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群雲の送火  作者: ceryeti
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第3話

「ごぼあぁ!?」

 どさりといういやな音と、誰かが吐いたような気味の悪い声(多分自分の声)を聞いて、好基は目を覚ました。

「いってえ……」

 体の至るところが痛む。一体なにが起きたというのだろう。

「おーい好基、大丈夫か?」

 確か偲を怒らせてしまって、それで変な魔法が……。

「下手くそな着地じゃのう。無様に這いつくばりおって、ほれ、大したことじゃないからさっさと起きろ」

 地べたに転がる好基を偲が見降ろして足でつついてくる。まったく容赦がない。

「ちょっと、なにするんですか!一体なにをやったんです!?いっててて……」

 痛む体にムチ打って、好基はガバっと身を起こした。すると犬を蹴るような態度だった偲が急に心配そうな顔をして好基をのぞきこんできた。

「おっと痛むのか?怪我などしておらぬよな?」

「平気ですよこれくらい。それより、なんだったんですか今のは?」

 好基は立ち上がって砂埃を払った。体は痛いが実際大したことはない。高い所から落ちたようだが、あれだけ派手にひねりを加えて投げ飛ばされたにしては、少しの打ち身ですんだのは不思議だ。

「ああ、すまぬな。最初に言った通り、現し世に帰るためのまじないじゃ。加減したつもりだったが、初めてにはちと辛かったか?」

「見てのとおりですよ。もう、そんな簡単に怒らないでください。失礼なこと言ったのは謝りますけど。死ぬかと思った」

「死んだ人間がなにを言うか。それに妾は怒ってなどおらぬぞ」

 偲はきょとんとして意外そうに言った。

「怒ったって言ったじゃないですか。それでこんなどぎつい魔法をかけたんでしょう?」

「ああ、あれは演出じゃ。別に失礼でないから気にするな。妾がそう簡単に怒ると思ったか?本当に怒らせたらひどい目にあうぞ。妾は怖いのじゃ」

 偲がいたずらっぽい目をしてすごんでくる。台詞は少しも迫力のない、冗談のような言い草だが、偲が言うと実際に言葉の裏になにかが潜んでいる気がして怖くなる。

「あ、ああ……。演出……だったんですか。それなら、うまくはまりましたね。だって死んだと思いましたもん」

 しかしどこからどこまでが演出だったのか、ひょっとしてあの魔方陣や呪文も演出だったんじゃないかと疑いたくなったが、怖いので好基は訊くのをやめた。

「上々じゃな。死んだと思ったところでもう遅いが、いい余興になったろう」

「オレには刺激が強すぎたみたいです。それで、後学のために教えてもらいたいんですが、偲さんを怒らせたら一体どういうひどい目にあうんですかね?」

「知りたいか?」

「いや、怖いんであまり知りたくないですけど」

「ならやめておけ。おぬしの場合はないと思うが、本当に怒ったらまずひっぱたくよ。変な想像をするな。さ、行くぞ」

 偲が背中を押す。そういえば、現し世に帰るまじないだと言っていたが、ここは本当に……。

「え、行くってどこに?」

「本家にじゃよ。まだ寝ぼけておるのか?」

 言われてみて辺りを見回してみると、周囲の山、田んぼ、生垣と、見覚えのある風景が広がっている。生まれ育った地元の、懐かしい夏の夕景色だ。ひぐらしが鳴いているのが今になって聞こえてきた。

「ああ!ここ家の前の道じゃないですか!帰ってきたんですね、オレたち?」

「だから現し世に帰るまじないだと言ったろう。少々手荒になったがおおむね成功じゃ」

 偲に促されるまでもなく、好基は実家の生垣を回りこんだ。おおむね成功だと言うくらいだから少し失敗があったのかもしれない。地面に盛大にたたきつけられるし、その場所も家の裏手だ。多分偲は例年どおり迎火を焚いていたその場所にピンポイントで軟着陸したのだろう。余興のために演出をするくらいだから、なにがどうなれば成功なのかは皆目わからないが。

 ようやく庭の入口まで来ると、そこには迎火の後始末をする祖母と妹の姿があった。水をかけ終わった見覚えのあるじょうろを妹がさげて、二人は家に戻ろうとしている。

「あ、ばあちゃん、美琴!」

 正月に帰って以来だから久しぶりだ。声をかけて駆けよる。しかし二人は好基の声が聞こえなかったようで、そのまま玄関の方へ歩き去っていった。好基はその後ろ姿を呆けたように立ちつくして眺めている。後ろから偲が呼ぶ声がする。

「おい好基、好基よ、こっちに来い」

「ああそうだった……。オレたち幽霊でしたもんね。忘れてた……」

 偲の方を振り返って、好基は寂しそうに言った。

「霊魂な。初めてには辛いかもしれぬがこういうものじゃ。先に言っておくべきだったな。すまぬ」

 真面目な顔をして、偲が謝る。

「いいんですって。自分が死んでることも忘れてちゃ、幽霊にもなれませんよ……」

 好基が肩をすくめて言う。すると偲はフッと笑みをこぼして好基の横まで来て、なぐさめるようにやさしく肩に手をおいた。悪かったな、気持ちはわかると言うように、隣でうんうんとうなずいている。

「偲さん……」

 この人もやさしいところがあるんだな。そう思ったら……。

「霊魂じゃ」

 そっと耳もとにかけられた言葉はそれだった。偲を見ると、ニシシといたずらっぽく薄ら笑いを浮かべている。

「ああそうですか!らしくもなくこれだけはずいぶんとこだわるんですね!どっちでもいいじゃないですかホントに……」

「よう猪作!久しいの。息災じゃったか?」

 まったく聞いちゃいない。ぶつぶつと文句を言っていると隣の偲は知り合いを見つけたようで、好基など最初からいなかったようにすたすたと走っていってしまった。

「おお姫さま。もういらしてましたか。今年もお会いできて恐悦に存じます。達者そうでなにより」

 やたらと大きな声が聞こえてくる。ずいぶんと丁寧な受け答えだが……。

 なんだあの大男は!?見ると偲は見上げるような身丈の初老の男と話している。しかもその男の格好がまた奇妙で、昔の洋館とかにいるような執事のお仕着せを、大きな体にぴちぴちに着こんでいるのだった。



つづく

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