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第三話・「村祭」

 早いもので、一年が経った。

 ラインハルトたちは無事十五歳となり、今年の村祭で将来の伴侶を村人たちに示すことになった。

 村祭は村中央の広場で行われる。広場の中央に篝火を焚き、その周囲を将来を誓い合った男女が踊って回る。そうすることで村人全員に周知するのだ。

 後はその年の収穫から幾分かを捻出して祭の料理にして、みんなでとにかく騒ぐくらいだろうか。

 山の恵みに感謝し、大地の恵みに感謝する。

 村祭は、年頃の少年少女にとっては心躍るイベントだが、他の村人にとっても冬が来る前に最後に村全体で楽しく騒げるイベントなのだ。

 今年は幸いにも豊作であった。山向こうの村には作物に恵まれなかったところもあったようだが、それらの村に援助することも可能なほどであった。


 だが、少し世間に目を向けてみるとこの一年の間に随分と世間は物騒になっていた。

 この一年で、それまでは余り見かけることのなかったモンスターの姿が頻繁に目撃されるようになり、その討伐のために各地で軍備が増強され始めていた。そのせいか、村を出る機会がある者や、行商人や旅人からはギスギスとした雰囲気を感じるようになったと伝えられていた。


 けれども、それも今のところノックス村にはあまり関係のないことだった。

 念のためということで村の東側――森との境に簡易の柵を立てたりしていたが、村の周りでモンスターが見かけられるようなことはなかったため、ノックス村は平穏なものだった。。

 それでも、世間の空気というものは嫌でも蔓延してくるもので、ノックス村にもどこか緊張感のような空気が漂っていた。


 そんなこともあり、今年の村祭は豊作を感謝するとともに村の安泰と、さらなる発展を祈るという意味を持たせるとして、例年以上に賑やかなものとなろうとしていた。





 もう間もなく日が暮れようとしている。

 ノックス村は山の間にあるため、この時期の日没は比較的早い時間になる。

 普段なら、村人たちはこの時間にはもう農作業を始め、殆どの仕事を終えて家に帰っているか帰路についている頃だろう。しかし今日は違った。


「……村祭だもんな」

「そうだぜ。夏の祖先祭とは違って、みんな盛大に騒げるからな」

「ま、今日ばかりは家にこもるような人はいないよな」


 広場から外れた村道で、俺とエリックは立ち話をしていた。

 道行く人を眺めながらお互いの連れを待っているのだが、話は当然のように村祭りのことになっている。

 今日の分の仕事を終えた人、はじめから祭りの準備をしている人、様々な人が足早に村の中を歩きまわっている。その様子は、ここ最近感じていた鬱屈とした雰囲気を微塵も感じさせないものだった。


「当たり前だろ、俺達だって楽しみにしてたんだしな」


 エリックの言葉に俺はしっかりと頷く。

 昨年ユイリィに告白して、俺と彼女は友人から恋人という関係になった。もともと仲良し四人で過ごすことも多かっただけに、特にギクシャクするようなこともなく、深い仲になっていくのに時間はかからなかった。

 実際、何度か身体を重ねてもいる。お互い仕事の空いた時間を縫ってのことだからその回数は決して多くないが、俺とユイリィの仲は切っても切れない物になった。

 当然狭い村のことだから俺達のことは自然と村中に知られるようになっていた。別に十五歳未満はそういうことをしてはいけないという訳ではないので、何か咎めを受けるということはない。

 そして今日、俺とユイリィは正式に村中にその仲を知らしめる。


「正直言えば、ちょっと恥ずかしいよ」

「まぁな。けど、これで晴れて正式な夫婦になれるってわけだ。恥ずかしさより待ち遠しさの方が強かったな」

「ま、確かにね」


 それでも感じてしまう気恥ずかしさを誤魔化すため、俺はなんとなしに、山鴉の羽と同じと言われる父親譲りの黒髪を引っ張って弄る。今日はハレの日ということもあって簡単にだが整えられている。祭りの準備で忙しい中、時間を作って髪を整えてくれたのは母親だ。

 今日を境に二人の息子から一人前の男として独り立ちすることもあり、これが最後の親子のふれあいだと寂しがっていた。

 髪と同じように、服装もいつもよりしっかりしたものを着ている。いつも着る布の服の上に麻で作られたベストのようなものを羽織り、玉石を編み込んだベルトを腰に巻いて留めている。

