第一話
元々短編だったものを、連載用に書き直したものです。
僕の愛する彼女が誰よりも愛した君へ
‐少年メランコリィ‐
それなら私と心中しないかと彼女に提案されたのは、日の沈みかけた時間の校舎の屋上でのこと。
いつものように授業が終わった後に、夕風に当たりに来ただけなのに。いつもと違ったのは、何故か彼女がそこに座っていたということ。
何がどういった展開で『それなら私と心中』という方向に話が進んだのか、僕には上手く理解出来なくて、ただただ立ちつくした。僕の頭が悪いのか、それとも彼女の特異な性格のせいか。そもそも彼女とは一度も話したことがなかった。
今日は風が冷たい。びゅうびゅうと駆け抜ける風は、秋の匂いを運んできた。
「待ってくれ、話を整理しよう。まず君は自殺をしたいと?」
「そうね」
彼女の長い睫毛が、夕日をのせてふさふさと揺れた。
「それは何故だ?」
「そうね…あなたは今十七歳で、私も十七歳よね。そして例えば遊園地のメリーゴーランドに乗るとする。周りには無邪気で素直な子供達ばかり。するとどんな気持ちになるかしら?とても恥ずかしくなって、すぐにでも降りたい気持ちにさせられないかしら。それと同じ気持ちで、私は今すぐにでもこの日常から居なくなってしまいたいの。わかるかしら」
わかるような、わからないような。
しかし分かったところで、何故自殺ではなく心中なのか、それが疑問であった。
いや、別に心中が嫌なわけじゃない。むしろ良いタイミングだと思っていた。
学校で虐めにあっているとか、借金を負っているとか、不治の病に冒されているとか、そういった類のエピソードは残念ながら僕には無い。だが、理由もなく自らの死について考えるようになったのはいつからだろうか。ベットの中でその日一日起こった出来事を思い返し、その延長上に自分の様々な死の想像をを結び付け、眠りに落ちる。そんな毎日を繰り返していたら、気づけば死は僕の身近な存在に。
「怖くはないのか?」
という質問に、彼女は自分の手を前に突き出し、その先を見つめながら答えた。
「年間日本で何人の自殺者がいるか知ってる?三万人よ。そして私達がその三万分の二になる、それだけの話」
最後に彼女の口角が少しだけ上がった。
こういう笑い方を僕は知っている。何かを馬鹿にした冷たい笑いだ。
彼女が笑ったのは、世間に対してか、それとも彼女自身に対してか。
「二って何だ。何故僕をそこに含める?」
「あら、嫌なの?」
「別に嫌じゃないが…」
「ならいいじゃない」
今度は目も一緒に笑った。彼女の笑顔は一緒に淡い秋の香りも僕に運んできて、何だか心地良かった。素直に彼女を綺麗だと思った。
屋上。夕方。少年。少女。
僕達は心中を約束した。
僕はそれから彼女といることが多くなった。
互いに時間が空いた時は、屋上で楽しくお喋りをする。
もっとも、話の内容は死に関することばかりであったけれど。首吊りは嫌いだとか、寿命で死ぬのは悪くないがそこまでは待てない、とか。
でも内容はどうであれ、僕は何だか暖かい気持ちになっていたのは事実だった。
そんな彼女と、僕の幼馴染の君が仲良くなるのに時間はかからなかった。
三人でいる時も話の内容は相変わらず、死に関することばかりだったけれど。
しかし君は、僕や彼女と違って死ぬのは怖いと言っていた。心中には参加しないと。
彼女は君に興味を抱いている様子だった。僕はそんな二人をじっと眺めていた。
君は僕とは違って性格も明るく、自分の意思をしっかりと持っていて、でも程よくだらしない性分で、いつも周りに人が集まっていた。
僕はといえば取り立てて人に自慢出来るような事は何一つ無くて、人より得意なものは暗算の速さくらいなものだった。
その上僕は卑屈で冷たくて、どうしようもなく汚れた人間だから、ある時君に尋ねたんだ。
ーー君はどうして僕なんかと一緒にいるんだ。幼馴染ゆえの義務感からか?それとも僕みたいな人間と一緒にいることで、優越感にでも浸りたいのか?
次の瞬間僕は宙を舞っていた。いや、正確には舞わされていた。君の右拳に。
ーーくだらないこと言うんじゃねぇ。そんな事考える暇があったら…
怒鳴っている君の顔が赤かったのは、多分夕日のせいだけじゃない。
ーー…暇があったら?
ーー…考えてなかった。勢いで言っちゃったから。とにかくだ、そんなくだらない事いちいち考えてるんじゃねぇよ。
鼻の頭をぽりぽりとかいた君の顔がさらに赤くなったのは、多分怒りのせいだけじゃない。
ーーほっぺた、痛い。
ーーさすがに殴ったのは悪かった。お詫びにジュース奢るから。
そう言った君の爽快な笑顔といったら、なんとも僕には眩しくて。ますます何故僕なんかとー緒にいるのか分からなくなったけれど、何だか心地の良い気分になった。
君の背中が、少し大きく見えた。




