表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第ニ話

 次の日も、そしてまた次の日も、気付けば僕達三人は毎日のように夕日の差し込む屋上でお喋りをしていた。

 君は、死にたくはないけれど、あえて死ぬなら何か人のためになって死にたい、とか。

 彼女は、死ぬなら誰かと静かに死にたい、とか。

 僕は、とりあえず死ねれば何でもいい、とか。

 お喋りをする時の君はいつも『キャラメルコットン』というお菓子みたいな名前の煙草を吸っていた。

「美味しいのかそれ?」

 僕が尋ねると、君は吸っていた煙草を僕の前に差し出した。

「甘くて、ほんの少し幸せな気分になる。吸ってみるか?」

 一口、煙を中に入れた途端、それはまさしく煙の味しかしなくて僕は咳き込んだ。

「不味い。とても不味い。ちっとも甘くないし幸せにもなれない」

「この味が分からないとは不幸なやつめ」

 君は僕から煙草を取り上げると、またあの時のように爽快に笑った。

 僕は何だか照れくさくなって、わざとしかめっ面をした。

 彼女は僕達のやり取りを、長く黒い髪を揺らして、くすくすと笑っていた。

 君もつられて笑った。そして君と彼女の目が合う。

 彼女は頬を赤くして、すぐさま君から目を逸らした。

 その時、自分の胸が痛みを覚えたのを初めて自覚した。

 ふと思い出す、彼女の笑顔、自分の手先を眺める癖、寂しげな瞳の色。

 自分でも驚いた。気付けば僕はこんなにも彼女のことを見つめていたなんて。



 どうやら僕は彼女を好きになったらしい。

 その旨を君がいなくなった後彼女に伝えると、あらそう、と言われた。

 僕はいつもと変わらず平静な彼女を上から見下ろしていた。

 彼女はいつも座っている。僕は立っていたけれど。

「あなたにも人間らしい部分があったのね、良かったじゃない」

「そうだな。良かったよ」

 彼女はそれ以上特に何かを言う様子はなかった。僕もそれ以上は求めなかった。

 頬に当たる風がひんやりとして気持ち良い。彼女も気持ち良かっただろうか。

 風にのった吹奏楽部の楽曲が、僕達を通過して空気に溶ける。

「私達の学校の吹奏楽部ってさ、下手よね」

「うん。下手だ。あ、今もホルンが音を外した」

 何となく可笑しくなって、僕達は笑った。

 夕雲が穏やかに流れる。その奥に飛行機のシルエットが見えた。

「あれだけ大きな飛行機も、遠くに離れるとあんなにも小さく見えてしまうんだな」

「ええ、そうね」

「小さいなぁ」

「ねぇ」

「うん」

「あのね」

「うん」

 私は彼を好きになったみたい、という言葉を彼女はそっと吐息に乗せた。

「君にも人間らしい部分があったんだね、良かったじゃないか」

「そうね。よかったわ」

「僕達は、よく似てるね」

「そうね、似てるね」

 僕達は、また笑いあった。

 僕達の笑い声が、風に乗ってどこかへ飛んでいって、誰かへ届けば良いと思った。誰かを少しでも幸せにできたら、良いと思った。

「じゃあ、もう心中はしないのか?」

「何で?」

「好きな人が出来たんだろう。なら生きようとは思わないのか?」

「いいえ、その逆ね。むしろより消えたくなってしまったわ」

「何故?」

 彼女は少し俯いて、続けた。

「彼は輝いているわ。とてもとても眩しく。だから近づけば近づく程、私の汚れが照らされる。私は今まで気が付かなかった自分の汚れを目の当たりにする。理解していた事と、実際にその目で見る事は違うの。彼のようになりたいと、彼に少しでも近づこうとすればするほど、理想の自分と本当の自分とのギャップの大きさに吐き気がする。その上彼は純粋で無垢。メリーゴーランドに乗ることが許される人間よ。でもね、私は違うの。メリーゴーランドに乗るにはもう大人になりすぎてしまった。余計な知恵が沢山ついてしまった。汚いことを考えるようになってしまった。だから私は降りるわ、メリーゴーランドから。それが理由よ」

 僕は何も言わなかった。彼女も僕に何かを求めている様子はなかった。

 いつの間にか、夕雲が大きく形を変えていた。

「もうすぐ夜が来るわね」

「そうだな」

「そしたらきっと、彼は星空が綺麗だと言って、私は街のネオンが綺麗だと言うのよ」

 彼女の言葉は未来を意味していたけれど、瞳の色は未来なんか見ていなかった。

「あなたは?」

「僕は多分、どちらも綺麗だとは言わない」

 夕雲は完全に形を失って、紫色の空に溶けてしまった。

 飛行機も、もう見えない。

「ねぇ」

「うん」

「あなたは私と心中する気、まだあるの?」

「僕自体に心中する気なんて初めから無いさ。僕はいつでも一人で死ねるからね。でも君が僕と心中したいというのなら、僕は君と心中しよう」

「一人で死ぬのは嫌なの。手伝って」

「うん。わかった」

 僕は実際のところ、本当に死にたいのかよく分からなくなっていた。

 ただ彼女の赤い頬を思い出す度、そしてそれが自分に向けられたものじゃないと理解する度、胸の奥がきしきしと締め付けられて何とも言えない痛みが疼く。

 それでも僕は、多分嬉しかったんだと思う。この痛みが何だか、とても大切なもののような気がして。

 だから僕はこの痛みを、自分の中で暖めるようにしまっておくことにした。いつか雛でも孵れば良いなと、下らないことを考えながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