 隣に立つエリックも似たような格好をしている。


「お、来たみたいだぜ」


 そう言われて顔を上げると、道の先から手を振り歩いてくるユイリィとミーシャの姿があった。

 道の脇で焚かれている足の高い篝火に照らされる二人は、同じような真っ白いドレスを身に纏っている。ゆったりしたドレスを腰元のベルトで引き締め、首元には玉を埋め込んだネックレスが篝火に反射していた。


「おまたせ、レオン」


 ユイリィの隣ではミーシャがエリックに声をかけている。


「大丈夫、待ってないよ。……それじゃあ、行こうか?」

「そ? ね、その前になにか言うことがあるんじゃない?」


 ユイリィがいたずらっぽく笑いながら尋ねてくる。

 俺は当然そう聞かれると思っていたから、思った通りに答えてやった。


「よく似合ってる。とても綺麗だよ」


 そう告げると、篝火に照らされたユイリィの頬が赤く染まった。





 祭りが始まる時間は特に決められていない。仕事を終えた村人が集まるに従い、自然と祭の空気が醸成されていく。その人々の中にはカップル同士連れ立って歩くレオンハルト達の姿もある。

 三々五々集まってきた村人たちがある程度の人数になった頃、広場の北側に敷かれた茣蓙に座って周囲の人達と話し合っていた老爺が、おもむろに立ち上がった。

 老爺はこのノックス村の村長で、結構な年齢ながら今でも自分の農地に出て鍬を振るっている。そのために年齢のわりに足腰は弱っておらず、立ち上がる動作も矍鑠(かくしゃく)としたものだ。

 村長は広場に集まった村人たちを見回し告げる。


「皆も概ね集まったようじゃ、そろそろ祭を始めるとしよう」


 その宣言を合図に、近くの家から料理を持った大皿を抱えた主婦たちが現れ、広場へと運んで来た。途端広場に料理のいい香りが立ち籠める。

 一日働いて程よく疲れている男たちが、次々に料理へと手を伸ばす。

 大皿の上の料理はみるみる減っていくが、全てなくなるよりも早く新しい料理が追加されていく。やがて酒も入り、広場の喧騒はますます賑やかとなっていく。


 こうやって村人全員がわいわいと賑やかに過ごすことが、豊穣をもたらしてくれた神々に対する最高の感謝となるのだ。自らの恵みによって、人々が歌い踊り楽しく笑う。それを見て神々はまたその笑顔を見たいと考え、翌年も豊穣をもたらしてくれるのだと、伝承されている。

 だから、村人たちは飲み、笑い、踊るのだ。


「――さあ、今年新たに夫婦となる者たちは踊るのじゃ」


 広場の喧騒が、それまでが嘘のように一瞬静まり返る。その空気に萎縮しながら、それでも直前までの熱気が残る身体で立ち上がる。

 すると、周りから静かに弦を爪弾く音が流れてきた。それは村人の誰かが奏でる楽器の音色だった。それに釣られるようにそこかしこから様々な楽器が音を立て始めた。弦楽器や打楽器、管楽器が奏でる音色は、てんでバラバラに奏で始めたにもかかわらず、自然と一つの調子にまとまっていく。

 打楽器がテンポを取り始めると、立ち上がった未来の夫婦たちは自然とステップを踏み出す。するとそれを囃し立てたり、彼らの親たちは周囲に息子や娘のことを語り始めたりと、広場にはまた賑やかさが戻ってくる。


 心の底から楽しむ村人達の笑い声に包まれながら踊る若者たちの中には、当然ながらレオンハルトとユイリィ、エリックとミーシャの姿もある。

 周囲からそれぞれを囃し立てる声も聞こえて来もするが、四人の耳にはそんな声は届かず、届いてもむしろ自分たちの気分を高める材料にしかならなかった。お互いの耳にはお互いの声しか聞こえない。

 不肖の息子達が祭の主役とあって、それぞれの親は実に嬉しそうに、声高に村人たちに娘息子自慢をしている姿もある。しかし四人の目にはそれぞれ目の前の相手の姿しか映っていなかった。





