凄く痛い。え、何これ半端無く痛い。


「そりゃ私の呪文待ってたら……だめ、だったかもしれないけど」

「もし、でも……考えたらぞっとするわ」


ツェリの転送魔法のおかげで奴の別宅にたどり着けたまでは良い。

でも小賢しく結界なんて張られてたせいで、思いの外、時間がかかって。

焦ってたとは言え、確かにお茶目し過ぎたかもしれない。

自覚してからの足の痛み、脂汗が止まらないんだけど。

でも……ルッカが無事なら安い物だ。


「マスター動かないでよ」


回復魔法を纏った手が足に添うように動く。

徐々に痛みが和らいでいく。後に残ったのは少しだけ引きつったような感じ。

最近鈍っていたから……明日の筋肉痛が怖い。


「あーだいぶマシになった。ありがと。

 ……アンタが一緒に来てくれて良かったわ、ツェリ」

「それでも無理は禁物なんだから!

 というか置いてける訳無いでしょ、

 あそこ、馬車でどれくらいかかると思ってるのよ。

 私が居なきゃルッカと帰れないじゃない」

「まあそれもあるんだけど、使用人達に催眠かけてくれたじゃない」


おかげで使用人に邪魔されず、アイツのいる部屋までたどり着けたのだ。

自分が使ったら催眠術(物理)だから無駄な怪我人増えてただろうし。

ぴくぴくと口角を引きつらせてたツェリがこっちを睨み付けた。


「結界、門扉、ドア、あと最終的には壁も壊してって、

 あんなダイナミック不法侵入、ああでもしなきゃ誤魔化せないでしょうが!」


……そうなのである。鍵がかかってあるのは片っ端から壊した。

壁についてはあのゴミクソ野郎の声が聞こえた瞬間、

目の前のそれを強化魔法全開で蹴りつけて。


あのゲスムシ野郎の姿を目にした途端に叫んで、やっぱり蹴りつけてた。

そしたらルッカがあられもない姿で、

血の跡に、意識の無い状態だったから余計に。


「……やっぱり殺しておけば良かった」


ツェリは何も言わない。ただ、まだ足りないの?と視線が物語っていた。

数日中に社会的な意味で抹殺できるし……男としての価値を全力で潰してやったけど。

それでも、そうだとしても、やっぱり許せないのだ。

ルッカの秘密を暴くわ、傷つけるわ、あげく手籠めなんて……!


「って、やっばい!口止め……」


突然の叫びにツェリが首を傾げる。

あいつへの怒りで血が上りすぎてすっかり忘れていた。

バージンキラーのアイツはルッカを独り占めしようとしていたみたいだし、

他に漏らした確率は低い。でも0じゃない。


「何かあったっけ?といっても今のアレにペラペラ話す元気無さそうだけど」

「……傷」

「傷?」

「アンタ、見たでしょ。ルッカの肩の血。

 でも……傷は見当たらなかったでしょ?

