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7話 二十一時二十七分

「アバさん、お疲れ様です」


僕の名前はアバサ、アバさんと呼ばれている


アバサ「ご苦労様です」


にっこりと笑顔で返事をし、軽く会釈をする

五時半を過ぎると社員は帰宅でいなくなり、シンとした静寂が広がる

この会社にいるのは僕と、カウンターにいるもう1人の新人だ


アバサ「もう全員帰ったようだ」


ウォールアイ都市A地区にある某大手自動車会社

そこに僕は警備員として5年勤めている

シフト表には、夕方の四時から深夜まで仕事の予定だ

太り気味の体を揺らしながら見回り、一つ一つの扉を開いていく

良かった良かった、今日も特に問題無しのいつも通りだ


アバサ「さて、と」


一階の高級車の展示物に触れないように渡りながら目的地へと歩く

展示物を照らす照明は消え、ちょっと薄暗い

鼻歌を鳴らしながらフリードリンクの機械からどれにしようかと指を迷わす


アバサ「コーヒーにしよう」


お好みボタンを押し、紙コップにギリギリまで注ぐのがスリルがあって楽しい


アバサ「これで準備は整った」


客用に設けられているチェアに横たわり、ギシリと音を立てる

こぼさない様にゆっくりと慎重に、溢れるコーヒーをテーブルに置き

ふと、目玉であるスーパーカーにうっとりと目を奪われる

男なら一度は憧れるって感じの美しいフォルム、赤色ってのがいい

気に入った、ますますこのスポーツカーが欲しくなってきた


アバサ「ポンと気軽に出せるような値段じゃないけど」


僕にとって高級車は高値の花ってほどに似合わないだろう

富裕層がコレクションとして集めそうな…

まさに彫刻、自慢するための観賞用ってオーラが漂っている

僕達三人の中だと、シラエなら金持ちで似合いそう

シラエ…トリカジ…アバサ…


そう…何時も共に居た…





ほんの数年前、スクールの頃の僕らはまだ初初しかった

最初のキッカケはなんだろう


トリカジとシラエ、僕も含め、憧れのウォールアイ軍に入隊するのが夢で共に追いかけていた

くじけてもお互い励ましあい、幾多の試練を超えて成長を感じる…

今はこんなしょぼい太った、名の知れない警備員だが

あの数年間は、このスポーツカーを買う金に変えても変えきれない

実に充実した日々だった

だけど、現実は認めてくれない

ウォールアイ軍入団テストの日を今でも覚えている

筆記試験はゼロに近い成績だが、高い身体能力が買われトリカジのみ合格入隊

シラエは全くの逆で、頭はいいが…最後の最後で不合格

そうとう悔しがり、病人のようにしばらく家に篭りっきり姿を見せなかった

でも夢は捨てきれず、軍隊用の武器会社に就職したらしい

僕は違った、あの日以来心が砕けた

軍人になれなかった、憧れを失った、夢を失った

あの変えがたい日々は、二度と戻ってこない





アバサ「…もうこんな時間」


僕は我に帰ってTVのスイッチの電源ボタンを押す

コーヒーはすっかり冷めていて、底がふやけているのに気付く


アバサ「入れなおすとしよう」


僕は苦いのを我慢して、一気飲みをする


『焼死した遺体が…』


朝からずっとこの話題で持ちきり、いい加減飽きてくる


アバサ「まぁ、そうなるか」


戦争を知らない一般国民にとって、相当の刺激なんだろう

実際、外では狼煙を上げ、殺し合いをしている国だってあるのに

A国の隅にあるウォールアイ軍基地

そこにある幾多の兵器、戦闘機がそれを物語っている

負けた奴が悪、勝った奴が正義

それが戦争であり戦いだと思う


アバサ「さってと…」


中央の柱に掛かっている木製の鳩時計

カチリカチリと針を静かに鳴らしている


アバサ「9時26分…今一分過ぎたから27分」


僕とアバサの憧れを叶えた、眩しい存在の人物

軍人トリカジからの今日、連絡があった

なんでも今日「泊めてほしい」との事だ

9時にくると行っていたのに、時間にルーズな男である

出会ったらいつものように、戦場の武勇伝でも聞かされるのだろうか

正直あれにはウンザリだ

だけど心なしか嫌いじゃない僕もいる


「あけてくれ」


自動車会社の玄関から、声が聞こえる

暗くて人影は見えず誰だかよく分からないが、聞覚えがある声


アバサ「何年ぶりかな…久々だね」

トリカジ「いや…参ったよ本当」


くるなり早速、憧れのトリカジはどさりと、チェアに沈んだ


トリカジ「よう、アバサまた太ったんじゃないか?」

アバサ「お前こそ、スクール時代から全く変わらないな」


その時、悲しそうな表情をふと、浮かべる


アバサ「どうかしたのか?」

トリカジ「そうか知らないんだな、何でも無いよたっくよお」


何事もなかったように、おそらく見間違えだろうか

どこか、僕とトリカジの間には『距離』を感じた


トリカジ「変わってない訳が無いだろ~あれから五年もたっているんだぜ」


トリカジは僕の持っている紙コップに指をさす


トリカジ「俺にもくれよ」


僕も、それに答えフリードリンクの機械に指をさす


アバサ「俺より恵まれているんだからさ、行けよ」

トリカジ「あんまり動きたくないんだよ」


そう言いつつも、ゆっくりと指を刺す方向へ向かう

どこか変だ、戦争での疲労が残っているのだろうか

理由を聞こうと思ったが止めた、聞いたら行けない気がした








「ここなら殺せるぜ、標的!」

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