 俺は音楽に合わせて軽快にステップを踏みながらユイリィをリードしダンスを踊っていた。

 とは言え、田舎村のダンスであるから、宮廷で踊られているような優雅なものではなく、どこか泥臭く、活力と活気が感じられるものだ。


「今日のことは忘れないよ」


 ステップを刻みながら、繋いだ手をぎゅっと握ると、ユイリィは頬を赤くしながら頷き、真っ直ぐに見つめ返してきた。鳶色の瞳は少し潤んで見える。

 瞳とお揃いの茶色の髪は以前からは少し伸び、背中の中ほどまで伸びている。今日はその髪をアップにまとめ、後頭部で留めている。ダンスの合間にターンを入れた時に見えるうなじがセクシーだ。

 潤んだ大きな瞳で見つめてくるユイリィの、桃色に色付いた唇が言葉を紡ぐ。


「私も、今日のことは忘れられないわ」


 なにしろ、この祭を終えれば、俺達は村人全員が周知する正真正銘の夫婦となるのだ。その記念の日であればこそ忘れられるはずもなく、歳を経てなお強く記憶に残るだろうことは間違いなかった。

 俺達はいつの間にか周囲のことも、時間も忘れて見つめ合っていた。今の二人に、言葉は必要なかった。





 少し離れたところで踊りながら二人の世界に入っている親友たちに気付いて、俺とミーシャは顔を見合わせ苦笑する。

 そうは言っても、俺とミーシャも同じような状況だった。

 ただ、こちらは周囲からのからかうような野次も両親の自慢話も耳に入ってきてしまっている。親友たちの様子に気づいたのもいい例だろう。


「やあ、あのでこぼこコンビが夫婦とはね」


 そんな野次が聞こえてくる。からかうような調子の声が聞こえてきた時、エリックの目の前でミーシャが少し悲しそうな表情を浮かべた。

 この一年、年頃でもあるのにミーシャの容姿はあまり変化はなかった。

 同年代の中でも一番低かった身長は、少し伸びたとはいえ、相変わらず最下位を独走中だ。身長もろくに育っていなければ、オパイも育っていない。俺が揉むような機会がなかなかないせいだろうか。ミーシャは俺が育てた――とか言える日は遠そうだ。

 しかし、いつもは首の後で束ねている金色の髪は、今日は解かれている。ステップを踏むたびにふわふわ途中を舞う波打つ髪は篝火の照り返しで本当に輝いているようにさえ見える。


「気にするなよ」


 そう声をかけるが、ミーシャは俯けてしまった顔を上げない。

 でこぼこコンビ。この一年の間、囃し立てられるようなときによく言われた文言だ。背の低いミーシャとは違って、俺はこの一年で更に身長が伸びていた。以前はレオンハルトと同じくらいだったのが、今では頭ひとつ飛び抜けている。そんなだから、俺とミーシャの身長差はかなりのものだ。

 ミーシャは、そんな理由でからかわれるようになり、すこし負い目を感じているのかもしれない。そんな素振りがあるとそれとなくフォローしているつもりだが、コンプレックスは中々消えてくれないらしい。


「でも……」

「村の誰が言おうと、俺は気にしないぞ。だからミーシャも気にするな」


 なおもダウナーに浸ろうとする彼女にやさしく声をかけてやる。

 よし、


「それ!」

「きゃっ――や、ちょっと……!」


 ミーシャの脇に両手を添え、力いっぱい持ち上げる。その場でターンだ。

 急に抱え上げられたミーシャは驚きに目を見開く。

 どうだ、落ち込んだ気分なんか吹っ飛んだだろ?