 あの子、変わった体質なのよ……」


あのいかれぽんちには記憶操作(物理)しておこう、そうしよう。

と決めつつ話して良いものか迷った。これはルッカの秘密だ。

例え父と共に必死で隠してきたとはいえ、勝手にばらすのはどうかと思う。

けどもう見られてしまった。このまま秘めるのは難しい。

それに彼女なら信頼に値する。そう思って口にすれば、彼女は更に首を傾げた。


「痛覚、味覚、睡眠欲、食欲、疲労感の遮断。

 それから成長抑制に加えて臓器耐久と戦闘能力強化、

 メインは再生能力促進ってところ?」

「は?」

「今さっき、治療ついでにざっと見た感じ、そう思ったんだけど。

 施した術師は……強化系が得意で、逆に阻害系はそれなり。

 長い間、調節してないよね。だから阻害系はだいぶ解けてるんじゃない?」


まるで今日は天気が良いわねレベルにさらりと呟くツェリ。

その通りだ。昔のルッカは何も欲しがらなかった。

食べるのも眠るのもこっちが強制しなければ決して行ってくれない。

今でもよく食事抜き不眠不休で三,四日過ごしたりもするが、それでも自分から求めるようになった。


「アンタ、まさか……ルッカの体の事、分かるわけ?」

「そうだけど……」


これらの月日が取り戻した物を知っているのは父と自分とルッカ自身だけ。

きっとルッカ自身すらここまで詳しく知らないだろう。


突然の事、動揺しなかったと言えば嘘になる。

けれど己の頭は不思議と冴えていた。

彼女に聞かなければならない……打ち砕かれる気はしなかった。


「……にしても、いくら何でもこの弄り方は……。

 これじゃまるで……ひぎゃッ?!」


尚も呟き続けていたツェリが悲鳴を上げる。

気付いた時には無我夢中でツェリの肩を掴んでいた。

今の自分はよっぽど恐ろしい形相らしい、目が血走ってそうだ。

がたがたとツェリが怯えているが気遣える余裕は無かった。


「ツェリ……もしかして、治せるの……?」


期待の視線を向ければ、しばしの沈黙。

戸惑った様子を見せつつ、彼女は答えてくれた。


「治すって……これ、やっぱり好きでやってる訳じゃないの?」

「……ええ。だって出会った時からこうだったもの。

 あの子の過去をアタシは知らない、無理に知る気も無い。

 でもこれだけは言えるわ……この体はルッカが望んだものじゃない」


規格外の強さ、年相応に育たない体、味わえない食事、眠れない夜、残らない傷。

どれに対してもルッカは拒絶を示していた。そんな自分を厭っていた。

だから自分達は彼女を普通の女の子として扱ってきたけど、それはただの気休めにしかならず。


「……その為に十数年間、医者にも魔術師にも、

 片っ端から見てもらったけど……全部断られてきたわ」


腕が良いと聞いたなら大陸中、どこへでも行った。

でもどの医者も魔術師も返す言葉は一緒。

『これは手に負えない、諦めろ』それだけ。

誰一人応えられる者はいなかった。

なのにこんな近くにいたなんて、信じられない気持ちから咄嗟に零す。


「そりゃ無理よ、この世界は良い意味で平和ボケしてるもの。

 ……こんな狂気の沙汰、極めたりしない」


心なしツェリの顔色が悪い。

それは迫る私が原因じゃないと、うっすらわかってしまう。

俯く彼女。翳る瞳、ゆっくりと唇が開かれる。


「私の実家がこういった魔術に特化してたから……認めたくないけど得意なの。

 そういう事情なら協力してあげる。

 色々重なってるから時間はかかるけど……まあ半年あればいけるから」

「……やっぱアンタって凄いわね、ありがとう」


煽てたって何も出ないから、と言う彼女は照れているようだった。

お決まりのツンデレ。今回は貴重なデレのようだ。

ゲイルがこの場に居たら大喜びだろう、なんせツェリは基本ツン9割だから。

そこが可愛いってゲイル言ってたけど私にはその良さわからないわ。

安心して頭のネジが抜けたのか、そんなアホらしい事を考えていたならば、

びしっとツェリはこちらへ人差し指を突きつけた。


「マスターには恩があるし、ルッカは友達だから特別……

 ただしきっちり対価は貰うわ!」

「……アタシにできる事なら何でもする」

「なら質問、答えて」


質問とは変わった報酬だなと思う。

自分の何が関心を引いたのか。さっぱりわからない。

これが彼女の想い人についてなら納得も行くのだけれど。

じっと見つめながら、心底不思議そうに彼女は聞く。


「ルッカをフったの、なんで?」

「…………はい?」


今度は俺が首を傾げる番だった。




目を醒ました時、頭が酷く重かった。

ぼんやりと、まるで霞がかったような思考回路。

まだうまく働いていないらしい。ただ話声が聞こえるのはわかった。


確か私はバドン卿の家に行って、そこで飲んだ紅茶に薬のせいで倒れ、

襲われた所までは意識があったはず。

それから……結局、どうなったのだろうか。


ようやく働き始めた頭でまず思ったのはここが見覚えある部屋だという事。

まるで私の部屋みたいだ、それから寝台に私は横たわっていた。

バドン卿は監禁すると言っていたから、

てっきり地下牢にでも繋がれていると予想していたのに。

昔に付けられていたような、手枷も足枷も見当たらなかった。


「ルッカをフったの、なんで?」

「…………はい?」


自分の名前が出た事で、会話の方へ意識が向く。

横たわったまま、緩く首を捻る。

まだ痺れ薬が残っているのか、全身の倦怠感が取れない。

まるで鉛を呑み込んだかのように鈍い体では起き上がる事すらままならなかった。

申し訳無いが自然と盗み聞きするしか選択肢がない。


顔の位置を変えたおかげで、話していた人物が視界に映る。

途端、息を呑んだ。耳に慣れた声。

でも今この瞬間まで信じられなかったのだ。


話していたのはツェリとヘルマだった。

思考が止まる。占める疑問、混乱が止まらない。何故、どうして?

