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群雲の送火  作者: ceryeti
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第12話

 好藏は昔風の人だと思っていたが意外と気さくで話がうまく、むこう(生きていたとき)はどうだったとか、こっちに来てからどうだとか、軽く話を振ってくれるので昨日初対面だったにもかかわらず好基は打ち解けた気分になった。

 そうして茶を飲み終わり、一服を終えようというとき、好基は意を決してそれまで考えていたことを口にした。

「あの好藏さん、昨日話した、亡くなったときのことですが……」

「あん?それがどうかしたか?」

 好藏はつまらなそうに切り返した。昨日寝る前に歯を磨いたかどうか聞かれたといった答え方だ。

「覚えてるんですか?オレは自分が死んだときのこと、葬式までさっぱり覚えてないもので……」

「ああ、はっきりと覚えてる」

「そうですか。えっと、話したくなければいいんです。だけど……」

「別に構わねえよ。だけどなんだ?」

「その、親父やじいさんは好藏さんの最期のこと、どぶに落ちたこと、酒に酔って自滅したんだって、なんかバカにしてるみたいで嫌だったんです」

「そうか。だけど、現にその通りなんだから仕方ねえだろ。バカにされて当然じゃねえか」

 言いながら、好藏は少し表情を曇らせて茶をすすった。

「でも、あんまりじゃないですか。笑い話でもないし、自分の親先祖のことをバカみたいに言うなんて」

「おまえはそう思うか。でもよ好基、功や智が本当にオレのことバカの碌でなしとしか考えていない、そう思うのか?」

「そ、それは違うと思いますけど……。自分の親なんですから」

「本当にバカの碌でなしだと思ってるなら、そのバカの碌でなしの名前を自分の子に使ったりしねえだろうが」

「……」

 好という字をもらうことになった曾祖父はどんな人だったのかと聞くと、酒に酔ってどぶに落ちて死んだんだ、今までそれしか聞かされなかった。なにか他の話を聞かせてくれてもいいのに、聞く度にそればかり言い聞かされてきた。自分はどうしてそんな得体の知れない人の名前をもらったんだろうと、つくづく不審に思ったものだ。

 だか本当はどこかで思っていたのだ。父や祖父が名前の字をとろうという人なのだからただのバカの碌でなしのはずがない。実際の当人は立派でなくても、どこかいい人だったんだろうと。

 ただ自分は会ったことがないし、いろいろとぼろくそに言われているのが気に入らなかった。幽霊になって本人に会ってみると碌でなしでもバカでもない、人当たりのいい至極まともな人だったのだから。

「自分で言うのもおかしいが、そういう話さ。でもな、あの死に方はやっぱり碌でなしの末路なんだよ。バカにされて当然さ。こっちに来てからずいぶんと言われたぜ。桐ケ谷の面汚しだとか、恥を知れだとかな」

「好藏さんは、碌でなしなんかじゃありません」

 曾祖父だからとか、名前をもらっているからとかではない。これは実際に本人に会って、自分でわかったことなのだ。好基は自然と声を上げていた。

「言うなよ照れるだろ。そんなこと言うのはお前だけだ」

 好基の言葉を好藏は素気なく受け流した。

 しかし現実にはなにがあったのだろう。本当に酒に酔って自滅しただけなら、それほど報われない話はない。

「あの日の夜も、仕事がひと段落したから仲間と一緒に酒を飲んでたんだ。それこそ碌でなしみたいによ、しこたま飲んでバカ騒ぎをしていたのさ」

 ひとつ大きな溜め息をついて、聞いてもいないのに好藏は唐突に語りだした。

「ようやく飲むだけ飲み終えて家に戻る道で、例のどぶに差し掛かったんだ」

 好藏は好基の方を見ずに、遠くを見るようにしながら続けた。

「そこでオレは、声を聞いたんだ」

「声?」

「ああ、赤ん坊の声だった。暗いどぶの奥の方から、おぎゃあおぎゃあって泣き声が聞こえてきたんだ。助けねえとって、オレは思った……」

 話し終えると好藏はもう一度茶を注ぎ、静かにすすった。

 突然語られた真相、これが好藏の最期だったのだ。

「オレは酔っ払ってたし、どうせありもしねえものを聞いたんだろうよ。この話をしたのはおまえが初めてだが、そう思われても仕方ねえ。結局、酔っ払って無様に自滅したって話には変わりねえんだ」

「でも……」

「他人はオレのことをバカだの碌でなしだのと言う。でもな、オレは自分のしたことに今も自信を持ってる。たとえ幻でも、他人からなんと言われようとも、オレは自分のやれる正しいことをしたんだってな」

 湯呑をおいて、好藏はさっと立ち上がった。

「自分のすることには自信を持つことだな。それが自分のやれる正しいことだと思ったのならさ。自分のすることを自分が信じられないんなら、誰がてめえのことを信じるんだ。……それが、碌でなしの言い分だよ」

「はい」

「ちっ、ガラにもなくつまらねえ話になっちまった。じゃあな。……ああそうそう、茶は片付けなくていいからな!」

 軽く舌打ちをして、好藏はすたすたと立ち去っていった。

 本人がなにか話したそうにしていたら、聞いてやれ。昨日の偲の言葉がふと思い出された。

 これだけ聞ければ十分だ。好基は今まで得体が知れず、気味の悪い思いがしていた名前の字のもやもやが取れた気がした。


「ああここにいたか、好基」

 茶を飲み終え、自分もそろそろ行こうかというときに突然背後から呼ばれた。驚いて振り向くと、白髭を長々と生やした老人が立っていた。確か昨晩上座にいた人だ。好基は慌てて立ち上がった。

