第4話
「達者もなにもないわ。妾は若いのじゃぞ?言葉を間違ったな猪作?」
「ハハハハ、これはご無礼を。姫さまはいつになってもお若いですなあ」
「ウハハハハハ!それも年寄りにかける言葉じゃ。妾も会えてうれしいぞ!」
偲は楽しそうに大男と肩を叩き合っている。力がこもっていてうれしそう……、いや、痛そうだ。偲はいつも加減しないし、あの大男に肩を叩かれたらがくりと膝が折れてしまいそうだ。
「おい好基、こっちに来るのじゃ」
偲に呼びつけられて二人の方に行くと、好基に気付いた大男が丁寧にお辞儀をした。近付いてみてわかったが、身長は二メートル近くありそうだ。
「紹介しよう。こやつは好基。此度新盆を迎えた死んだばかりの若造じゃ。妾の従者をしておる」
ずいぶんな扱いようだ。つっこみどころは無数にあるがひとまず据え置いて、好基は大男に頭を下げた。
「はじめまして、桐ケ谷好基です」
「お初にお目にかかります。私は桐ケ谷家の執事を務めております、杉之下猪作と申す者。以後、お見知りおきを」
この男本当に執事だったのか。家にそんなものがいた覚えはないが……。
「こ、こちらこそよろしくです」
「好基さまのことはもう聞いております。慣れないことばかりでなにかと心労も絶えぬことでしょうが、この度のことはあまり気になさいますな。この猪作、新来の若旦那さまにお会いできてうれしいですぞ」
気にすることではないのか……?まあ、言われてみれば案外そうなのかもしれない。それよりも心労と言えば、この偲の従者に今なったらしいことの方を気にしなければならないのだろう、きっと。
「そんなにかしこまらないでくださいよ。猪作さんは、桐ケ谷じゃないんですか?」
「私は当家の執事。氏は杉之下なれど家はとうの昔に捨てております。桐ケ谷家の従僕として終生お仕えする身ゆえ、親族のみの集まりにお邪魔すること、お許しくださいませ」
猪作がまた二メートルの身の丈を折って深々とお辞儀をした。下げられた頭がちょうど好基の目の前あたりに来る。
「えっと、そんなつもりで言ったんじゃ……」
「猪作よ、そんなに改まらずともよい。こやつは妾の従者じゃ」
横から偲が口を出す。
「ハハハ!左様ですか。しかしよかったですなあ。姫さまはかねてから年寄りばかりでつまらぬ、歳の近い話し相手が欲しいと仰せでして。ハッハハハハ!」
猪作が楽しそうに大笑いする。今にもあの大きな手が背中を叩こうと飛んでくるんじゃないかと思うと身がすくむ。
というかいかにも死んでよかったみたいな言い草だな?それに歳の近い相手なのかも賛否が分かれそうなところだ。
「余計なことは言わなくてよい。さて、妾はこれから夕涼みに少しばかり散歩に出る。宴までにはまだ時間はあったな?」
「ええ。まだ余裕があります。くれぐれも、お気をつけて」
「うむ。では行ってくる。どうじゃ好基、付き合わぬか?」
偲が一応といった様子でたずねてくる。
「オレ、いつなったんだか知らないですけど従者なんですよね。断っちゃいけないんでしょ?」
「おい、なにをそんなに嫌そうな顔をするのじゃ。気を悪くしたのか?日中暑かったから夕涼みと洒落込むのも悪くはなかろう。それとも、妾と行くのがそんなに嫌か?」
偲が心配そうに好基の顔をうかがう。見ると偲は心底残念そうな顔をしていた。
「別に嫌じゃないですって。行きましょうよ。ようやく涼しくなってきたんだから」
今度は好基の方から偲の背中を叩く。
「そうか。しかし……、気を悪くしたのなら、謝る」
めずらしい言葉を聞いた。偲は相変わらず心配そうに横を向いている。
「気を悪くしてもいません。ほら、行きましょう」
「う、うむ。良い心がけじゃ」
偲はいつもの偉そうな表情に戻って歩き出した。
「ああそうだ、猪作」
「はい姫さま」
「酒は?」
「ぬかりなく。姫さまのお好きなものを」
「用意してあるな?」
「姫さまがご心配なさる必要はないかと」
「うむ。そうじゃった。楽しみにしておるぞ」
猪作が深々と頭を下げる。
「行こう好基」
「へ~い」
つづく