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最終話

 僕の愛する彼女が誰よりも愛した君へ。


 僕は卑屈で冷たくて、どうしようもなく汚れた人間だ。

 君が彼女とは違う人間に恋をした、と聞いた時、僕の心は真っ黒になった。

 心だけじゃない。僕を取り巻くものすべてが、僕には真っ黒に見えた。

 卑屈で冷たくて、どうしようもなく汚れた人間の僕は、それすらも君のせいにした。

 君がどこへ行くのかも、僕はどこへ行ったら良いのかも、分からなくなってしまった。

 そんな僕が愛した彼女は、どこへ行くのか分からない君を愛した。

 彼女はひたすらに君を追いかけ、自分の汚れを目の当たりにした。

 自分の汚れに絶望しながら、理想の自分と現実の自分との溝に絶望しながら、それでも彼女は君に近づこうとした。

 しかし距離は縮まらない。メリーゴーランドはぐるぐる、ぐるぐる回り続ける。

 回って回って、吐き気がした。

 それでも僕達は、自分の出来ることをやってきた。

 終わりのベルが、鳴る気配はない。それなら僕達は、自分の足でメリーゴーランドを降りようと、決意した。

 何度も見てきた、夕方の屋上。

 彼女は今、泣いている。

 あぁ、どうして。

 それなのに、どうして。

 どうして君は、死んでしまった。

 どうして君が、死んでしまった。

 夕日に反射した彼女の涙が眩しくて、痛い。

「交通事故だったそうね。飛び出した子供を、助けようとしたらしいわ」

 震える声を、必死に抑えている彼女の姿を、僕は直視出来なかった。

「彼らしい最後ね」

「ああ、そうだな」

「私達が心中を決意した日に死ぬなんて、世の中って皮肉ね」

 愛した人を『亡くなる』ではなく『死ぬ』と表現したのは、彼女らしかった。

「なぁ」

「なに」

 零れ続ける涙を、一度も拭おうとしない彼女に、尋ねてみた。

「彼が死んで、悲しいか?」

「どうなんだろう…悲しいんだと、思う」

 彼女は自分の手先を見つめながら、続けた。

「正直、よく分からないの。どうして涙が零れるかも、どうして私達じゃなく彼が死んでしまったかも。ただ分かっている事は、私の、消えようという思いが弱まったってこと。でも、そう考えると、結局は彼の死を悲しんでいる事になるのかしら」

 彼女の瞳は、死ぬのを諦めかけた人間のものにしては、弱々しかった。

 彼女はいつも座っている。僕はいつも立っているけれど。

「僕は、違う」

 鼓動が高鳴る。胸が苦しい。それでも僕は言葉を続けた。

「僕は、彼の死を悲しんでなんかいない。僕は卑屈で冷たくて、どうしようもなく汚れた人間だ。僕はいつも、自分のことしか考えていない。彼が死のうが生きようが、僕には関係のない事だ。彼のことなんかどうでもいい」

「なら、どうして」

 息が上がる。顔が熱い。それでも僕は言葉を続けた。

「結局、彼が僕に残したものなんて、ちっぽけなものでしかなかったんだ。僕の中に、彼の面影なんて残ってはいない。」

「なら、どうして」

「彼は、自分の生涯を終えた。それだけの話だ」

「なら、どうして」

 彼女の瞳が、まっすぐに僕を捉えた。

「どうして、あなたは泣いてるの?」

 胸が苦しい。息は上がりっぱなし。顔は火照って、鼓動はどんどん加速する。

 涙が、止まらない。

 霞んだ視界の先に映る、君の爽快な笑顔。

 鼻水で詰まった鼻の奥で香る、キャラメルコットンの香り。

「なんだよ…これ」

 結局、僕はーー

「なんでだよ。どうして泣いているんだよ僕は」

 結局、僕は、彼女と同じで、普通の人間だったということだ。

 卑屈で冷たくて、どうしようもなく汚れた人間。それでも君の死に涙を流す、そういう人間だったということだ。

「なんだか、馬鹿みたいだ」

「そうね、馬鹿みたい。自分をけなして、それでも強がって。本当は彼の事が大好なくせに、自分と彼じゃ違うと言って、わざと離れて。本当に馬鹿みたい」

「ああ、本当に馬鹿みたいだ」

「私も、同じ馬鹿だけど」

「ああ、同じ馬鹿だ」

 僕は彼女に恋をして、彼女は君に恋をして、僕は君の死に涙する。

 何故だろう。少しだけ可笑しくなって、僕は笑ってしまった。

 すると彼女もつられて、笑ってしまった。

 それが何だか心地よく、また僕は笑ってしまった。

 もし君が、この光景を見ていたら、怒るだろうか。呆れるだろうか。

 多分君は、俺が死んだ後に笑うなんて不謹慎だ、と怒るだろう。

 その後、お前達にはついていけない、と呆れるだろう。

 そして最後に、一緒になって笑うだろう。

 こんな馬鹿は、お前達しかいない、と言って。

 僕達はいつも屋上にいて、相変わらず夕日は眩しくて、やっぱりホルンは音を外していて、これからも彼女は街のネオンが綺麗だと言って、それでも僕は彼女を愛して、きっといつまでも彼女は君を愛している。

 何も変わらない。何も変わらなくても、僕達はまた君を思い出しては一緒に泣くだろう。

 僕達なら大丈夫。もう多分、心中するなんて言いはしない。

 君が言っていた言葉を思い出す。

ーー生きていれば幸せなことがあるはずだ。

ーーお前にだってきっと…

 僕はその続きを遮ってしまたけれど、君はなんて言おうとしていたのかな。

 僕にだって、きっと幸せなことがあるはずだと、言いたかったのかな。

 やっぱり僕には、分からない。世の中は悲しいことが多すぎて、幸せなんかどこかに埋もれてしまうかもしれない。

 でも、とりあえずは、生きてみようと思う。

 君の生きた、メリーゴーランドみたいなこの世界を。

 彼女と一緒に、生きてみようと思う。

 もしかしたら、耐えられなくなって、また死ぬなんて言ってしまうかもしれない。

 そうしたら、キャラメルコットン取り出して一口、吸ってみるよ。

 その時は、もしかしたら、幸せの味がするかもしれないから。 

こんなワケの分からない話を最後まで読んで下さってありがとうございます。

この話は作者が○年前に執筆した短編小説を、今回「小説家になろう!」初投稿ということで、書き直したものです。故に、未熟な部分が沢山ありますのでご指摘頂けたら幸いです。勉強になります。

さて、今回の話で登場人物の名前が一切出てきません。すべて「僕」「彼女」「君(たまに彼)」としか出てきません。もしかしたら「読みにくかったよこのやろー」って方がいるかもしれません。申し訳ありませんでした。しかし、彼ら3人はどこにでもいる、案外フツーの奴らだと思うのです。ので、読者に身近に感じていただきたいと思い、あえて名前は書きませんでした。この話は短編3部作の中の第2部に当たります。他の話も、機会があれば書きたいと思います。そろそろ読むの疲れてきましたね。はい、それじゃあまたお会いしましょう。最後まで、ありがとうございました。

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