「よいよい。茶でも飲もうか。ほら座れ」

 言われるままに、好基は老人と並んで腰を下ろした。

「昨晩は失礼いたしました。新参の好基です。遅ればせながら、よろしくお願いします」

 好基は縁側に頭をつけた。昨日上座にいたのだから当主かなにかなのだろう。どれだけ偉いのか見当もつかないが、とにかく普通のじいさんではないはずだ。昨晩はしようとしていた挨拶を偲に絡まれっぱなしで忘れてしまった。それも今の今まで忘れっぱなしだったのだ。これはまずい……。

「うむ。今どきの若いもんがそうかしこまるな。一緒に茶にするんだから普通に座ってさっさと注げ」

「は、はい!」

 怒ってはいない様子だが、老人はしわ深い顔をピクリとも動かさずに命令する。好基は跳び上がるようにして顔を上げ、茶を注いだ。

「昨晩は顔見せもせずに申し訳ありませんでした。当主さま」

「ああ、偲につかまっとるのが見えたから、これは明日だなと諦めとったわい。それと、わしは当主ではない。当主代行だ」

「当主代行?」

「うむ。現当主は別にいるのだが、桐ケ谷家当主の印を持ったまま行方知れずでな。わしが代行しておる。勘ノ丞という。覚えておけ」

「し、失礼しました。当主代行さま」

 当主代行か。いずれにせよどれくらい昔の人なのだろう。好藏は偲が最古参だと言っていたからこれでも偲よりも後の人ということになるが、威厳ある勘ノ丞の佇まいに好基は縮み上がる思いがした。

「若いくせにずいぶんかしこまった物言いをするやつだ。そう硬くなるな」

 そうは言われても、にこりともせずに無表情に話す老人の前でそれは無理な話だった。居心地の悪さを感じながら、好基はちびちびと茶をすすった。

「熱い茶もいいがどうもな。こう暑くてはなかなか風情もない。去年もだったが今年は特に暑いな?」

「ええ、そうですね」

「特にここいらは盆地だからな。今さらだが年寄りにはこたえるわい。今日もこりもせずに暑くなってきおった」

 体良く天気の話から入ってくれたようだが、どうも緊張がほぐれない。昔の話を聞いてみたい気もするが、表情をピクリとも動かさない当主代行になにから話せばいいのかわからない。その後も、むこうではどうだったとか、こちらに来てからどうだとか、世間話を振ってくれるのだが、好藏のときのようにうまく打ち解けない。勘ノ丞本人にそのつもりはないのだろうが、無駄に緊張してしまって詰問調に聞こえてしまう。

「ときに好基よ、昨日ここには誰と来た?初めてだったろう?」

「偲さんとです」

「ああ、案内がいたか。ならよかった。偲とは、仲がいいのか?」

「いいらしいですよ。みんなそう言います」

「いつ知り合った?」

「黄泉に来てすぐです」

「なにかあってか?」

「いいえ特に。歳も近かったんで自然と」

 詰問調だ。誤解でなければなにかを探り出そうとしているようにすら感じる。

「偲には……、気をつけろ」

「はい?」

 突然の言葉に好基は面食らった。今気をつけろと言ったか?なにに?

「あの女には気をつけるのだ」

「それは、どういう意味ですか?」

 即座に好基は聞き返した。偲がなにか危険な人間であるかのような言い方じゃないか。冗談でなければ、勘ノ丞はなにを言おうとしているのだろう。

「あれは、昔の人間で本来ここに来るべきではない。知り合いもいないし桐ケ谷の中でも知っている者を見たことがない」

「でも、桐ケ谷の先祖なんですよね?」

「本人はそう言っておる。だが実際はなにもわからないのだ。そもそもいつの時代の者かもわからない。得体が知れぬ」

「それでなにに気をつけろと言うんです?話が見えません」

 苛立たしげに好基は返答した。

 得体が知れない?これまで考えたこともなかったが、懇意にしている人間を無信用に言われるのがこんなにも腹の立つこととは思わなかった。

「昔わしの知った家に、一族もろとも離散してしまったところがあった……」

 話はこうだというように、勘ノ丞は無表情のまま語りだした。

「その家はそれは穏やかな連中が揃っていて、家中の揉め事とはおよそ無縁の気のいい一族だった。だがそれがなにを機にしたものか、ある時を境に一族の中でいさかいが生じるようになり、ひとり、またひとりと家を出ていったのだ。わしの知ったものは皆跡形もなく失踪してしまい、最後には家長夫婦が自害した。殺し合いもあったと聞く」

「それが、なんだと言うんです?」

 好基は挑むようにして話を遮った。

「その争いの渦中に、ひとりの素性の知れぬ若い女の姿があったらしい」

「それで、その話が偲さんとなにか関係が?」

 好基が間で口を挟んでも勘ノ丞は意も介せずに話を続ける。

「後で調べたところ、隠り世にはそういう悪さをする妖魅がいるらしいことがわかった。人の間に争いを起こさせ、それを見て楽しみ、食いものにする人外の者だ」

「偲さんは、妖怪なんかじゃありません」

 好基は思わず立ち上がっていた。


つづく

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