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群雲の送火  作者: ceryeti
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第7話

「偲さん、あの、さっきは……」

 家の玄関先まで来て、ようやく好基は意を決して偲に声をかけた。それまでずっと、二人は無言で歩いてきたのだった。

「おう猪作、早いんだな。妾ははらぺこじゃ」

 偲は一度気付いたような素振りを見せながら、露骨に好基を無視してすたすたと玄関を上がっていってしまった。

「お待ちしておりました姫さま。寒くはございませんか?ささ、中へ」

「うむ」

 偲の姿が家の奥に消える。

「好基さまもどうぞ」

「あ、はい」

 偲がこんなに機嫌を損ねたのは見たことがない。本当に怒らせてしまったのだ。自分の、心無い一言のせいで……。

「すまねえ!遅くなったぁ!!」

 突然どたばたと人が走ってくる音がしたと思うと、好基の真後ろで大きな声がした。

「お帰りなさいませ好藏さま。宴席はこれからにございます。さ、中へ」

「おおそうか。間に合ったじゃねえか」

 好藏?聞いたことのある名前だ。後ろを振り返ってみると、そこにはいかにも外仕事をしている風体の、日に焼けた男が立っていた。年寄りではない。四十代前半といったところだ。頭には白タオルをターバンのように巻いている。

 好藏は目の前に立っている好基に気付いていながら、そのすぐ横を邪魔な電信柱をよけるようにさも自然そうに素通りして、玄関へ入っていく。

「あの、好藏さん!」

「あん?」

 好藏は玄関で足袋を脱ぐ手を止めて、好基の方を見た。

「オレ、好基です。会うのは初めてですけど、えっと……」

「ああ?そんなの知ってるよ。好基、なにそんなところで突っ立ってんだ。早く中に入れ」

「はい……」

 好藏は脱いだ足袋を端に揃えて中に上がる。しかしそこでぴたりと動きを止めた。

「あれ?おい好基、おめえ、今オレと話をしたか?」

「ええ、しました」

「オレの声、聞こえるのか?」

「はい、聞こえます」

「お、おう」

 おっかしいなあと頭をかきながら好藏は中の酒席に向かおうとする。しかしそこで再度、ぴたりと動きを止めた。

「てえことは、おめえもこっちの仲間ってことじゃねえかよ!?」

「そうなんですよ。だからよろしくお願いします」

 好藏は好基の言葉にひどく大げさに驚いた。

「お、おう、そうなのか……。そうならそうと早く言えよ紛らわしい。まさかおめえがくたばってるとは思わねえからさ。そんじゃ中に入れ。多分席はオレの隣だ」

「はい」

 偲が先に行ってしまって、席をどうしたものかと悩んでいたところに助け舟が来た。好基も草履を脱いで玄関を上がる。玄関といっても急ごしらえのサッシと靴脱ぎ場といったところだ。本当の玄関はすぐ隣にあるが使われていない。なんでも、仏壇の真正面にあるからよくないということで、すぐ脇に代わりをつくって封印してしまったらしい。

 その玄関を上がるとすぐに畳の大広間になっている。そこにはすでにテーブルが並べられていて、父や祖父、それに妹、さらに見知った親類たちが顔をそろえている。

 好基は妹の美琴に目をやる。その隣に好基の席はない。それにこうしてテーブルの前で立ち尽くしていても誰も好基に気付くことはない。今日は一年に数度しかない親族の集まりだ。それに、好基が死んでからもう二カ月が経とうとしている。湿った様子はないし、和やかな雰囲気で楽しそうだ。その中に、自分は入れないのだと思うと、好基は寂しい思いがした。

「おーい好基、こっちだ、ここに座れ」

 好藏がもう席について手招きをしている。

 大広間は二部屋になっていて、間の襖を取り払えばひと続きにすることができる。その片側に、また別のテーブルが並べられている。そこに居並ぶ面々は老人ばかりで、知っている顔は偲と今会った好藏くらいのものだ。これが幽霊側の宴席なのだ。去年までこんな席が隣の部屋にあるとは知らなかったので、多分こちらの人間には見えていないのだろう。不思議な話もあったものだ。人間がこうして酒を飲んでいるすぐ隣で、幽霊も同じように酒席を囲んでいたとは。