最後の彼の声は……嘘じゃ……なかった、のか?


「フった?アタシが、ルッカを?ルッカがそう言ったの?」

「そう本人言ってたけど」


助けられたのかと実感し、今すぐ礼を告げたかったが、

まだ体がだるく私は静かに傍観に決める。


考え込むヘルマ。やっぱり君は覚えていないか。あんな子供の頃の事。

私が軍に入った後、君が素敵な女性達と浮き名を流してのは知っている。

だから忘れていたとしても不思議じゃない。分かっていたけど少し寂しかった。


「ねえツェリ。それどれくらい前って言ってた……?」

「えーっと……軍に入る前、だったかな」


頭を抱え、次第にヘルマの表情が険しいものになっていく。

そこまでして思い出そうとしてくれなくてもかまわないのだが。

辛いけれど、もう納得してるんだ。だから。


「……アタシね、こんな口調使ってるけど男なのよ。

 どっちかというと女々しいし、仕草もアレだし、でも男なの。分かる?」

「そんな念押しされなくても知ってるけど」

「だから……断るに決まってるじゃない……」


もう言わないでくれ。君の心をこれ以上わかりたくない。

諦めたんじゃない。諦めたつもりでしかないから辛いんだ。

ヘルマは異性愛者だと知ってる、知ってるから。

それだけでもう君が言いたいことは全部全部わかってしまう。


……君にとって私は、女じゃないんだろう?



「好きな女の子に『お嫁さんになって』って言われて頷けるか!!」


……あ、れ?

大声で叫ばれた台詞は予想を裏切った。

というか、え?す……えっ、えっ?


「つーか一刀両断したアタシも悪いかもしれないけど、

 その直後に『ルッカがお嫁さんになってほしい』ってプロポーズしてるんだけど?!

 挙げ句、完全に無視されてたんだけど!」


即答で無理って、ああそんなに嫌だったんだとショックだったのは覚えてる。

でもヘルマがそんな事、言ってたなんて知らない。

彼の回想とすれ違う自分の記憶。なんで、と私と全く同じ気持ちを彼が代弁する。

それに答えたのは冷静な彼女の声だった。


「こないだの引退宣言見てて気付いたんだけど……

 ルッカって思い詰めたら人の話聞かないよね。

 その時も最初の一言で落ち込みすぎて聞き逃してたんじゃない」

「……そういえばルッカがアタシ避け始めたの、あの頃だったわ」


はああと、溜息というには大き過ぎる吐息を彼は口から追い出す。

今は別の意味でこの場から逃げ出したかった。

さっきまでは彼の気持ちを知るのが怖くて、今は自分の愚かさのあまりのみっともなさに。

まさか自分にそのような悪癖があったなんて。


「理由分からないけど嫌われたんだって……グレたアタシがバカみたいじゃない。

 適当な女の子と遊びまくっても、ぜんっぜん忘れられなくて、

 だからルッカがアタシのギルドに入るって言った時、どれだけ舞い上がったか」


軍に入ったのは大佐に憧れたのもある。自分の体質を生かせるのも。

でもそれ以上に失恋の痛手(誤解)から彼の顔が見れないというのが原因だった。

今落ち着いて考えればあまりにもふざけている。そんなのだからきっと天罰当たったんだ。


大佐、ごめんなさい。入隊試験での志願理由、思いっきり嘘付きました。

体質のことはさすがに言えず、一番のきっかけは死んでも口にできません。

なので最初の理由で通しました。丸っきり嘘ではないのですが、大半を占めていたのは最後です。

後から試験官から聞いて、大変喜んでらっしゃった顔を思い出し、罪悪感が生まれる。

あと、もし羞恥心で人が死ねるなら、きっと私の心臓はとうに止まってる。


「マスターって今もルッカ好きよね?」


恥ずかしさのあまり、疲れなんてもう頭から吹き飛んでいた。

これ以上聞いていられない、と。

さっさと起き上がってうやむやにしよう。

そう考えたのにツェリの質問でタイミングを逃してしまった。

このまま寝たふりをしていれば。


「……好きよ、大好き。愛しているわ。

 というか見てたらわかるでしょ、こっちだって周囲にバレバレだって自覚あるんだから。

 なのに肝心の本人だけは気付いてくれないんだもの」


胸が熱くなる。涙腺だって溶けてしまいそうだ。

全て、私の勘違いだったのか。

なら私もヘルマに伝えたい、自分の本当の心を。

……だが会話が途切れる様子は一向に無く、むしろ。


「ルッカの方こそ、もうアタシの事を意識してないみたいだけどね……。

 急な仕事の話だと言え、風呂上がりに薄着で部屋へ尋ねてくんのよ、夜に!無防備にもほどがあるわ!!

