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群雲の送火  作者: ceryeti
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第16話

「本当に先祖なの?」

 女は口の端を吊り上げた。この女も勘ノ丞と同じ疑いを口にするのか。

「そういう君は誰なんだ?」

 好基は自信を持ってそうだと言えず、苦し紛れに切り返した。

「あなたに名乗る名はないわ」

「へえ、じゃあ無縁者なんだ?名前ないの?」

 容赦なく拒絶されたので(案外ショックが大きい)挑発気味に誘ってみる。しかし女は余裕ぶった薄ら笑いを浮かべるだけだった。

「なに言ってるの?無縁者なのは偲のほうじゃなくて?」

「なに?」

 偲が無縁者?でも偲は名前も家もあるし、なにも忘れてないじゃないか。なにをでたらめを。

 降り落ちる大粒の夕立の雨が頭上の木々をたたく。それはばらばらと音を立てながらさらに大きな粒となって滴り落ち、二人をうった。

 なにか釈然としない。女の言うことがでたらめだとわかっていても真っ向から否定できない。バカなと笑い飛ばせない自分がいる。

 それはいつも話している偲のことを、なにも知らないから。いつも一緒にいる偲のことを、どこかで疑っているから……。きっとそうなんだ。好基は唇をかんだ。

「君は、なにを知っている?」

「きっと偲が秘密にしていることも知ってるわ。でも今日話があるのはわたしのほうよ。聞きたいことがあるのもわたしのほう」

 フードの下の笑みは素顔が見えないだけに不気味だ。また冷たい風が、二人の間をさっと吹き去った。

「ひゃっ」

 不意に暗い木々の間から、目くらましのような閃光が降り、目を覆う間もなくバリバリっと耳をつんざくような雷鳴が頭上を響き渡った。ほとんど鳴っていなかったのに急に近くにやってきたようだ。まだゴロゴロと余韻が響いている。

 それよりもこいつ、今ひゃって言ったろ。クールで不気味な様子を見せておきながら耳をふさいでしゃがみこむなんて、ずいぶん怖がりなんだな。

 強い光の後でもう一度暗さに目が慣れると、目の前の女のフードがとれているのがわかった。さっきの突風で飛ばされたのか、女はそそくさと恥ずかしそうに手を後ろに回してフードをかぶり直そうとしている。

「あ、ちょっと待って」

 我知らず、好基はその動きを制止していた。驚いてしまったのだ。

 ようやく見ることができた女の素顔は、偲にそっくりだった。それもそっくりだとか瓜二つだとか生き写しのようだとかですんなり片付けられるようなものではない。まるで同じ型からつくった精巧な複製のように、まったく同じ容貌をしているのだ。

「な、なによ。わたしの顔になんかついてる!?」

「いや、ごめん」

「こっちに来なさいよ」

 女はむすっとして、くるりと踵を返して墓場のほうへ足早に歩き出した。フードを上げるのはあきらめたらしい。

 顔立ちにばかり目をとられていたが、その後ろ姿を見て気付いたことがある。

 髪型が偲とまったく違うのだ。金髪に肩ほどまでのツインテール。髪を染める幽霊も初めて見たが、あんな見事なツインテールはそうお目にかかれないだろう。本当にいるんだな、ツインテール……。

 不思議な感動を覚えながら好基は女の後をついていく。声が似ていないししゃべり方も違うから話せば区別がつくかもしれないが、あれで偲と同じ髪型をしたら背格好も同じだし見分けがつかなくなるだろう。強いてもうひとつ違いを挙げるなら胸だ(重要な点だが)。偲は塗り壁のようだがこっちは……、結構大きい。これは最初から気付いていたがな。

 これだけそっくりなのも気味が悪いが、案外区別は容易かもしれない。

「偲とはいつ知り合ったの?長いのかしら?」

「二ケ月前。オレが死んでこっちに来てすぐだ」

 好基の前を歩きながら、女は振り返りもせずにたずねてくる。

「なんだあ、あなたって死んだばっかりだったのね。偲とは仲がいいみたいだけど、なんで知り合ったの?とんでもなく歳が離れてると思うけど?」

「逆に歳が近いからだと思う。年寄り相手よりよっぽどお互い気が楽なんだよ」

「ふ~ん」

 木のトンネルを抜けて、二人は古い石の墓のならぶ広場に出た。木々が開けた先の空は、日が暮れてきているせいか、それとも雷のせいか、暗く黒い雲が一面にたちこめている。

「ねえ桐ケ谷、あなたは偲のことどう思うのよ?」

 この女、偲のことをなにか知っている……。知っている上で、要領を得ないがなにかを探り出そうとしている。

「気の合う仲間だと思ってる」

「仲間?アハハッ、偲って友達できなそうだから驚いたわ」

「友達が少ないのは君のほうだろ?」

「うぐっ、な、なによ!?でたらめなこと言わないでちょうだい」

 女はふくれつらをして言った。カマをかけてでたらめを言ってみたらこの反応である。話があるとか言って結局なんの用があるんだ?ひょっとするとただの親類かなにかの幽霊が退屈しのぎに話に付き合わせているだけなんじゃないかとさえ思える。偲に似ているのが気になるが。

「ねえ、じゃあさ桐ケ谷、偲の方はあなたのことどう思ってると思う?」

「あのさ、どう思ってるのとか、いったい君はどういう回答を聞きたいわけ?ただの世間話とかのつもりだったら、それらしいいい加減な答えをいくらでも用意してやるよ。でもそうじゃないんだろ?君はオレのことも偲さんのことも知っている。知っている上でなにか探ろうとしている。そうだな?君はいったいなんなんだ?急に現れて名前も言おうとしない相手に、これ以上なにか話そうとは思わないな。それからついでに言うと、オレには好基って名前があるからちゃんとそれで呼ぶんだな。そうでなくて桐ケ谷の者ならだれでもいいって言うなら他を当たってくれ。じゃあな」

 好基はくるりと踵を返してすたすたと立ち去ろうとする。なんの用があるかはっきりしないし、なによりもいちいち桐ケ谷と呼ぶのに腹が立った。

 だがこれは罠だ。本当に用があるならすぐに「ちょっと待ちなさいよ」とか言って呼び止めてくるはずだ。(そこで「ま、まだ話は終わってないんだからねっ」とか恥ずかしそうに口をとがらせてくれればなおよいな)

 実際にこの女とは話してみたい気がする。悪さをしようとしているわけではなさそうだし、こっちのことを知ってるなら大したことのない雑談でも付き合ってみるのもいいだろう。なにか知らないことを聞けるかもしれない。それに偲に似ているのだから案外近しい親戚かもしれないぞ。別々に育てられた双子の姉とか?

 呼び止めてもらわなくては困る。

 好基は怒った様子を見せながらすたすたと女から遠ざかっていく。もうそろそろ声がかからないか?おかしいぞ……。

 予想していたタイミングで女の声が飛んでこない。好基は雨にぬれながらもどっと油汗をかいた。止まるわけにもいかないが少しずつスピードを緩める自分がいる……。

「ちょっと好基、待ちなさいよ!」

 ようやく背後から声がかかった。それも注文通りのセリフだ。しかし好基はしめたとほくそ笑む余裕などなく、心底ほっとして胸をなでおろした。待ってましたというように足を止めて、必死にニヤケをおさえて不機嫌そうな顔をつくった後、振り返る。ずいぶん焦らされた気がしたが、女との距離は思ったより離れていなかった。


つづく

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