 好基は好藏がたたく座布団に腰を下ろす。二列に並べられた長机にはもう人員がそろっている。三十人弱といったところか。本当に年寄りばかりである。四十がらみの好藏が若いと言えるくらいのもので、偲や好基がいかにも浮いた存在に見える。好基の席は、予想通り下座の末席だった。

「ええと、好藏さんは確かオレの……」

「ああ、大体、おめえのひいじいさんになるんだと思うぜ。あすこにいる功がオレのせがれだからよ」

 好藏が好基の分の酒を注ぎながら言う。功は好基の祖父だから確かに曾祖父に当たるわけだ。

「やっぱり、それで、オレの名前は好藏さんの字をもらってるらしいんですよ」

「うれしいか?」

「え?」

「へっ、なんでオレみてえな碌でなしの名前なんてもらわなきゃならなかったんだか。残念なやつだな」

 好藏は面白くもなさそうに言う。

「さて皆の衆、そろそろ集まったところで始めるとしよう。乾杯の音頭だな。それじゃ、例によって偲さん、お願い致す」

 好藏と話していると上座に座る白髭の老人が立ち上がった。あの老人が当主なのだろうか。当主と言うのかもよくわからないが。

「おい、どうしていつも妾がやらなきゃならんのじゃ。まったく」

 白髭の老人が声をかけると、同じく上座についていた偲がぶつくさと文句を言いながら立ち上がった。手には焼酎だろうか、大きめのグラスが握られている。

「ごほん、皆の衆、よくぞ集まってくれた。会えてうれしいぞ。ここにこうして年寄りがよくも集まってくるのも、ひとえに健康のおかげじゃ。……ううむ、妾は気のきいた音頭はとれぬよ。もうよいな、健康に!乾杯じゃ!」

「かんぱーい!」

 そろって年寄りの声が乾杯をさけび、カン、カン、と各自がグラスをぶつけ合って口に運ぶ。

 好基は好藏からうまく焼酎が注がれていたが、見渡すと各々が好きなものを飲んでいるようだ。この酒も目の前の食事も現し世の人間には見えないのだから、多分黄泉で普段食べているものなのだろう。それを、誰が用意したのか、こっちで広げて食べているのだ、きっと。

 偲を見ると、乾杯をした後立ったまますぐに腰に手をあてて、なみなみと注がれた焼酎をぐいぐいと一気にあおいで、豪快に飲み干してしまった。

「プハッ、うまいのう!ようし、妾は下座じゃ。上座では食わぬ。ほれ、ここの列、ひとつ席をずれるのじゃ。妾は末席で食うぞ」

 言われるままに、いそいそと好基の列に座る者がひとつずつ席をずれていく。誰ひとり、文句ひとつ言わずに移動していくが、偲は偉そうなことを言いながらもありがとうなとか、腰が痛いところをすまぬなとか、会えてうれしいぞとか、ひとりひとりに礼を言いながら好基のいる下座の方にやってくる。

「久しいな、好藏」

「おう、お互いに」

 偲と一言二言、なにか言葉を交わしながら隣の好藏も席をずれる。

「好基、おぬしもずれるのじゃぞ」

 自分はどうしたものかと思案していると、偲から命令された。

「え、でも序列がこうなんじゃ……」

「硬いことを言うな。妾が末席じゃ。早くしろ」

 偲の有無を言わさぬ命令に圧されて、好基もそそくさと席をずれる。それを見て、偲は満足気に好基の座っていた末席に腰を下ろした。一気飲みしたばかりなのにまた別のグラスをあおいでいる。

「あの、偲さん?」

「なんじゃ」

「今日はペース早くありません?」

「なにを言うか。それを空けろ」

「え?」

「それを空けろと言っておる。早くしろ」

 偲が焼酎の瓶を片手に、好基のグラスを指差している。あ、はい、と言って好基は自分の焼酎をぐいと飲み干した。

「ありがとうございます」

「よい。今日は気にせず飲めよ」

 お気に入りなのか、偲は持っていた焼酎を好基のグラスに注ぎ、水で割った。飲んでみると相当濃いままだった。

 しかし、好基が注がれた焼酎を飲む間も、隣の偲は無口のままで、ひとり黙ってグラスをあおいでいる。

「あの、偲さん、さっきは……」

「おうすまぬ!今行く!」

 好基が話しかけると、偲は誰かに呼ばれたのか、さっさと立ち上がってもう片方のテーブルの列の方へ行ってしまった。


つづく

詳しいことはブログに書いてます。お読みいただけたら幸いに思います。

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