 おかげでこっちは抑えるのに必死でまともに話耳に通せないから、つい上の空になるでしょ?!

 じゃあルッカってばヘルマ?とか首傾げて、あの子アタシより小さいから勝手に上目遣いで、

 しかも何だか石けんの良い匂いするし、濡れた首筋とか上気して赤くなった頬とか妙に色っぽくて、

 体のライン出てるだけでもアレなのに微妙に胸元見えて……アタシよく耐えきったわ」

「……疲れてるでしょ、マスター」


あの涼しい顔の裏でそんな事考えていたのか、君は。

ヘルマ、その、確かに私は君の心が知りたかったけど。

そこまで具体的に聞きたかった訳じゃなくて。嬉しい、嬉しいけど。

彼の目に私がどう映っているのか、それを表す言葉にどんどん体温が上昇する。


「アタシは至って正気よ、普段は自重してるだけ。

 あのね、ツェリ。健全な男は好きな相手を前にしたら大体脳内ピンク色だから。

 それはアンタがめろめろなゲイルだって例外じゃないからね」

「な、なんでそこでおっさんの名前出るのよ!

 それ、に、別に……私、ゲイルの事なんか……す、す、好きじゃないから!」

「好きじゃなくて大好きって事ね、はいはいごちそうさま!!」

「だいっ……違うって言ってるでしょ!!」


ここで止まってくれたなら、どうにか平静取り戻して、

今意識を取り戻しましたといわんばかりに起き上がれるのに。

そんな私の心情など知る由もない彼はエスカレートしていく。


「そんな事考えてる場合じゃないのわかってたけど、

 あの子の今日の服似合ってて凄く興奮したわよ凄くね!!

 ただボタンシャツならともかくなんでワンピースなのに破くのよ、

 そこは普通、適度に脱がしてチラリズム楽しみつつ、

 スカートは死守して自分の手が見えないように責めるべきでしょうが!

 下着だってなんで全部脱がすの、ずらすもんでしょ!!そして恥じらわせるのが男のロマンでしょうに!

 破いて良いのはタイツとストッキングだけよ!なんでそんな簡単なことわからないのよ、あの変態は!!

 つーかアタシですらルッカのスカート姿なんて数えられるぐらいしか見たこと無いのに……

 アタシだってルッカに可愛い服着せたいし、あわよくば良い感じに脱がしたい!!!」

「……そういえばマスター熱く語ってるとこ悪いけど、」


軍は男の割合が圧倒的だ、だから下品な話題は溢れかえっている。日常茶飯事だ。

私も中に交じって談笑できる程度には慣れているはずなんだ。

でも、もうまともにヘルマの顔を見られそうもなかった。


一つ言わせてくれ。ヘルマ、君も充分マニアックだ!!

