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群雲の送火  作者: ceryeti
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第5話

 桐ケ谷の実家は田舎で山の中にある。散歩と言っても家の周りの田んぼと用水路と小川の間にある畦道をふらふらするだけだ。

 日が暮れ始めた空はきれいに赤く染まっている。日中が暑かっただけに時折吹いてくる夕風が心地良い。

「この辺りも昔とちっとも変わらんのう」

 偲が歩きながら懐かしそうに言う。

「田んぼしかないですからね。でもいつから変わらないって言うんですか?もしかして偲さんが生きてた時から?」

「そうじゃな。小さい頃はよくこの辺りで遊んだものじゃ」

 偲は昔を思い出すように辺りを眺めている。

「へえ、その小さい頃って一体いつ頃の話なんですかね?ちょっと気になったんですけど」

「好基よ、妾の歳は聞くな。話の流れは良かったが出直しじゃ。百年早い」

 偲が鋭く返してくる。

 ダメだったか。以前にも偲がいつの時代の人なのかそれとなく聞いてみたことはあったが、まだ教えるつもりはないらしい。

「そうですか。でもまあ、オレなんかは百年どころじゃなく二百年も三百年も早そうな気がしますけどね」

「言うな小僧。おぬし、やはり口のきき方に気をつけた方がよいな。女人に歳を聞くときはもう少しうまくやるのじゃ」

「ごめんなさい。失礼と知って聞きました。次はもう少しうまくやります」

「それはわかっておるよ。だがおぬしは目上をあまり敬わぬようだし、口のきき方もいいとはいえぬ」

 怒らせてしまったか、そう思って顔をのぞいてみると、偲は逆に楽しそうに口許をほころばせていた。

「だがその歯に衣着せぬ物言い、心地良いわ。そこのところに免じて、いずれ教えてやってもよい。妾は出直しと言ったからな」

「そ、そうですか。じゃ楽しみにしてます」

「うむ。桐ケ谷に限らずまわりが堅苦しい老人ばかりでは気が滅入るというものじゃ。だからおぬしは今のままでよい。しかしおぬしも趣味が悪いのう。そんなに妾の歳が知りたいか?」

 偲がいたずらっぽく言う。怒っていないようでよかったが、普段がご機嫌なだけに怒らせるような真似はしたくない。好基は自分の言ったことを後悔した。

「いや、失礼しました偲さん。野暮なことを聞いちゃって、オレたち同じ早死の幽霊ですもんね。歳だなんて今さらですよ。ハハハ」

「ウハハハハ、おぬしはやはり目上を敬わぬのう。おっと、ほめておるのじゃぞこれは」

 偲に昔のことを聞こうとしても軽く笑ってあしらわれる。しかし偲は笑うのをすぐにやめて、昔のことを思い出したのか急に悲しそうな目をして、遠くを見るようにしながら足早に先へ進みだした。好基も遅れながら続いていく。

「偲さん?」

「少し、寒くなってきたのう、好基」

 偲は昔の記憶をたどるように、まだ遠くを見ながら言った。

「あの、なにか思い出したくないことが……?」

「霊魂じゃ」

「え?」

「幽霊ではなく霊魂じゃ。言っても無駄かもしれぬが間違ってはならぬ」

「あ、はい」

 会話を途中で遮られた。好基はそれ以上追及するのをやめた。

「昔のことはまた、追い追いな」

「ええ。偲さん、これを」

 好基は余計に着ていた羽織を脱いで、偲に差し出した。

「なんだ、おぬしは暑いのか。荷物くらい自分で持てよ」

「いやそうじゃなくて、寒いならこれ着てくださいよ」

「ああ、なんだ、妾に気遣いは無用じゃよ。幽霊は寒がったりせぬものでな」

 偲はにべなく返す。

「でも下になにも着てないんでしょ?寒いですから着てください」

「なんだと?おぬし、どうして妾の下着のことなど知っておるのじゃ!?ぬうぅ、こ、この変態がっ!!」

 顔を真っ赤にして偲は一歩後ずさった。そんなことをされると本気で生きる希望を無くしてしまう(死んでいるが)。

「自分で聞かれてもいないのに言ったんじゃないですか!もう、心配してるんだから素直に着てくださいよ」

「フン、心配とな?この妾を?小僧が、そんなものは自分の尻を拭いてからにするんじゃな。でも、まあ、おぬしがどうしても暑いと言うなら、着てやっても構わぬが……」

 言いながら偲は差し出された羽織を好基の手から奪い取り、背中を丸めて羽織った。

「まったく、素直じゃないですねえ。山なんだから夜は冷えるんですよ。黄泉ではずっと暑かったですけど」

「なんだ妾に説教か?百年早いと言ったろうが」

「ひょっとすると千年くらい早いんじゃないかって気もしますけどね。でも、ありがとうございます」

「どうしておぬしが礼を言う?」

「え、着てくれて、です。風邪なんかひかれても看病するのイヤですから。あ、違うか、荷物を持ってくれて、かな」

「ウハハハハ、一杯食わされたな。まったく、おぬしと話していると退屈せんよ」

 照れくさそうにしていた偲はここで大笑いして言った。

「ヘヘヘ、役得ってやつで」

「粋がるなよ。さあ、もうすぐ頃合いじゃな。ぼちぼち、引き返すとしようか」

 バンっと偲が背中を叩く。やはり加減はしないようだ。


つづく


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