「やめてぇ、おろしてよぉ」


 振り回され、少し間延びした声が俺の耳に届く。

 俺は最後にぐるりとミーシャを抱えたまま回転し、直後に引き寄せ、抱きしめた。


「うひゃっ」

「俺はなあ、ミーシャのことが大好きだ! 結婚しよう、ミーシャ!」


 この村祭が終われば、俺達は晴れて夫婦だ。

 それは村人全員が認めることだし、この場で踊るということがその何よりの証だ。

 けれども、俺はさらに言葉に出す。


「俺はお前を絶対に幸せにしてやるぞ!」


 そう言って強く抱きしめる。

 少しして、ミーシャが俺の背中を軽く叩いた。それに応えるように、すこしだけ抱擁を緩めると、ミーシャは俺の正面に顔を持ってきた。


「私も、エリックのこと、好きだよっ。私を幸せにして――ねっ」


 言い切るのが早いか、ミーシャの顔が近づく。直後、柔らかい感触が唇に触れた。





 レオンハルト達がいい雰囲気を醸し出す中、広場で踊っていた他数組のカップルたちも似たり寄ったりの様相を呈していた。その状況を受け、村祭は最高潮を迎え、そこかしこで飲めや唄えの大宴会へと発展していった。

 広場に集まり、新婚夫婦のラブラブっぷりを魅せつけられた熟年の先輩方は、負けていられるかとそれぞれの連れ合いを誘い、踊りの輪に加わっていった。


 いつしか、村中央の広場は、飲み、食い、歌い、踊りの良い意味でのカオスを生み出していた。

 一体全体この村のどこからこんなに集まったのかというほどの、村民のほぼすべてが広場に集まって、この良き日を盛大に祝っていた。





 村民のほぼすべてが中央の広場に集まり騒ぎ、誰の姿も見えない村の外れに、その動きはあった。


 この一年の間に、世間ではモンスターの脅威がわずかずつ囁かれるようになっていた。

 モンスターとは、普通に野山で出くわすような鹿や猪、家畜やペットとして飼育されるような動物とは毛色の違う、別系統の生物のことを総称し、一括りにそう呼んでいる。

 時に熊や狼など獰猛であったり人々に脅威を与える動物もその括りに入れられることもあるが、ほとんどのモンスターはその限りではない。その発生原因などはよく分かっておらず、動物が何らかの理由によって突然変容するのではないか、と考えられている。正直なところ、その本質は不明である。

 ただそれは、野山を駆ける獣の形をしていたり、時に植物のようであり、または見るも凄まじい異様を誇るものだったりと、往々にして“普通”と考えられる様な枠組みから外れているもののことを指している。

 だが、この一年の間にどこからともなくモンスターの脅威が囁かれるようになり、実際にモンスターによる被害が出るに至るまで、長い年月異様を誇るというモンスターの存在は認知されていなかった。


 なぜ、モンスターが頻繁に目撃されるようになったのか、その理由は依然解明には至っていない。


 ともあれ、実際に被害が出た村や町があったということもあり、ノックス村でも特にモンスターが生息する可能性があると思われる森林に接する東側の村境に、木の柵を設けていた。

 しかし、その柵は頑丈だがさしたる高さもない。実際にモンスターの被害を被ることがなかったノックス村の人々は、危機感をあまり感じていなかったのだろう。


 今、その柵の周囲に動きがあった。

 森から現れたそれは、一頭の鹿であった。木々の合間を駆け抜けて山から駆け下って来たその動物は、闇夜に光る目に明らかな感情を浮かべていた。


 その感情は、

 ――――恐怖。


 そして焦燥であった。

 息を切らせ、森を抜けた鹿は、それ以上の進行を阻むように広がる柵へと、しかし速度を落とさずに駆け寄り、飛び越えた。

 強靭な脚力を活かし、さしたる高さもない柵を軽々と飛び越え、村の中に踊りこんだ。


 普段なら、村人の誰かがそのことにすぐさま気づいただろう。それほど、その鹿が飛び越えた場所は、目につきやすい場所だった。だが今は、ほぼすべての村人が広場に集まり、人の気配はそこになかった。


 鹿は、安堵したかのようにわずかにそこへ逗まった。けれどもすぐに耳をそばだてると、再び駆け出した。

 ふと、また別の影が柵を飛び越えた。

 それもまた、鹿であった。一頭の鹿が先を往く鹿と同じように柵を飛び越え、村に飛び込んでいく。柵を越える鹿は、その一頭にとどまらず、次から次へと暗闇の森から飛び出し、次々に村と森を隔てる柵を飛び越える。幾ばくかは柵を前に横に逸れて行ったが、多くの鹿が村に駆け込んだ。


 常とは違った動物の行動。

 平穏の彼方から来る、危機の足音は今、人々の気付かぬところで着実にノックス村へと迫っていた。

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