生々しく語られる欲望に内心叫ぶ。

私は思っていたよ、女として見てほしいって……でも今はもう素直に喜べない。


どうしよう、完全に起きるタイミングを失った。

すっかり目は冴えているのに、別の意味で起きられない。

こんな状況で平然とできるほど私の肝は強くなかった。

熱くなるヘルマ、狼狽する私、ただ一人だけ冷静なツェリが爆弾を落とす。


「さっきからルッカ起きてるんだけど」


その一言にヘルマが硬直した。

でもほんの一瞬の事で、すぐさまぐるっと私の方へ振り返る。

それに私は咄嗟に掛布を引き上げて顔を隠してしまった、そんなことしたら自供しているも同然。


「あ、んた……い、つから」


布を持った手を鼻まで下げて様子を伺う。

ヘルマは乾いた笑い顔を見せていた、だらだらと額に汗を浮かべている。

さっきまでの熱はすっかり冷めてしまったようだ。


「私がマスターに質問始めた時からだけど?」

「じゃ……ぜ、んぶ……」


最初からツェリには気付かれてたのか。

いっそう歪に口角をあげたヘルマが疑問符を。

しばしためらって、黙って目を逸らす。また彼が固まった。


「誤解とけたし、気持ちも伝わって良かったじゃない。

 じゃあ私もう疲れたし寝るから。

 あ、治療だけど早速明日から始めるからね」


自分の役目は終わった、とあっさり部屋から出て行くツェリ。

おかげで私達に残ったのは大変いたたまれない空気だけ。

最早ばれてしまった以上、寝たふりをしているのもなんだ。

ひとまず起き上がる、びくっとヘルマが過剰反応。

さっきの展開を考えるとしかたないのかもしれないが……。


「助けてくれてありがとう。

 それから……ヘルマ、すまない」

「えっ、あ、うん。アンタが無事で何よりよ!」

「……その……君の性癖暴くつもりは無かったんだが」

「止めて忘れてその件は今すぐ記憶から消して!!」

「君もしっかり男だったんだな……」

「しみじみ言わないで!冷静になられた方が辛い!」


残念ながらそれは叶えられそうもない。

どこかで私はヘルマを兄のように、その尊敬から神聖視してたみたいだが、

今やすっかり君を見る目が変わってしまった。変わってしまった、けど。


「……でも、やっぱり君が好きだ。ヘルマ」

「へ?」

「私も君が好きなんだ。ヘルマが、好き。

 だから、その、君がしたいなら……私は、何されても、いいんだが」


ゆでだこみたいになっているだろう顔を手で押さえる。

顔から火が出る、正に今の状況がそれだろう。

なんて恥ずかしい台詞を口にしているのか、でもそれが本音で。


なのにヘルマは不気味な程、落ち着いた表情だった。

あんまりに反応がなく不安になって、ヘルマ?と尋ねたならば。

すたすた、私の目の前まで移動してきた。

それから彼はにっこり笑いながら私の肩に手を置いて。


「ほんと止めてそれ以上俺の理性試すの止めてギリギリだから崖っぷちだから」

「す、すまない……」


覚悟を決めて言ったのだが、あまりに切羽詰まった様子に思わず謝るしかなかった。

一人称すら変わっていた所に感じた彼の本気。

力強く私の肩を掴んでいた手がさっと離される。


「わかってくれて嬉しいわ」


そう呟いた彼は威圧感のある笑顔を。

ツェリの問答と今の態度で分かったことがある。

どうもヘルマはあまりに動転すると感情と顔が反比例するらしい。

……彼女の問答といえば。ふとその中で気になった言葉について尋ねてみる。


「ヘルマ、どこか怪我してるのか?

 明日から治療とツェリが言っていたが」

「違うわよ……アンタの体質治してもらうの」


目を見開く。嘘だ、とつい呟いていた。

疑ってかかる私に彼は私の目を見て本当だと返す。

諭すその瞳に偽りは無かった。だからこそ次の瞬間訴えていた。


「いや、だ」

「なんでよ。そりゃ仕事大好きなアンタには苦かもしれないけどね」


違う、違う。私は好きなんかじゃない、戦いたくなんかない。

自分は守れやしないから、でも戦わなきゃいけない。

その為に私は存在するのだから。


「私は戦うことしかできないのに、それを奪われたら、私は。

 今だって依頼をこなす事でしか大佐と君に恩を返せないのに。

 役に立てないなら、報われないなら、死んだも一緒だ。

 君の傍にいられる理由が無くなってしまう。戦えない狗は、」


始末されるだけだ。価値が無いのだから。

狗のままは嫌だった、でも今は私は狗であり。

故に、ツェリの善意は嬉しい申し出でありながら、同時に酷く恐ろしかった。

大事な人をまた失ってしまう。それが嫌で首を振るって抵抗し続けた。

そんな私の顔を彼の両手が包む。そして馬鹿ねと額を軽くぶつけられた。


「アタシがいつそんな事頼んだのよ、本当に話聞かない子ね。アンタは。

 親父がさっきのアンタの言い分を耳にしたら泣くわよ、わからずや」

「だって、私は、」

「あーあーもうっ、ちょっと黙りなさい。今はアタシが話してるんだから!

