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第三話

 季節は流れていく。雲の色も、風の匂いも、穏やかに、しかし確実に変わっていった。

 でもいくら冬の音色が近づいてきても、僕と彼女の気持ちに変化はなかった。

 彼女は確実に自分の終わりへと歩んでいき、僕はやっぱり死にたいのか死にたくないのかよく分からないまま、彼女の一歩後ろをついて歩く。

 あれはそんな時だった。そう、確か僕が今まで見た飛行機雲の中で、最も長いそれが虹のように空にかかった日。君と屋上で二人っきりになった時のことだ。

「あれ、長いな」

「うん。長いね」

 顔に金網の後が付いてしまうくらい、君は顔をぎりぎりまで外へ出そうとした。

「すごいな」

「うん。すごいね」

「あんなに長いの、俺初めて見た」

「うん、僕も初めて」

「虹みたいだ」

 いささか興奮気味の君の目は、いつにも増してきらきらしていた。

 そしてやっぱり君は、キャラメルコットンをぷかぷかと口にしていた。

 その様子はまるで、キャンディーをなめながら虹を嬉しそうに眺める少年みたいだった。

「なるほど…メリーゴーランド、ね」

「ん?」

「いや、何でもない」

「何だよ。言えよ」

「何でもないってば」

「ふぅん。…頑固な奴め」

 そう言った君は、僕の右腹部に拳を入れてきて、僕はそれに少しの苛立ちと恥ずかしさとを覚えた。けれど真横で咲く君の例の爽快な笑顔を見たら、そんなものは吹っ飛んでしまった。

 なんでこんな奴が、と思ったけれど、あぁ だからこいつなのか、と納得してしまった。

 僕がそんな事を考えているとは知らない君は、遠くの夕日をその瞳に映したまま、言った。

「なぁ俺さ、好きな子、出来た」

 最初に少しだけ、心臓がいつもより大きく動いた。それからゆっくりと、鼓動が加速していくのを感じた。

「ふぅん。誰?」

「えっとな…あのな…」

 僕は、君の口から次の言葉が出てくるのをひたすら待った。

 時間にしたら数秒の出来事だったかもしれないけれど、僕にはとてもとても、長く感じた。

 そして照れながら言葉を綴り出した君の口から、彼女のものとは違う名前が出てきた時、僕の中に沸き起こったあの感情の名前はなんと言うのだろうか。

 とても静かで、でも重くて、体の中から僕を食い尽くしてしまうんじゃないかと思った、あの感情の名前は。

 彼女と君が恋人同士にならなくて良かったという自分と、彼女と君が恋人同士になれないことを悲しむ自分との間に挟まれ、目が回る。吐き気がする。

「なぁ、月並みだけど、生きていれば幸せなことがあるはずだ。俺はやっぱり、お前達には死んでほしくない。お前にだってきっと…」

「生きていれば幸せなことがある?そんなこと何故分かる。それは君の話であって、僕の話じゃない。君と僕では違うんだ。君の知っている僕は、きっと本当の僕じゃない。」

 メリーゴーランドの回転が、みるみるうちに加速する。

「本当の僕は卑屈で冷たくて、どうしようもなく汚れた人間だ。今だって、君の恋を素直に喜べないし、かといってその理由も話すことも出来ない。」

 僕は、この回転の速さについていけない。

「もう、放っておいてくれ。僕のことは、もういいんだ」

 目が回る。

 吐き気がする。

 苦しい。

 それなのにどうして…。

 どうして君は平気なの?

「おい、ちょっと待っ…」

 君の言葉を最後まで聞かず、僕はその場から駆け出した。

 君の顔は、見れなかった。

 空に架かった雲のアーチは、僕にはやっぱり雲にしか見えなくて、それが益々僕の足を速く動かした。

 終わりに向かって一歩先行く彼女を、追い越してしまうほど、僕の足は速く動いた。



「どうしたの。暗い顔して」

 相も変わらず彼女と僕は、夕日の絨毯の敷かれた屋上にいた。

 多分君が来なかったのは、僕と顔を合わせる事に気が引けたからだろう。

「この前から様子が変なんだ。」

「どういった風に?」

「君のように言うならば、メリーゴーランドの回転が速すぎて、目が回る」

 体の外も、内側も、すべてが黒く、重く、静かに僕を蝕んでいく。

 ふと、頭上の貯水タンクがつくり出す影を見てみた。ちっぽけな影だ。

 でも、いくらちっぽけでも、それが影であることに変わりはない。 

 辺りを囲う金網も、緩やかに流れる雲も、自由に大空を飛びまわる鳥でさえ、影をつくる。

 光輝く君に憧れながら、近づいた彼女も影をつくる。僕の後ろにも、きっと影が出来ている。

 彼女は君に近づく。けれども君は別の場所へと歩いていく。メリーゴーランドは一方通行だ。彼女は君に追いつけないし、君も決して、彼女を待たない。彼女から背を向けたままの君は、そんなことすら気付かずに。

 メルヘンチックで、でもどこか間抜けたメロディが延々と流れ続ける。

 君はどこへ行くのだろう。

 僕はどこへ行くのだろう。

 どこに行けば良いのだろう。

 終わりのベルが、鳴る気配は無い。

「なぁ」

「なに」

 聞き返して、僕を見上げた君の表情は、大人というには無邪気で、少女と呼ぶには疲れた顔をしていた。

「降りようか。メリーゴーランドから」

「あなたから言い出すのは、初めてね。でも理由は聞かない。その意志だけで十分よ」

「決行は、明日だ」

「分かったわ」

 屋上。夕方。少年。少女。

 僕達は心中を決意した。



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