 そりゃアタシは親父と違ってアンタの事情知らないけどね。

 自分を犬とか意味わからない事、言ってんじゃないわよ。

 アンタは人、それでルッカって名前の女の子でしょ。

 アタシの可愛い可愛い、大好きなルッカよ、アンタは」

「……な、にもできなくなっても、君は、もと、めてくれるの、か」


答えの代わりに口付けられた。

あんまりに急だったから瞼すら閉じれないまま終わって。

思いっきり抱きしめられる、耳元にかかる息がくすぐったい。


「ヘル、マ」

「アタシの為に頑張ってたなんて本当に可愛い子ね、アンタ。

 けどその気持ちだけで充分だわ。

 アタシ、好きな子が怪我するのなんて見たくないの。大事にさせてよ。

 痛くないから、辛くないから、すぐ治るから、そうやってアンタはいつも自分を追い詰めて。 

 おかげでこっちはヒヤヒヤしっぱなしだったんだから……もう無茶なんてさせないわよ」


私を抱きしめている腕に力が籠もる。少し苦しいけど心地良い。

愛してるわと囁かれる。私からも抱きつく。なら何度も首筋に唇が落とされ。

眠っていた間に寝間着へ替えてくれたのだと気付いたのは、彼の手が裾から入り込んだせいだった。


「……君は手が早いな、ヘルマ」

「えっ?……あ゛っ」


この反応を見る限り、無意識だったらしい。

別に押し倒されてもこっちはかまわないのだけれど、

さっき理性が云々言っていたので、つい何となく気になってしまったのだ。

彼は私が気分を害したと思っているらしい。何ともバツが悪そうにしていた。

あと見るからに欲求不満と顔に書いてあるんだが。


「ヘルマ。別に、私は」


懲りずに心根を伝えようとした瞬間、唇を指で押さえつけられる。

無言の撤退命令。私は逆らわず、開きかけた口を閉じた。

服の中の手はいつの間にか下げられていたが抱擁はまだ止まない。

どの位そうしていたかわからない。思い出したように突然ヘルマは喋り出した。


「……アンタに痛い目合わせるのは初めてだけでいいの」

「……何の事だ、ヘルマ」

「半年後に教えてあげる。だからそれまで煽らないでね、絶対に」


てっきり今回のお仕置きがてらに拳骨でもくらうのかと思ったが、

それにしては期間が空きすぎている。ヒントが少なすぎて見当が付きそうもない。

ここでようやく彼の腕から体が解放された。


「覚悟してなさい、ルッカ」


主語を言ってくれ、主語を。

アタシあのドクサレ野郎と違って育てるの楽しむタイプだから、と謎の情報はいいから。

やっぱりヘルマのお願いは理解できそうもなかった。

ただ据わった目で口角を上げる彼。よくわからないけど腹は括っておこう。


「愛してるわ、ルッカ。

 だからアンタがアタシのお嫁さんになってね」

「……うん」

「半年後に」

「だからなんで半年後にこだわるんだ」


また答えの代わりに口付け。今度は明らかに誤魔化す為だ。

でもそれを受け入れる。君からの愛には変わりないようだから。


今日は助けられたり、誤解がとけたり、君の思わぬ一面を知ったり。

本当に色んな事があったが、やっぱり君への想いは変わりそうもない。変わる必要もない。

だから君への想いを断ち切るなんて馬鹿な真似は諦めた。

第三弾は一個目で出てきてたマスターの話。

ヘルマの半年後の意図が分かった貴方は素晴らしい読解力の持ち主です。

わからなかった貴方はバドン卿の台詞を読み返すなよ!絶対に読み返すなよ!


以下設定。


ルッカ

異世界出身。間引きや人体改造や貴族の狗やら苦難を歩いてきた子。

当時の飼い主からの命令で大佐の暗殺に行ったら、

あっけなく捕まっていつの間にか里子になって溺愛されてたでござる。

短剣使い。真面目過ぎてなんかずれてる。


ヘルマ・リーグルハイン

ギルド建てたのもオネエになったのもルッカの為な愛に生きる人。

理性カッツカツ気味な肉食系オネエ、脱がせ方に並々ならぬこだわりを持つ。

父親とは会う度ケンカしてるが何だかんだで仲は悪くない。

ギルドマスター。オネエだが素は荒くれ者だしバッチリ男々してる色んな意味で。


大佐

ヘルマの実父、ルッカの保護者。

通り名に違わず他人に厳しく己に最も厳しくを素で行く者。

息子も例外じゃないが、ルッカには激甘。変な所で似た者親子。

孫の顔見たい発言は「どっちか早く結婚してくれないかな(チラッチラッ)」ではなく、

「さっさとルッカにプロポーズせんかこの腰抜け馬鹿息子」だったりする。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 初めてコメントさせていただきます!実は……とってもばいおれんじ様の大ファンです!!新しいシリーズが始まって、とっても嬉しいです♪ 半年後の意味、つかめてるとオモイマス(笑)無事に治療が成功…
[一言] このギルドシリーズ、全部好きです!!
2013/09/12 22:38 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